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第75話 羨望 そら騒ぎになるわな

「うわわわわわわわ」

「おおー、いい景色だなー」

「アーセちゃんと一緒になんて夢のようです」

「風が気持ちいい」


 ヒョウル村の正門は、街道につながる南側に位置している門。

他には、裏門として東側の森へ抜ける門がある。

目指すキオア山は山脈の最も東側で、そのすそ野はユライ森に続いている。


 僕らは、裏門から出て森を臨みながら西側へ移動、『ヌージー』の巣が観測されているキオア山の西側の峡谷を目指す。

距離はそれなりにあるものの、隣の山との間に川が流れているので、それに沿って歩けば道に迷う事は無い。

通常であれば、歩いて片道大体6時間前後かかる、今はその道のりの真ん中を通過したところだ、出発して15分で。


 前回の依頼の帰りにエイジと話していた、馬車ごと浮かせて移動するのをやってみたのだ。

一旦馬を馬車からはずして宿で預かってもらい、そのまま全員乗せて浮かせてみた、勿論エイジが。

この間も、アーセをおぶってユライ森まで飛んで行ったんで、まあ王都と違って人も少ないからいいかと思って。


 物見やぐらのおじさんも、もの凄いまばたきして僕らを見てた。

そりゃあびっくりするよね。

これでかなりな時間が稼げる上、道中の魔物との戦闘も飛んでくるの以外は、ほとんどを回避できるというメリットがある。


 概ね好評なこの移動方法だが、若干一名顔をひきつらせ座り込んで恐怖に震えている者がいる。

ヨルグのダンジョンの第8階層でもわかっていたが、高所恐怖症のシャルだ。

当初、僕の「馬車に乗って飛んで行こう」という提案を、何の事だか良く理解していなかったようだった。


 実際に、全員が乗り込んだ馬車をエイジが浮かせて、ある程度の高度をとった時にシャルが「ちょっと待って」と言い出した。

まあでも、ここまできたらということで、そのまま今度は水平方向に動かし出発したというわけだ。

しばらく兄の手を握って離さなかったが、セルが景色を見に縁に移動した時に、下を見たくないと動くのを拒否した為手を離されてしまった。


 見かねてアーセが目の前に移動し、座り込んでいるシャルが心細いのかしがみついてる。

そんなシャルに、「大丈夫大丈夫」とアーセが頭を撫でているのはなんか微笑ましい。

アリーも、「しまった、その手があったか」と言わんばかりに、「アーセちゃーん、怖いー」とアピールしてるが、これはバレバレで綺麗にスルーされていた。

 

