第82話 情熱 お手並み拝見ってとこか
晴れた日の午後にお散歩、しかも目的は観光で三名の見目麗しい女性と一緒に。
なんとも優雅でゆったりしている、こんな事でいいのかと意味も無く不安を覚える程。
乗合馬車をメインストリートの中央で降りて、僕ら四人は北に見えるお城を目指して歩いていた。
これまで、薬師ギルドへ行くのには左に折れ、ダンジョンへ行くには東に折れていた中央を直進する。
傭兵ギルド付近を越えてからは、特に傭兵が多いわけでは無く王都の通常の混雑さ加減の人混みといった感じになっている。
段々と民家や商店が少なくなってきて、石造りの強固で大きな建物が目立ち始めていた。
正面に見えるお城は、僕らが歩いている地面よりも二段ほど高い位置にある。
エイジに聞いたところに因ると、初めから小高い丘にお城を建ててその周りに行政機関の建物を配置したんだそうだ。
そして、それらを中心に城下町を形成していったらしい。
ひとしきり歩いて到着したのは、観光名所『望楼閣 テェジク』の屋上。
観光客は皆ここの屋上からお城を見物する、それはこの辺りの建物は防衛の観点からそちら方面の壁には窓が一切無いかららしい。
お城は名所ではあっても旧跡では無い、現状王族が生活する場でもあるので当然立ち入りは厳禁。
敷地もお城の前面に国の重要な機関の建物が密集している為、かなり手前から立ち入り禁止になっている。
お城自体は高い位置にあるので見えない事は無いが、敷地ギリギリに観光客が人垣をつくるようではということで、特別に屋上を展望台とした宿屋が建てられた。
ここは、その立地条件と王都で一番のサービスを誇るだけあって、料金もそれに見合う金額設定になっている。
王都で一番という事はミガ国で一番という事であり、必然的に国外の公的な訪問客を受け入れる場にもなっている。
さすがに他国とはいえ、王族が訪問した場合は王城の敷地の中の迎賓館に宿泊するが、そうでなければこの宿に宿泊する事になる。
それだけの格式高い施設だけに、一階にある食事処を除き宿泊客以外は二階以降は立ち入り禁止となっていた。
但し、屋上は宿泊客のみならず一般に開放されており、建物の外に取り付けられた昇降機で直接屋上まで登れるようになっていた。
「へー、いい眺めだねー」
「アーセちゃん、お城良く見えますね」
「ん、綺麗」
屋上に上がった僕らの目にお城が飛び込んでくる、圧倒的な迫力をもって。
こうして見ると、元が高い位置にあるだけでお城自体の建物の高さはそうでもなく、羽を広げた白鳥のように横に広い造りになっている。
年月を感じさせる灰色の石造り、荘厳さと美麗さを兼ね備えている外観は見事の一語に尽きる。
「けっ結構たっ高いわね」
案の定、シャルは端には寄らず中央から動かない。
「立派なもんだねー、中も見て見たいけど入る機会は無いだろうなー」
「お祖母ちゃんがお城は綺麗なとこだって言ってた、アーセも行ってみたい」
「アーセちゃんのお祖母様ということは、私にとってもお祖母様ということですね、何をなさっていたんですか?」
「いや別にアリーのお祖母ちゃんじゃないから、昔ファタのお城で侍女として働いてたらしいんだ」
「ほー、お祖母様が、お母様ではなくてですか?」
「? うん、母さんがお城に勤めてたってのは聞いた事ないなー」
ひとしきり堪能して、一人真ん中に立っているシャルの元へ集まった。
「やっぱりシャルは地元だから見慣れてるの?」
「そりゃあね、オューに居ればどこからでも目に入るからね、ここから見るのは初めてだけど」
「じゃあせっかくだからもっと近づいてみれば? アーセが手繋いでれば端っこでも安心でしょ?」
「いいわよ、そんなことしてまで見なくても、中に入った事もあるし」
「へー、やっぱり中は凄いの?」
「凄いの意味が良くわからないけど、それこそお城だからね絨毯も調度品も他では見ないものばっかりよ」
「僕らが中見せて貰うのって出来ないもん? なんか方法無い?」
「うーん、お城に勤めるんでも無ければ無理でしょうね」
「そっかー残念、アーセ、いつか中入れたらいいな」
「ん」
そんな事よりもと、ここに居たくないのかシャルが口を開いた。
「この近くにおいしいお店があるのよ、ちょっとお茶でも飲んでのんびりしない?」
「いいですね、どうですか? アーセちゃん」
「行く」
