王都近衛騎士団
「私は近衛騎士団、第三番隊団長マルク・レッドだ!」
上下白い服で身を包み勲章みたいなモノを付けた如何にもって感じの男が割って入ってくる。
その名の通り赤色に染まった髪が夕焼けに混じる。
こいつが王国近衛騎士団というやつか。
「事情は分からないが、
今ここで乱闘騒ぎを起こすと言うのならば騎士団の名に於いてこのマルク・レッドが双方を処罰する!」
両者を睨む。
「うっ。クソ!憶えてろよぉ!!」
少しどうするか彼なりに考えたのだろうか。一瞬動きがあったがやはり敵わないとみるや、そう言い残し巨漢の男はその場を逃げるように去って行った。
騎士団とやらは相当実力があるらしい。先ほどまで威勢のいい奴があっさり逃げて行った。
まぁ、そうでなくてはこのバカ広い王都の治安を守れはしないだろう。
だが、なぜか見ただけで分かる。この男は強い。
いくつもの戦場を越え、いくつもの死線を越えてきたのだろう。
落ち着いた雰囲気の中で荒々しさが隠しきれてない。
「君は逃げないのかい?」
その場から動かずこちらの様子を伺う。
「逃げる理由は特にない。後は飯を食うだけだ。」
「そうか。では、先の一連の事情を聞く為に一旦ご同行願おうか。」
「……なぜそうなる?」
「龍神祭が近いと、ああいう輩が多くなる。
我々も出来る限り穏便に済ませたいので、協力してくると助かるのだが……」
はぁ。と溜息を一つ。
こちらは悪くないはずーーーいや、シズクがふっかけさえしなければ問題はなかったか。
「ちょっと待ちなさいよ!」
と、後ろで声がする。
「こっちは悪くないのに、なんで連行されなきゃいけないの!?」
「貴女は?」
「そいつの保護者よ!」
間違ってはいない。
「保護者?では、貴女にも彼と一緒にご同行願いしたい。」
「だからなんでよ!」
(……先ほどからこちらの様子を伺うばかりで動こうとしない。
まさか、突き刺した剣でも抜けないのか?
確かにあんな大きい剣持ち歩くのは大変だろうしな……)
「あんた、なぜずっと動かない?
オレ達が逃げてもお構いなしって感じだな。」
「既に一人は逃げた。別に逃げてもらっても構わない。」
「どういう意味だ?」
「オレは、乱闘騒ぎを起こすなら。と言ったんだ。
起こすつもりがないのなら、ここから立ち去ってもらっても構わない。
が、こちらとしては事の一端を説明してもらいたい。それだけさ。」
つまり、完全にこちら側の意識という訳か。
「もぅ!無視しないでよ!」
少しの沈黙を破りシズクが割って入る。
「あんたが偉いかはどうかは知らないけどね、騎士団なら分かるでしょ!
誰のおかげで武器を強化出来ているのか!」
「それは我が国が誇る整備士達だ。」
「そう、この私よ!」
と、整備士の資格書。とでも言うのだろうか。
なにやら眼前まで近づけこれでもかっていうほどに見せつけている。
逆に確認しづらいと思うのは気のせいだろうか。
「……っ。これはこれは、失礼致しました。
まさかグランベリー家のご息女でしたとは。」
そう言うと突き刺した剣を背中に背負っている布製の鞘にしまい一礼をする。
国家資格とは言っていたが、これほどまでに効力があるものなんだな。
(剣が抜けないって訳じゃなかったのか……)
「つかぬ事をお聞きしますが、先ほど保護者と申し上げられたそちらの方は一体どんなご関係なんですか?」
「ま、愛弟子よ!」
「愛弟子……」
こちらを少し見て、またシズクに目を移す
「シズク殿。もし宜しければこの後ご一緒に御夕飯をお供してもよろしいでしょうか?
