第8話 遭遇 初の尻尾さんたち
ある日の午後。
「アル、頼んだぞ!」
「まかせて、モン兄」
アルの手元から離れた鎖分銅が、とんでもない速度で上昇したかと思うと、魔物の直上から雷のような速さで急降下する。
そのまま、頭蓋を軽々と貫通し地面に突き刺さる鎖分銅、そして静かに魔物がその巨体を横たえた。
二人めがけて突進してきた『ボアザッジ』が、アル(エイジ)の鎖分銅を脳天に受けてゆっくり倒れ込んだ。
『ボアザッジ』は四足歩行の魔物で、これは2mほどだが大きいものでは4mにもなる、主に草食性だがとても好戦的で、動くものに突撃してくる習性を持っていた。
猪に似ていて、牙が有り攻撃手段はもっぱら頭突きからのかち上げだ。
アルは、目的を達したソルに代わり、次兄のモンブルトと共に害獣駆除に出向いていた。
「相変わらず凄えな、アルの分銅の威力は。
俺のじゃ、『ボアザッジ』の脳天は一撃じゃ無理だよ」
モンブルトは、アルの8歳上で明るくお調子者だが、家族思いのやさしい男だった。
アルが目標金額に届くまで、お願いしてつきあってもらっているのである。
そうはいっても、ほとんど戦闘はアル(エイジ)がやるし、これでお金が手に入るとあってモンブルトとしても文句は無かった。
「うし、今日はこんなもんか?」
「そうだね、ありがとうモン兄」
「いいってことよ、さっ帰ろうぜ」
「うん」
いつものように、エイジの操魔術で獲物の死体を運んで村の入り口に着いた。
顔見知りになった入口の職員さんに、「おかえり、いつも凄いね」などと言われながら村へ入っていく。
村に着いたところで、エイジが休眠状態に落ちてしまう。
最近、アルはエイジが覚醒する時や、逆に休眠する時がわかるようになってきた。
一度エイジが、どんな感じなのかと聞いた事があったが、「こう、なんとなく、くるなって感じがする」とか、「これは、そろそろかなって気がする」など、全然意味がわからなかったので、システムの解明には役立ってなかったが。
もう一つ進展があったのは、休眠状態のエイジをアルの意思で起こすことが可能になっている事だ。
エイジの仮説としては、ある程度成長してきて体が出来上がってきたのに比例して、食事の量も増えてきたことから、多少エネルギーが足りなくなっても、後から食事で補えると判断して、短い時間ならば稼働する時間を得る事が出来るようになったんではないかという結論に至った。
これに気づいたのは、夜中にトイレに行くのが怖かったので、ダメ元で「エイジ、起きて」と願ったら、なぜかエイジが覚醒したという少々情けない理由だったりする。
これにより、アルになにか不都合が生じたか、後から確認したところによると。若干頭が重かったりだるかったりしたとの事だった。
やはり、あまり体にとってはいい事ではないということで、よっぽどの事で無い限りやらないようにと、アルに念を押しておく。
特に、夜中トイレに行くのは、いい加減自分で克服するようにと言い含めておいた。
◇◇◇◇◇◇
剣の稽古は毎日続けている。
とりあえず、剣の分だけお金がたまったので購入した。
当初は練習用の剣を買うつもりだったが、実戦で使う剣と形状が違うと違和感があるだろうということで、最初からちゃんとした剣を買う事にしたのだ。
理想の形が無くて、結局オーダーメイドになったので、予定より時間とお金がかかってしまったが。
形は、反りの無い直刀の刃渡り60㎝と、アルの体格に合わせて短めにした。
先端部分のみ両刃で、刀身部分は片刃で鍔を付けてある、特徴的なのは柄が40㎝と長い事と刀身の幅が2㎝と薄い割に厚みがある事だ。
刃の形状については、かなり話し合った。
対人戦闘を想定した場合、相手が金属の鎧をつけていれば刃は通らず、また操魔術で分銅を飛ばされた場合それをはじくためにはやはり刃では欠けてしまう。
魔物にしても、両断するというのは余程の腕力が必要であり、毎回骨を断っていれば損耗も激しくなる。
よっぽど、刃は付けない形にしようかとも話し合ったんだが、対人における脅しのタネとしてや、確実に相手の息の根を断たねばならない時の為に、一応付けようという事になり片刃になった。
その為、普段は刃の付いていない方を振るい、どうしてもの時だけ刃の部分を使うという使用方法にする。
このように、形状の違う両側を適宜使い分ける為、反りを無くしナックルガードは付けるのをあきらめた。
柄が長いのは、意外に柄を使った攻撃や受けの技が多いので、使いやすいようにとの配慮からである。
