第7話 初陣 ちょっと油断してた
初めての村の外の風景は、見慣れた感じでそれほど新鮮という訳では無かったが、どこか違って見えた。
少し街道を歩いてから、道を外れて脇に入りそのまま奥へ進んでいく。
ソルの後ろを付いていくアルに、諸々の戦闘における注意事項を並べながら。
【一点に集中するんじゃ無くて、できるだけ全体を見る感じで、正面を向いていてくれ】
【うん】
【感覚の同調は、何があるかわからないから五感全部で頼む、今度から戦闘する時や村の外に出る時は毎回な】
【わかった】
【真横や後ろからには反応できないから、もし万が一後ろから襲われたら、俺の迎撃が間に合わないと思って対処してくれ】
【まんがいち?】
【あーっと、めったにない事だけどって意味だ】
【・・・・うん】
【そう不安がるな、そうそうぐるりと取り囲まれるなんて事はないはずだ】
【そうだよね】
【ああ、だからって油断するなよ、今回『ウルフファグ』を狩りに来てるけど、襲ってくるのがそれだけとは限らないんだからな】
【そっか、・・そうだね】
「アル、緊張してるのか?」
無口になった弟を気遣ってソルが声をかけた。
「平気だよ、でも感じを掴むためにも、出来れば早いとこ一戦しておきたいかな」
「ふふ、頼もしいな」
街道を背に20分ほど歩いて、先ほどルドマイヤーが地図で示したあたりに到達した。
前方には森が見えるが、アル達がいる辺りは下草も短く、少なくとも『ウルフファグ』のような、中型の魔物が潜んでいられる高さでは無い。
「うーん、見当たらないなー」
ソルは、有翼人種の中では大柄な方で170㎝近くある。
アルが、110㎝無いくらいだからそのソルが見当たらないのなら、近くに魔物はいないということだ。
「このまま手ぶらってのもな、・・・・ちょっと危険だが森の近くまで行ってみるか?」
森に立ち入ってはならない。
うっそうと茂った森の中は、昼間でも薄暗く遮蔽物も多いため、野生動物とりわけ魔物たちの天下であった。
国の兵士や傭兵たちが、演習の名目で大規模な害獣駆除を行う場合以外で、森の中に足を踏み入れる者は少ない。
そこに獲物がいて、森の恵みである薬草や木の実などが豊富にあるとわかっていても、その対価が命では釣り合わない。
それは村に住むソルやアルも、良く言い聞かせられている不文律だった。
だから、ソルも森の中にまで入ろうとは言わなかった。
「そうだね、近くまで行っても危なくなったら逃げればいいしね」
と、のんきなこと言っているアルは、魔物と出会ったことが無いので、逃げるという事を安易に考えていた。
実際、人の中で、『ウルフファグ』から逃げ切れる足を持っているものはいない。
あくまでも、見つかる前に逃げ出せば助かるというだけなのだが、その辺を勘違いしていた。
俺は、そろそろ来そうだと感じていた。
別に、魔物に対するレーダーやセンサーが備わっているわけでは無かったが、流れとしてそう感じていた。
目撃地点にいないという事は、別のところへ遠征に行ってるか、拠点に戻っているか、身をひそめて見張っているか。
森は魔物の巣窟。
その森に近づいている二人の有翼人種。
森にいる魔物から見たら、獲物が巣穴に寄ってきてるように見えている事だろう。
だとしたら、ギリギリまで引きつけるために、こちらが歩みを止めるまでは見に徹するだろうが、止めた途端に襲い掛かってくるはずだ。
アルは、祖父に頼んで鉄剣を借りてきている。
念の為に、アルが渡されているものだけではなく、アーセが持たされてる鎖分銅も預かってきている。
乱戦になっても、アルだけは必ず無傷で守る。
そう強く思いながらアルに指示を出した。
【アル、鎖分銅二つともポケットから半分出してぶら下げといて】
