第87話 重圧 何者?
一体全体何がどうしてこうなってるのか、皆目見当がつかない。
昨夜一緒の席に座ってはいたけれど、ラムシェさんとは何の会話もしてないしなー。
アーセは何を聞いたんだろうか、というかあれだけの事でラムシェさんが何か言ったとも思えないんだけど。
「アーセ、全然意味わかんないんだけど、わかる様に説明してくれないか?」
「んっと、昨夜お姉ちゃんとお酒飲んでた時に、アルくんとかまだとかプロポーズとか悪い事したとか色々言ってた」
「お義兄さんどうかお幸せに、アーセちゃんのことは私が責任もって大切にしていきますので」
「いやいやいや、僕には心当たりないよそんなの、大体ラムシェさん酔っぱらってたんだろ?」
僕の名前以外は心当たり無いにも程があるんだが、悪い事したはまだいいとしてプロポーズって。
【エイジー、どういうことー?】
【知らんよ、俺もその時の状況はアルに聞いただけだし】
【そんなー、全然わかんないんだよー】
【アルに覚えが無いんなら、ラムシェとキリウスとの間に何かあったんじゃないのか?】
【! そっか! それだ!】
「アーセ、ラムシェさんキリウスって名前は言って無かったか?」
「んー? 聞いて無い」
「朝ごはんの時に話した通り、昨日ラムシェさんとキリウスさんが一緒に居るテーブルに呼ばれたんだよ。
その時に色々話をしたんだけど、僕はキリウスさんとしか会話して無いんだ、なぜかラムシェさんが紹介の時以外一度も口を開かなかったからね。
だからそのプロポーズとかなんとかは、おそらくは僕が来る前にキリウスさんとラムシェさんとの間になんかあったんじゃないかと思うんだ。
僕自身はまるで身に覚えが無いしね」
・・沈黙が怖い、なんか一気にまくしたてたけど饒舌なのがかえって言い訳っぽい、とか思われてないかな。
いや、僕にやましい事は何も無いんだ、大丈夫、そもそも今度ラムシェさんに会った時に聞けばはっきりするってもんだ。
『月光』はダンジョン攻略でオューにしばらくは居るだろうし、僕らも依頼終わったらオューに戻るんだし。
「アーセちゃんは、お義兄さんとラムシェさんの結婚に反対なんですか?」
「だめ」
頼むからややこしくしないでくれアリー、ここまで何を聞いてたんだっていうかアーセだめって。
「お義兄さんだっていつかは結婚するんです、笑顔で祝福してあげましょうよ」
「にぃのお嫁さんにはアーセがなるの、だからだめ」
「兄妹で結婚は出来ませんよアーセちゃん」
「大丈夫」
「! (どうやらアーセちゃんは知ってるようですね)お義兄さん、アーセちゃんに兄妹で結婚できないって事、ちゃんと教えないとダメじゃないですか」
うーん、まあそうなんだけど、厳密には両親が違うから兄妹じゃ無く兄妹同然に育ったってのが正解なんだよなー。
僕にその気はないけど、結婚自体は出来ない事はないからなー。
でもそうすると説明しなきゃな事柄が出てくるし、正直面倒なんだよなー。
【アル!】
びっくりした、あまり記憶にない位の勢いでいきなりエイジに呼ばれた。
【なに?】
【アルとアーセが本当の兄妹じゃ無いってのは、アリーには秘密にして・・、いや、もう知られてるか、でもまあ一応秘密にしておくんだ、アーセにも言い含めてな】
【いいけど、なんで?】
【後で説明する】
【? わかった】
わからないけど、とりあえずは言っちゃいけないのだけはわかった。
「? お義兄さん? どうかしましたか?」
「何でも無い何でも無い、アーセ、その話は宿屋についたら部屋でお話ししよう、それまでは無しな」
「? ん」
アーセが口を滑らせないようにと、耳元でこそっと言っておく
「本当の兄妹じゃないってのは秘密な」
こしょばいみたいな感じでいたが、僕が目を見ると了解の意だと思われる頷きが返ってきた。
「なんですか? なに内緒話してるんですか? 私も入れてくださいよ」
そう言いながら、アリーはアーセの耳を両手に包もうとする。
すかさず「やっ」と言って、これまた両手で耳を押さえるアーセ。
拒否られながらもすでにそれを嬉しいと感じているのか、口角を上げながら執拗に耳を狙うアリーと避けるアーセの微笑ましいじゃれ合いが続いている。
まあ微笑ましいってのは僕の勝手な感想で、実際アリーはふざけ半分だろうけどアーセは本当に嫌がってるっぽいんだよな。
それはいいとして、さっきのあれはどういう意味なんだろうか。
今なら大丈夫かと思い、話しかけてみた。
【エイジ、さっきのどういう事?】
【ああ急にすまなかったな、まだまだヒントやましてや確証を与えたく無かったんでな】
【? 益々わかんないんだけど、つまりはどういうことなの?】
【その前にこっちとしても、もう少し確認しておきたいんだが、今夜アーセにアリーとの馴れ初めを聞いてくれないか?】
【馴れ初め?】
【ああ、ここまで色々あったんでちゃんとは聞いて無いだろう?
