シズク・グランベリー①
世界が紅く染まる空に、目の朱い黒鳥が鳴いてそこら中からツンとした叫び声と祈る聖者の声。
法撃と火の粉が降り注ぎ、家屋がメラメラと音を立て灰が舞う。
熱と息苦しさが身を襲い、血がまるで絵の具のように壁一面に染まる。
……必死に何かと戦い必死に何かを守ろうとする。
何のためにか。
なんて、きっと答えは簡単なんだろう。
その簡単で単純で簡易な理由のために世界は叫んでいる。
人が動物が自然が……そんな理由のために絶えていく。
地獄絵図とはまさにこのことを言うのだろうか。
しかしなぜ、その中に【自分】がいるのだろうか。
なぜ、この中を彷徨い歩くのだろうか。
なぜ、そんな血だらけになりながら……。
「……シ 、お だけ 必 、 ……」
いつも紅い空から始まり歯抜けのような言葉で終わる。
なんのためにーーーいや意味は必ずあるのだろう。
頭の片隅に堕ちた記憶とでも言うべきなのか。
目覚めてから、いや、言うならばだいぶ昔から見てきていた気がする。
時々見るこんな儚い夢を……。
お互いに自己紹介をして少しした後に、気を失うように眠りについてしまった。
回復はしてきていたものの、本調子ではなかったためニ日は看病してもらう形でお世話になっていた。その間の食事や身の回りの事も全て彼女がやっていてくれていたのだ。
正に命の恩人というのはこの事を言うのだろう。
窓から見える景色は、最近まで野垂れ死にそうになったあの荒野が広がっていた。
「だいぶ顔色よくなってきたわね。」
朝ごはんを作りながら横目でこちらを伺う。初めて会った時とちょっと印象が違って見えたのは髪を下ろしていたからだろう。
「あぁ、お陰様でだいぶ楽になってきたよ。なんてお礼したらいいか」
「気にしないで。私ずっと一人だったし誰かといるってなんか新鮮だったから」
「家族はいないのか?」
「あー、昔ある事故でみんな亡くなっちゃったの。お母さんもお父さんも、お兄さんも……。」
少し言いづらそうに目を背ける。
「ごめん、変な事聞いちゃったな。」
「いいよ、もう昔の話だし。それに、少しの間だけど貴方がいてくれるしね。」
朝食を装い準備をする彼女はどこか嬉しそうな表情をしている。
「起き上がれそうならこっちで一緒にご飯食べよ。」
「あぁ。シズクのおかげでだいぶ体が動くようになったからな。」
「ちょっ、いきなり呼び捨てなんて……」
「すまん、違う呼び方の方がいいか?」
「ううん。」と首を横に振り、ちょっとニヤついた顔をして
「私も貴方の事、アキって呼ぶからお互い様ってことで!」
「あぁ、改めてよろしく。」
「あ、そうだ。倒れてた時に着てたボロいローブってどうする?捨てとく?」
壁にかかっていた如何にも熱を吸収しそうな黒いローブを指し
「あー、一応取っておくよ。何か思い出すかもしれないし。」
「そっか。」とテーブルに食事を並べ始める。
それらを見て思う、彼女の生きる活力と収入源は一体どこからきているのだろうか。
「私の収入源?心配してくれてるの?」
「まぁ、世話になったし手伝うと言ったからには詳しく聞いておかないとなと思って。」
食事を挟みながら彼女は答える。
「半分は国から貰ってるんだ。つっても結構少ないんだけどね。
あの事故が起きて身寄りのいなかった私は、
幼いながらも一人で、頑張って生きていくんだ!って、あの当時は粋がってた。」
手に持っていたスプーンを置き
「……悔しかったんだと思う。こんな世界に、みんな殺されちゃったんだって思うと……。
でも、結局世界には抗えないんだって実感するのは早かった。
たかが十歳そこらの子供がどう頑張って足掻いて生きていこうにも、
この世界はずっと、そんなの無理だって主張してた。分かってはいたの初めから。
結局、国からは成人するまで生活に必要なお金を支給してもらえるようになったの。
あとは、父が残してくれたこの倉庫だけ。
父も、兄も、もともと整備士だったんだ。そんな二人の背中を見てちょっとは興味あったのかなぁ、なんて。でも、せっかく残してくれたんだもん自分も勉強して何が何でも整備士になってやる!って意気込んで、今はその仕事を受け継いでいるってところよ。」
彼女は再びスプーンを手に取り食事を再開する。
空気が若干ながらも重くなるのを感じ少しの間が開く。
「こんなところに一人で住んでて、大丈夫なのか?その、盗賊とかいろいろ。」
「優しいのね。」と再び笑顔に戻る。
「いや、質問したい事は正直いくらでもある。この世界が今どういう状況なのか、ここはどこなのか。だが、シズクの事を先ず知っておかないといけない気がした。」
また少しの間があり、「それって、私が気になりますって言ってる?」とクスクス笑い食べ終わった食器を片付け始める。
「気になるよ、凄く。」
「……えっ」
「命の恩人として、まず返さないといけない義理がある。」
「あー、そっちね。」
「んじゃ、助けてもらいたい事ぜーんぶ教えます!」
ちょっと怒った口調で元の席に戻ると、なにやら紙に書き出した。
「まずは、ボディーガードね。最近契約も切れちゃってたしちょうどよかったわ。それと買い出しの付き添いでしょう。それから……」
他に提示されものは
・食事の手伝い(食事は必ず一緒にする事)
・整備士のアシスタント
・家の掃除
上記と合わせて五つだった。
「ところで貴方強いの?見た目はそうでもなさそうだけど……。」
「うーん。」
何も言えない。
戦っていた記憶もなければここに辿り着くまでに戦う機会もなかった。
一体自分がどのくらいの強さでどのくらいの相手だったら倒せるのか。
彼女を守れるくらいには強くあってくれと切に思う。
「まぁ、身体が覚えていると信じよう。
弱くても責任は取らない、その時は自力で逃げてくれ」
「なに自信満々に言ってるのよ」と呆れた顔で溜息を一つこぼす。
「一つ、聞いていいか?」
「ん?」
「どうしてオレを助けた?」
もっともな質問に対して彼女は口を重そうに開く。
「目の前で誰かが死にそうになってるのってなんか嫌じゃない?」
言い訳のように聞こえる引きつった笑顔。少しの沈黙の後、さらに口を開く
「最初はそんな理由だったの。
貴方の美味しそうに食べてる姿を見てたら、なんか昔を思い出しちゃって……。
でも多分、寂しかったんだ。
誰かの為にご飯作って、誰かの為にお世話して。
誰かと一緒にいる自分が、そんな自分に懐かしくなって。
少しでも昔みたいに……戻れるかなって……っ」
言葉を零し、泣き崩れる彼女に何も言えず、その場をそっと立ち上がる。
「ちょっとぉ、どこいくのようぉ」
「えっ、一人にしたほうがいいかなと思って。」
「こういう場合は優しく慰めるのが基本でしょぉぉ」
鼻水を垂らし、さらに泣く彼女の隣でその日の半日は過ぎていった。