第72話 判決 何考えてるんだろう
現在ダンジョン第3階層、出現する魔物は『ボーン』一種のみ。
通路の狭さから必ず一体ずつでの出現となる為、こちらとの一対一で決着をつける事になる。
アル達一行は、この階層用に武器を新調したセルを先頭に進んでいた。
まずは数をこなして新しい武器に慣れたいという事で、しばらく交代無しでセルが戦い続けている。
見ていると、長物相手は危なげなくこなしている。
若干苦手にしてるように見受けられるのが、両手に斧を持ったタイプと片手剣と盾装備のタイプ。
それでも、試行錯誤しながら工夫して対処している。
斧相手には、武器を狙わず長い射程をいかして、初めから両方の分銅で頭を狙っている。
片手剣の方は、剣を封じておいても次の一撃が盾で防がれてしまうので、直接頭には放たずに足に絡めて引き倒して止めをさすなどしている。
本日ついさきほどから使い始めたにもかかわらず、結構なバリエーションで使いこなし始めているようだ。
この調子ならば、3層はどうやら問題なさそうだ。
1層2層の迷路構造と打って変わって、この第3階層は通路こそ狭いものの一本道。
戦闘さえ順調であれば、ただ歩くだけの単調な造りだった。
無事に4層へと続くであろう階段に到着。
本日の目標はこれにてクリア、後は戻るだけとなる。
しかし、せっかくなので少しの休憩の後、4層を覗いておこうという事に。
降り立った第4階層は、通路の広さというか狭さは3層と変わらない。
壁面にも特に違いは見られない。
違いは魔物の出現頻度、これまでの間隔よりも頻繁に前後を挟まれるのも珍しく無いほど。
だが、種類は相変わらず『ボーン』一種類のみで、強さも変わらない。
そこで、先頭をアルとセルが交代で、後ろはアリーが対処しアーセとシャルを護っている。
大体感じは掴めたとして、何度かの戦闘の後この階層を後にした。
地上に帰還すると、辺りはすっかり暗くなっている。
こうして、アル達は探索二日目を無事に終えた。
お腹を空かせてメイプル館へ戻る、そしてそのまま夕食兼今後のミーティングがはじまる。
◇◇◇◇◇◇
「つまんなーい!」
開口一番、シャルがぶーたれる。
メイプル館にたどり着き、疲れた体を椅子に預けて夕食を待っている中、なにか鬱積したものが爆発したらしい。
まあ、なんとなく理由は察しが付くんだけど。
「シャルちゃん、どうしたの?」
「アーセちゃんは平気なの?
もうてくてくてくてくてくてくてくてく歩くばっかりで、面白くなーい」
やっぱりだった。
1層2層は魔物が出現せず、3層と今日少し覗いただけの4層も、壁面のところどころに『魔散石』が埋め込まれており、それによって魔力が散らされ魔術が形にならない。
其の為、魔術主体で戦うシャルとアーセは、道中なにもせずにただ歩いているだけの二日間だったからだ。
「楽なんだからいいじゃねーか、休む間もなく戦闘したいのか?」
「そうじゃないけどさー、どこまでいっても景色は変わらないし、何にもして無いから退屈なんだもん」
「じゃあ、お前もなんか武器作るか?」
「でも、どんなのがいいかわかんないし・・、そうだセルのあれ貸してよ」
「貸すのはいいけどよ、それなりに力ないと扱うの厳しいぞ」
確かに、セルが初めてにも拘らずあれだけ使いこなしてるの見ると、えらく簡単そうにみえるから気持ちはわかる。
ただ、棒というか棍の部分だけならともかく、先についてる鎖と分銅はそれなりな重さがあるし、なによりもあの武器のキモというべき柄の方に付いた鎖と分銅は、先に付いてるのよりも鎖が長くその分重さもある。
あの武器の両の鎖分銅それぞれを片手で扱うのは、器用さは元より腕力もある程度は無いと上手く機能しないだろう。
食事処という事もあり革袋に入れたままだが、持たせてもらったシャルが難しい顔をしている。
やっぱり女性にとっては重いらしく、すぐさまセルに返していた。
