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第91話 制裁 鼻は拭こうよ

 年季の入った石畳や石造りの低い建物が並ぶ、雰囲気は落ち着いた街並みという風情ながら、実際はヒトと馬車とでごった返している。

ここドゥノーエルはお隣のイァイ国城塞都市ヨルグへ続く南門の他に、王都オューへ向かう東門とさらに北門と北東門という合わせて四つの門がある。

夕方ともなると、これらの門から本日の旅程の終着地として、この街に到着する多くの馬車が一気に押し寄せてくるのだ。

 

 ミガ国とイァイ国は、王同士の仲が良いので現在は良好な状態ではあるが、国境に建てられているだけあって南門だけは堅牢な造りになっている。

石造りなのは他の建物と変わりが無いが高さが違う、低いところで地上から15メートル最も高いところは20メートルはゆうにある。

普段は警ら隊が詰めているが、有事の際には軍隊が駐留する為の施設もまた南側に配されている。


 そんなものものしい区画ではあるが、国交が正常な現在は商魂たくましい商家がこぞって店舗を構えている。

街の主要機関である役所や各ギルドなどは、国境の際から離れた街の北西に固められていて、逆に宿屋などは門に沿った通り沿い主に中央から南側に集まっていた。

かきいれ時とあって、各店舗も店員が通りに出て客引きしてる声がそこかしこで聞こえてくる。


 僕は、以前の傭兵ギルドの依頼の時などを含め数度目ながら、以前は通過するだけだったので改めて流れる景色を楽しんでいた。

道も混んでいるしどうせ明日まで用は無いので、一旦馬車は馬車屋に返して歩いて廻る事に。

活気づいている中を僕らはただ歩いているだけなんだけど、なんとなくこっちも元気が出てくるというか心が沸き立つ感じがしてくるから不思議だ。


「どうですかー? ちょっと覗いてみませんかー?」


 先頭を歩く僕とアーセに話しかけてきたのは、年の頃そう変わらないだろうなと思われるくらいの男性だった。

宿屋と思われるお店の前で従業員揃いと思われる上着を着て、笑顔で道行くヒトを勧誘している。

各店舗とも、この夕方のラッシュで到着したヒト々を向かい入れるのに、店の前で客引きを行っていた。


「今ならまだ空いてますよー、今日はいいお肉も入ったんでオススメですよー」


 まあ悪くないけど、他も色々と見てからにとその場を後にしようとしたところ。


「ほら、おにーさん、おねーさんもどうですかー? お安くなってますよー」


 そう声を掛けられると左腕を引っ張られた、アーセに。

んっと思い左を向いてアーセを見てみると、なぜかとても笑顔でこちらを見ている。

・・・・なんで?


