第83話 再燃 本来無関係なんだが
「んで、この教えてもらった代金だけどよー」
「ああいいですよ、いりません」
「んなわけにいくかよー、いくらでもいいぜー」
「いやいや、このくらいなら構いませんよ」
僕が遠慮してると思ったのか、ラムシェさんが話しかけてきた。
「それじゃアルくんにメリットないじゃない、申し訳ないわ」
「そうですね、・・じゃあ依頼を達成したらごちそうしてもらうって事でどうですか?」
「おおー、よっしゃ、喰いきれねーくれーの肉の山食わしてやっからよー、楽しみにしてろよー」
リバルドさんの気合いの入った返答に、なぜかこっちまで熱くなってくる。
『月光』団員の皆さんは、この団長の熱に背中押されてたりするんだろうな。
一応僕もリーダーなんだから、この辺見習わないと。
「ところで、アルくん達はあの依頼やらないの?」
ラムシェさんからの質問で、団員の皆さんに注目を浴びてしまった。
「僕らの中で3級以上の者がいませんから」
「でもダンジョン探索してるって事は、最下層に到達する可能性もある訳でしょ?」
「五人で話し合って、あの依頼にはかかわらないって決めたんですよ」
そんなやり取りを聞いていたリバルドさんが、空気を読んでるのかそうじゃないのかわからないけど口をはさんだ。
「いいじゃねーかよー、アル達がやらねーって言ってんだからよー。
その分俺らがビッと決めてやりゃーよー」
「いいの? アルくん」
「はい、お肉楽しみにしてます!」
「おお!」
この後僕はメイプル館へ戻ったが、ラムシェさんはまだ皆さんと打ち合わせがあるという事で残った。
◇◇◇◇◇◇
「へー『月光』がねー」
「うん、それで皆に相談しないで悪いとは思ったんだけど、7層までのダンジョンの情報教えてきたんだ」
メイプル館で夕飯を囲みながら、博物館見学を終えた女性陣と自宅から戻ったセルに先ほどまでの報告を。
特に誰からも非難を浴びなかったのはありがたい。
皆も問題は7層からだから、6層までの情報にそれほどの重要性があるとは考えていないみたいだ。
「あっそれとさ、ラムシェさんに聞いたんだけど、あのダンジョンの地図作ったのって『風雅』なんだって」
「ふーん、・・ってえっ? じゃあ『風雅』は9層まで踏破済みなんだ?」
「かな、でも結局は最下層に到達してないからこんな依頼出てるんだろうね」
「『風雅』だってあの依頼知らない訳じゃないだろうから、『月光』と勝負って事か。
となると、・・・・まあ考えてもしょうがないか」
セルが少し考え込んでつぶやいた。
「しょうがないって何が?」
「あの地図作ったのが『風雅』って事は、内容見たわけじゃ無いけど信頼に足る情報って事だ。
どこの誰かもわからんやつが描いたならともかく、あれだけ名が売れてる傭兵団の手によるものだったら、団の面子にかけてもいい加減なものじゃないはずだ。
何層まであるかわからんが、仮にヨルグと同じ10層が最下層だった場合、9層の情報があればその下に行けててもおかしく無い。
となると可能性は二つ、『風雅』はすでに10層へは行けるってのが一つ、もう一つは9層はその構造や情報がわかってても抜けられないほどなのか。
前者の場合はもう四日や五日もあれば『風雅』が依頼を達成するだろう、だが後者の場合はよっぽどの行く手を阻む仕掛けが9層にはあるって事だ。
だがここでいくら考えても答えは出ない、ある程度日数経つのと実際に9層を見て見ないとな。
だからまあどっちにしてもしょうがないって思ったんだ」
「そっかー、昨日すれ違った中にも『風雅』のヒト達いたのかなー」
「あの時の奴らの中にはいなかったんじゃないか? 青いのつけたの見なかったし」
「あー、そういやそんな目印あったねー」
そう言えばと、話がひと段落したタイミングで気になっていたことをセルに尋ねた。
「調べものって終わったの?」
「ああ大体な」
僕が口ごもっているのを察して、セルが話を続けた。
「今回のあの国からの依頼について、少し詳しい経緯なんかを調べてたんだ」
「あたし達はかかわらないって決めたじゃない、なんでそんなの調べてたのよ」
