第89話 女心 こっちが普通なんだろうな
空にはまばらに雲が浮かび、その背景に朝焼けが鮮やかなオレンジから赤い色にグラデーションしながら広がっている。
少しひんやりとした空気の中、僕らは各自で身支度を整えて荷物を持って部屋を出た。
全員揃っての朝食の席で、本日の予定を通達し確認していく。
「今日も今日とて終日移動、本日の目的地はガマスイ、そこでの宿泊となります」
「えー、もう一気にヨルグまで行こうよー、頑張れば今日中に着くんじゃない?」
「あほ、昨日も走りっぱなしだったんだ、馬がもたないだろ」
「だって、早くオューに戻らないと試合見れないじゃ無い」
「見れないじゃ無いって、それお前の個人的な話だろ、今はパーティーで動いてるんだ、勝手な事言うな」
相変わらずの兄妹のやり取りで、いつものように言い負かされたシャルがぶーな顔をしている。
気持ちはわかる、僕も移動は面倒だから出来るだけ早く終わらせたい。
ただまあ、勿論セルの言う方が正論であるからリーダーとしては同意できない、心情的には賛成でも。
移動だけってのは気が滅入る、昨日の事もあって猛烈に体動かしたい気になってるのもあるけど。
ほどなく朝食を終えて宿をチェックアウト、馬車での旅の再開となった。
若干ではあるが、雲が増えてきたように感じる事から、降り出さない内に距離を稼ごうと早めに出発した。
道中は特にやる事も無いので、後ろに引っ込んでいる時はセルやシャルとおしゃべりし、御者の時はエイジと魂話していた。
ダンジョンに潜ったり討伐の依頼を受けているわけでも無いので、いつもの魔物に関するレクチャーはお休み。
昨日から気になっていた、闘技大会についての説明を受けていた。
【闘技大会ってのは、二年に一度各国の持ち回りで行われる武術競技大会。
まあ早い話が、武器や魔術でやり合って一番強い奴を決めようって催しだ】
【ふーん、つまりガウマウさんは、えーっと、もう10年間もずーっと一番強いって訳かー】
【そうなるな】
【ふぇー、そりゃあ有名なはずだねー】
【みたいだな、セルもシャルもアリーも知ってたしな】
【でも一番ってどうやって決めるの? 希望者集めて一斉にかな?】
【確か、前回の上位四名には次回の本選参加資格が与えられるんだったはず。
それ以外に、各国で予選を行って上位二名が本選に進める。
その予選通過者十二名と前回大会の上位四名を合わせて、計十六名で一対一のトーナメントで優勝者を決める。
昔と変わって無ければそんな感じだな】
ん? 前回の上位四名?
【あのさ、勝負の決着ってどうつけるの? 僕てっきり決闘みたいに死ぬまでかと思ったんだけど】
【対戦相手の死亡や気絶は勿論だが、ギブアップの他に審判が続行不能とみなした場合や、決められた試合時間を消化した時点での有効打の多い方ってとこかな】
【有効打の多い方って・・、なんかずいぶん微妙な決め方もあるんだね】
【実際に全身鎧を着用して盾をかまえて勝負に臨まれたら、時間内にそうそう相手にダメージを与えるのは厳しいだろう?】
【まあ確かに】
【ガウマウが使ってた剣も、金属鎧を相手にするの前提で刃がついて無いのかもな】
【でもさ、全身鎧しかも金属製のなんて着用してたら動きにくくて、距離をとられて精霊魔術で攻撃されたりしないのかな?】
【普通はそうされないために操魔術でけん制して相手の集中を乱す、その間に距離を詰めて常に武器の間合いでやり合うのが基本戦術だろうな】
そうなると、精霊魔術はそうそう使えないって訳かー。
中には武器よりも魔術の方が得意、とりわけ精霊魔術が得意ってヒトもいるだろうに、そのヒト達は圧倒的に不利って事になるのか。
でも、ってことはこれで決まる優勝者ってのは・・。
【確かに精霊魔術はタメがいるから対人戦には不向きかもしれないけど、使い手によっては威力は必殺ってのもあるでしょう?】
【ああ】
【僕、てっきりこの大会に優勝するっていうのは最強の称号を手に入れる事なんだと思ってたんだけど・・。
その辺の事考えると、一概にこの大会の優勝者が最強とは言えない気がするね】
【だから競技大会なんだろう、なんでもありの殺し合いじゃなくちゃんとした規則や縛りがある。
極端な話、優勝した奴が不意に精霊魔術くらって殺されるって事もあるかもな】
【なんか精霊魔術が得意なヒトって恵まれないね】
【この大会ではな、ただしちゃんと精霊魔術に絞った魔術競技大会ってのもあるからな】
【! そんなんもあるの?】
ふぇー、知らない事ばっかりだ。
【こちらは規模が小さくて、それぞれの国で大体四~五年に一度行われている。
そもそもが、宮廷魔術師を選抜する試験を希望者に行ってたんだ。
それが年々人数が多くなって、試験会場に競技場を使うようになり、どうせなら観客を入れてオープンにって流れで開催される事になったっていう珍しい経緯がある。
だからか成績上位者は宮廷魔術師に配属される声かけがあることから、参加者はほぼ女性ばかりで優勝の栄誉をってより就職活動って感じらしい】
【勝敗はどうやって決めるの?】
【一対一でやり合うのは同じだが競技色が強くて、片方が火もう片方が水で押し勝った方が一勝。
次に、片方が土で壁を作り相手は風でこの壁を崩す、この二種類を火だった方を水というように変更して合計四戦する。
これで三勝した方が勝ち上がり、二勝二敗の場合は審判による判定で決定する。
魔術競技大会という名称だけど、競うのは精霊魔術のみで操魔術は用いられない。
ちなみに二位以下に縛りは無いけど、一度でも優勝するとその後の大会への参加資格を失う】
【なんで?】
【さあな、まあほとんどが宮廷魔術師になるからその後出ようって奴もいないだろう】
ふーん、こっちはスカウト目的かー、ん? そうすると向こうは?