こうして僕らはお城見物を終えて、近くのシャルおすすめの甘味処に腰を落ち着けた。
お茶を飲んでしばしゆったりとした時を過ごす、皆おしゃべりしながらメープルシロップがたっぷりかかったパンケーキを残さず平らげている。
これが前にエイジに聞いた、女子の甘いものは別腹ってやつか。
「まだ少し時間がありますね、これからどうしましょうか?」
「アーセはどっか行きたいとこあるか?」
「んー、シャルちゃん、どっかある?」
「そうねー、美術館か博物館か劇場くらいかしらねー」
但し劇場でやっているお芝居は、昼公演は終わってるし夜公演にはまだ時間あるしで、上演開始時間が合いそうにないとはシャルの弁。
すると美術館か博物館の見学って事になるけど、どっちがいいんだろう。
シャルに聞いてみるのが一番早いかな。
「シャルはどっちも行ったことあるの?」
「うんあるよ」
「オススメはどっち?」
「うーん、どっちもどっちかな、距離的にはすぐ近くだから両方廻っても大して移動時間はとられないと思うよ。
どうする? 両方行く?」
「そうだね、せっかくだし」
「アーセちゃん、お腹大丈夫ですか? もう少し休んでからにしますか?」
「へーき、行こ」
僕はお茶だけだからいいけど、皆よくあれだけ食べて動けるな。
それとも食べた分消費するのに運動したいんだろうか。
来た時とは逆に、今度はお城を背に中央へ向かい歩いて行く。
東西に延びる四辻の手前、若干お城寄りのこちら側に美術館、通りを挟んで反対側に博物館がある。
こうして見ると傭兵ギルドにほど近いが、いつもその先へは進まずに左右に折れたり、メイプル館に戻ったりしてたので気づかなかった。
まずは、なんか複雑な模様が彫り込んである石柱が建っている門を潜り抜け美術館へ。
館内を順路に沿って進んでいく、そこまでの混雑でも無いので一つ一つ立ち止まって見るくらいの余裕はある。
正直言って、絵は見ても良し悪しが解らない、まあここに展示してあるくらいだから優れているんだろうけど、どうも僕にはその手のセンスが無いらしい。
壺などの陶器もどこがいいんだかさっぱり、ただ彫刻は力強くてなんとなくカッコいい感じがしていい。
特に彫像など迫力があって魅入ってしまう、他にはあくまでも催事や儀礼用の宝石をあしらった刀剣などが目立っていた。
女性陣は宝石をちりばめた装飾品に夢中だ、翡翠や琥珀など色とりどりな様子を見て感嘆のため息を漏らしている。
いつもは勇ましいところばかり見ているけど、こうしていると三人とも女の子だなーと微笑ましく感じてしまう。
まあ僕はどちらかというと、実用的な工芸品や武器とか防具とかの方が見てて楽しいんだけど。
こうして見てると三姉妹みたいだ、年齢と身長が比例しているので余計そう感じるのかも。
アーセがにこにこしているので、それを見るアリーも当然満面の笑み、その二人を案内したシャルが満足してもらえたとにこやかな雰囲気でいる。
思いのほかたっぷり時間をかけて見て廻れた、満足満足。
そのまま通りを渡って反対側にある博物館へ。
美術館と違ってこちらは自然な、といっても道に沿って人為的に並べられた樹木にはさまれた道を通って入口へ。
館内の印象としては、なんか雑然としている感じ。
種族ごとの特異な生活用具、例えば『鱗』用の固いベッドや『角』がかぶる角を通すのに額の上に丸く穴が開いた帽子などの生活用品などの小さなもの。
大きなものでは造船の歴史として、いかだから最新の帆船までなどなどが所狭しと飾ってあるというよりも倉庫のように置いてある。
中でも大きなスペースととっているというか、ひしめく様に並べられているのが標本やはく製。
昆虫や動物や植物に加えて、魔物のはく製も展示してある。
その魔物のはく製が立ち並ぶ一角にはダンジョンコーナーもある。
そうはいっても、ダンジョン内で倒した魔物は魔核鉱石を残して死体は残らない。
だから、そこには魔物の絵とその大きさや特性などが記されたプレートが展示してある。
実物が無いからといって人気が無いとは限らない、今もそれを熱心に見ているヒトたちが、・・・・アレ?
「お姉ちゃん!」
「あー、アーセちゃーん!」
「おー、アルー、いいとこで会ったぜー」
「リッ、リバルドさん!? ご無沙汰してます」
なんでこんなとこに『月光』のお二人が居るんだろうか?