シャルが口を挟んだ。
「確かに、でもなあの依頼につられてダンジョンの中は混雑するだろう。
無用なトラブルを避けるためにも、色々知らないより知ってた方がいいと思ってな」
「それで、なんか有用な情報は得られましたか?」
アリーの質問にセルが答える。
「あの依頼、国からってことになってるが元は王から出た王命だそうだ。
つまりは、達成できなかった国がなんとかしようと依頼をだしたって事らしい。
さすがに王がなぜあんな王命を出したのかまではわからなかったけどな」
「・・なるほど」
「王命・・」
アリーとシャルが、それぞれ何事か思案顔で口をつむってしまった。
「じゃあ明日からの予定の確認、しばらくはダンジョンへアタック出来ないので、朝皆で傭兵ギルドへ行き一週間前後の長めの依頼をやります。
それが終わってオューに戻ったら、道具が出来ているようならばダンジョンへ、まだ時間がかかるようなら再度完成まで依頼をやるって事になります」
なんとなく雰囲気変えた方がいいかと思って、事務的な連絡だったが皆に向かって話した。
お腹がいっぱいになってるので、気合い漲るとはいかなかったが皆それぞれ頷いている。
そんな若干弛緩した雰囲気の中、とりあえずこの場はおひらきという事でテーブルを離れた。
「アーセちゃん、一緒にお風呂いきましょうねー」
「ん」
明日からは依頼でオューを発つ事になるので、次に風呂に入れるのがいつになるかわからないからか、アーセも素直に頷いてる。
めいめいに支度をし、メイプル館を出て公衆浴場へ向かう。
すると、外に出たところでこちらに向かってくるラムシェさんに出くわした。
「あらっ? どこか行くの?」
「お風呂」
「わー、いいなー」
「お姉ちゃんも一緒行こ?」
「あっ、じゃあすぐ追いかけるから先行ってて」
「ん」
アーセとのやり取りを終えると、ラムシェさんは速攻でメイプル館の中へ消えて行った。
これでアリーに念押ししないでも、お風呂でアーセに不埒な行いは出来ないだろう。
僕ら五人は、若干一名不機嫌なまま夜の王都を歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
チェックインを済ませて部屋に移動、その後すぐに荷物を置き着替えを持って部屋を出る。
ラムシェが急いでアーセ達に追いつこうと、メイプル館の出入り口に差し掛かった時にその足が止まった。
それは、突然現れた顔見知りが声をかけてきたからだった。
「こんばんはラムシェ、こうしてまた会えたことを嬉しく思うよ」
「キリウス・・」
「立ち話もなんだ、少し話があるんだが付き合ってもらえないかな?」
傭兵団『風雅』の団長キリウス、幾度となく現れては求婚してくるおなじみの相手。
約束も無く向こうが勝手に押しかけてきたのだから、こちらが応じなければならないいわれはない。
だがラムシェは一緒のテーブルについた。
それは、この場で断っても結局は一度相対しなければ、何度も訪ねてくるのが目に見えているから。
だったら、面倒事を後に回さず片づけてしまおうと思った為だった。
「オューには今日着いたのかい?」
「ええ、依頼の完了報告にね」
「あの依頼、受けるらしいね」
「相変わらず耳が早いわね」
自分達の動向が、一日も経たない内に同業者に知られている。
本来であれば、脅威に感じ警戒を覚えるところである。
しかし、ここは『風雅』にとって本拠地と並んで拠点としている街であり、且つ情報収集能力にはもっとも長けているといわれているのを知っているだけに、驚きよりも納得をもってキリウスの話を聞いていた。
「しばらくはこの街に居る事になりそうだね」
「ええ、そう簡単には達成できないでしょうから、場合によってはそうなるでしょうね」
「君たちがダンジョン探索とはね、あまり得意だと聞いた覚えはなかったな」
「・・認めるわ、でもだからといって出来ないとは思っていないわ、どちらが先に達成するか勝負ね」
キリウスは薄い微笑みをたたえたまま、ラムシェの言葉を聞き流していた。
