小さな王子は夢を語る
【氷姫は知りすぎた】と【残酷な炎王は失った】の続編になり、人によっては蛇足だと思われます。
以上の二作を読み終えてから読むことを推奨します。
僕には姉が居たのだとお母様とお父様が僕のことを抱きしめて言った。そして僕の容姿がお姉様と良く似ていて、魔力の質も同じだと抱き締めてくれた。
僕の魔力は凶器だ。魔法を使って無くても溢れる魔力が他者を傷付けようとする。例外なのは肉親である両親とメイドのカルラだけだった。
「リベルト様、あなたは将来何をなさりたいですか?」
「僕は伯爵家を継ぐんでしょ?」
「ええ、そうですよ。ですがご両親とも嫌なら他のやりたいことをしていいと仰っています」
教育係のカルラが僕に優しく微笑む。その手に持つのは僕に教えるための本たちで、この後読むことになるんだろうと分かってたけど。
もっと、知りたい事があった。
「ねぇ、カルラ。僕のお姉様はどうしていないの?」
「っ」
お母様達はお姉様が居たのだと言ったけど、どうしていなくなったのか教えてくれない。お姉様が生きてるのか、儚くなってしまったのかも僕は知らない。
「カルラ?」
お姉様の単語を出してしまえばカルラの表情は一転した。先程まで微笑んでいた顔は耐えられないとばかりに歪み目には涙が浮かんでいる。
名を呼べばカルラの細腕が僕を抱きしめた。本が足元でばさばさと音を立てて落ちたのを聞いたけど、カルラが気になってそれどころじゃなかった。
「貴方様のお姉様は…とても素晴らしい方でしたよ」
分からない。素晴らしいという僕の姉は…ならばなぜ僕に会いに来てくれないのだろう。儚くなってしまったのならどうして眠る場所にも連れてってくれないのだろう。
僕が、子供だから駄目なのだろうか。
カルラは何も答えてくれない。お母様もお父様も何も教えてくれない。ただ時々遠くを見て怖い顔をする。そしてすぐに悲しそうな顔をして僕の頭を撫でる。
ねぇ、教えてよ。僕は知りたいよ。
唯一触れ合える家族に、何も言ってもらえないのはとても悲しいよ。お姉様のことが知りたいよ。どんな人だったのか、どうして会えないのか、教えてよ。
心に積もるのは疑問ばかり。それでも僕は魔力の制御のために庭でお昼頃になれば訓練をする。地面に座って魔力を感じる訓練。
自分の魔力を扱うには把握することが大切なんだってお父様が言っていたから。
僕の魔力はとても冷たくて他者に対して容赦がない。けど、僕に対してはとっても優しい。僕の魔力だからか僕が悲しい時は魔力が守る様に僕を包んでくれる。それが嬉しくて悲しい。
大丈夫なのになぁ。僕、ちゃんと訓練してるのにな。どうして僕の魔力は僕の事をこんなに守ろうとするんだろう。
魔力にはそもそも意思があるのかなぁ。
増えてく疑問の中、僕は違和感に気づいた。僕以外にも僕みたいな魔力があった。
お母様とお父様の魔力とも違う、とっても強くて、僕に似た大きい魔力がある。
『あなたの魔力は姉譲りね、家族には害がないのもそっくり…』
お母様がお姉様のことを話してくれた時のことが蘇った。僕の魔力はお姉様と似ていて、そっくりなんだって言う。
なら、あの魔力は僕のお姉様?
考えついたら会いたいって気持ちが大きくなった。会ったことのないお姉様は屋敷の中に居たんだ。三階の部屋から強い魔力を感じた。
僕が、魔力を感じることに慣れてきたからかな。近くにいたカルラに飲み物が飲みたいと強請って、居なくなったのを見計らい、僕はこっそりお姉様の元へ向かった。
どんな人だろうか。
僕と同じ容姿ってことは白い髪に薄い青の目なのかな。
髪は短い? 身長はどれ位?
性格は優しいのかな、怖いのかな。
魔力の扱い方について教えてもらおう、そしたらきっともっと僕は魔力の扱いが上手くなる。友達もきっと出来る。
自分で考えた事ながらいい考えだとおもう。
お姉様。僕のお姉様。
わくわくと階段を誰にも秘密で登っていく。僕の部屋は二階だったから三階には言ったことがない。三階は物置になっているとお父様が言っていたから興味も浮かばなかった。
でも、お姉様の魔力は三階にある。三階の真ん中のお部屋。
とっても強い魔力が僕の肌を撫で付けて少しの恐怖心と沢山の好奇心が浮かぶ。
会いたい、会いたい。
僕と、同じなお姉様。
ゆっくりとドアを開けて、僕は固まった。
真っ白だった。
部屋中が凍っていた。
ベッドを凍らした大きな氷だけがほんのりと青っぽい。すごいや、こんなの見たことない。絵本で読んだ氷のお城みたいに綺麗だ。
でも、お姉様はどこだろう?
この部屋はお姉様の魔力でいっぱいなのに姿が見えない。隠れちゃったのかな?