刃の幅が薄くて且つ厚みがあるというのは、円筒形に近い形にしてある。
これは、金属鎧相手の場合に、その隙間に突き入れるのに、よりよい形状だとの判断である。
こうして、手に入れた自分の初めての専用の剣ということで、アルのテンションは上がりまくり、『嵐』という銘を命名していた。
なぜ風も雨も関係ないのに『嵐』なのかと聞いてみたが、【なんか、カッコいいから!】ということらしい。
まあ、本人が良ければなんでもいいんだが。
そういうわけで、今は『嵐』を使って稽古をしている。
あれから足捌きはさらに複雑に、遠い間合いから飛び込む場合や前後だけでなく、左右や細かい動きまでいかなる時にも対処できるようにと練習している。
最近は、どうすれば初動を気取られずに動けるかを、課題として練習することが多い。
剣を抜いて対峙している場合、動きの最初である『おこり』をいかに気づかれずにするかで、相手が対応する速度を遅らせる事が出来る。
腕力の無いアルには向かないと判断し、片手で抜き放つ居合は型として一応なぞるだけで、実戦では使わない方針だ。
それだけに、『先の先』をとる手段として、最終的には会得させたいと考えている技へ至るまでの段階を少しずつ踏んでいた。
◇◇◇◇◇◇
あまりにも剣にばかり偏っても良くないかと思い、魔術の練習もはじめた。
操魔術は、俺が休眠中に戦闘状態になった時に、アル一人でも戦えるようにという事で、使えるようにしておきたい。
【はー!】
【うーん、もう一つ威力が上がらんなー】
【うん、エイジのと比べると全然なのはわかるんだけど、どうすればいいのかがわかんないんだ】
【俺も感覚的なもんだから、上手く説明できないんだよなー】
【ねえ、思ったんだけど、『嵐』の柄に鎖分銅の片側をつないでおくってのはどうかな?】
【確かに便利かも知れんけど、相手に分銅はじかれた時に、つながってる場合剣まで持って行かれそうになるだろうから、剣筋が乱れるよ】
【そっかー】
【それに、その分重くなるから最大のメリットである、剣での攻撃を補助するどころか邪魔にしかならないよ】
【むぅー】
中々すべてがうまくいくとはいかずに、毎日試行錯誤して戦いの型を作り上げていた。
アーセは相変わらず傍でニコニコしている。
たとえ面識のない人でも、何が楽しいのかはわからなくとも今のアーセを見たら、なんとなく幸せになるようなハッピーオーラ全開の笑みを湛えている。
いつもの事ではあるが、これまで以上ににこやかなのには理由がある。
それは、この間かねてから約束していた、一つ目のものを買ってあげたからだ。
なにかというと、それは小さな手鏡。
手鏡と言っても持ち手が付いているわけでは無く、コンパクトのように蓋が付いたものである。
鏡は貴重品なので、割れないようにほとんどのものには、鏡面を守るための蓋があるものが普通だった。
今日もニコニコしながら、買ってもらった鏡を見ている。
そういうと、ただのナルシストのようだが、鏡を開けて見ているわけでは無く、大事そうに両手で持って外側を見てはニマニマしていた。
アルに買ってもらった初めてのプレゼントということで、よっぽどうれしいのだろう。
高価なものなので、かなり小さなものになってしまってはいるが、それでもこの歳で自分用の鏡を持っている子はほとんどいない。
この辺はやはり女の子といった感じで、美容や容姿に関連するような事柄には、敏感なんだろう。
勿論、喜び全開のアーセは家族中に見せて回る。
その結果、母親であるマージに「あらっ? アーセにだけなの~?」と、半ば凄まれたのに気おされて、今度お母さんにもプレゼントすると約束させられてしまった。
そうなると、後々問題が起こらないようにと、ナタリアと祖母にも買ってあげる事になり、鉄球の購入がまた遠くなっていく。
こうして、アルの武器補完計画は当初の予定から大幅に遅れをとることになってしまっていた。
◇◇◇◇◇◇
今日もアルは、次兄モンブルトと一緒に害獣駆除にきていた。
「あんまりいないなー」
「うん、そうだね」
ここまでの戦果は、熊1頭と鹿1匹、魔物はゼロだった。
狩猟としては大漁ではある。
今日は、月に一度の行商のギースノが来る日でもあった。
「まっ、しゃああんめえ、こんな日もあるって」
「うん、魔物がいないってことは、安全ってことだもんね、喜ばないとね」
しかし、魔物がいないって事は、報奨金が稼げないって事でもある。
「そうはいっても、まだ金溜まってないんだろ?