魔術が使えない状況でどうするか、これはアーセも同じだけど少し考えた方がいいかもしれない。
一方アリーは、終始ご機嫌な感じで微笑んでいる。
なぜかというと、ここに帰ってくる道すがらお腹が減っているのでまずは食事をということだが、その後お風呂に行くとアーセが約束したからだ。
そんな中、今後のスケジュールについての話し合いをはじめた。
「さて、とりあえず二日潜ってみたわけだけど、何か気が付いた事や気になる事はあるかな?」
「今んとこは問題無いんじゃないか?」
「1層2層は道順が確定したし、3層と今日少し覗いた4層も戦闘は問題なさそうだもんね」
「ただ、日帰りはここが限界だな、これ以上は中で睡眠とるようにならざるをえない」
「そうだね、これ以上のスピードアップは難しいもんね」
本日1層からスタートし3層の一番奥の階段までで約5時間ほどかかっている。
食事を兼ねた休憩を小一時間、往復約11時間程の探索となった。
これだと、朝7時に潜った場合夕方6時に帰還することになり、これ以上となると確かに日帰りは厳しい。
「ねえ、ヨルグの時みたいにアルの操魔術でバンバン進むのは? アルならあん中でもいけるでしょ」
「うーん、たぶんね」
「魔物の数が多ければかなりな時間稼げるかもしれんが、あの出現頻度だと普通に倒してもそれほど変わらんだろ」
そんな中、珍しくアリーから意見がでた。
「あの、私からひとついいですか?」
「どうしたの? アリー」
「明日からなんですけど、このまま連日ダンジョンに籠るんでしょうか?」
「なんか気になる事でも?」
「そうでは無く、魔物が少なくてあそこは稼げないんですよね、ですから合間に傭兵ギルドの依頼を挟んで活動資金を調達したいんですが」
「なるほどね」
言われてみれば、本日も魔核鉱石は五人で分けるにはささやかな量だった。
今後階層を下れば増えるとはいっても、5層以降の状況もよくはわかっていない中、確実な手段としてスケジュールに組み込むのはありかもしれない。
そういう訳で、明日は傭兵ギルドへ行き依頼を探してやることに。
「それじゃあ明日は傭兵ギルドで依頼を探してこなしましょう、出発は朝食後でどうかな?」
「ああ」
「はーい」
「ん」
「わかりました」
「それで今後なんだけど、ダンジョンに潜って戻ったら翌日は依頼をやるってローテーションでどう?」
「いいんじゃないか? なあ」
「そうね、堅実にいかないとね」
「ん」
「私もそれがいいと思います」
話がまとまり楽しい夕食。
疲れといっても皆歩き疲れなので食欲旺盛、結構なボリュームの肉料理を黙々とお腹に納めている。
会話は少ないが心を許せる仲間のみでの食卓は、食器の音と咀嚼音しかしなくとも心まで満ち足りてくる気がする。
しばしの食休みの後、めいめい用意して浴場へ。
相変わらず女性陣は長風呂なので、僕とセルは一足早くにメイプル館に戻り軽く飲んでいた。
話しはセルの新しい武器の事。
「初めてでよくあれだけ扱えるね」
「相手に合わせて作ったしな、『ボーン』は比較的動きは遅い部類だし武器による近接攻撃しかないし、状況的にもあそこじゃ必ず1対1になるしで組し易いよ」
「って事は、速い魔物や遠距離攻撃してくる敵や多対一ではきついの?」
「そうなるな、アレは相手の武器を無力化してっていう安全策が使えるのが利点だからな、それが出来ないとなるとな」
「そっかー、そうなんでもかんでも上手くはいかないかー」
「最低でも、1対1でないと使うメリットは少ないかな」
「でも、そうやって相手によって武器を変えられるって、戦闘に於いて常に優位に立てるって事でしょ? 凄いじゃん」
「とはいうものの、汎用性が無い分有効な敵が限られるよ。
それに、作成するのに金がかかるのはともかくとして、数が増えてもそう全部の武器を携帯していく事もできんしな」
