第94話 旧交 手を伸ばしてきたのは誰だ?
朝のリンドス亭、忙しく動いているロナさんに軽く挨拶を。
笑顔で返してくれる懐かしくて温かい感じ、相変わらず綺麗だけどなぜか親しみやすい雰囲気。
やっぱりここは僕の原点、もう一つの故郷ってとこだな。
厨房のキアラウさんにも、依頼で寄っただけで今日すぐにここを離れると短く話した。
すると手招きされ、なんだろうと思いつつ厨房の中へ。
徐に天井を指さし、「あれ、どうすんだ?」との事、そういえば出立する時にも言われたな。
預かってもらってる片手剣の征龍剣と盾か、今はまだ使い道は無いし持ってても管理しきれない。
すいませんけどと、まだしばらくの間預かってもらう事に。
それは特に問題無く了承してもらえたが、そういえばと告げられた話は意外だった。
「ベルモンドから、もしアルが戻ったら寄る様に伝えてくれと頼まれてる」
「? ベルモンドさんですか? なんだろう?」
確か旅立つ時に、今も持ち歩いている両手剣の方の征龍剣の、鞘と柄の偽装をしてもらったんだっけか。
なんだかわからないけど、キアラウさんには後で行ってみますと言っておいた。
ここでようやく盛大に鳴るお腹においしい朝食を運ぶことが出来た、満足満足。
食事を終えた僕は席を立ち、ナルちゃんとロナさんにお昼にまた来ることを告げ、リンドス亭を後にした。
予定していなかったけど、キアラウさんに言われた通りベルモンドさんの元へ向かう。
歩いている最中に、何の用事なのかエイジにわかるか聞いてみたけど、やっぱりわからないとの事。
そうだよなー、僕にも特に心当たりないんだよなー。
そんな事を考えていたら鍛冶師のベルモンドさんの作業場に着いた。
ここを訪れるのも二週間ぶりか、そう考えるとあんまり経ってないな。
「おはようございまーす、ベルモンドさんいらっしゃいますかー?」
入口から一声かけてしばらくすると、奥から歩いてくる気配が。
予想通りベルモンドさんだ、僕がご無沙汰してますと挨拶するとちょっとびっくりした感じだったけど、すぐに再会を喜んでくれた。
仕事場に案内され、作業台のようなものをはさんで向かい合って座った。
「仕事でこっちに来たんですけど、リンドス亭へ行ったらキアラウさんにベルモンドさんのところに顔を出すように言われて来ました」
「そうか・・、実はな、それなんだが」
そう言ってベルモンドさんが指さすのは、腰にさげている二本の内征龍剣の方。
「アルがここを離れてすぐに、男が探してる剣があると言って見せてくれた絵に描かれていたのが、鞘と柄に細工する前のその剣だった」
「・・・・」
「なんでも、さるところから盗み出されて売りに出されたんだそうだ、見つけたら警ら隊に自分の名前を言って知らせて欲しいとな」
「・・そうですか」
そんな事が・・、これは僕一人じゃどうしていいかわかない。
【エイジ、どうすればいいかな?】
【まあ特にどうもせんでいいんじゃないか?】
【そうなの? でもベルモンドさんのところに来たって事は、僕が持ってるってわかってるって事じゃ無いの?】
【それは無いだろう、だったらアルに伝えてくれって言ってるだろうし、アルに伝えるんだったらベルモンドじゃなくリンドス亭の誰かに伝言するはずだ。
ただもう少し状況を整理したいから、ベルモンドにその時の事を出来る限り詳細に聞いてみてくれ】
【わかった】
エイジとの緊急会議の結果に基づいて、ベルモンドさんにその男が来た時の事を聞いてみた。
「すると、ネナの武器屋で買ったのが『羽』の男だって事はわかってるって言ってたんですね?」
「そう言っていた、本来窃盗であれば捜査するのは警ら隊の役目のはず。
だが、あの男はそういう感じでは無かった、それでも何か分かればこちらの警ら隊に連絡をというくらいだから、何らかの国の機関の者だろう。
アル、あれがその剣だとするとお前はただ武器屋で買っただけなんだろう。
しかしあれだけ見事な剣だ数打ちとは思えない、となれば誰かのために打たれたんだろう。
鍛冶師としては、本来の持ち主の手に戻してもらいたいという思いはある。
というのは、まあ、こちらの勝手な希望だ、どうするかは持ち主であるお前次第だ」
ふむ、ベルモンドさんに細工してもらい今持ち歩いているのは、ヨルグのダンジョンで見つけた両手剣の方の征龍剣だ。
一方その男の探しているのは、エイジに言われて僕がネナの武器屋で買った片手剣の方の征龍剣だな。
ベルモンドさんは絵を見せられただけだから、寸法まではわからなかったんだろう。
【エイジ、なんて説明すればいいかな?】
まずはエイジと再び会議。
【・・基本線としては、ちゃんと本当の事を話した方がいいと思う。
但し、言わなくてもいい事は言わないってスタンスでってとこかな】
【うん、僕もベルモンドさんは信用出来るし、変に誤魔化したくないって気持ちもあるからその方がいいかな。
ただ実際にどうやったら丁度いい感じになるかが・・、どう言えばいいかな?】
【俺だったら・・・・とこんな風な説明で済ますかな】
【・・やってみる】
「ベルモンドさん、教えていただいて叉持ち主が僕だって事を黙っていてもらってありがとうございます。
こちらで鞘と柄に加工をお願いしたのは、この手のトラブルを避ける為でした。
あっ、勿論盗品だったなんて知りませんでしたよ。
ただ、知っているヒトの目から逃れようとは思いましたけど」
「? 盗品だって知らなかったのに、その剣を知っているヒトの目を逃れる?
