第86話 受注 商売に向いて無いとは思ってた
重厚な扉を開けて中へ入ると、小さなカウンターに受付の女性がいる。
傭兵ギルドで依頼を受けてきたと依頼書を見せて告げると、少々お待ちくださいと広めのテーブル席へ案内された。
僕らが席に着き、だされた飲み物に口をつけようかというタイミングで、奥から担当らしき男性がこちらに来るのが見える。
一言でいうとずんぐりむっくりで小太りな中年男性だ、汗かきらしくまだそれほど暑くも無いと思うけど額に汗がにじんでいる。
なんとなく商人って言われて最初にイメージするような、ヒトが良さそうでいかにもな風体だったのがおかしかった。
互いに挨拶を交わし席に着くと、トニッツアというこの担当の男性が説明をはじめた。
「まずは受注していただいてありがとうございます、いやー中々受けてもらえなくて困ってたんですよ」
どちらかというと、お客さんは依頼を出している向こうなはずなんだけど、この相手を立てるというか下手に出てくるあたりがまたいかにも商売人って感じがする。
「内容は依頼書にあるとおり、魔核鉱石の買い付けとここまで運んでいただく運搬になります。
預ける金額は大金貨100枚、これで購入できるだけの量を運んでいただきます。
但し、仕入れた際の相手方へ支払った証明として、領収証と明細書の提出は必須とさせていただきます。
その際に、余りにも相場とかけ離れた単価だった場合や不正が認められた場合は、報酬は差し上げられない可能性がありますのでご了承ください」
「わかりました、あの、具体的に適正な単価というのはどれくらいなんでしょうか?」
そう質問すると、トニッツアさんから魔核鉱石の大きさと金額が記載された紙を渡された。
「こちらの用紙に書いてあります、それぞれの大きさについて記載されている範囲であれば結構です。
他に何か質問はありますでしょうか?」
二人の顔を見るも、特に何も無いようなのでその旨を伝える。
「それでは、こちらからいくつか尋ねたい事があるんですが」
「はい、なんでしょうか」
「皆さんは仕入れにどちらへ伺うご予定なんでしょうか?」
「ヨルグへ行くつもりです」
「なるほどなるほど、ヨルグですか、それと今回他には何か商会関係の依頼を受注なさってますか?」
「あっはい、アーミトン商会とスェスエル商会から、こちらと同じ魔核鉱石の依頼を受けてます」
「なるほどなるほど、えーそーすると、少々お待ちください」
そう言ってトニッツアさんは席を立ち、来た時の方向へ引っ込んでしまった。
何だろうと思いつつ待つ事しばし。
手紙と何かの紙を持って戻ってきた。
「お手数ではありますが、ヨルグの商人ギルドへこの手紙を届けていただけないでしょうか。
受付にキビルニンという者へ渡すように言ってもらえばわかりますので」
「わかりました」
「後これは出来たらで結構なんですが、こちらの用紙に記載がある品目について、ヨルグで店頭価格がいくらになっているか書き込みをお願いします」
渡された用紙には、鉄や油などからお酒や蜂蜜と多種類な品目が書いてあり、その横にお店の名前や単価を書き込むスペースがある。
「はあ・・、これ全部調べるんですか?」
「いえいえ、お店を覗いた時に目についたのものを、あくまでもついでですから出来る範囲でかまいませんよ」
「まあ、頑張ってみます」
「それでは、よろしくお願い致します」
なんだか予定してない事色々頼まれちゃったけど、とりあえず打ち合わせは無事に終了。
商人ギルドを後にして、次はアーミトン商会へ。
ここは、セルとシャルの兄妹が担当となった。
僕らは馬車でお留守番、大金を預かっているのでなんか落ち着かない。
アリーはいつものようにアーセに話しかけてはスルーされ、アーセも普段と変わりないようにみえる。
なんか僕だけが小心者みたいで情けない、もっとしっかりしないとな。
しばらくして二人が出てきた。
すぐさま移動し、最後のスェスエル商会へ向かう。
全員一度は終わったんでどうしようかという中で、僕とシャルがお留守番でセルとアリーとアーセという組み合わせで行く事に。
こうして一通り回り終わって、ようやく出発となる。
お昼に食べる分の食事を購入し、来た時と同じく南側の門をくぐる。
まだオューに着て二週間も経っていないのに、離れるとなるとなんだか長い間拠点にしていたような感慨を覚える。
◇◇◇◇◇◇
遠くに見える山の木々の緑も、鮮やかに目に飛び込んでくるいいお天気。
馬車を走らせる僕ら一行は、道中それぞれが担当したところでのやり取りを、その場に居なかったメンバーへの説明に充てる事にした。
