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第90話 渋滞 乗り捨ては便利なんだが

 強くは無いが降り続く雨により、踏み固められているとはいえ石畳が敷かれているわけでも無い街道はぬかるんでいる。

行き交う馬車もそうは速度を出せず、ゆっくりと走る中段々と渋滞の様相を呈してきた。

これは、魔物が出現する中を旅する上で避けられない日常でもある。


 いくら腕に覚えがあっても、わざわざ視界が閉ざされる夜中に移動する者はいない。

どうしても出発は早くても夜明けを待ち、よっぽどの理由が無い限り陽が沈む前には移動を終える。

だからこそ、主要な都市を繋ぐ街道沿いでは旅をする者は、ほぼ決まった街で宿泊する事になる。


 なぜならば、皆が移動するのは日照時間とほぼ同じくらいな時間の為、どうしても距離も大体同じくらいになってきてしまう。

だからこそ、宿場町として栄える街と通過するだけの街とに分かれてしまうのだ。

そして、ほぼ同じような時間帯に同じ行程を辿る為、街に着く時間が重なって入口のチェックのところで詰まってしまう。


 宿場町の東側の出入口の職員も、早朝から午前中そして昼までは王都方面へ出立する者たちを送り出すのに忙しくしている。

逆に入ってくる者は皆無、なぜならば夜中に移動して来ない限りそんな時間には到着しないから。

お昼前後の凪の時間帯を過ぎ夕方近くなると、今度は王都方面からやって来る馬車が一斉に押し寄せてくるのだ。


 その上雨が降っているとなると、一様に徐行するので馬車ごとの速度の差が少なくなり、余計に到着時刻が重なっていく。

荷物を積んでいる馬車は勿論、仮に何も積んでいなくとも滑りやすい雨の路面でむやみにスピードを出していれば、ほんの少しのくぼみや石に躓いて横転してしまう。

旅の途中で馬車が横転しあまつさえ壊れたりすれば、とんでもない出費なのは当然として、魔物の格好の的として命が危険にさらされる。


 だからこそ、雨の日は御者がずぶ濡れになるのも止む無しとして、どんな目的の者も皆のんびりとした歩みにならざるをえない。

また、襲ってきた魔物を返り討ちにした際にその死体を燃やすにしても、雨の日は時間がかかってしまう。

このように、雨は旅人の足を鈍らせる上リスクが高く、しかも余計な手間がかかるというやっかいな代物であった。


 この事態を打破するには、国が街道を整備し石畳を敷き詰める事により、移動に関して安全で且つ速度が出せるようにしなければならない。

さらに、馬の品種改良に馬車の構造の見直しや車輪などの足回りの強化など、まだまだやるべきことは多い。

加えて魔物対策として、街道の両脇に堀を造るなども効果的だ。


 ただ、今はまだそこまで国の手も伸びていないので、雨の中をゆっくりと進む他文字通り手が無いのである。

仕方のない事であり、長く続く慣習でもあると与えられた知識でわかっているとはいえ、21世紀の日本を知るエイジにとっては歯がゆい状況だった。


◇◇◇◇◇◇