聞いたぜ、義母さんと義姉さんとばあちゃんにも贈り物しないとなんだろ?」
「うっ、なんで僕がこんな・・・・」
「はっはっはっ、ぼやくなぼやくな」
その時、地響きとまではいかないが、多数の足音が響いてくるような気配が森の方から聞こえてきた。
「なっ、なんだ?」
【やばい、アル分銅両方出せ!】
【わかった】
森から一斉に生き物が飛び出してきた。
四方八方に散っているが、一部がアル達の方へ迫ってきていた。
「うわわわわ」
「モン兄下がって! 僕がやる!」
「あっああ、気ーつけろよ、アル!」
モンブルトが下がっていく中、『嵐』を構えたアルは正面から来る『ウルフファグ』を迎え撃っていた。
速度が乗った状態で、咢を大きく開けこちらをかみ砕こうと突っ込んでくる。
これを、口腔内めがけて突きを放つ事で迎撃。
『ウルフファグ』は、口から頭まで貫通され即死。
今度は、その後ろから『ボアザッジ』が突進してきている。
この勢いと重量は正面からでは対処しきれない。
開き足でサイドへ移動し、しゃがみながら『ボアザッジ』の短い前足めがけてフルスイング。
バランスを崩して倒れる『ボアザッジ』の脳天を『嵐』で貫く。
まわりでは、アルとモンブルトへ到達しそうなやつから、エイジの遠慮なしの分銅が落雷の速さで正確に脳天に落ちている。
少しすると、森の中から三人の有尾人種が出てきた。
「大丈夫かー? 怪我は無いかー?」
「はーい、大丈夫でーす」
森から出てきた中で、身長はおそらく2m近いだろう、一番体格のいい両手にトゲの付いた盾を持った中年の男の人が、大声でこちらに話しかけてきた。
【あいつらが原因か】
【なにがあったんだろう?】
【あのおっさんの盾にべっとりついた血をみろよ、向こうの兄ちゃんと姉ちゃんも返り血浴びてるみたいだし、こりゃ森の中で魔物狩ってたんだろうな】
【それで魔物がこっち来たの?】
【おそらくな、つまりあいつらを怖がったって訳だろう、相当なもんなんだろうな】
三人が顔の見える距離まで近づいたところで、さっき大声を出した中年の男がアルとモンブルトへ謝罪してきた。
「良かった、いやすまなかった、こちらの不手際で大変な迷惑をかけてしまった。
私は傭兵のドリアスという、これがリバルド、こっちが娘のラムシェという、よろしく」
アルは、これまで見た中で一番大きい人だなとか、あの若い男の人は強そうだなとか、あの女の人は綺麗だななどと、のんきな事を考えていた。
年長という事で、モンブルトが対応する。
「びっくりしましたよ、怪我なかったから良かったようなものの、へたすりゃ死んでましたよ」
「申し訳なかった、言ってくれればそれなりの補償はさせてもらう」
「いやまあ、特になんも無かったんでそれにはおよびませんよ、しかし、何してたんですか?」
「ここまで行商の護衛で来たんだが、道中なにも無かったもんで、少し鍛えようと思って森で魔物を狩っとりましてな。
森の奥へ追い立てる算段だったんだが、陣形を間違えて街道の方へ逃がしてしまった、面目ない、ほれお前も謝らんか!」
これまで口を開かなかった、こづかれた若い男とその隣にいた若い女が頭を下げてきた。
「申し訳ありませんでした」
「さーせんしたー」
男の方が怒られて頭に拳骨を落されてる。
「馬鹿モン! そんな謝り方があるか! ちゃんとせんか!」
「すんませんしたー」
幾分かましになったんで、今度は怒られないですんだようだ。
「森から見えましたが、その子は結構な腕前ですな、目を見張りました」
ドリアスが、辺りに横たわる魔物の死体を見ながら、感心するようにつぶやいた。
「失礼ですが、お二人はイセイ村の方ですか?」
「はい、俺が兄のモンブルト、こっちが弟のアルベルトです」
「アルベルト君か、剣は誰かに習っているのかい?」
【習って無いって言っておけよ】
