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第95話 思惑 跡継ぎはどこも大変だ

 イァイ国にある城塞都市ヨルグ、その傭兵ギルドの二階でキシンさんと向かい合っている、恐喝容疑で逮捕されてもおかしくない程の顔面を僕に向けながら。

これはキシンさんが気分を害しているわけでも、僕が怒らせたわけでも無い。

単に不思議そうにしているだけだけでこれだっていうんだから、さすがの顔面凶器っぷりだ。


「ここんとこずっと出ずっぱりだったからな、で、なんでえその依頼ってーのは」


僕の説明を一通り聞くと、キシンさんは三歳以下の子供はもれなくお漏らしするであろう顔を向けて話しかけてきた。


「どうにも臭うなその依頼は、お前まさか受けてねえだろうな?」

「国の依頼ですからね、まだ3級じゃないんで受けられないですよ」

「俺様も知らなきゃ何とも・・、いや、流石にこれだけの金額となると裏がありそうだとは思うか。

まっ、それ以上にお前にアレを聞かされた者としちゃあ気になるな」

「おそらくはその絡みでしょうね。

どこから情報を入手したのかは気になりますけど、まあ手元に置きたいのは理解できます」

「だろうな、んなもんどこの誰かもわからん奴に握られたんじゃたまらんわな。

んで、お前はどうすんだ? 確かめたいって言ってたよな?」


そう、僕らは回収して廻る気は無い。


「最下層目指してアタックしますよ、そしてこの目で確認します」

「持って帰りはしねえのか?」

「はい、誰かが依頼を受けて持って行くんなら、最終的に誰の手に渡ったかの確認はするつもりですけど」

「額が額だけにちと勿体ねえな、お前がそれでいいんならいいけどよ」

「はい、これはメンバーで話し合って決めた事ですから」

「そうか・・、わかった、好きにするんだな」


控えめにほほ笑むキシンさん、流石にこの表情なら獲物を狙って舌なめずりしているくらいにしか見えない。


◇◇◇◇◇◇


「ふぁ~ぁ」


 あくびをかみ殺して伸びをする、窮屈な車内では同じ体勢で長時間過ごすため、少し体を捻っただけでバキバキと腰の辺りから音が鳴った。

眠るのにも飽きて、というよりもあんまり寝すぎると今度は夜眠れなくなるので自重しているのだが、街道脇の雑草生い茂る景色をぼんやりと眺める。

まるで面白味のない風景に軽く舌打ちしつつ、自分を含めて三名しか乗っていない車内に目をやった。


 向かい側では母娘で編み物の真っ最中だ、母から娘への手ほどきの。

今になってこんな馬車の中で少し位やったところで、何がどうなるでも無いだろうに。

そう思いつつも本音の部分では微笑ましいものとしてとらえているのか、自分の口角が幾分あがっているのが自覚できる。


 実際覚えたところでやる必要は全くない、市販の物の方が出来はいいし費用は気にしなくていいのだから。

ただこれはそういう意味でやっている訳では無いらしい、嫁ぐ娘がいつか母となる時その準備期間に気持ちを落ち着かせるために行う手慰み。

そういう意味合いが強い、とはいえ我が子へ愛情を注いだ手ずからの品を与えたいというのもあるみたいだが。


「兄さま、そんなにお暇でしたら窓を開けて手でも振ったらどうですか?」


視線を感じたのか、それまで下を向いていた妹が顔を上げて話しかけてきた。


「んな面倒な街中でもあるまいし、こんな街道でやったところですれ違いざまにちらっと見えるくらいだろうに」

「それでは書などお読みになっては? 時間がもったいないですよ」

「パスパス、体動かせないなら何やったって気分転換になりゃあしねえよ」


 妹からのお小言をスルーして、再び外の景色に目をやる。

良い子に育った、少し口うるさい気もするが明るくて素直で、まあ多分に身びいきもあるかもしれないが。

歳が離れている事もあり、妹はわからないが自分自身は父娘おやこのように感じている。


「なんですかその言葉遣いは、もっと国王としての自覚を持って」


すると今度はその隣の母から、今更なそして毎度な注意を促される。


「んな事言っても身内しかいないんだから、片っ苦しい事いわんでも」

「まったく・・、そんなだから何時まで経っても独り身なんですよ、ああ早く孫の顔が見たい」