【くるの?】
【ああ、おそらく止まったら来るだろうから、覚悟しておけよ】
【・・・・怖いね】
【大丈夫だ、足を止めたらすぐに剣を構えていろ、動くのに支障が無いか地面の確認も怠るなよ】
ソルにも注意を促す為に、声をかけるようにアルに言おうとしていたが、それよりもソルが話しかける方が早かった。
「この辺ぐるっと回って、何も無ければ戻ろうか?」
足を止め振り返ってソルがアルに話しかけた、その時ソルの背中側それまで向かっていた方向から音がした。
慌てて振り返るソルが見たのは、アル(エイジ)の鎖分銅によって空中で胴体と頭に穴を開けられた『ビルジ』だった。
『ビルジ』とは、いうなればでかいヒルで体長は30㎝ほどもある魔物だ。
動物の血を吸う『ビルジ』は、地を這い獲物に近づくと蠕動運動による筋肉の動きを爆発させ、その場で約2mほども飛び上がり、頭上から襲い掛かってくる。
其のジャンプする時の、下草をはじくような音がしたのだった。
「なっ!」
何が起こったんだという驚きと、アル(エイジ)の迎撃速度のあまりの速さに対する驚きが相まって、ソルは最後まで言葉を続ける事ができなかった。
そしてそれを合図とするかのように、森から『ウルフファグ』が姿を現しこちらへ襲い掛かってきた。
ソルの得物は槍だ。
槍で相手をけん制し、近づかせないようにして、その間に鎖分銅で仕留めるというオーソドックスな戦法だ。
襲い掛かってきた『ウルフファグ』は全部で11匹。
俺は、敵が近すぎて指示を出している余裕が無いと判断し、二つの鎖分銅を使い右側と左側とをそれぞれ攻撃していく。
ソルは、敵の多さにパニックを起こしかけていたが、左右で次々に倒される『ウルフファグ』を見て持ち直し、とにかく正面に集中することにしたようだった。
「グァルルルッ」
威嚇するかのように、吠えながら襲い掛かってくる『ウルフファグ』。
「ギャン」
それが、次々に脳天に高速で飛来する分銅を受けて、断末魔をあげていく。
ソルもなんとか、自分の真正面からくる一匹を仕留めた。
アルは『ウルフファグ』の声の迫力と、自分と同じくらいか大きいほどの体格に圧倒されていた。
しかし、次第に敵が減っていき、自分に危害が加えられそうにないとわかって、少し余裕を取り戻した。
近いうちに僕も、せめて一匹は倒せるようにならなきゃな。
アルが、そんなのんきな事を思っていたその時だった。
アルの右側と、ソルの左側から、『ビルジ』がジャンプしてそれぞれ頭上から襲い掛かってきた。
アルは、剣聖の効果を発揮してすぐさま迎撃。
中段で構えていた剣を、振り上げてから振り下ろしていては間に合わないと、一歩下がってその場で体を横に捻りながら横薙ぎに剣を振り抜き弾き飛ばした。
だが、刃も無い鉄剣では、軟体動物の体を持つ『ビルジ』に、大してダメージは与えられない。
しかし、その一瞬の間があれば、エイジが迎撃する余裕が生まれる。
エイジは、最初の一匹と同じように『ビルジ』の胴体と頭を打ちぬいた。
ソルは正面に集中していたせいで、『ビルジ』が自分の上から降ってきているのに気付けずにいた。
アルは自分の近くの『ビルジ』の迎撃、エイジは鎖分銅を二つ使って『ウルフファグ』への攻撃、ソルが襲われるのは必至の状態だった、普通ならば。
一番最初に倒した『ビルジ』の死体を、ソルの上から降ってくる『ビルジ』にぶつけて、ソルの左前方へ吹き飛ばす。
それに気づいたソルが、慌てて槍で貫き二度と動かなくなった。
『ビルジ』の死体をぶつけたのは、エイジの仕業だ。
鎖分銅を二つ使い『ウルフファグ』を攻撃しながら、そっちの手を止めたのではなく、同時にやった。
