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ラストウィザード 最後の魔法使い  作者: 松井アキ
第1章 魔法が消えた世界
3/8

シズク・グランベリー②

シズク・グランベリー。


彼女は面倒見がよく、見た目はしっかりして強がりではあるが、

内面的に弱く、凄く寂しがりやなのだ。

何年も一人で孤独に耐え、その衝動が今、他人と触れ合う事で爆発したらしい。

自分を信用してくれている理由については、単純に直感と記憶喪失だから安心できると。




自分自身さえも誰なのか分からず、行くあても身寄りもないのに。

ただ、【それだけの理由】で信用して側に置いてくれるのはこちらとしては凄く有難いものだ。




だが、逆からして考えて見た場合。


記憶喪失のほうが返って危険なんじゃないかと思う。

記憶が戻った時に実は親の仇だったり、人攫い関係の仕事をしてたり、あるいは犯罪歴が多い脱走者だったりする危険性がある。

人を素直に信用し過ぎるのも問題であるには違いないが、それも彼女の優しさなのだろうと素直に受け止める事にする。

しかし、よくここまで何事もなく暮らせてきたな。と若干の疑問を覚えるが、ようやく泣き止んだ彼女に今何を言っても無駄だろうと口を紡ぐ。






「――ありがとぅ」

泣き腫らした目を背けボソっと小さな声でいう。

「こちらこそ」

その言葉にそっと返す。

先ほど朝食を食べたばかりだと思ったのに外の景色は既にオレンジ色になり、何もない荒野を夕日と雲が綺麗なグラデーションで染まっていた。




「ねー、お腹すいたー。」

テーブルに頬を付きこちらを向いて、少し甘えた口調で申し立てる。

「んなこと言われても、オレは料理も出来なければ奢れる金もないしそういう場所も知らない」

「役ただずぅー」と足をジタバタする彼女であったがそんな事は承知のはずだった。

先ほどの【ちょっとした恥ずかしさ】を少しでも紛らわせたいのであろう。



少しすると「よしっ!」と立ち上がり何やら身支度を始める。

「さぁ、貴方もそのボロいローブを着なさい。」

「これからどこへ行くんだ?」

「街へ繰り出すのよ、外食しましょう!」





玄関横に繋がっているガレージから、あの日整備していたバイクと呼んでいたモノを引っ張り出してくる。

「ここがエンジンね。」とボタンを押すと音が出、動き出し起動する。

「これが風圧飛行装置」とさらに下のボタンを押すと風が下から吹き荒れ機体が浮く。

「そしてこのハンドルを回すと動き出す。」



と、一通りのバイクの簡単な説明を受ける。

「ただの鉄の塊じゃなかったんだな」

「まだ言ってる。どこの時代の人よ」とまた笑う。



「さすがに田舎のほうでもタイヤのついてる車やバイクくらい見た事あるでしょ?」

「たいや?」

「あー……記憶喪失だったね?ごめん。」





彼女は「とりあえず乗って」と後ろに乗せゴーグルをかけると次に「吹き飛ばされないように捕まっててよね」と注意をした。

「吹き飛ばされるってそんなおおげさ、な!」



バイクは風を切るようなスピードで宙を走り、シズクの家を瞬く間に突き放して行く。

想像していたよりもだいぶ早い気がした。いつしか横を通り過ぎていった車とやらもこんなに速かっただろうかと錯覚さえ覚える。


しかし、この風―――どこかで感じた事があるな。






出発から数分後、街に到着した頃にはすでに陽は落ち、夜の帳が下りようとしていた。

バイクは貴重だからと街の入口で何やら手続きをし、身軽になったシズクが手を振りこちらに向かってくる。

辺りを見渡すと、シズクのとは少し形の違ったバイクとやらが複数停められていた。




「あれもバイクじゃないのか?」

「あぁ、あれがさっき言ったタイヤの付いてる方のバイクね。車もタイヤ付いてるやつだとそこら辺に停まってるよ。」

「んー、違いがよく分からん。」



「いま、私たちが乗ってきたバイクは宙に浮いてたでしょ?あれには特別な結晶が使われてて、その力を使って浮いてるの。一方タイヤのほうはエンジンを使って中で回転を起こし、タイヤを回す事によって地面との摩擦が……」