【武術競技大会の方の上位入賞者は、近衛騎士団への入団とか無いの?】
【無い、近衛騎士団は王族の盾であり基本装備は全身金属鎧で盾持ち、守る事に特化した集団だけに専門の訓練を受けないとなれない。
それに、さっき説明した通り大会はいかに相手を倒すかに重点がおかれているから、スタイルとして逆になるからせいぜいが訓練相手ってとこだな】
なるほどなるほど、勉強になるなー。
ん? なんかアーセがこっち見てるな。
なんだろう? なんか話しあるのかな。
「アーセどうかしたか?」
「ん? んーん」
しかし、僕はエイジと魂話してるから面白いけど、アーセはよくじっとして黙ってるだけなのに飽きないなー。
「アーセ、ここで座っててもつまんないだろ?
後ろで皆とお話してていいぞ」
「だいじょぶ」
「アーセちゃん、せっかくお義兄さんがこう言ってくれてるんですから、後ろでお姉ちゃんとお話しましょうよ」
「ここがいいの」
「でも、将来私とアーセちゃんとの間に子供が何人欲しいかとか、どこに住むかとか今の内から決めておいた方が後々困らないですよ」
「アーセはにぃと一緒だから大丈夫」
「いえいえ、三人で暮らすのは不自然でしょう。
やっぱり『羽』である私たち二人であれば、王都ファタに住むのがいいかもしれませんね。
あそこであれば、私が色々案内できますから今度一緒に行きましょう」
「にぃと一緒なら、どこでもだいじょぶ」
・・まるでかみ合わない上に明日が見えない会話だな、ん? そういえば。
「ねぇ、アリーは魔術競技大会って見たことある?」
「はい、ファタで行われたのを一度だけですが見ましたよ」
「例えばさ、アーセやシャルが出場したとしたら、どのくらいの順位までいけそう?」
「そうですね・・、私が見た大会の優勝者はちょっととんでもなかったんで、仮にその大会に出場していたとしたら優勝は難しかったでしょうね」
「へー」
「おそらくは上位8名に残るのは間違いないと思いますよ、ただ」
「ただ?」
「これは私の私見なので、絶対にそうだとは言い切れないんですが、
勝ち抜いていく為に高い魔力が必要なのは当然、優勝するのにはトータルでのスタミナ配分がかなり重要なウエイトを占めていると思われます。
出場する人数にも因るでしょうが、初日は予備予選とおそらくは一回戦と二回戦の二試合。
そして、二日目に三回戦と準々決勝と準決勝と決勝の四試合を消化します。
一試合につき、火・水・風・土と四度精霊魔術を繰り出すわけですから、結構な魔力消費量となります。
対戦相手は一戦ごとに手強くなっていくわけですから、魔力の消費量もそれに比例して多くなっていくでしょう。
そうなると、いかに最小の力で相手を下すか、いかに魔力枯渇をおこさない様にうまく配分するかがカギとなるでしょうね」
「ほー」
「二人をダンジョンで見る限り、威力については申し分ありませんが、スタミナという点においてはまだまだ鍛錬の余地があると感じました」
「なるほど、いや、とっても勉強になったよ、ありがとう」
「アーちゃん凄い」
「アーセちゃん、いつでもお姉ちゃんの胸の中に飛び込んできてもいいんですよ」
なるほどなー、セルがアーセが絡まなければ優秀だって言ってたとおりだなー。
「アーセは精霊魔術の競技会があったら出たいか?」
「ん? んー、にぃはアーセが出たらうれしい?」
「えっ? そうだなー、うん、うれしいかな」
「じゃあ出る」
「そっか」
にこにこしてるアーセが可愛くて、しもぶくれ気味のほっぺを人差し指の腹でちょんと触ってみた。
「お義兄さん、私にアーセちゃんとの触れ合いを禁じておいてなんですか!