つまり、一度に三つを操作してのけたである。
【・・・・い、今のもエイジがやったの?】
【ああ、使わずに済むならその方が良かったんだが、まあしょうがなかったな】
それよりもなによりも、アルには聞かなければならない事があった。
【みっ三つって聞いて無いよ!】
【ああ、言ってない】
【ななな何で言わないのさ!】
【俺も本当に出来るかどうかわからなかったんだよ、出来そうだとは思ってたんだが、まさか今回此処まで追い込まれるとは思ってなかった。
ちょっと甘く見過ぎてた、反省しなきゃな】
操魔術は通常一つのものを操るので、魔力も集中力もかなり使う為、実戦で二つを操る事は特殊なケースを除いてありえない事だった。
それはいずれも、防御に関して万全な方策がとられている場合に限られる。
二つのものを操る場合、その難易度から術者は通常よりも高い集中を強いられ、棒立ちにならざるをえない。
その為、前衛がいる場合や敵との距離が離れていて敵の攻撃が届かない場合、もしくはよほど強固な全身鎧を着こんでいる場合などに限られる。
そして、これまで三つを同時に操ったものは、誰一人として確認されてはいない。
勿論、ランダムに動かしたり、軽いものをというならいたが、完全に術者のコントロール下において、一定以上の重さの武器たりえるものを、殺傷力のある威力で同時に操作した者は皆無であった。
しかも、同時に武器まで使うのは、達人を通り越して化け物と呼ばれても仕方ないといえる。
【どーうすんのさ? 僕が使ったことになるんでしょう? しかも、僕剣使ったよ、なんて言い訳するのさ!】
【落ち着けって、ソルは身内なんだから下手な評判たてるような事はしないさ。
それより、今後も何回か一緒にやるんだから、自分と一緒なら大丈夫だと思わせた方が得だろう?】
【そりゃぁそうかもしれないけど】
「・・・・アル、お前・・・・それ・・」
【ややややっぱもの凄い動揺してるよ、どーすんの!?】
【落ち着けって、ソルはずっと前向いててアルの事見て無かったんだから、剣使ったのなんか見られてないって。
それに、『ビルジ』の死体はそばにあったから、蹴っ飛ばしたって事にしておけば問題ないさ】
「・・・・あんな威力で二つ使えるなんて」
【ほらな? ばれてないから後は適当に話合わせておけよ】
【他人事だと思って・・、まあいいやこのくらいなら】
「いや、沢山出てきてびっくりしちゃって、夢中だったから良く覚えてないや」
【・・それは無理があるだろう】
【なんにも思いつかなかったんだもん】
「・・・・助かった、ありがとうなアル」
「こっちこそ、怪我無くて良かったね」
◇◇◇◇◇◇
魔物の死体は、操魔術でアル(エイジ)が運んだ。
一体ずつ前方に放り投げて、そこまで歩いたら叉その前方に放り投げる。
それを繰り返して、村まで運んだ。
村の入り口では、アーセが出迎えてくれた。
入口の職員さんは、「これ、二人だけでかい?」と死体の山を見て驚いていた。
ソルが一旦村に入り、大八車を借りてきて魔物の死体を乗せて一緒に役場へ行った。
ルドマイヤーは、口を開けて絶句していた。
『ビルジ』3匹に『ウルフファグ』11匹、これは少なくとも、ある程度腕の立つ5人パーティーで相手取るのがやっとの数だった。
それを二人で、しかも一人は子供なんて普通誰も信じないだろう。
いやまあ、役場の害獣駆除担当としては、ただただありがたいだけなのだが。
なにかこう、自分の常識の一部が覆ってしまったような、すわりの悪さを覚えていた。
そんな中、疲労をにじませたソルに比べて、ニコニコしているアルの姿が印象的だった。
こうして、数度の害獣駆除の末、ソルは目標金額に達し、無事ナタリアにブローチを買ってプレゼントしていた。