少し、彼について聞きたい事がございます。先ほどの輩もまたいつ現れるか分かりませんゆえ。」
「えぇー」と嫌そう顔でこちらに回答を促す。
「オレは別に構わないぞ。こっちも聞きたい事あるし。」
「アキがいいって言うなら……」
「では、また後ほど。」
数十分後にまた会う約束をし、一礼をしてその場を去る。
慣れているのだろう、敬意を払うことに。
こちらは宿屋へ向かうため一旦、第六層まで足を運んだ。
陽は暮れ、火が灯り、一段と王都は賑やかな雰囲気を漂わせる。
「ねぇ、よかったの?」
「ん?あぁ、いろいろと知ってそうな顔してたからな。」
「ふーん。」
どこか間の抜けた返事である。
「それより龍神祭ってなんだ?」
「なにそれ?」
「いや、無理があるだろ」
王都に入ってから何度も見た。入口から現在に至るまでに【龍神祭】という文字を。
なによりさっきの騎士団長も言ってたし、この王都の空気。
誤魔化しには無理がある。
「ごめんごめん。実は明日から龍神祭って言うお祭りがあるの。」
「龍を祀るのか?」
「そう。昔、この世界は神龍と呼ばれる七匹の龍が創ったとされいるの。
魔法、つまり始まりの魔法使いに最初に力を与えた存在としても言われているわ。
その神龍達に、感謝し崇め、また魔力が戻ってくるように。と、お願いするために始まったお祭りらしいわ。」
「なんか、自分勝手だな。世界がどう変わって行こうと結局、この世界は魔法というしがらみから離れられないでいる。」
「そうね。でもわたしは、楽しければそれでいいと思う。
結局そういうのって時間が経っちゃえば案外気にしなくなるものよ?」
「それもそうだな」と少し笑い言葉を返す。深く考えてすぎたみたいだ。
宿屋に荷物を置き、第五層の世界樹前広場から少し外れた辺りで待つ。
少しすると先ほどの騎士団長様が私服で到着する。
私服と言っても見た感じは先ほどとあまり変わらない気もする。
大剣はなく、護身用の小さな短剣を腰にぶら下げ身軽にはなっているみたいだ。
「これは待たせてしまって申し訳ない。
お詫びに私がオススメする美味しいお店をご馳走致しますよ。」
この遅刻に関しては、わざとだと自分にはハッキリ分かった。
自分の食べたい物を食べるというよりも、
話しやすい静かな場所を選んで話を聞き逃さないためだろう。
あの短時間の中でよく用意出来たものだ。と感心する。
「団長さんよ、信じていいのか?」
そう言うとシズクが頭に?を浮かべてこちらを見る。
「心配ない。ただ、お互いにその方がいいと思ってだな。」
団長の目を覗く。嘘は言ってないように見える。
追及は無駄だと感じその言葉を信じ、オススメとやらの店へと向かった。
世界樹前広場から数分歩いた路地に入り、少し歩いて別の路地。
人気はあまりなく、少し薄暗い路地をまた数分歩いてようやく辿り着く。
見るからに高級そうな老舗が目の前にはあった。
「うわっ、高そう……」
シズクが小さく呟く。
「ここは第五層十番地【神楽坂】っていうお店だ。急ではあったが小さい小部屋を用意してもらった。そこで食べながら話しましょう。」
店に入り、用意された部屋へ行くとそこには長テーブルと座布団が三つ敷かれオレの横にシズクが座り、その丁度間の前に団長が座る。
料理を注文してすぐ後だった。
「さて。なにから話したらよいものか。いきなり本題というもの失礼だからね。」
と顎に手を当て、斜め上を見つめる。
「そちらが聞きたい事をまず先に聞こう。」
「そうだな……。あんたみたいに騎士団に所属しているのは何人いるんだ?」
「騎士団として所属しているのは、この王国では大きく三つ存在する。
一つはこの王都を守る我々、【近衛騎士団】
一つは王国全土に派遣される【征討騎士団】
そして、厄介な仕事を請け負う【執行騎士団】
我々、近衛騎士団だけでも十二団存在し、数は120人所属している。」
「さっきの広場にあったあの樹はいつ枯れた?」
「世界樹かい?世界樹は【魔力欠乏症】が起きたそのニ年後に枯れたとされている。
私も生を成していないので曖昧なのは申し訳ないが。」
三つ四つ聞いたところで改めて相手側の本題に入った。
「まず、シズク殿に質問してもよろしいかな?」
「な、なによ!」
「そう警戒なさらずに。騎士団の服は着ておりません。
今は一人のおっさんだと思って接して下さい。」
コホンと咳払いをする
「シズク殿、先ほど彼の事を愛弟子と申されていましたがそれは本当でしょうか?」
「え、えぇ!ホントよ!」
嘘である。ていうか、嘘がヘタである。
「ど、どうしてそんなこと聞くのよ!私が愛弟子って言ったら愛弟子なの!」
「これは失礼。いえ、彼からはどことなく不思議な雰囲気が漂っていましたので。」
「不思議な雰囲気?」
「ふ、不思議な雰囲気ってなんの事よ!」
「彼から感じるのは、見ただけでは分からないほどの力と微かな血の匂いだ……。」
「ち、血の匂いってなんの、なんの事よ!」