 そんな訳で途中魔物に襲われることも無く、出発してから約30分ほどで空の旅は終わり、目的地へと到着した。

降り立ったのは山の中腹、見上げる先に『ヌージー』のおそらくは雄であろう個体が居る場所がある。

岸壁の岩穴の中ににあると思われる巣は、ここからは雄が入口を塞いでいてよく見えない。


「じゃあ打ち合わせ通り僕が行くから、皆はあの巣の前で頑張ってるのお願い」


 段取りとしては、僕がエイジの操魔術で一人回り込んで、上空から巣のあるであろう入口へ上空から降りてきて侵入。

あの雄とみられる奴は、ここから皆で攻撃しておびき寄せ引きつけて貰い、その間に僕が中に入りおそらくは居る雌を無力化、その隙に卵を奪うという流れだ。

ちなみに、これまでのように両手でぶら下がっていると不意の事態に対処できないという事で、急遽宿で借りてきた桶に乗ってそれをエイジに操ってもらっている。


◇◇◇◇◇◇


 アルが一言告げて、文字通り飛んで行った。

桶に乗って直立不動で浮かび上がり飛行する様は、どこかシュールな感覚を放っている。

しばし目を奪われ見送った後、その場に残った四人は対処についての打ち合わせを始める。


「さてと、じゃあその辺に落ちてる枝や石であいつを威嚇して、こちらに向かってきたら各自得物を使うって事でどうだろう?」


まずはその場をセルが仕切る。


「なんでそんなの使うのよ、普通に持ってるのでやればいいんじゃないの?」

「あほ、これだけ距離あってはじかれでもしたら一発で見失うぞ、それでもいいなら好きにしな」

「うー、わかったわよー」


兄妹のやり取りを経て、残る二人にも了承を得さらに続けた。


「昨夜アルから説明があった通り、超音波はやっかいそうだから皆気を付けていこう」

「固まっているといい的でしょうから、セルとシャルそして私とアーセちゃんの二人ずつにわかれましょう」

「アーちゃん、アーセちゃんに変なことしちゃだめよ」

「変な事なんてしたことありませんよ、ねーアーセちゃん、・・・・・・ごめんなさい」


アーセが無言で見つめる視線に、アリーが罪悪感を刺激されたのか白旗をあげた。


「出来るだけ傷つけないように、致命傷は避けて攻撃していこう、アリーは針の先端で刺すんじゃくぶつける感じで頼むぜ」

「そうですね、気をつけます」


アルが、上空にスタンバイしたのを見計らって、セルが三人に声をかけた。


「よし、じゃあ皆用意はいいか? じゃあ攻撃開始!」


 四人が『ヌージー』に向かってセルとシャルが石を、そしてアリーとアーセは木の枝を飛ばす。

それらが届くかなり前に、攻撃の意思を感じ取ったように、おもむろに其の双眸をこちらに向けて威嚇のつもりか両の羽を広げる。

すぐさま飛び立つと、空中で飛来する石や枝を躱しながら、一直線にこちらを目指してくる。

それは卵を護る種の本能か、それとも『マッドベア』と同じ自らは捕食されないという意味で、この一帯の生態系のトップに位置している自信なのか。


 まずターゲットにされたのは、セルとシャルの二人。

その迫ってくる速度と迫力で、得物を飛ばす余裕も猶予も無く、頭を手で覆ってその場でしゃがみこむシャル。

セルも其のあまりの速さにあせりを覚え、鉄球を操作する集中力を欠いてしまい、かろうじて両手に短剣を構える待ちの体勢に。


 しかし、得物を構えるセルは一見隙が無く万全の状態で、いかなる攻撃もそのすべてを防いでしまうように見えるが、それは相手が直接的な攻撃手段しか持たない場合のみである。