相手の気合いを受けるでも無く、かといって挑発するでもなく。
ラムシェは、肩透かしを食らったような手ごたえの無さを感じていた。
「あまり君の時間を奪ってばかりでは申し訳ない、単刀直入にいこう、話というのは他でも無い」
キリウスは、直前のラムシェの言葉には何も返さず、ここを訪れた本題に入る。
ラムシェはこれを性急だとは思わなかった。
違う傭兵団に所属しているのはともかく、『風雅』と『月光』の仲が悪いのは噂では無く本当である。
それだけに、あまり長い時間話し込んでいるのは出来れば避けたい、他の団員にこの場を見られるのはばつが悪かった。
例え両者が顔を合わせている理由を、両団員に広く知られているとはいえ。
ラムシェにとっては聞きなれた流れ、そしてその先も予想どおりのものだった。
「君への想いは募るばかりだ、どうだろう? 僕の気持ちを受け入れてはもらえないだろうか?」
耳に入ってきたのが予想と同じであれば、ラムシェの返す言葉もこれまでと変わるものではない。
「その気はありません、申し訳ないけどお断りします。
気持ちは嬉しいけど私はまだパートナーを決めるつもりはないの」
「・・そうか」
お互いにとって幾度となく繰り返されてきたやり取り、話はこれで終わりでキリウスが去るのが常だったが、今回は少し違った様相をみせた。
「そういえば、君が気に掛けている『羽』の男性が居ると耳にはさんだんだが、断られたのはその彼と関係あるのかな?」
「・・どういう話を聞いているのかは知らないけれど、それは関係ないわ」
やっぱり耳に入っていたかと、ラムシェは心の中でため息をついた。
自分が本当にアルを想っているならともかく、そうじゃない以上このままでは迷惑をかける恐れがある。
ここは、自分の口からはっきりと告げておく必要がある、そう思い至り話し始めた。
「彼のことを言っているならそれは違うわ、ただ単に昔から、そう、彼が小さな頃に知り合ったから親しくはしているけれど、そういう対象として見ている相手じゃないの。
言ってみれば、・・そうね、親戚の男の子を可愛がっているって感覚かしら、私より五つも年下だしね、それだけよ。
それに、彼には妹さんがいるんだけど、この子がとっても可愛いので親しくしているのはそのせいもあってなの。
大体、もしそうだったらあなたに隠しておく理由が無いわ、このヒトがいるからお断りしますってちゃんと言ってる、そう思わない?」
大丈夫、自分は落ち着いている、ラムシェは一気にまくしたてた後、内容に誤りはないかまた言い残したことはないかを考えていた。
そして、すべて話した、これで問題は無いだろうと自分自身は納得していた。
だが、キリウスはそれとはまったく逆の想いに囚われてしまう。
これまでラムシェに男の影は無かった。
唯一怪しいとにらんだ『月光』団長のリバルドに対しても、さりげなく探りを入れた折に「よしてよ、あんなの趣味じゃないわ」とすげない一言で済ませていた。
そのラムシェがこれほどまでも語るとは、遺憾ながらキリウスに対してここまで多弁になったのを見るのは初めてだった。
いかにも真実を誤魔化している、まるで言い訳しているような長い説明。
団員でありそれ以前に友人であるツィザレスに聞かされた時に、興味を覚え会いに行ったが入れ違いで会えなかった。
その時は残念ではあったがそれほど固執はしなかった。
だがこうなると俄然興味が再燃した、というよりも是が非でも一度会ってみたい。
ラムシェがこうまで意識しているのはどんな男なのか、そこまで考えた時にふと思い出した。
そう言えばあの時ツィザレスが言っていたことを。
「ラムシェ、君にはパートナーになる為の条件なるものがあると聞いたんだが」
正直に話すべきか、わかりやすい明確な基準という訳では無く、あくまでも自分の感覚なので説明はともかく納得させるのは難しい。
そうなると、ここは言葉を濁しておくべきか、言わなければならないということは無いし。
ラムシェがそう考え口を開こうとした時に、出入り口からアルが入ってくるのが見えた。