情報の共有と意思の統一をはかり、共通認識を持つ事でスムーズな依頼の達成に結び付けようという目論みである。
受注した三つの依頼の期限はすべて十日間、それ以内に品物を購入しオューへ届ける事。
ヨルグまでは片道三日間の距離であり、それを考えればまだまだ余裕はある。
本来であれば、食事の時間など全員が揃った場で済ませた方が、手間がかからなくて早い。
しかし、諸々の理由により出来るだけ早くに達成する方が望ましいので、移動時間を削らずに済ませる為に昼食も馬車の中で摂るため買い込んでいる。
夕食はさすがに宿泊する村でになるからその時でもいいんだが、あまり余人の目や耳のあるところでするのも大金を預かっているだけに避けたいところだ。
早い方がいい事もあり多少二度手間にはなるが、御者を交代しつつ話してしまおうという訳である。
まずはアリーに御者を任せ、僕とセルとシャルの三人でのすり合わせとなる。
ちなみに、アーセはアリーのたっての希望というかそうしないと変わってくれないという交換条件により、御者台に一緒に座ってもらっている。
この辺が何とも面倒で困ったところなのだ。
御者が出来るのが僕とセルとアリーの三人で、シャルとアーセは出来ない。
じゃあと僕が御者台に座るとアーセが横に座り、必然的にアリーがこちらに来てしまう。
かといってセルに御者を任せると、アーミトン商会での説明をするのがシャル一人になる、あいつ一人にはとても任せられないとは兄の弁。
そんな情けない理由で、とりあえずはこの組み合わせになったのである。
まずは僕から二人に、商人ギルドで話した内容と頼まれた件についての説明をした。
手紙の配達と価格チェックについては、まったく抜け目ないなとセルは感心しシャルは若干あきれている。
そして、今度はアーミトン商会での事を僕が二人から報告を受けた。
アーミトン商会は、最大手の四つの商会には及ばないもののそれらに次ぐ準大手と認識されている商会だ。
ここから買い付けに際して預けられているお金は大金貨100枚、商人ギルドと同じ金額だ。
「他に何か頼まれたりはしなかったの?」
「ああ、依頼以外での事は何も、なあ?」
「うん、それだけだったわよ」
「へー、やっぱりギルドの方がちゃっかりしてるというか、商会の方がキッチリしてるって事なのかな」
「それがな、そうでも無かったりするんだよ」
「へ?」
一体何の事だろうか。
「さっきアルが商人ギルドで、どこに行くのかとか他にどんな依頼を受けてるのかとか聞かれたって言ったろ?」
「うん」
「それ、俺らも聞かれたんだよ」
「ふーん」
「それでな、出来たら自分の所には一番に届けてもらいたいっていうんだ、勿論報酬は追加で支払うからってな」
「へー、まあそれぐらいならいいんじゃないの?」
「それがな、他とは届ける日にちを変えて欲しいって言うんだ」
「日にちって・・、他の所にはわざと遅らせろって事?」
「そういう事だろうな、一日毎に報酬を一割アップするっていうんだ」
「つまり?」
「いち早くに仕入れて、余所に品物が着く前に売り捌きたいんじゃないか?」
それはまた、しっかりしてるというかちゃっかりしてるというか。
「気持ちはわからないでも無いけど、あんまりしたくは無いなー」
「おまけに、スェスエル商会でも似たような事言われたんだよ」
「えー、そっちも?」
「こっちは少し手が込んでて、オューに着く前に一つ前の村で連絡もらえれば品物取りに来るっていうんだ。
で、期限までそこで逗留しててもらって、他のところには最終日に渡してもらいたいってな。
当然報酬はアップするし、村に泊まってる間の宿泊費や食費も持つってよ」
「ふぇー、なんか商売って信用第一だと思うんだけど、いいのかなそんなんで」
「客をだましてる訳じゃ無いし、法を犯してる訳でも無いからな、ぎりぎりセーフってとこじゃないか?」
その後いろいろ話し合い、僕らの方針としては普通に往復して同じ日に引き渡そうという事で決まった。
続いて、御者をセルにやってもらいアリーとアーセに説明をする。
概ね理解してもらえたようで、特に質問なども無くつつがなく終了。
ぽかぽか陽気で温かく、体を動かしたい欲求にかられながらも馬車を操る。
御者を交代して、現在僕と隣にアーセが座りその後ろにアリーが控えるといった布陣。
もうしばらく進むと、お隣の村であるグーカト村にさしかかる。
ここは、オューに向かう際にも立ち寄り一泊した村だ。
しかし、今日は馬を小休止させるだけで通過する予定にしている。
本日の目標は二つ目の村であるチョサシャ村。