ドアを開けて中に入ってみる。やっぱり真っ白で綺麗な部屋だ。とっても不思議。太陽の光にあたり続ければ氷は溶けるのにこの氷はちっとも溶けないんだね。それに寒くもない。
きょろきょろと見回してもやっぱりどこにもいない。クローゼットを開けようかなと思ったけどクローゼットも凍ったままだ。氷は触ってみたけど、やっぱり冷たくない。
溶けもしないし、不思議な氷。
僕はちょっと悲しくなってきた。お姉様の魔力があるのにお姉様はいない。僕のことが嫌いで隠れてしまったのかもしれない。
泣きそうになって視界が滲む。慌てて目を擦って、気づいた。
ベッドの上に誰かが寝ている。
薄いシーツをかけて眠っている。氷の中だっていうのに、その表情は安らかだ。
「お姉様?」
大きな氷、その中でお姉様が眠っている。お母様が言っていたみたいに僕と同じ白い髪だ。目は閉じていてわからないのが残念だけど。お姉様がいた。
髪は長かった。見た感じとっても細くて綺麗な髪は腰のあたりまで伸びていて。
身長も高かった。お父様程じゃないけど、足も手もスラリと伸びてて顔もとっても綺麗。
まるで絵本に出てきた眠姫みたいに綺麗なお姉様は吐息を漏らすことなく眠っていた。
「っリベルト様!」
開けっ放しだったドアからカルラが走り込んできて僕が、お姉様を見ているのに気づいたら悲鳴を上げて出て行っちゃった。
どうしたんだろう?
お姉様は本当に綺麗だから僕はお姉様をずっと見ていた。そしたら慌てたお母様とお父様も部屋に入ってきて泣きそうな顔で僕を抱きしめた。
「苦しいよ…」
「リベルト…ああ、どうしてここに」
「庭で魔力を感じ取ろうとしたら出来たんだ。そしたら僕と同じのがこの部屋にあってお姉様がいると思ったからきたんだよ」
ぎゅうぎゅうに抱きしめてくるお母様とお父様の顔を見ながらそういえばお母様は何も言わず僕の方に顔を押し付けていて。お父様だけがとっても悲しそうな顔をしていた。
「ねぇ、お父様。僕知りたいんだ。お姉様の名前は? どうしてお姉様は氷の中で眠ってるの?」
「…お姉様はリナリアって言うんだよ…昔、とっても辛い事があって疲れちゃったから眠ってしまったんだ」
「疲れちゃったら凍るの? お父様も仕事で疲れちゃったら凍る?」
お父様もお母様もカルラも変だ。どうしてもっと早くお姉様について教えてくれなかったんだろう? あんなに聞いたのに。
「…凍らないよ。」
「じゃあなんでお姉様は凍っちゃったの? 僕お姉様とお話したいんだ。いつ起きるの?」
「リナリアは起きないんだ」
「どうして?」
「一生起きることはないんだよ、リベルト。リナリアはもう十年もこのままなんだ」
十年? 僕の歳と同じだ。
じゃあお姉様はずっと僕が生まれた時から氷の中にいるの?
お姉様は起きないって、なんで。
なんで、そんな事言うの。
「なんで起きないの? お姉様生きてるのに」
「…え?」
「リベル、ト」
「リベルトさ…ま?」
驚く三人に首を傾げる。
僕にはわかったよ。お姉様と僕の魔力は同じだから。
お姉様は眠ってるだけ。氷の中で眠ってるだけ。それって起こすこと出来るし、お姉様はいつか起きるってことでしょ?
そう聞けば三人ともが涙を流し始めて僕は慌てた。
「ど、どうしたの?」
「っああ、神よ」
「嘘、そんなこと…そんなことって」
「お嬢様…っずっと、ずっと生きておられて」
あ、そうか。三人は“違う”からお姉様の事わかんなかったんだ。氷の中だから触れられないし。確かめるすべもなかったんだね。
「お姉様、生きてるよ。ちゃんと」
「リベルトは…リナリアを起こせるのかい?」
涙声のお父様の言葉にちょっと嫌な気分になる。
むぅと唇を尖らせればお父様は困った顔をする。
「氷を溶かすなら熱ででしょ? 僕氷魔法しか使えないから分かんないよ」
「…炎魔法では無理だったんだ」
「力が足りてないんじゃないの? お姉様の氷すごい魔力が篭ってるもん。」
「足りていない…?」
その言葉にお父様は顔をもっと歪めて怖い顔で考え始める。お母様も、カルラもそう。何考えてるか教えてくれないから僕だけが分からなくてつまらない。仕方ないからお姉様の眠るベッドをチラリと見てみる。
やっぱりお姉様は綺麗な姿で“眠って”いた。
うーん、お姉様と話がしたいのになぁ、僕は炎の魔法に適正はないし…。氷で氷って溶かせたりしないかな。お姉様は辛い事があったって言ってた。なら…
「ねぇ、カルラ。」
「っなんでしょう、リベルト様」
「僕ね、やりたいことできたよ」
「…え?」
「お姉様を起こしてあげるんだ! それでお姉様を僕が守る!」
だから、大丈夫だよ。お母様、お父様、カルラ…お姉様。
なんにも悲しいことなんてない。
だって、お姉様はちょっと寝坊助なだけなんだから。 辛い事も何も無いよ? 僕が守ってあげるから。
無邪気な知りたがりの彼が次に知りたいのは姉の声。
幼い故の夢なのか、天才故の夢なのか。