感激したナタリアは、アルを「アルもありがとうね」といって、感謝の気持ちを込めて抱きしめてくれる。
アルは、うれしくてボーっとしてしまっていた。
あくまでも、うれしかったからで、いい匂いがしたとか柔らかかったとか大きかったとかでは無いはずである。
この件に関して、アーセは特になにもしていないが、抱きしめられているアルがうらやましくて、「ねぇ、アーセも」と言って両手を広げ飛び跳ねてアピールし、
ナタリアに「ぎゅうっ」としてもらっていた、お得である。
そんな光景を微笑ましく思いながらも、ソルは「それにしても」とアルの操魔術の尋常ならざる腕前に思いをはせる。
結局、家族のだれにもアルの事は話していない。
例え家族の中だけだとしても、公にするのがはばかられたのだ。
最初の時以外は、アルは鎖分銅を一つしか使わない。
それでも、問題無いくらいの数しかいなかったからだが、ソルにはあえて実力を隠しているように思える。
アルはあの時夢中だったからといっていたが、初めての魔物との戦闘で、ああも落ち着いて的確な攻撃が出来るだけでも並では無かった。
あの時の戦果は、ソルが『ウルフファグ』1匹と『ビルジ』1匹で、アルが『ウルフファグ』10匹と『ビルジ』2匹(ソルは知らないが本当はアルは『ビルジ』1匹だけで他は全部エイジ)。
あれでまだ9歳なのだ。
しかも、毎日変わった動きの練習をしているが、祖父に言わせると剣についての才能が並はずれて高いという事だった。
これはやはり血だろうか。
ソルは、あの時の、自分に突然10歳年下の弟が出来た時の事を思いだしていた。
◇◇◇◇◇◇
ソルは目的を達したが、アルは未だ目標金額に届いていない。
それというのも、買うものが増えたのと金額が上がったからだ。
剣については、当初の予定通りだが、エイジの操魔術の腕が相当なので鎖分銅の一つ上である、鉄球を買う事にしたからであった。
鎖分銅の利点は、分銅部分での攻撃ができるのと、鎖の部分で相手や武器を拘束することができるという武器としての性能に加えて、操魔術で扱う場合の操作性の高さが上げられる。
例えば、分銅を操り敵に攻撃を仕掛けたが、武器や防具によってはじかれてしまった場合、一旦自分の制御下を離れる事になる。
しかし、そのはじかれた方向へ働く運動エネルギーを消費しきるか相殺した時に、再び自分の制御下へ戻す事ができるという訳である。
その時に、はじかれた分銅が凄いスピードだった場合、目で追い先端である分銅を操るよりも、鎖を掴むようにして操れば再び制御下へ戻すのが容易になる。
実際に、片側を手で掴んで操作している場合は、単純に持っている鎖を引っ張ればいいだけである。
それが、操魔術で鎖分銅が良く使われる理由なのだ。
逆にデメリットは、鎖の分重くなるので速度が落ちるのと、敵にその軌道を読まれやすくなるという点だった。
それを解消するのが鉄球である。
但し、鉄球には前述したような操作性は期待できないので、一旦制御下を離れた場合見失ったり、最悪逆に敵に使われたりするリスクがある。
それでも、魔力が強い者であれば、敵にはじかれた時でも制御を手放さずに、操作しきる可能性もある。
エイジと相談した結果、その方がメリットがあると判断したのだ。
これは、石を使って三つを同時に操作し、的である木の幹にそれぞれ同時に着弾させた際に、爆発音とともに石が砕け幹がえぐれた威力を見て、アルも納得して賛成したのだった。
この時に、爆発音に驚いたアーセが泣いてしまい、今見たことを内緒にしておくのと泣かせてしまったお詫びをかねて、もう一つ何か買ってあげる事になってしまったのも、目標金額に中々届かない理由の一つだった。