どういう意味だ?」
ベルモンドさんが困惑しているみたいだ、まあそうだよな。
「この剣は誰か個人の為に打たれたものでは無く、ある目的のために打たれたものなんです」
「ある目的とは?」
「すいません、それは今はまだ打ちあける事はできません。
これはある場所に保管されていたものです、この事は僕のパーティーメンバーは全員知っています。
しかし何故か武器屋で売られていた、僕もびっくりして慌てて購入したという訳です。
事情を知らないヒトの手に渡るのを避けたかったんです」
「ふむ、よくわからんが探しに来たという事はそれを持ち出した者という事か?」
「わかりません、ただおいそれと渡していいものでは無い以上、手に取った者の責任として相手が問題無いかどうか見極めたいと思っています」
「で、具体的にはどうするんだ?」
「今はまだ仕掛かりの事もあって動けません。
ある程度片が付いたら、メンバーとも話し合って決めたいと思います。
そういう訳でなんとかこちらで対処しますので、申し訳ないんですがこのまま黙っていてもらませんか?」
ベルモンドさんは腕を組み目をつぶって思案している様子、しばらくして目と口を開くと僕にこう言った。
「何か厄介な理由があるのだけはわかった、アル、無理せんようにな」
「ありがとうございます、何かありましたらまた教えてください、こちらも決着ついたらお知らせします」
「ああ、その剣が打たれた目的とやらに興味が湧く、いつか教えてくれ」
「えーと、ぜ善処します」
◇◇◇◇◇◇
一方その頃、セル達四人は国境を越える検問所の待機列に並んでいた。
今日一日を効率的に過ごそうという商人達が、前日に食料を買い込んで馬車で食べながら日の出とともに列をなしているのだ。
宿で朝食の後馬車屋にて馬車を借りてようやく列に並んだ四人の順番が、いまだ訪れないのはある意味当然ともいえる。
セルが御者を務めている為、その後ろでは女性陣三人のガールズトークという名の、アリーによる入念な聞き取り調査が行われていた。
昨夜のお風呂では何事も無かったのか、旅の仲間としてお義姉ちゃん(自称)としてまた婚約者(自称)として確認しておかなければならない、彼女にとっての最重要事項である。
ここまではアルの目を気にして、ずっと気にはなっていたが聞けずにいたのだ。
シャルの「パルフィーナさん達がいたから何にもなかったわよ」という報告は、アリーにとっては逆に事件が起こってしまったと認識される。
アーセ(を含む四人)がガマスイにて『雪華』の団員と知り合いになったのは、その時に別行動していたアリーには初耳であった。
愛するアーセちゃんに悪い虫がついてしまった、心に棚を持つアリーは自分の事は丁寧にその上に置いて、周りの者が聞けば間違いなく理不尽と感じる敵対心と警戒感を露わにしていた。
「つまり、敵はその三人という訳ですね」
「あのねアーちゃん、ちゃんと聞いてる? 敵じゃ無くて知り合ったの」
「その中でも話に出た、そのパルフィーナなる輩が敵の首魁なのですね?」
「だから違くて、パルフィーナさんが『雪華』の団長さんでマリテュールさんがその妹さんで、レイベルさんが副団長さん」
「一度に三人は厳しいですね、まだまだこの列は時間はかかりそうですし、ここはまず一人・・、シャル、敵の宿泊している宿はどこですか?」
「わかんないわよ昨夜はそのまま別れちゃったし、まずは落ち着いてよ、別にアーセちゃん何にもされてないんだからさ」
大人しくしているアーセをよそに、アリーによるシャルへの詰問は続いた。
「・・もっもう一度お願いします、今なんと?」
「だから、レイベルさんはアルとセルと一緒にお酒飲んでたんだけど、パルフィーナさんとマリテュールさんと一緒に四人でお風呂入ったの」
「その次です」
「あたしとマリちゃん、アーセちゃんとパルフィーナさんでそれぞれ背中の流しっこしたのよ」
「なっなんと破廉恥な、アーセちゃんの肌に触れたなど!」