【エイジ、よくわかんないんだけどアーセなんでこんなニコニコしてんのかな?】

【うーん、店員におねーさんって言われたのがうれしかったんじゃないのか?】

【? それうれしいのかな?】

【アーセちっちゃいからな、子供と一緒に居る時以外でそんな風に呼ばれたの初めてなんじゃないのか?】

【・・そもそもアーセに言ったんじゃないと思うんだけど】

【それ、アーセに言うなよ】


 僕の左隣にアーセが並んで歩いている。

アリーもアーセの隣に並びたかったのが、流石に三人並んではすれ違うヒトに迷惑になるという事で、泣く泣くアーセの真後ろに位置している。

その横僕の後ろ辺りにシャルが、そして最後尾にセルといった並びで歩いてきた。


 店員さんの僕から真横に移した目線からしても、どう見てもアーセの真後ろほぼ密着寸前のアリーを見て言ったと思うんだけど。

・・まあいいかな、早いとこ決めないと埋まっちゃいそうだしな。

こう言えばアリーは必ず賛成するとして、主にシャルとセルに向かってお伺いをたてた。


「アーセがここがいいみたいなんだけど、どうかな? 決めちゃっていい?」


後ろから手をまわして抱きすくめながら、耳元に自らの口を近づけ「いいですよ」とアーセに言っているアリーには後で制裁を加えるとして。

シャルとセルもいいみたいなんで、本日のお宿はここにすることに。

他に軒を連ねている店と同じく二階建てと高さは無いが、奥行きが広くて結構な部屋数があるみたいだ。


「ありがとうございまーす、五名様ご案内ー」

「いらっしゃいませー、五名様ですか? お部屋はどうなさいますか?」


宿屋の中に入ると、今度は女性従業員さんが元気よく迎えてくれた。

ここは『旅亭ウイゴウ』といって、ドゥノーエルでは結構歴史ある老舗らしい。

部屋に空きはあるみたいだけど、ラインナップが悩ましい。


一人部屋と二人部屋の他は、五人から八人が泊まる用の大部屋しかないとの説明。

普通に分ければ一人部屋一つと二人部屋二つなんだけど、アーセが僕と同じベッドで眠れば二人部屋二つで足りるか。

反対意見を口にする若干一名は無視して、食事のみ五名分で部屋は二部屋で宿泊する事になった。


【アル】


 ここでエイジから話しかけられた。


【ちょっと考えがあるんだ、アーセに協力を頼みたい】

【どんな事?】

【アリーに少しな、その件でアーセにこういうセリフを言ってもらいたい】


説明を受け、アーセの耳にこしょこしょとお願いをする。

まあ丁度いいか、さっきの事もあるしな。

さてさて、何が出る事やら。


◇◇◇◇◇◇


「ずいまぜん、ずいまぜん、もう二度とじまぜんから許じでぐだざい」


 明日からのミーティングの為、僕らの部屋にアリーとシャルを招いて話の終わりに、先ほどの不埒なマネに対する沙汰を言い渡した。

制裁措置として、「アーセとお風呂に入る事を禁ずる事とする」と。

聞き終えた直後は、アリーもこれを不服として抗議していた。


「納得できません、以前の取り決めではお義兄さんの制止から三秒以内に改善されなければだったはずです。

今回の行為については何も言われていませんし、なにより問いかけに対する返事をしただけですよ?

その扱いは不当です、取り消してください」


感情的にならずに、理路整然としていてわかりやすい不服申し立てだ。

だがこちらにも思惑がある、可哀そうだがここは泣いてもらうとしよう。

事前にエイジと打ち合わせた通り、毅然とした態度でこの申し立てを却下する。


「あれは、アーセに対する過剰な振る舞いに歯止めをかけるために設けた規則だ。

それを規則のすきを突くようなやり方は、本質的に反省もしていなければ今後手控える気も無いと見える。

この有様ではこちらとしても厳しい態度をとらざるを得ない。

これを受け入れるか、もしくはパーティーを脱退するかどちらか選んでくれ!」


 ここまで一緒に過ごしてきた考察として、いきなり暴力に訴えてくるような事は無いはず。


「お言葉ですが、ここで公衆浴場に入るのは初めてになります。

アーセちゃんの輝く美貌と愛らしさを前に、目のくらんだ輩が殺到するのは目に見えています。

身辺警護には、実績と信頼のある私をおいて他にはいないでしょう。

ご再考を願います」


この主張は想定通り、なので沈んでもらおうか。


「百歩譲って実績はあるけど信頼はない。

以前に過剰に過ぎるとして、アーセ本人からも言われていただろう?

それに、我々のパーティーにはシャルもいる。

今後はシャルに任せれば何の問題もない」

「そんな・・、アーセちゃん、アーセちゃんはどうですか?

私と居た方が安心ですよね? 心強いですよね?