 それでも、雨が降るのを見越して早い時間にそれなりに距離を稼いでいたこともあり、比較的早い順番で門を通過して入る事ができた。

厚い雲に覆われ、夕刻を過ぎて暗さが増していく中で、雨の宿場町を本日の庇を求めて彷徨う。

あまりのんびりと選んでいては、後続の波にのまれて宿屋が定員に達してしまうと、今回は二軒目に覗いた手頃な値段の所で即決となった。


 昨日の様に全員一緒の一部屋ではなく、ちゃんと二部屋とれた。

これで男女別々になるので特に問題無いはずだったがひとつだけ、アーセがどちらに泊まるかで綱引きが、アリーとアーセの間で行われたくらい。

この宿にはお風呂が無いので、雨に濡れたこともあり皆で公衆浴場へ行く事に。


 そうなると、アリーが必要以上にアーセを好奇な目から守るという名目で、ひっついて離れない状況が生まれる。

この事により、己の情欲を満足させたアリーがトーンダウンしたせいで、アーセは僕とセルと一緒の部屋に落ち着いた。

お風呂上りにアリーの頬が上気しているのは、芯から温まったからかそれともアーセを堪能したせいかはわからないままだけど。


 一夜明けて、まだ空には灰色が広がってはいるが幸いにして雨粒は落ちていない。

宿場町ガマスイの西門、また混雑した時間を経て門を潜り抜け街道へ出て目的地へ向かう。

雨は上がったとはいえ、道が乾くほど水はけがいいわけでもない中をのんびりと進む。


 本日最初の御者は僕、なので隣にアーセとその後ろにアリーがいつものように配置されている。

アーセはにこにこしていて、なんだかとても機嫌がいい様子。

相変わらず理由は不明、まあアーセが不機嫌にしてる事はあんまり無いんだけど。


◇◇◇◇◇◇


 アーセの機嫌がいい理由は当然アルにある、正確にいうとアルとのスキンシップの長さに比例している。

彼女がアルと同じ部屋に固執するのは、仲良くおしゃべりするでも無く甲斐甲斐しく世話をするでもされるでもないところにある。

それは同じベッドで眠る事であった。


 アルはとても寝つきが良く眠りが深い、その上寝相もとても良い。

これは、小さな頃からずっと寝る時に一緒に居るアーセが一番よく知っていた。

実際アルは毎日横になると、ものの数十秒で寝息をたててそのまま朝まで起きない。


 そしてアルが眠りに落ちると、アーセはすかさず密着する。

特別な理由は無いが、アーセは己の定位置をアルの左側と定めている。

二人で歩く時二人で座っている時、またベッドで二人で眠る時も同様。


 体を横向きにしてアルの左肩にあごを乗せ、その左腕に体をくっつける。

この態勢のまましばしまどろむ、日によって違うがおおよそ三十分ほどで満足し体を離してあおむけになって眠る。

これがデフォルトであり、毎日を心穏やかに過ごすルーティーンにもなっているのであった。


 昨日は雨が降ってきたせいで、アルが御者の間は横に座る事が出来なかった。

心情的には寄り添って居たかったが、それで体調を崩したりして迷惑をかけるのを恐れたのだ。

どうやら今日は雨も降らなそうで、常に一緒に居られるのが嬉しくて笑顔になっていたのである。

 