あまつさえ、花の顔に無造作に触れるなどもってのほかです!
この上は、私に課している枷を解いてアーセちゃんとのスキンシップを認めていただきます!」
細く長い右の人差し指を反り返しながら、ピシィッと音がするかのごとく鼻先につきつけられてしまった。
「それとこれとは関係ないだろ、大体僕ら兄妹だし、そもそもアーセが嫌がってないし」
「アーセちゃん、こっちに来てお姉ちゃんともっとコミュニケーションをとりましょう」
「やっ」
「無理強いは良くないよ」
「そんな・・、こうなったら引き換えとしてお風呂での体の洗いっこを希望します」
「ダメ」
「仕方ないですね、ここは私の方が折れましょう。
それでは間をとって、私がアーセちゃんを一方的に洗うだけで我慢しましょう」
「それ何と何の間? しかもそっちが第一希望だよね」
そんなくだらない会話をしていたら、いつの間にか薄暗くなっており雨が落ちてきた。
どしゃ降りでは無いので馬車での移動は問題無いが、御者台はそれなりに濡れてしまう。
渋るアーセをとりあえず下がらせて、僕一人で御者を交代する予定の村までフードをかぶって我慢。
どうやらしばらくはやむ気配が無いので、途中の村でもあまり時間をとらずに出発する。
御者をセルに交代してもらい、しばし後方で体を休めつつのんびりしていた。
傍らでは、女性陣が三人で大人しくおしゃべりに興じている。
普通であれば女性が三人集まっているのだからかしましいところだろうけれど、アーセがそれほどしゃべる方がじゃ無いので、特にうるさくはない。
「あたしが見た大会ではね、そりゃあもう圧勝してたの、恰好よかったわー」
シャルは、あまりセルに相手にしてもらえなかった鬱憤晴らしの様に、アーセとアリーにガウマウさんについて語っていた。
「ねっ、アーセちゃんもやっぱり男は強い方がいいでしょ?」
「んー、わかんない」
「そうですよ、アーセちゃんに男なんていりません」
「えー? そういうアーちゃんはどうなの? 男性に強さとかって求めないの?」
「特には、あまり男性がこうとか女性はこうあるべきなどの考えはありませんね」
「・・なんだろう、あたしは自分が普通だと思ってたんだけど、自信無くなってきた」
口をはさむと飛び火してきそうなので黙って聞いているが、僕もシャルは普通だと思うよ。
アーセはあーだし、アリーはもうかなりアレだしなー。
そんな風に思っていたら、なんか怪しい雲行きになってきた。
「じゃあ、お義兄さんなんてどうなんですか? これまで一緒にダンジョンで見ていてわかってると思いますが、強さはかなりなもんですよ?」
案の定アリーがシャルに余計な事言いだしている、そして何故ここで僕を見るんだアーセ。
「・・そうね、確かにアルは剣の腕はたつし操魔術はとんでもない威力だわ。
うん、相当な強さだと思うよ仲間として信頼もしてる。
でもなんていうか、こう背中の哀愁が足りないのよねー、求道精神というかこの道以外興味無いみたいな感じが。
今の所、すべてを兼ね備えてるのがガウマウさんだけなのよねー」
「でもそんなんじゃ、もしかすると女性にも興味無いんじゃないですか?」
「そうなのよー、なんか全然噂とか聞いた事無いのー、だからどうアピールしたらいいかわかんないのよねー。
ねっ、アルは知り合いになったのよね? だったら会いに行けるわよね?」
なんかシャルの目が怖い、まあアーセに無言で見つめられるよりはプレッシャーは無いけど。
「まあ行けば会ってもらえそうな気はするけど」
「行こう! それで一緒に食事でもって誘ってさ紹介してよ!」
「えー? なんか下心見透かされそうでやだなー」
「そんな事言わないで協力してよ、せっかくお近づきになれるチャンスかもしれないんだからさ」
「うーん、じゃあタイミング合ったらってことでいい?」
「うん! やったー! これで楽しみができたわー。
よーし、はりきって・・、そうだ! 身だしなみ整えないとまずいか。
ヨルグ・・じゃあれだからオューに戻ってからに・・、
でもそうすると時間かかり過ぎるかな? あーどうしよー」
一人身悶えるシャルを乗せて、僕らの馬車は雨の街道をひた走っていた。