【いいの? おじいちゃんとかって言った方がよくなーい?】
【やめとけやめとけ、へたに誰かの名前だすと面倒事になりそうだ】
【ふーん】
【操魔術も、アルじゃなくてモンブルトって事にしておけよ、今度は身内じゃないから大事になるぞ】
【わかった】
「いいえ、特には」
とアルが答えると、驚いたように、
「なんと、独学であの動きと腕前か、いやいや弟さんは剣士の素質がありますな!」
とモンブルトに話しかけてきた。
「ええ、よく自分で稽古してますからね」
「あの分銅はお兄さんが?」
「いや、まあ「はい、そうです」」
言いよどむモンブルトの返答にかぶせるように、アルが答えた。
「・・兄弟揃って素晴らしい腕前ですな、どうですか、よろしければわが傭兵団へ入団しませんか?」
【ほらな、面倒そうだろう?】
【どうすんの?】
【どうするもなにも、アルはまだ子供だし、モンブルトだってもう結婚決まってるんだから、普通に断りゃいいじゃんか】
「いやいや、弟はまだ9歳ですし、俺はその向いて無いんですいませんけど」
「・・そうですか、ではしょうがないですな、気が変わったらいつでも言ってください、ギースノさんに言えば連絡とれますんで!」
「はぁ」
こうして揃って村まで戻った。
倒した魔物の死体は、操魔術で運ぶと目立つので一旦放置して、村へ戻ってから大八車を借りて再び戻り回収することに。
ここで向こうからの提案でお詫びとして、その運搬は向こうが行い、駆除の料金は倒したアル達に渡すという事になった。
◇◇◇◇◇◇
再び現地に戻った三人は、魔物の死体の回収作業をしていた。
「馬鹿リバルド、あんたのせいで大事になったじゃないのよ!」
「うーるせーなー、ちょっと位置取り間違えただけじゃねぇかよー」
リバルド17歳、ラムシェ14歳、三つも年下だが、いつまでたってもやんちゃ坊主っぷりが抜けないリバルドに対して、しっかり者のラムシェはいつもの様に文句を言っていた。
「誰も死ななかったんだから、いいじゃねーかよー」
「馬鹿モン、死んでたらどうするつもりじゃ!」
再びドリアスに拳骨を落されたリバルドが、涙目になって反論する。
「そりゃねぇでしょう? 大体団長があそこで訓練するなんて言うからじゃないっすかー」
「むぅ」
魔物の死体を大八車に運びながら、ドリアスが先ほどの兄弟を思い出していた。
「しっかし、あの坊主はとんでもなかったな」
「どこがっすか? ファグとザッジっしょ、楽勝っすよ」
「馬鹿モン、お前聞いて無かったのか? あの坊主はまだ9歳だぞ、お前9歳の時一人でファグとザッジあれだけ狩れたか?」
「そりゃぁ・・やれば出来たっすよ!」
「馬鹿モン、それだけでも大したもんだがそれにもまして、あの操魔術の腕はとび抜けておるぞ」
ラムシェも会話に加わってきた。
「あれは、お兄さんの方がやってたんじゃないの?」
「いや、遠目からだったが、おそらくあの時あのお兄さんの方は、うろたえるばかりで何もしていなかった」
「嘘、だって分銅二つ飛んでたよ? それも剣使いながらなんてありえないよ!」
「わしも驚いたわい、そのせいで助けるの忘れて見入ってしまったくらいだったからな」
アルが倒した魔物は、『ウルフファグ』が9匹、『ボアザッジ』が5匹(本当はアルが倒したのは一匹ずつで残りはエイジ)。
リバルドは、先ほど森の中で自分が倒したよりも多い数を倒したのが、9歳の子供一人という事に衝撃を受けていた。
「世の中広いわい、あんな坊主がおるとはの」
「勧誘、断られちゃったね」
「ああ、でもまあ顔見知りにはなったんじゃ、あーして腕前を隠しているのもなんかあるんじゃろ、気長にいくとしよう」
「団長、俺ぁ負けないっすよ!」
「おお、其の意気じゃ其の意気、そんじゃ景気づけに一発森にでも入って」
「お父さんっ!!」
「むぅ」
これが、アル(エイジ)と傭兵団『月光』との出会いだった。