そもそもなんで二人は知り合って、一緒にヨルグまで来ることになったのか。
大体予想つくし、それほど大した事は話して無いんだろうけど、一応聞いておきたいんだ。
その辺ふまえて、推論になるけど話すよ】
【ふーん、わかったよ】
確かにアーセに再会した日は色々あったから、そんな話する余裕なかったしな。
ヨルグに一緒に来たのは聞いたけど、どこから一緒だったのかは聞けて無い。
イセイ村からだとしても、あそこは何にも無いからそもそもアリーが訪れる意味がわかんないしなー。
◇◇◇◇◇◇
夕暮れ時、これから本格的に暗くなりそうな頃本日の目的地であるチョサシャ村へ到着。
この村に宿泊するのは初めてなので、四軒ほどある宿屋のどこに泊まるか料金や店構えを見比べる。
皆で話し合い、唯一浴場が併設されているのが決め手となって一番高い宿屋で決まった。
ここチョサシャ村は、国境に面した城塞都市ドゥノーエルと王都オューを結ぶ街道沿いで、ガマスイに並んで賑わっている宿場町だ。
王都オューを目指してガマスイで宿泊した場合、馬車で丁度一日の距離にある事から、ここで泊り翌日グーカト村を抜けて王都へ向かうのが一般的と言われている。
僕らも今夜ここに泊まるので、明日はガマスイで一泊する予定にしている。
片道三日の距離ながら依頼の期限は十日間で、本日移動距離は短いものの明日明後日が順調ならば予定通り三日でヨルグに到着するので時間に余裕はある。
道中特に心配するような事も無く、目指すのはかなりな期間拠点としていた馴染みのある街であるのも安心できる要因になっている。
あまりにも問題無い現状ながら、大したことは無いが依頼以外で少し困ったことが起きている。
そう、どうでもいい事ではあるが一つ予定外なのは、今夜泊まるのがパーティーを組んで以来初となる全員同じ部屋になった事だ。
ここでは一部屋しか空きが無いという事で、だったら他をと思ったがすでにどこの宿屋も満室で空きが無いときている。
何でこんなに混んでるのかというと、例の依頼はまるで関係無く一大イベントが控えているせいだったりする。
さすがに、女性陣は僕らと同室という事に抵抗したが、他に部屋が無いのではどうしようもないと渋々ながら了承してくれた。
まあ、アーセはずっと僕とセルと同室だったので、女性陣とはいってもアリーとシャルが嫌がってただけなんだけど。
僕としては、そもそもなんでそんなに嫌がるのかが理解できない。
当然の事として、着替える時やお風呂に入れなくて体を拭くって時には僕らは廊下に出るだろう。
それに、お風呂やトイレが部屋に備え付けられてる訳じゃ無いんだし、他に何が気になるっていうんだろうか。
一部屋だったら打ち合わせもしやすいし、お金もかからなくていいと思うんだけど。
僕がアーセと同じ部屋なのを躊躇するのは、同じベッドで眠るという一点のみであって、同じ部屋で過ごすのは何の問題も無い。
どうもセルとシャルを見てると、僕ら兄妹が変わっているのか向こうが変わっているのかよくわからなくなる。
アリーは一人血のつながりが無いから不安もあるだろうけど、同じ部屋に妹がいる同士の僕とセルが何にもしない事くらいわかりそうなもんだと思うんだけど。
まあなんだかんだ言っても、これは僕個人かつ男の側の意見だから、女性は女性で思う所があるってことかな。
そんな訳なので、アーセとの話もアーセとアリーの馴れ初め話しも、全員同室になってしまった為必然的に無しに。
いや、まあ、全員揃ってるんだから話をするのにかえって好都合な気もするけど、アーセとの話はメンバーといえどもあまり聞かれたくないし。
しかし、結婚話か・・苦手だな、そもそもアーセは待つって言ってたけど気持ち変わってないんだろうか。
・・怖くて聞けないな、うーん、どうしたもんか、いっそのことマルちゃんとの事話した方がいいのかな。
そういえば、マルちゃんに手紙も書いて無いな、忘れてたのもあるけどアーセと同じ部屋だと書くタイミング無いしなー。
今は女性陣がお風呂に行っている、というのもここの浴場は浴槽が一つしか無く時間制で、男女の入浴時間が分けられているのだ。