「あの、何時オューに、というかなんでここに?」
「おめーもあの依頼見てんだろー、一発やったろうと思ってここで中にどんなんが居るか見てたんでー」
なるほど、もっと行き当たりばったりなのかと思ってたけど、意外に周到なんだな。
でもなんとなく、リバルドさんはラムシェさんに連れてこられたっぽいけど。
とりあえず、面識の無いシャルとアリーをリバルドさんに紹介する。
シャルはガマスイでラムシェさんに会ってるけど、アリーはあの時居なかったんでラムシェさんにも初対面の挨拶を。
アーセがラムシェさんに懐いているので、アリーが鬼の形相一歩手前みたいになってる。
リバルドさんでさえ、「なんかおっかねーな」と小声で僕に耳打ちしたほどだ。
「ラムシェにアルがオューに居るって聞いてよー、後で会いに行こうと思ってたとこよー。
んでよー、ものは相談なんだけどよー、ちっと話があんだよ時間ねえかー?」
「相談ですか? まあ時間はありますよ、今日はお休みでここには見物に来ただけですから」
「んじゃよー、俺らのとこに来てくんねーかー?」
「いいですよ、あっ、じゃ僕はリバルドさんのところへ行ってくるから、皆はそのまま見物してて」
リバルドさんは、アーセの頭をぽんぽんとして「ちっとアル借りるぞー」と声を掛けている。
昔、アーセが小さな頃にリバルドさんがアーセの頭を無造作に撫でてたのを見たラムシェさんに、「もっと丁寧に、じゃなきゃ触らないように」と注意された事があった。
それからというものリバルドさんは、アーセに触れる時にはまるで壊れ物を扱うように慎重になっているので、アーセも大事にされてるのがわかるのかにこにこしている。
女性陣三人を残して、僕とリバルドさんとラムシェさんの三人で博物館を出て、『月光』の皆さんの宿泊する宿へ移動。
僕らの泊まるメイプル館のギリギリはす向かいと呼べる場所にある、旅籠ターセウの大部屋に通された。
尚、団員の皆さんはここだが、ラムシェさんはメイプル館に宿をとってあるそうだ。
集まっている『月光』団員は顔を見た事はあっても名前を知ってるヒトは居ない位の間柄なので変な感じ、向こうも僕が居る事に微妙な違和感を覚えているように見える。
リンドス亭で一度会ったヒトも居るけど、あの時はお酒の入った宴席でもあったしであんまり覚えられてないっぽい。
また、ガマスイでラムシェさんに会った時に同行していたヒトは、なんとなくあああいつか的な見方をしているように感じる。
「あの、それで話しっていうのは?」
「その前にー、一個確認なー、アルはここでもダンジョン潜ってんのかー?」
「はい、あそこに居た三人にラムシェさんは会った事ありますけど、『二本』の男性を加えた五人パーティーで探索してます」
「おおー、そいでよーここからが相談なんだけどよー、ダンジョンの中の事色々教えてくんねーかー?」
「は?」
「俺らー中に入った事ねーんだよー、無料とは言わねーからよー」
「はあ」
つまりは、あの依頼を受けるにあたっての情報収集って訳か、確かに一から調べるよりも聞いた方が楽だしな。
僕も聞ける相手がいればそうしてたとこだから気持ちはわかる。
僕ら五人で集めた情報を皆に相談しないで教えるのはどうかとも思うけど、ここで席を立って相談してきますって訳にもいかないだろうな。
【エイジ、どう思う? 皆に相談しないで教えちゃっていいかな?】
【アルの判断にまかすよ、まあ俺はかまわないと思うけどな】
【うん、僕も僕一人で集めた情報じゃないからあれだけど、お二人には協力してあげたいからね】
【1層から6層まではそれこそ時間があれば一度や二度行けば把握出来るくらいのもんだからな、さほど重要でも無いんだ教えても問題無いと思うぞ】
【そうだね、問題は7層から先だけどそれは僕もわかんないし】
【ああ、『月光』に一つ貸しって事なら今後なんかの役に立つかもしれんしな】
【そうだね】
「いいですよ、ただ僕らも7層の入口までしか到達して無いんでそこまでしかわかりませんけど」
「おおー、十分だぜー」
「それじゃまずは1層ですが・・・・・・」
こうして、1層から順に道順や出現する魔物とそれに対する僕らなりの対処、そして大体の所要時間などを説明する。
皆さん真剣に聞き入っている、それぞれメモをとる者や簡易な地図を描く者など様々だ。
最期に7層の間欠泉の話をすると、リバルドさんはみるみる機嫌を傾けていく。
「ったくよー、これだからダンジョンはきれーなんだよなー、しちめんどくせーったらねーぜー」
「あはは、リバルドさんらしいですねー、それで申し訳ないんですが8層以降は行ったこと無いんでわかんないんですよ」
「ああ、全然かまわねー、助かったぜー」
「地図があれば買った方が正確だと思うんですけど、午前中に見た時は売切れでしたからねー」
「けーっ、んなもんあっても誰が買うかよー!」
「?」
ビックリした、リバルドさんが突然声を大きくしたかと思ったら、言い終わった途端に顔をそむけてしまった。
どうしたんだろう? なんかあんのかな。
僕の不思議そうにしてる顔を見て、ラムシェさんが笑みを浮かべながら補足してくれた。
「実はねアルくん、あの地図は傭兵ギルドが販売してるけど、あれ依託してるの『風雅』なのよ」
「あの地図って9層までのを売ってるって聞いてますよ、という事は『風雅』はそこまで踏破済みって訳ですか?」
「そうなるわね」
「はー、どうやって7層抜けたんだろう」
意外な事実が判明した、でもそうなるとあの依頼を『月光』と『風雅』で争う事になるのかな。
すでに9層まで踏破してる『風雅』の方が圧倒的に有利だろうけど、裏を返せば最下層には辿り着けなかったって事か。
とすると、9層は7層にもまして難題が待ち受けているんだろうか。
時刻は夕方から夜に変わっていく頃、ダンジョン探索に盛り上がってる『月光』団員の皆さん。
そんな熱気と裏腹に、明日から僕らは依頼かと少しテンションが下がっていくのを感じる。
あー、なんか燃えてきたのに行けないなんてなー、何時からアタック再開出来るかなー。