「あのね、パルフィーナさんは普通にタオルで背中ながしただけよ、大体いつもアーちゃんは素手でアーセちゃんの体中触りまくってるじゃ無い」
「お義姉ちゃんである私と、そのようなどこの馬の骨ともわからない者を一緒にしないで下さい!」
これはいくら詳しく説明しようが無害だとは納得してもらえない、シャルはわかってはいたが半ば説得を放棄した。
そもそもアーセはパルフィーナを嫌がっていないし、彼女が向ける好意もいやらしさを感じさせるものでは無い。
どう見ても、あれは妹に対する姉のものでも無くかといって子を想う母親のものでもない、一番近いのは孫を愛でる祖父母の無上の愛だとシャルには思われるのだ。
「だから何にも問題無いって、ねっアーセちゃん?」
「ん、だいじょぶ」
「アーセちゃん、無理しなくていいんですよ、二人の未来の為ならお義姉ちゃんは手を汚すことを厭いませんよ」
「もう、物騒な事言わないの、これ以上言うならアルに言うからね!」
「ちょっ、それは・・、わかりました、今日の所はこの気持ちは押さえておきましょう」
「今日だけじゃなくてずっとにして、ねっ、アーセちゃん」
「ん、アーちゃん、ダメ」
「・・・・わかりました」
御者台に座るセルは、とりあえずは落ち着いたかと苦笑しつつほっと一息つく。
暴走状態のアリーの相手はシャルじゃ荷が重いか、そんな事を考えつつも頭のほとんどは昨夜宿屋の部屋でアルに聞いた事で占められていた。
アルがもしも・・、そうなったらこのパーティーはどうなるのか、そしてこのメンバーでの旅とダンジョン攻略はどうなるのか、答えの出ぬまま牛歩の歩みで進む馬車の手綱を握っていた。
◇◇◇◇◇◇
「おぉ! アルじゃねえか!」
「キシンさん、おはようございます」
あちゃー居るとは思わなかった、朝早いからてっきり居ないと思ってたのに。
居なければ居ないで職員さんに来たと伝言しておこうって、不在なのを覚悟で半ば期待もして訪れたのに。
なにしろ、ヨルグまで来たのに顔を出さなかったと後で知れたら何を言われるか、ただのアリバイ作りのつもりだったのになー。
「ちっと上行こうや!」
「はい」
おなじみの二階の打ち合わせスペース、どかっと座るキシンさんの向かい側に腰を下ろした。
相変わらず兇悪な顔面だなー、いいなー迫力あって。
まずは、知らないヒトが聞けば当たり障りのない近況報告に聞こえるだろう会話からスタートした。
「出がけに言ってたのの進捗具合はどうでえ?」
「まずまずですかね、実は厳しい箇所で足止めされそうだったんですが、解決しそうなんですよ」
「じゃあ順調ってこったな」
「はい、そうですね」
ダンジョンの事忘れて無かった、というか気に掛けてくれてたんだな。
「こっちに来るたあ何があったんだ?」
「依頼を受けて」
「ほう、中々頑張ってるみてえだな!」
キシンさんは、とにかく僕が依頼をやっていると機嫌がいい。
「こっちはようやく一段落ってとこだ」
「何かあったんですか?」
「お前も知ってんだろ? 例の式の事でな。
ファタからここまでの街道沿いの害獣駆除だ、王様が通るんで間違いがあっちゃあってことでな。
今日は予備日だからな、一応ここに詰めとくことになってんだ」
「キシンさんは見に行かないんですか? 御前試合とか色々あるみたいですけど」
「パスだ、興味無い訳じゃねえがこの後も出張らなきゃならんしな」
「どこか行くんですか?」
「そうじゃねえ、王様が王都に帰る時も同じように駆除して周らなきゃならん。
見物に行ったんじゃ先んじて処理できねえだろ?」
なるほど、そうするとミガ国側では今頃から街道沿いで色々やってんのかな。
キシンさんも大忙しだな、これも国からの依頼なのかな?
だとしたら僕らはどうせ受けられないけど、そういえばオューの傭兵って皆あの依頼に殺到してるけど、大丈夫なのかな。
「そういえばキシンさん、オューのダンジョンの依頼知ってますか?」