そういえば、僕も武器を持ち歩くのに色々考えてこの特製ベルト作ったんだっけ。
今日はもう休眠してるエイジは、征龍の武器をもっと持たせたかったみたいだけど。
オューのダンジョンには、一体どんな征龍の武器が眠っているんだろうか。
◇◇◇◇◇◇
イァイ国、城塞都市ヨルグの鍛冶師ベルモンドは困惑していた。
不意の来客に仕事の手を止め応対したのだが、その相手が言うにはある剣と盾を探しているとの事。
かなり特徴的な形状と装飾なのが、見せられた絵からも見てとれる。
「!、・・・・これはまた変わった柄だな」
「ラシー国のネナの街の武器屋から『羽』の男性が買っていったのはわかっているが、理由があって探しているのだ。
どうだ? 見かけたことはないか?」
「その理由というのは?」
「さるところから盗み出された品でどうも売り払われたらしいのだ」
「気に留めておこう、何かわかった時に連絡するにはどうすれば?」
「この街の警ら隊の詰所に、私の名前と用件を申し出れば連絡つくようにしておく」
「わかった」
「それでは、邪魔したな」
そう言い残し足早に去っていく男を見ながら、どうしたものかと思案する。
一目見てわかった、あれはアルに頼まれて鞘と柄を偽装した剣だ。
であれば、さきほど「持ち主を知っている」と答えれば良かっただけの話しである。
しかし、あの男とアルのどちらに重きをおくかというと、まるで比べ物にならない。
それは、仕事を中断し向こうの頼みを聞いているにも拘らず、終始横柄な態度と口調だった事も多分に働いている。
それならば、一蹴してしまえば済むのだが、連絡先に警ら隊の詰所を指定してくるというのがひっかかった。
どうやら、何らかの国の機関が動いているようだ。
これが、探しているのが王家であり、目当ての物は国の根幹にかかわる重要な、とでも言われていればまた違ったかもしれない。
だが、結局アルと一度話をして事情を聞いてみようという結論に達し、リンドス亭へと向かった。
「ふぅ、後何軒だ?」
誰に宛てるでも無く、つい独り言が漏れてしまう。
ラシー国から一人征龍剣と盾の捜索に来ているサリュースは、ヨルグの街を歩いていた。
ネナ港からゴナルコへ船で渡り、そこから馬車でヨルグに着いてすぐに聞き込みへ。
手がかりは『羽』の若い男性が買ったという事だけ。
ラシー国ネナ港はイァイ国ゴナルコとの船での行き来が盛んで、『羽』の男性も珍しく無い。
加えて、アルは剣と盾を袋に入れて運んでいた為、可能な限り船の乗客にも目撃情報は聞き込んだが、現物を見たという者は現れなかった。
これまで、ネナを中心にラシー国ではかなりな範囲で調べたものの、何の手がかりも無し。
そこにあるともわかっていない状況ながら、ゴナルコでは大規模な捜索隊を出したにもかかわらず、成果は何も上がらなかった。
ゴナルコは、海を挟んでいるとはいえ隣街、相手が『羽』ということもあり可能性が高いとふんで、かなりな人数を動員したのにだ。
そういう気安さも無く、また有力な手がかりも無い上、場所も特定できていない、そのような状況でいたずらに他国で大人数は動かせない。
そこで、とりあえず大きな街の武器屋と鍛冶師のところに持ち込まれていないか、聞き込みを行うという事になった。
サリュース自身も詳しい内容を知らされておらず、ただこの絵の剣と盾を見た者がいないか調べるように上司に言われて来ただけである。
其の為、面倒だという思いが言葉の端々に出てしまい、不興をかっているのに気付かずにいた。
◇◇◇◇◇◇
セルと武器談義に花を咲かせていると、女性陣が戻ってきた。
その表情は三者三様、アーセは憮然、シャルは苦笑、そしてアリーは満面の笑みというわかりやすさ。
アーセが隣に座る、それ自体は珍しくも無いが、徐に僕の飲みかけのワインのグラスを持ったかと思ったら、一気に空けたのにはびっくりした。