時間的に、三つ目の村まで足を伸ばすと夜遅くなってしまうので。
本来、荷物を積んでいない往路で距離を稼いだ方が後々楽になる。
それはわかっているが、期限が差し迫っているという事も無いので無理せずいこうと決めたのだ。
グーカト村到着、時刻はお昼を結構回ったとこだろうか。
馬車屋で馬に水をやるだけ、僕らは馬車を降り各々軽く体を動かすにとどめて、少しの休憩の後早速出発した。
道中、それぞれのタイミングで食事をしつつ、まだ陽が高いうちに距離を稼ぐ。
買い込んだ昼食を頬張りながら、そういえばと思いだした。
商人ギルドが小さな商会の分だけでなく、大きな商会の分も全部一緒に仕入れればいいんじゃないかと疑問を感じたんだ。
すべての依頼先を回ったら、エイジが教えてくれるんだったっけ。
【エイジ、全部回り終わったよさっきの理由教えてよ】
【セル達から話聞いて気づかなかったか?】
【? 何に?】
【じゃあ、どんな事が気になった?】
【えーっと、んー、自分のとこを他よりも良くしてくれってとこかな】
【正解、つまりはそれが理由だよ。
商人ギルドへは、商売をする以上規模に関係無くすべての商会が加入する事を義務つけられている。
ギルド自体には、互助会的な役割もあるから互いに協力する事もあるだろう。
だが、本質的には商会ってのは利益を上げる集団であり、競合する相手がいる場合そこよりもなんとか儲けようとするはずだ。
他と同じことして、自分達の方が売り上げで上にいこうとしても難しい。
小さな商会は、そのまま依頼を出しても引き受けてもらえない可能性が高いから、仕方なく商人ギルドでまとめてもらってるんだ。
その必要が無い大手の商会は、当然個別に依頼を出して他と一緒って事態を避けようとする。
だから、全部の商会がまとめてって話にはならないんだよ】
なるほどー、まあまとめた方が楽ってのはこっちの理屈だもんなー。
【でもさ、そうするとなんで商人ギルドはその手の事言ってこなかったのかな?】
【あそこはまがりなりにも国の機関だからな、個々の商会の思惑はさておきギルドとしてはそんな事言えんだろ】
【うーん、それだと小さいところは何時まで経っても大手には敵わないって事なのかな?】
【まあその辺は各々で工夫するしかないだろ、そうやって各商会がしのぎを削って価格競争する事で、客は安く品物を購入できるってもんだ】
僕には出来そうにないな商売は、・・そういえばファライアードさんは元気でやってるかな。
ふとサーロン村で出会った父娘の事を思い出した。
今も二人で行商してるんだろうか、ん? 行商?
【ねえエイジ、行商って儲かるの?】
【難しいだろうな、特に遠ければ遠いほど儲けは薄くなる、へたしたら損になりかねない】
【イセイ村には毎月行商来てたけど、あれ儲かってたのかな?】
【どうだろうな、イセイ村にはあそこならではの特産品なんて無かったから、単純に売り上げだけで考えたら赤字だったかもな】
【商会ってお金を儲ける集団なんでしょ? だったらなんで儲からないのにわざわざあんなとこまで来てたのかな?】
【ああいう商店が無い村への行商については、ちゃんと国から補助金が出てるはずだから問題無いだろう】
【へーそんな制度があるんだー】
【そうでもしなきゃ、開拓した村なんて誰も住まなくなっちまうよ。
国としてはどんどん人口を増やして税収を上げたい、だから新規に農地が増える開拓を推進しているだけに、生活するのに困るような状況にはしないだろう。
其のために必要な事くらいは、ちゃんと制度化されてるさ】
そっかー、普通だと思ってたけどもし行商が来なかったら、とても生活なんて出来ないもんなー。
「にぃ」
そんな事を考えていたら、不意にアーセに袖を引っ張られ話しかけられた。
「どうした?」
「にぃは、お姉ちゃん好きなの?」
「お義兄さん、お気持ちは嬉しいですが私にはアーセちゃんという運命に導かれた伴侶がおりますので、申し訳ありませんがお付き合いはいたしかねます」
いきなりな質問に突然の御断り、ややこしいので自称お姉ちゃんの話は置いといて。
「お姉ちゃんってラムシェさんか?」
「ん」
「好きかどうかっていえば好きだけど、親戚のお姉さんって感じだよ」
アーセが見ている、じっと見ている、僕を見ている。
アレ? これもしかして僕責められてる? なんで?
いやいや、そりゃあこの間は盛大に勘違いしてたけど、僕も目が覚めた今は本当になんとも思って無いんだけど。
しばらく馬車が走る音だけが響き、アーセに見つめられながら景色が流れていくのをただただ見つめていた。