王都へ入る際、身分の証明を求めらるのだが、記憶喪失な自分はもちろん証明するものがなかった。それをシズクは親戚の愛弟子として説明し、ある意味整備士の力でゴリ押しで入る事を許可された。
シズクはそれが今まさに、バレようとしているのではないかとテンパっているのだ。
「あだっ!」
そんなシズクをデコピンで黙らせる。
「血の匂い?」
「あぁ、君からは戦場をいくつも巡ったであろう混在した血の匂いが微かにする。
今は近衛騎士団に所属してはいるが、私も何度も戦場へ出向いた事があるから分かる。
そこでもう一度聞こう、君はシズク殿の愛弟子なのかい?」
「違う。」
即答である。シズクには申し訳ないが嘘を付いても意味がない事は分かっていた。
嘘をつく依然に始めから疑っていたような口ぶりでもあった。
「だろうな。改めて聞いていいかい?……君は何者なんだ?」
少しの間が空いて答える。
「何も、憶えてないんだ。オレにも何者か、なんてのは分からない。
あんたがそう言うならそうなんだろう。
どこかの国であんたみたいに騎士団に所属していて、戦場で血を浴びて死にものぐるいで逃げて、無様に生き残って未練たらしくこの世界を彷徨っているだけかもしれないな。」
そう。彷徨ってばかりだった気がする。
「つまり、記憶喪失……と言う事でいいのかい?」
「あぁ。実は言うと名前以外何にも憶えていないのが事実だ。」
「そうか。」
黙らせたシズクが横で不安そうにこちらを見つめる。
「……騎士団に所属していたなら、名前だけでも何か手掛かりが掴めるかもしれない。」
「そうか、王都の図書館に行けば……」
シズクが呟く。
「これも何かの縁だ。こちらでも君の事を調べてみよう。」
礼儀正しくどこかお堅いイメージではあるが、なんとも頼り甲斐のあるおっさんだろうか。
「それで、君の名前は?」
「アキだ、アキ・リュビアラスク。」
途端、世界が止まったかの様な静けさが部屋を包み込む。
時折、隙間風がぴゅーと音を立てるくらいで数分間誰も何も喋らなかった。
名前を聞いた団長さんの顔が一気に険しくなり、その意味を口にするまで物音をたてることさえ許されない。そんな空気が漂った。
「アキくん、と言ったか。」
ようやく団長は、静かに重い口を開く。
「記憶喪失な君を疑う訳ではないが、それは本名かい?」
恐る恐るなのか、声のトーンを落としそんな事を確認をしてくる。
「本名……だとは思う。夢の中で何度もオレをそう呼ぶ声を聞いた。」
「…………そうか。」
また少し重たい空気が流れる。
シズクあたりが我慢出来ずに声を出し場の雰囲気を変えてくるかと期待してみたが、こういう時に限って空気を読む。
「君の名前を他に知っている者は?」
「シズクとあんたにしかまだ言ってない。」
ふー。と震え混じりの溜め息を大きく吐くとまたこちらをみる。
「もしそれが、本名だとしたらあまり明かさないほうがいいだろう。それと早く王都を出る事をオススメする。」
「オレの名前に何か意味でもあるのか?」
「魔法がなくなった現代では、例えそれが本当だとしてもその名を語らない方がいい。
世界にとっても君たちにとっても大変な事態になる。」
そう言うと立ち上がり
「私はこれにて失礼するよ。少し用事を思い出した。
君の件についてはこちらでも少し調べてみよう。
それと、その名は聞かなかった事にする。
あまり力になれないかもしれないが、時間があれば世界樹へ行ってみるといい。
その名が持つ意味が分かるだろう。」
お代はツケておいてほしいと言い残しその場から去っていく。
なんとも言えないもどかしさが宙に漂い、場を呑み込んでいく。
「アキ……」と袖を引っ張るシズク
「難しく考えても疲れるだけさ。明日、世界樹へ行こう。」
と軽く笑顔で返す。
その後、料理が運ばれてきてとても楽しげな雰囲気ではなかったものの空腹を満たすには十分すぎる美味しさだった。
シズクは終始黙り込みあまり料理を喉に通していないみたいだった。
宿に戻ってもシズクが元気になる事はなかった。
今回、この王都についていろいろと聞き出したかったのだが、いい情報を引き出せたとはあまり思えなかった。
ただ、たしかに一つ分かった事がある。
―――自分の名に意味があることだ。
同時刻【第ニ層七番地】
「はやく来い!逃げるんだよ!!」
「もう、ダメだ。ダメなんだよ。」
暗闇に溶け込む怪しげな二つの存在。
「あいつに見つかった時点で、この王都じゃもう……」
「ここまで来たんだ、いいから立て!こんだけ離したんだ、追いつける筈が……」
「ちょっといいかな?」
その男の肩にトントンと当たる。
「邪魔すんな!いま忙しいんだよ!」
振り向くと、建物の隙間から溢れた月明かりが、その者の銀色を照らす。
「誰に見つかるって?」
「ぎ、【銀翼の刃】……第五層にいたはず、いつのまにここまで……!」
「君達は知ってる筈だよ?いや、この王都中が知ってる。
……オレからは決して逃げられないって事を。」
この日、二つの影は姿を消した。白銀の少年を残してーーー