「どうした? なんかあったのか?」
「・・・・」
「・・まあ、いつもの通りというかね」
何も答えないアーセに変わって、シャルが話してくれた。
「結構時間遅かったから空いてるかと思ったら、予想外に混んでて先に入ったアーセちゃんが囲まれちゃってね。
別に何かされたわけじゃ無いみたいなんだけど、アーちゃんがその中に入っていって抱きかかえて連れ出したの。
それで、しばらくこの街に居る事になるだろうから、今後こういう事が無いように、常にアーセちゃんの傍には私たちが居るってアピールしようって事でね。
湯船に入っている間はずっとアーちゃんが抱きかかえて、出て体を洗う時も三人で背中の流しっこしてたんだけど。
もっと仲良しぶりを見せつけた方がいいってアーちゃんが、アーセちゃんのその・・前の方も洗いだしちゃってね。
アーセちゃんは「赤ちゃんじゃ無いから自分でする」って言ってたんだけど、「こういう事はやり過ぎなくらいで丁度いい」ってアーちゃんがね・・・・」
なるほど、実際に状況を見たわけじゃ無いからなんだけど、それはやり過ぎだろう、アーセよくジュッとしないで我慢したな。
「アリー?」
「待ってくださいお義兄さん、これは必要な事だったのです」
「自分の欲望を満たすためには、だろう?
大事な妹にいたずらされて、黙ってはいられないよ」
「それは濡れ衣というものです、今後の安全を得る為にはこれが最良であると」
「わかった、じゃあそれが正しいとして、今後その役目はシャルにお願いする」
「おっ、お待ちください、それはあまりにもあんまりです」
「どうして? 必要な事なんでしょ? それをやるって言ってるんだから、相手は問題じゃないだろう?」
「そんな・・・・」
言葉を失うアリーを見ながら、隣のアーセの頭をぽんぽんとしてみた。
なんとなく顔を覗き込むと、にまにましている。
もうご機嫌直ったのか、ちょっと顔赤いけどまさかもう酔ったか?
「じゃあ、交換条件として今夜からアーセちゃんと一緒のベッドで寝ます、これ以上の譲歩はできませんよ」
「・・何をどう考えたら条件だせる立場になるんだ?」
「しかし、スキンシップを禁止されては私の血中アーセちゃん濃度が保てません」
「どうどう、よーしよしよしよし、何言ってるか全然分からないから、とりあえず落ち着こう」
これまでは、嫌われ無いようにと極力触れるのを避けていたようだが、一度タガが外れて治まりつかなくなったってとこか。
あまり甘い顔を見せていると今後の事もある、ここはビシッと・・・・んっ?
なんかアーセがこっちを見てる、・・そうだな、ここは僕が勝手に裁くんじゃ無く、当事者であるアーセにどうしたいか聞くべきか。
「アーセ」
「ん?」
「これからの事もある、このままじゃまた同じ事されるだろうから、アーセがどうしたいか言ってごらん」
「んー」
「いいんだぞ、言いづらかったら僕にだけ言えば、後でアリーにパーティー抜けてくれって言うし、何からしら罰を与えたいって言うなら僕がするから。
二度と口ききたくないとか、視界に入るだけでも嫌だっていうなら、最悪決闘でも申し込んででもなんとかする」
「いくらなんでもそんな・・、この度は申し訳ありませんでした、お願いですから私からアーセちゃんを遠ざけないで下さい」
まあそこまでする気は無いけど、一応脅しとしても断固たるところを見せておかなきゃな。
「アーちゃん触り過ぎ、恥ずかしいからお風呂では普通にしてて」
「はい」
「・・・・それだけでいいのか? 遠慮すること無いんだぞ」
「んー、じゃあもう一つ」
「うん、なんだ?」
「にぃと一緒のお部屋で寝る」
? なんでそうなるんだ? まあ僕はかまわないんだけど、というかアリーにはあれだけでいいのか?
ニコニコしてるアーセと、不安をにじませながらも不思議そうな顔のアリー。
王都オューの夜は静かに更けていった。