脅威の薄れたシャルを仕留めるよりも、先にセルを無力化する方を優先した『ヌージー』は超音波を放つ。

それはセルの体を直撃し、その振動と音圧によって血流を偏らせ、意識を手放させる効果を発揮した。


 崩れ落ちるセルに襲い掛かる『ヌージー』。

そこを救ったのは、アーセの放った鎖分銅だった。

勿論アリーも援護を試みたが、木の枝から自身の得物である針を飛ばすのに切り替えるのが遅れ、間に合わなかったのだ。


 胴体に鎖分銅の先端が当たるも、致命傷には程遠く尚もセルに襲い掛かり、頭を握りつぶそうとしているように見える。

事ここに至り、無力化して取り押さえるのは無理と判断、というよりも咄嗟にセルを護る為にアーセは精霊魔術を行使する。

羽に着火し注意をこちらに向けると、すぐさま得意の魔術で脳天を直撃、焼け焦げと共に『ヌージー』は地に落ち動かなくなった。


◇◇◇◇◇◇


 皆が雄の注意を引いたのか、その場を飛び発った個体を見送りつつ、エイジはゆっくりと僕の乗る桶を上空より降ろし、巣穴とみられる岩穴の入口につけた。

獣臭ともいうべき生臭さとすえたような臭いの中、薄暗い中に有って目線の先にこちらを向いている雌の光る眼と視線が合った。

超音波を発しようとしてか口を開きかけた時、一瞬早くエイジが『絆』を一直線に伸ばした状態で首を引っかけ地面というか地べたに引き倒した。


【・・びっびびったー、あの無機質な目が怖いよー】

【さっ、とっとと卵もらってずらかろうぜ】

【うん、ちょっ、えらい動くなー】


 最後の抵抗とばかりに羽をばさつかせて暴れているのをかいくぐり、巣を覗き卵があるのを確認。

片手に二個は持てないくらいの大きさ、それが全部で五つ見える。

エイジの指示によりその内の三つを、持って行った布袋に入れてその場を後にする。


 僕が入口に置いておいた桶に両足を入れたタイミングで、エイジが尚もあがいている雌を拘束している『絆』をはずし、手元に戻すと同時に上空へ舞い上がる。

すぐさま追ってくるかもと、しばらくの間巣の上空で待ち構えたが、残りの卵の保護を優先したのか現れなかったので、みんなの所へ向かった。

逆に、雄が巣に戻るのに出くわさないかを警戒しながら、来た時と同様に大きく迂回して飛んでいく。


【ちょっと後ろめたいなー、襲ってきたんならともかく、こっちから一方的に奪うってのが】

【まあな、でもこれで助かる人が何人もいると思えば】

【そうだけどさー】

【どっちみち、『ヌージー』は一羽良くて二羽しか育たないんだ、それ考えりゃまだ救われんだろ】

【そうなの? なんで?】

【エサは奪い合いだからな、喰いっぱぐれたヒナは体が小さいままで、大きい奴はよりエサを貰う為に力の無い奴を巣から落したりもするらしい】

【そうなの?】

【ああ、根こそぎ盗ってきたわけじゃないんだし、そう気に病むなよ】


 鮮やかな青が広がる空、本日は雲はあるものの晴天。

いいお天気に雄大な自然の風景の中、空を飛んでいるのは気持ちがいい。

空気がおいしいと感じるのは、街と違いほこりが無いからとか木が放出する成分とか言われているが、どうなんだろう。


 そんな事は考えながら、しばしの桶移動を楽しんでいた。

エイジが桶を浮かせる都合上、そのものを視界に入れて無いとまずいので下を向いている事になる。

だからか、眼下に動く影のような二つのものを捉えた。


 こちらがかなり上空に位置して、しかも動いているのでよく見えないが、あれはヒト? のような気が。

しかし、この朝早い時間にここにいるって事は、まだ周りが暗いうちに村を出たか若しくは、危険を承知でこの辺りで野宿したかだ。

宿泊客は僕達だけだったから、だとしたら村のヒト? だが山や森の中が危険なのは村に住んでいれば当然知っているはず。


【今動いてたのヒトじゃなかったかな?】

【っぽいな、あの大きさであの移動速度は獣や魔物って感じじゃなかった】

【こんなところにヒトがいるのって、なんか変じゃ・・あれっ? なんかみんなの様子が・・】


 大きく迂回したせいで、比較的ゆっくりとみんなの所へ辿り着くと、なんだか混沌としている。

まず目に入ったのは『ヌージー』の死体、頭に焼け焦げがあるって事は、アーセがジュっとしたのか。

そして、気を失っているのか横になり目を閉じているセル、それを心配そうに見守るシャル、アリーは周囲を警戒し、アーセも神妙な顔つきをしている。


 まずはこの場を離れようと、全員馬車に入り来た時と同じようにエイジに運んでもらった。


「うっ、・・ここは?」

「セル、その大丈夫? なんともない?」

「あー、なんか気持ち悪いな」

「無理しないでゆっくり寝てていいよ」


帰路を半分ほど消化した辺りで、セルが目を覚ました。


「ここは・・、馬車の中か? ・・・・そうだ卵は?」

「アルがちゃんと採って来たよ」

「そっか、あー下手うったなー、ちゃんと事前にやばいって聞いてたのによー」

「しょうがないよ、あのスピードじゃ身構えるのが精一杯だよ」


もう心配なさそうとわかり、アーセとアリーも声をかける。


「セルにぃ、大丈夫?」

「どこか不調はありませんか? セル」

「心配かけてすまなかったな、もう少し時間経てば復活できそうだ」


【なっ? 大丈夫だろ?】

【うん、安心したよ】


 合流した際にアリーから何があったのかの説明を受けて、エイジに『ヌージー』の超音波について聞いていたのだ。

例えくらっても、後遺症が残るような事は無い、せいぜい貧血を起こして一時的に気を失うくらいで、しばらくしたら元通りになると。

声を聴く限り問題なさそうなので、ほっとした。


 セルが何ともないとわかって安心したのか、アーセが僕の隣にやって来た。

馬は居ないがエイジが馬車を飛ばす都合上、進行方向の確認の為もあり僕が御者台に座っていたからだ。

すると当然アリーも付いてくる、そこまではいつも通りだがなんとなくアーセの様子が変なような。


 ふと違和感を感じて隣を見ると、アーセが僕の服の裾をきゅっと握っている。

元々それほどおしゃべりな方じゃ無いし、僕の隣に座っても特に話はしないんだが、この行動は初めてで気になった。

何かあったのかと思うも、アリーがしきりにアーセの関心を引こうと話しかけてるのは、あまりにもいつも通りで特段何かがあったとは感じられない。

 

 そうこうしている内に村に到着、村の皆さんが見守る中宿屋の前に着陸した。

物珍しげにわらわらと集まって、馬車を遠巻きにしている。

目の前に停めたこともあり、宿屋から出てきた従業員が僕らと面識がある事もあり話しかけてきた。


「お客さん、いったいどういうからくりで空に浮いてるですか?」

「からくりとか何も無くて、単純に操魔術で動かしているんですよ」


 おおっ、という声が周りから上がり軽くどよめいた。


「そういや、この間もあのでかい熊の魔物浮かせて運んどったな」

「ほえー、こんな凄い操魔術なぞ初めて見たぞ」

「ええのー、あんなんできたら見回りとか買い出しとか楽なんじゃがな」

「ここと王都を往復するだけで、楽して暮らせるくらい稼げるんじゃないか」

「あれに乗っていっぺん山の頂上まで行ってみたいもんだなー」


皆思い思いの感想を言い合っている。

この村ならいいだろうと思っていたが、まあ王都よりも人が少ないからましだろうけど、それでも結構目立ったうえ騒ぎになってしまった。

この後帰るか留まるか、それを判断する材料としてセルに話しかけてみる。


「セル、どう? きつそうなら今日も泊まろうか?」

「いやそれにはおよばない、もう大分いいし帰りはどっちみち馬車に乗ってるだけだろうから問題無い、時間ももったいないし戻ろうや」

「うん、そだね、じゃあお昼に食べる分の食料用意したら出発しよう」

「ああ」


 こうして、無事? 依頼を完了して僕らはヒョウルの村を後にした。


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