会話を途中で止め、店の扉に手をかける




「難しい話は食事をしながらにしましょ。」

「あぁ。」



カランカランと音を立て店内に入ると音楽が流れてき、どこか落ち着く雰囲気が漂う。

木の香りと様々な場所に置いてある観葉植物がさらに居心地の良さを上げた。



「マスター、二人で。」

「おっ。今日は二人なんて珍しいねシズちゃん。彼氏かい?」

「私の愛弟子なの!」

いつ弟子になったのだろうか。




「好きなところに座りな。」

出迎えてくれたリザードマンの店主がコップを拭き、なにやら準備をする。

「ナポリタンでいいのかい?」

「うん!」

「愛弟子さんは?」

「あー、じゃ同じので」


何を頼んだらいいのか分からず同じのを頼む。

いや、初めて店に来た場合は常連が頼んだやつと同じものを頼んでおけば、大体ハズレはないだろう。





「さっき話した結晶の事、お話しようか」

席に着くなりシズクが語り始める。

その内容を簡単に纏めると





軌導歴85年に魔力結晶【ラクリマ】という性質記憶結晶というものが発掘された。

性質というのは魔法が存在していた時代の、この世界における陰陽五行からなる火、水、木、雷、地そして光と闇の七つの魔力性質である。

大気中の魔力性質が結晶化し、使用出来る事が判明したのだが、その結晶からはそれぞれに【一つずつの性質】しか引き出せなかった。

大きさは異なるが、この結晶の発見により科学はさらなる飛躍をしたらしい。





ここまでの話をすると、頼んでいた料理が運ばれて来た。

トマトソースのいい香りがまた食欲をそそる。



「さっきのバイクはそのラクリマを積んでいたって事か。

あーでも、その理論だと風はどうやって作り出してるんだ?」

「いい質問ね!」と、さりげなく食べられないピーマンを自分の皿に移す。



「ラクリマは本来、その【一つの性質】しか引き出せないのが特徴なんだけど。

高度な技術により、二つまでの性質を掛け合わせる事が可能になったのよ!」

「二つの性質ってことは、火と地を掛け合わせて【鉄】を創り出す、って感じか?」

「そう!よく分かったわね。風もそれと同じことよ。木のラクリマと光のラクリマを掛け合わせて作られるの。」




「それって性質全部を全部に掛け合わせられるのか?」

「んー、難しい質問ね。」と、ナポリタンを食べながら彼女は頭を悩ます。



「まず、闇のラクリマに関しては取り扱いが非常に難しくて掛け合わせる事がほぼ不可能よ」

「ほぼ、不可能?」

「えぇ。闇のラクリマは陰の要素が強くて、他のラクリマとの相性がどれも最悪なの。

ただでさえ高くて貴重なラクリマなのに、その掛け合わせ成功確率が5%未満なのに対し、表ではなんの役に立たない要素ばかり。まぁ、裏の世界ではどうか知らないけどね。」



続けて彼女は言う。



「あとは……同じ性質同士を掛け合わせる事は可能なんだけど、それって全くの無意味なのよ」

「無意味?同じモノを足した場合、それはプラスになり増幅はしないのか?」

「えぇ。どういう訳か、同じラクリマに関しては足し算にならないのよ。だからプラスにしたかったら同じ性質のものを別に二つ用意するしか方法はないの」



「シズクのバイクには?」

「私のバイクは風のラクリマを七つ積んであるわ。」

ななつ…。そりゃ、あんだけ大きい訳だ。と呆気に取られる。


「前と後ろに二つずつ、あと後ろのジェットに三つかな。あーあ、一つに掛け合わせる事が可能なら三つで済んで、もうちょっと小さく出来るのになぁ…。」





ナポリタンを食べ終わり、食後のひと休憩に入る。と同時に店主がコーヒーを持ってくる。

「なんだいシズちゃん、愛弟子さんに整備士の説明かい?」

どうも。と会釈し、そのあとに頭に疑問が浮かぶ。



「整備士と関係が?」

「ふふん。何を隠そう、この掛け合わせ自体が、整備士の仕事の一つでもあるんだよ!

あ、砂糖とミルクお願いね。」





つまりシズクがやっている【整備士】とは

・ラクリマの掛け合わせ

・それを取り付ける作業

・そして点検及び整備

上記三点らしい。もちろん機械の点検や整備もやるらしい。




「どう?ラクリマはこの世界の発展に大きく関与していて、それを取り扱える整備士は数少なく、そして整備士という仕事はなんと国家資格!

そんな凄い職に就けてるのが、この私よ!」

腕を組み、まるで鼻息さえも目で確認出来そうなくらいに「えっへん!」としている。




だが、シズクが凄いのは聞いているだけで分かった。

父や兄が同じ整備士だったといえ、彼女は一人でどれだけの努力して、どれだけの苦労を積み重ねて、その資格を勝ち取ったのかと思うと本当に凄いと思える。

記憶喪失でなにも出来ない自分が小さく感じるくらいだ。




「どう?ラクリマに少し興味持ったんじゃない?」

「そうだな。」

凄く嬉しそうな笑みを浮かべ


「それじゃマスター、ご馳走様。」

二人分のお会計して外へ出る。

「今日は風が気持ちいいわね。」と髪をなびかせながら外の階段を降りていくシズクに対し

「なんだか嬉しいそうだな。」と言葉を返す。




「嬉しいかも。

だって、こんなに誰かとお喋りしたの……久しぶりなんだもん。」

「―――そっか。」




月明かりが優しく街並みを照らし、夜なのに少し明るく見える。

吹いてくる風が気持ちよく、着ていたローブも少しその風になびいていた。





「―――そうだ、近いうち王都へ行くわよ。」

「え?」

突然である。

「買い出し手伝ってよ!」


そう言うと振り返り、笑顔でそう答えた。


これが【シズク・グランベリー】という女の子なのだろう。

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