 アーセは普段静かにしているが、何も思いつかなくて黙っているわけでは無く、常に考えを巡らせているので口数が少ないのだ。

その考える事とは当然アルの事であり、具体的には兄の思い描く理想の女性になれないのを理解した上で、どうすればふさわしいパートナーになれるかということである。

アルの女性の好みについて、長い間観察する事でアーセは一つの結論を導き出していた。


 生まれ故郷のイセイ村にて、アルが特別な関心を抱いていたであろう異性は二人。

一人は身内で長兄ソルダーブルトのお嫁さんで義理の姉にあたるナタリア、もうひとりは行商の護衛でたまに来る『月光』のラムシェ。

この二人が相手の時は、アルは常とは違うテンションだったのをよく覚えている。


 ナタリアはアルの8歳上で、美人という感じでは無いけれど明るく活力があふれていて笑顔を絶やさない女性だ。

そして、胸がとても大きかった。

アーセが最初に感じた違和感は、長兄夫婦に最初の子供が出来た時だった。


 ロンド家にお嫁に来た当初、ナタリアにアルがつきまとっていたのはアーセも良く覚えている。

兄と妹しかいなかったところへ初めて姉ができたのだ、興味津々のようで毎日ナタリアの傍で過ごしていた。

その時は特に何も感じなかった、普通に家族として仲良く過ごしていたと思っていたのだ。


 それが赤ちゃんが誕生してからは、たまに一緒に見に行く事はあってもアルはすぐにいなくなってしまっていた。

何度も繰り返している内に、どうやら姉の授乳シーンを避けているのだという事に気が付いた。

つまりは、アルは家族としてではなく異性として見ているのだと気づいてしまったのだ。


 ラムシェに対してはわかりやすかった。

話をする時に、あからさまにあがってる様子がみてとれたからだ。

でもまあ、あれだけの美人を目の前にしてはしょうが無いとも思えた。


 彼女はアルの5歳年上で、最初に村に来た時はまだ14歳だった。

それが一年後に訪れた時には、村の男たちの視線を釘付けにするほどの美しさにあふれていた。

商隊の護衛としての任務の為、革鎧を着用してるにもかかわらず誰よりも華やかで乙女だった。


 村に居る他の女性たちと接する時とは、明らかに違うこの二者に対するアルの態度だが、どうも違いがみてとれた。

ナタリアには自分から近づいて行くが、ラムシェには寄って行く事も話しかける事もしない。

たまたま、行商に来るヘイコルト商会のギースノと話している時に、近くに居るラムシェに話しかけられてそれに答えているだけ。


 確かに異性としてラムシェを意識しているように見えるが、そこに恋愛感情があるようには感じられない。

行商が来るのは月に一度の割合で、ラムシェは毎回かならず随行しているわけでも無い。

好きな相手であれば、来ていない時にもっと落胆していてもおかしくないが、変わったところは見受けられない。


 このような事から、アルの好きなタイプは義理の姉のナタリアであると結論付けていた。

顔は特に重要視していない、といってはナタリアに失礼だが少なくとも美人であることは条件では無さそうだ。

そうであれば、ラムシェの方を恋愛対象としているはずである。


 ではアルのタイプとは、どんな要件の女性のことなのか。

ナタリアは明るく面倒見が良くて働き者でよく笑う、しかしこれらはヒトとして好ましいが異性として魅かれる事柄だろうか。

勿論、性格が良いに越したことはないだろう、だがもしもそれだけでないならば答えはひとつ、胸である。

 

 ラムシェも決して小さくは無いが、均整のとれたプロポーションであり突出した大きさでは無い。

体格の違いがあるので実際のサイズは違うが、大まかに分類するとラムシェとアリーとアーセは大体同じくらいであった。

大きさというよりも、体に対する比率がではあるが。


 まとめると、アルの好みのタイプとは年上で性格が良くそして胸の大きな女性ではないだろうか。

アーセは、これからいくら頑張ってもアルより年上にはなれないし、この年齢とこの体格でこれ以上胸が大きくなるのも無理だとみている。

つまり、アルの理想のタイプにはなれないのだ。


 だったら、自分を選んでもらうためにはどうすればいいのか、それは今もって明確な答えが出ない課題である。

とりあえずは笑顔を絶やさない事、ただこれはアルの傍に居れば自然とそうなるので特に苦労は無かった。

そして旦那さんに頼らずにお金を稼げるようになる妻を目指して、傭兵の等級を上げるのを第一目標にしている。


 反対に控えようと思っているのは、あからさまに女性をアピールすることだ。

再会した初日の夜は、流石に度を越していたかと今となっては反省していた。

あの時は、会えなかった二年間の想いと再会した喜びでついついやり過ぎてしまったのだ。


 あの時の事は収穫があったものの、次に似たような事をすればかえって引かれてしまう恐れがある。

時間の猶予がどれだけあるかはわからないが、今は一か八かに賭ける時ではないと思っている。

内面を磨く、そう心に決めてはいたがいざとなるとどうしていいのかがわからない。


 いっその事、直接本人に聞いてしまおうかと思う時もある。

「にぃのお嫁さんになるにはどうすればいいの?」とか「どんな女のヒトが好き?」とか「奥さんに何してもらいたい?」などなど。

口を開かずにたまにアルを見つめている時は、大体がこの辺りの事を考え逡巡している時であった。


 このように、アーセはアルと共にいられる現在に幸せを感じながら、将来に漠然とした不安を抱えて日々を過ごしていた。


◇◇◇◇◇◇


「あのさ、今夜ドゥノーエルで一泊する?