「ハイハイわかりましたよ、ちゃんといたしますですハイ」


前国王の妃である皇太后ローラースー・ホースロウ=イァイは、何十回目かになるいつもの愚痴を口にした。

一男二女の母であるローラースーはすでに長女を嫁に出しているが、残念なことに娘夫婦は未だ子宝には恵まれていない為孫には御目にかかった事が無い。

前国王には男子一名女子六名の子が居るが、その内女子三名は側室の子であった。


長女から五女までの姫は嫁いでおり、この度末の六女が婚姻を結ぶ。

末っ子という事もあり兄や姉たちにも可愛がられ、本人も気性が穏やかで愛らしい。

出来ればまだまだ手元に置いておきたい娘ではあるが、相手に見初められ本人も憎からず思っているとあれば反対も出来ない。


この先お城で息子と二人で暮すのは何とも憂鬱だ、愛情の有無では無くお互いこの歳になると面と向かって口を開けばつい現状についての文句が出てしまう。

せめて孫がいてくれたらと切に願う、妻と死別してもう何年にもなるというのに、この息子は一向に後妻を迎えようとはしない。

身持ちが固いのは悪い事ではないが、国王として後継者をどうするつもりなのか。


いけないいけない、ついこんな事ばかり考えてしまう。

そういえばと、皇太后は半月ほど前に聞かされたこの度の婚儀と並んで一番の関心事についてを話題にした。

本来王族の世話をするのに、侍従長なりメイド長なりが同乗するべきところを、最後に家族水入らずでと三名のみしかいない気安さをもって。


「ねぇレンドルト、あなたの、その、子供? かもしれない子にはいつ会えるのかしら?」

わたくしは会えそうにないですね残念です、兄さまの子供という事はわたくしにとっては甥にあたるわけですね?」

「お前よりも年上だけどな、母さんまだ決まったわけじゃないんだから」

「だって・・、お城での生活や王族としての振る舞いなど覚えてもらう事は色々ありますよ、ああ心配いりませんわたしが責任もって手取り足取り教えますからね」

「だから落ち着いてくださいよ、まだちゃんと確認とれてもいないし本人の適性もわからないんですから」

「適正?」

「そう、いくらなんでもあまりにも好戦的だとか金に異常に執着するなんて奴だったら、王室こっちに迎え入れるわけにはいかんからな」

「でもそれ以前に、どうやって兄さまの子だって確認するんですか?」

「それについちゃ問題無い、男で助かったぜこれが女だったらどうしようもないところだった」

「?」


王族はお城に籠ってばかりいないで外に出るべきだ、レンドルトは自身が掲げる開かれた王室を目指して様々な改革を行ってきた。

そうはいっても過保護に過ぎる宰相らの抵抗もあって、そうそう大っぴらな事も出来ていない。

せいぜいが友好国の間での留学を頻繁にする事や、王都限定ではあるがごく少数の護衛のみでのお忍びでの街の散策など。


これまでよりは市井の民に触れる事も多く、それにより少なくない影響も受けている。

ただ基本蝶よ花よで育てられてきているので、どうしても自分本位で相手を慮るという気持ちが希薄なのはしょうが無くもあった。

王族ファミリーの思考からは、相手方本人の意思という最も重要なファクターがすっぽり抜け落ちていた。


◇◇◇◇◇◇


 傭兵ギルドを後にした僕は、ヘイコルト商会の万屋よろずやへと向かっていた。

キシンさんが居たら面倒そうだなと思っていた傭兵ギルドは、結果的には話を聞いてもらって助かったというか安心出来た気がする。

その辺はエイジも同じみたいで。


【忙しそうだったが、キシンに直接会えたのは良かったな】

【うん、行く前は絡まれそうで出来ればいなければなーとか思ったけどね】

【そう邪険にするな、事情を話したからにはちゃんと報告もしないとな。

余人に伝言するって訳にもいかないんだから】

【そうだね、でもキシンさんがあの依頼知らなかったのはちょっと意外だったなー】

【そうはいっても、あの依頼出てからまだ一週間も経ってないだろ?

キシンも他の依頼やってたんだし、逆に『雪華』がここに居るのに知ってる方に驚けよ】

【そういえば・・、どうやって知ったんだろう?】


僕らは、あの依頼が貼りだされた翌々日にオューを発った。

早馬でも出てたんだろうか?