いつでもどこでも一緒がいいですよね?」


そして最後に最も重い一言が告げられた。


「にぃの言う事守れないならバイバイする」


こうして膝から崩れ落ち地べたに座り込んだアリーが、措置の撤回を訴えているという状況につながる。


「う゛う゛う゛ぇっ、アーゼぢゃんー」


 もう感情の赴くままただただ泣いているさまを見ていると、とんてもなく惨い事してる気になってくる。

実際本人にしてみれば、かなりな深刻さなのが見てとれる。

すんとしてれば知的な美人さんでとおるのに、涙はともかく鼻水たれ放題なのはもう色々台無しだ。


「それじゃ僕らはお風呂行ってくるから、ここで一人で留守番している事、いいね?」


そう言い残して、アリーを残して部屋を出た。

うわー、罪悪感感じるなー。

なんかいたたまれなくなって、エイジに話しかけた。


【これでいいんだよね、エイジ?】

【ああ、上出来だ】

【ここまでする必要ある? なんだか可哀そうでさー】

【うーん、結構なダメージはあるだろうなと思ってたけど、いや予想以上だったなこりゃ】


 今回こうなったのは、エイジからのそろそろ向こうの狙いをはっきりさせておこうという提案があったからだ。

近く行われるイベントに際して、おそらくはアリーの所属している組織の構成員が別件ながら多数ミガ国に配置されるはず。

そこで連絡をとりやすくなる事で、ここまでの報告と指示を仰ぐに易しい環境であれば動くのではなかろうか。


だったら隙を見てこっそりとではなく、一人でいる時間を強引にでも作っておけばつなぎも取りやすかろう。

ここはアーセに対するあれこれを理由にして、我々四人とは別行動するタイミングを強引に設ける。

これが急遽エイジが立案した、アーセをだしにアリーを泳がせ目的を暴こう作戦だ。


【これで今夜にでもなんかわかるの?】

【そう急ぐな、いきなり今日ってのは無いだろうよ】

【じゃあいつになるの?】

【そうだな、今日と同じ環境に明日以降なるとわかっていれば、明日ヨルグで連絡をとるだろう。

それを受けて向こうが指示をしてくるとなると、その翌日にガマスイで受け取るってのが最短だろうな】

【んで、エイジはどうなるってみてんの?】

【そうだな、何時まで経ってもファタへ行く気配が無い。

だったらいい機会だから、この機にはっきりさせておこうと考えるんじゃないか?

具体的にはまだわからないが、何らかの理由をつけてオューでお城に招くってとこかな】

【・・やだなー、気が重いなー】

【気持ちはわかるけど、あきらめろ】

【あーあー、違ってればいいのになー】


 僕がぶーたれてるのは、昨夜エイジに聞かされた事に起因する。

王都オューを出て最初に泊まったチョサシャ村では、全員が同じ部屋になってしまい見送った件。

翌日に泊まったガマスイの宿屋では別々の部屋になった事で、アーセとアリーの出会いの話をアーセから聞いていたのだ。


 イセイ村の僕の家を訪ねてきたアリーは、国の調査で各家庭の家族構成と現在どこに居るかを調べに来たらしい。

なんでもヒトの流れを把握し、今後の行政に役立てるとかなんとかいう理由との事。

そこで僕がヨルグに居る事、そして近日アーセが村を出て僕の元へ行く事を知り、自分も丁度向かう所なのでと同行を申し出たらしい。


家の両親も、女の子一人旅という事には少なからず不安に思っていたので、渡りに船とばかりにお願いしたみたいだ。

問題は、なんでアリーがそんな理由で僕の家を訪れたのか。

エイジ曰く、目的は僕を産んでくれた母親のルルリアさんの消息、そして出産の有無じゃないだろうか。


◇◇◇◇◇◇


 イァイ国の現国王、レンドルト・ホースロウ=イァイは当年39歳ながら独身である。

過去に一度妻を娶ったが、残念ながら子宝には恵まれず、体の弱かった妻も病死してしまった。

そこで予てから持ち上がっているのが、次期国王つまり跡継ぎ問題である。


年齢をみても、またその涼やかな容貌をみても再婚を妨げるものは何も無いように思える。

しかし、当の本人が頑なに拒んでいるのであった。

話しは18年前の皇太子時代に遡る。


 当時、レンドルトは窮屈な宮中や王族の決まりに辟易していた。

おいそれとは外出できず。自らが統治する街や村も見て廻る事が出来ない。

自分が国王を継いだ時には、開かれた王宮そして積極的に領地を自分の目で見てまわる王を目指そうと夢想していたのだ。

 

 それは、ある侍女と恋仲になった事で培われた考えだった。

辺境の村出身の侍女は、明るく働き者ではきはきしていた、そして彼の目を引く愛らしさを兼ね備えていたのだ。

好奇心旺盛な彼女は、見るものすべてが珍しい城内に於いて、仕事の傍ら探検と称してくまなく見て廻るのを楽しみにしていた。


そんな中授業をさぼっていたレンドルトと出くわし、教師陣に見つからない様に時間をつぶす話し相手に選ばれたのだ。

彼女から聞く話は、どれもこれもレンドルトには新鮮な驚きだった。

ただの知識や聞きかじりでない村の生活は、何が足りなくて何が重要なのかを生きた声として聴かされることで、彼の胸にもすとんと落ちてくる。


回を重ねるひまつぶしの話し合いが、逢瀬に変わるまでそう時間はかからなかった。

レンドルトは考えた、彼女は自分にとってパートナーとして必要だと。

しかし、ただの侍女を正妻として迎えるのは難しいという事も理解していた。


 そこで、彼女との明るい未来計画を開始する事にしたのであった。


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