それとも、今日中にヨルグに入っておく?」


 御者をアリーと交代した僕は、セルとシャルの兄妹とこの後の予定について相談していた。

このペースでいけば、ミガ国側の国境都市であるドゥノーエルには夕方には着く。

そのまま国境を潜りイァイ国側へ渡れば、かつて二年間滞在した今回の依頼の目的地城塞都市ヨルグである。


 ヨルグへ訪れる目的は、傭兵ギルドで請け負った魔核鉱石の買い付けの依頼の為。

しかし、この後ヨルグに着く時間を考えると、すでに仕入れるべき商店は閉店していると思われる。

であれば、今日中にヨルグに入るメリットは無い、まあ逆にデメリットもないんだけど。


「俺らはどっちでもいいけど、アルの方こそ世話になった先があるだろ?

そっちに顔出さないでいいのか?」

「うーん」


 まあそうなんだけど、でも二週間ぐらいしか経ってないからそれほど懐かしいってほどでもないし。

マルちゃんは寮で戻ってないだろうし、あんまり行く理由もないんだけどなー。

どっちみち明日はヨルグで一泊するから、リンドス亭には行くつもりだけど。


「ねえ、アリーとアーセはどう?」


御者台に並んで座っている(アーセは強制的に座らせられている)二人にも聞いてみた。


「そうですね・・、特別用事が無ければドゥノーエルの方が手間はないでしょうね。

あっ、勿論アーセちゃんがヨルグの方が良ければ賛成しますよ」

「んー、どっちでもいい」


 国境を越える時には、必ず検問所でのチェックを受けなければならない。

徒歩での場合は、身分証明書の提示と簡単なボディチェックで済む。

ところがこれが馬車でとなると、かなりな時間をとられる事になってしまうのだ。


 検問所は、徒歩用と馬車用の二つに分かれている。

この内馬車用の方では、全員降車して何の用事で何日間向こうに滞在し、何日にこちら側へ戻るのかの質疑応答。

其の後、馬車の積み荷及び馬車自体についての検査などなど。


 馬車一台につき結構な時間がかかる事になる。

其のため到着時間が似たり寄ったりなので、ここでも長蛇の列が出来てしまう。

しかし、そんな面倒な事をせずとも良いのではないか。


 僕らは仕入れ前なので現状積み荷は無い、だったら一旦馬車を馬車屋に戻して徒歩で国境を通過すればいいんじゃないか。

ヨルグで改めて馬車を借りて、そこに買ったものを乗せて再びドゥノーエルに戻れば何の問題も無い。

そう考えがちだが、これは馬車屋の取り決めとして認めてもらえない。


 馬車屋の馬車は、国内であればどこの村からどこの街まで乗っていっても、借りた場所へ戻らなくてもその場で引き取ってもらえる。

但しこのサービスは国内に限る、国境を越える場合は例外的に一週間以内に戻る事を条件に、予め検問所に申請しておくことで認められる。

無論、自家所有の馬車にはそんな縛りは無いので、国や商会や一部のお金持ちはその限りでは無いけれど。


 今回の依頼の達成には馬車は不可欠、なのでどの道馬車で検問所は通過しなければならない。

本日中に時間が遅くなっても越えるのか、はたまた明日の朝にするかというタイミングの違いだけなのだ。

ただ、正直移動続きな上に昨日は雨で散々並ばされたのもあり、今日くらいゆっくりしたい気持ちはある。


 少し後ろ向きというか情けない気もするが、そんな訳で本日はリーダー権限でミガ国側の国境都市ドゥノーエルで宿泊すると宣言した。


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