『雪華』はそれほど大人数のチームってわけじゃないから、連絡員を主要どころに配置なんてしてないだろうしな。


【おそらくは、賭場の情報だろうな】

【とば? 何するとこ?】

【賭け事、知っての通り競合依頼は傭兵同士の競争だ。

そんな中、どこの誰が達成するかを金を賭けて当てるんだよ。

勝てば賭けた金額と倍率によって配当を貰えて、はずせば賭けた金は返ってこない。

王都や大きな都市には大概ある、あんな大きな競合依頼格好の賭けの対象だろうよ】

【そこが連絡まわしてんの?】

【出来る限り早く情報を共有して賭けをはじめないと、下手したら達成して終わっちまうからな。

大きな傭兵団は賭場を情報収集の場所として利用してるんだ。

自分らがその依頼に参加するかしないかを教える代わりにな】


なんか面白そうだな。


【行ってみたい! どこにあるの?】

【一度行ってみるのは悪いこっちゃあないけど、どうもアルは熱くなりそうで怖いんだよな】

【熱くって?】

【賭け事にハマりそうって事、金が余ってる訳じゃ無いんだから止めといた方がいいと思うんだが】

【やらないで見てるだけならいいんでしょ?】

【最初は誰でもそう言うんだよな】

【いいじゃん、軽く様子見ってことで】

【はー、まあいいか、後学の為に覗いてみるか】

【やったー、そうこなくっちゃ、で、どこ行けばいいの?】

【俺も正確な場所は知らんよ、キシンなら知ってると思うけどそうだな・・、そのままヘイコルト商会へ行けばなんかわかるだろ】


 結構な時間エイジと魂話してたせいで、ヘイコルト商会の万屋に到着した。

今回の依頼で魔核鉱石を仕入れる先として、ここを一番に候補として挙げたのだ。

馬車でこちらに来る四人の内二人とここで待ち合わせしてるんだけど、まだ到着して無いみたい。


一応本当にまだ着いて無いのか確認する為に、商会の裏手の馬車を停める柵を見に行ってみた。

表側にもお客様用に馬車を停めるスペースはあるが、商品の仕入れに伴って搬入し易くこちらに止めてるのかもと思ったのだ。

やっぱりまだだったのが確認できたが、その代わりというかギースノさんがこれから出かけるのか、商会の馬車の近くで荷物のチェックをしているのが見えた。


「おはようございます、ギースノさん」

「ああ、おはようございますアルくん、お久しぶりですね」

「お出かけですか?」

「ええ、自国内王都ファタまでの往復ですね」

「? あの、お隣のミガの王都では盛大な催し物があるみたいですけど、そっちには行かないんですか?」

「今回は色々検討した結果、そちらへは行かない事になりました」


てっきり大勢集まるから、儲けが期待できるんじゃないかと思ったんだけど。


「向こうはずいぶん前から大手の商会を中心にして用意してますからね。

そんな中お邪魔してもそうたいした利益は得られないでしょう。

それよりは、多くの皆さんが移動される街道沿いの消費の補充に回る方が、何かとうま味がありそうです。

王族の皆様と共に、守護される近衛の皆様やお世話する方々それに、この機に話し合いをする為に多くの文官の皆様とそこだけとっても大人数での移動となります。

さらに、見物に出かけるような方々も富裕層の方たちですから、その道中におとすお金も大きくなります。

現地まで行かなくても、労を惜しまず各地を回ればそれだけでかなりな取引が見込めます」

「はぁー、商売は難しいですねー」

「ははは、だからこそやりがいもあるんですよ、それで、本日はどうしたんですか?」

「あの実はですね」


僕は依頼で魔核鉱石の買い付けに来たこと、オューで国からの競合依頼があった事を伝えた。


「そうですか、そんな大きな依頼が・・」

「あの、ご存じなかったんですか?」

「ええ、私は勉強中の身ですから外回り中心なんですよ。

昨日戻ったんですが、イァイ国内を回ってましたんで」

「もしかすると、この件でギースノさんの行先が変更になったりするんでしょうか?」

「・・それは無いですね、父を中心に商会のベテラン達で立てた方針ですから、当然その情報も加味した結果でしょう。

ただ、そうなると情報が行渡るとかなりな数の傭兵の方々も、オューに移動される可能性が高いですね。

なるほど、それでなんでしょうかね」

「それでというのは?」

「今回はあまり急がずにゆっくり向かうようにと、父に指示されたんですよ。

おそらくは、情報が出回るのにしばらくかかるからその辺を見越したんでしょうね。

いや、参考になりました、ありがとうございます」


結構重要な情報だと思うんだけど、なんでお父さんはギースノさんに伝えないのかな。


「事前の説明には無かったんですか?」

「ええ、たぶんそのあたりは自分で考えろという事なんでしょうね。

行先と大まかな商品構成は指示されますが、細かいところは自分の裁量でなんとかするように言われているんですよ。

消費の流れの機微を読み、必要な商品を欲しているところへ遅滞なく届ける。

この辺りを肌で感じて、感覚を研ぎ澄ませるのも勉強の内と言いますか」


商売って大変なんだなー、それとも跡取り息子だから要求されるレベルが高いのかな。


【アル、丁度いいからギースノに聞いてみれば?】

【あっ、うん、そうだね】


突然エイジに話しかけられてびっくりしたけど、確かに丁度いいや。


「あのギースノさん、賭場ってどこにあるかご存知ですか?」


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