もしかして今がチャンスか? でもなー、これからヨルグ行くのに今書いてもなー。
なんとか会えないもんかなー、時間無いかー、まあ手紙はいいやなんか他の事しよう。
今日は朝に依頼を受けてからは移動続きだったので、セルとは馬車の中で散々話をした。
なので、風呂の時間までただ部屋で待つのも退屈だと思い、外に出て体を動かすことに。
セルには荷物を見ててもらうのに留守番をお願いして、僕は一人で宿の外に出た。
型稽古をしたくて場所を探して辺りをうろつく。
最初は宿の裏手を借りるかと思い行ってみたが、薪を置いてあるのはいいとして、丁度お風呂の真裏にあたっている。
これはまずい、こんなとこに居たらどんな言い訳しても、のぞき魔として捕まってしまう。
いざとなると適当な場所ってのが中々無い。
傭兵ギルドがあれば稽古できる場所があるんだけど、王都が近い事もありあいにくこの村には無かった。
それ程大きな村でもないことから、捜し歩いているといつしか入ってきた門に着いてしまう。
こうなったらもう外でいいかと、門番の人にカードを見せて一旦外へ。
街道脇も、街に近いところはかなり下草も刈られていて、視界を遮るものは無い。
奥まったところに森が見える、そこから魔物がこちらへくる事があるとはいえ、視認できるのであれば特に問題ないだろうと、少し街道から入ったところで稽古をはじめた。
せっかくなので、足捌きも含めて一式を。
ちゃんと全部をやるのは久しぶりとあって、少し動きがにぶい気もする。
やっぱり毎日少しでも続けていないと鈍るなと、そろそろ視界も悪くなる中ぼんやりと考えていた。
そんな中、男が一人こちらに歩いてくる、煙がのぼっている森を背に。
? 一人で魔物のテリトリーである森に入っていた? 傭兵かな?
挑発してるように映らないともかぎらないので、一旦剣を振る手を止めて通り過ぎるのを待っていた。
近づいてきてようやくわかってきた、身長は僕よりも10㎝ほど高いだろうか。
着ているのは革鎧だと思われるが、それ越しでも鍛えられているのが分る。
歳の頃は30代前半くらい? もみあげから顎にかけてぐるっと無精ひげを生やしている、武芸者といった貫禄ある風情だ。
ぱっと見、触角も角も羽も無いし鱗も見当たらない。
という事は、『水かき』か『尻尾』ってとこかな? 腰には剣をさげている。
こちらに視線を送ってはきたが、チラッと見ただけで門の方へ歩いて行ってしまった。
誰だろう? まあいいか、もう少しだけ素振りでもしてと戻るかなと再開。
一つ一つを丁寧に、唐竹から袈裟と順番にこなしていく。
? ふと気配を感じて振り向くと、さきほどの男性がこちらを見ている。
ゆっくりとこちらに近づいてくる、なんだろう?
僕の5mほど手前で立ち止まる、こうして正面から見るとなんというか威圧感があるな。
しかし、顔つきは穏やかで何か文句があるって感じじゃ無さそうだ。
「失礼、少しの間見せて貰った、中々な腕前と見受ける」
「はあ、どうも」
「私は明日オューへ向かうんだが、君は?」
「あっ、僕、いや僕達はヨルグへ向かう予定です」
「そうか・・、実は私はオューで開かれる御前試合に出場する予定なんだが」
「はあ」
「どうだろう? 少しの間稽古に付き合ってもらえないだろうか?」
「ええと、どんなことするんですか?」
「君がその剣で攻め私が守る、いわゆる掛かり稽古だな、ああ申し遅れた私はガウマウという」
「僕はアルベルトといいます、あの、ちょっと待ってもらっていいですか?」
「!? (ほう)、ああ」
なんだかよくわからないけど、特に断る理由も無いしな。
【エイジ、やろうと思うんだけどどう思う?】
【いいんじゃないか、一応技は無しでな】
【うん】
【向こうも素振りだけとはいえこちらの実力見た上で言って来てるんだ、思いっきりやってみろよ】
【わかった】
「お待たせしました、お相手致します、こちらは準備いいですがどうでしょうか?」
「ああ助かる、いつでもどうぞ」
「では」
『嵐』を刃の無い峰を向けて構える、正面に対峙するガウマウさんからは巌が立ちはだかるような重厚さと重圧を感じながら。




