第71話 命名 相変わらずだな
王都オューのような大きな街にとっては、昼間も夜も道行く人の多さはあまり変わらない。
不夜城とまではいかないが、遅い時間まで営業している店が多い事で、行き交う人の種類は違っても喧騒は昼間も夜も変わらない。
そんな街の宿屋であるメイプル館に僕らが戻ってきたのは、黄昏時から宵の口になろうかという時間帯。
「お腹減ったー」
「アーセも」
「私も同じくです」
女性陣は、一階の食事をする場所で行儀悪くテーブルに突っ伏している。
お昼を早めに食べた後ダンジョンに潜り、食料を持っていかなかった為何も口にしていない。
さらに、歩き疲れたのもあって揃ってダウンしていた。
「まずは初日が無事に終わったな」
「うん、これで1層と2層は迷わず行けるね」
「・・そうだな、まあ何度も潜っていれば自然に覚えるだろう」
僕の言ったことに対して、セルが微妙な返しをしたのには訳がある。
それというのも、正しい道順を探しながら進んだ1層2層では、アリーにマッピングをやってもらった。
単純に、残る四人が誰もやった事も無い上、やり方も知らなかったので消去法でそうなったのだ。
しかし、これがアリー以外他の誰にも読めない出来だった。
果たしてあれが正式な地図の描き方なのか、それとも独自の方法なのかはわからないが、何しろ他のを見たことが無いので判別できない。
ヨルグでは、『二本』の特性を生かしてセルが先導していたし、出番は無かったがシャルにも同じことが出来ただろう。
それに、あそこの2層はもう何十回下手したら何百回も潜ったので道順は暗記してたし、7層と8層は坑道を左から1番2番と番号をふって、その番号を覚える事によって正しい道を判別していた。
メンバーの複数が正しいルートを把握していたのだ。
それが、今回はアリーがいなければ進めない。
ダンジョンの帰りはアリーを先頭に、なんとか迷わずに抜けられた。
だが、今後アリーの体調が悪くて不参加だったり、地図を無くしたりしたら叉やり直しになる。
この事が、ちょっとした不安要素になってしまい、あのような言いぐさになってしまったのである。
「で、3層の魔物とやり合う先頭を誰にするかってとこだけど」
そして、問題の第3階層の魔物への対処である。
『嵐』を取り回すにはスペースが足りない。
此処は不慣れながら、あの状況下でも取り回しのできる『角』を使うべきか。
ちなみに、魔術を使えない階層である事から、シャルとアーセは論外。
セルは得物は短いので問題無いが、逆に短すぎて相当接近しなければならない。
元々、セルの戦闘のスタイルは操魔術で倒す、若しくはけん制して隙を見てという形。
その初手が使えないとあって、素直に突っ込むしかないがその技が無い。
アリーは、短槍で突き主体なので一番適しているが、もしも怪我してしまったら1・2層を抜けられなくなってしまう。
という事で、またも消去法で僕が先頭という事になると思い発言した。
「僕がいけるとこまでいくって事でどうかな?」
これに異を唱えたのはセルだった。
「ちょっと待った、それじゃアルにばかり負担をかけすぎる。
まだ4層以降どんな構造かわかっていないが、あまり一人にばかりに頼っていると、パーティーのバランスが崩れる」
「バランスって?」
「消耗の度合いや疲労などがメンバー間で著しく違うと、いざ全員で乗り切るって場面に遭遇した場合足並みがそろわなくなるって事さ、あの9層みたいな時にな。
只でさえアルの操魔術は汎用性が高い、いざって時にへばって使えないじゃその先へ進む手段を断たれて、詰む可能性もあるかもしれない」
「じゃあどうするの?」
「シャルとアーセはいいとしても、俺とアリーとアルで先頭を交代しながら進もう」
「私は構いませんよ」
「あのさ、こう言っちゃなんだけどセルの得物じゃ厳しくない?」
「ああ、だから変えるよ」
「変えるって、何に?」
「連接棍を考えてる」
「れんせつこんって?」
いまいちピンと来ていないのは僕だけじゃなかったようで、セルが詳しく説明してくれた。
なんでも、棍棒の先に鎖などで接合された打撃部分としてのものがセットされた武器だそうだ。
「つまり」とセルは指先にテーブルにあったナプキンをひっかける。
「この指が棍の部分で、この布が金属などで作られた打撃部分だとすると、こう棍を振ってその先を相手に当てるんだ」
『ボーン』は全身骨なので、斬撃や刺突は効果が薄い。
其の為、打撃武器が効果が高いという事と、戦闘する場所が狭いのでそんな中で扱いやすいものとしてこれにしたそうだ。
これまでにも武器屋はそれなりに覗いていたつもりだけど、まだまだ知らない武器ってあるもんなんだな。
「ふーん、でもそんなすぐに扱えるもんなの?」
「そりゃあ習熟するにはある程度かかるだろうけど、比較的優しい部類だと思う。
なにしろ振り回してぶん殴ればいいだけだからな」
「あのさ、僕武器屋でその武器見た事ないんだけど、オューには普通に売ってるもんなの?」
「探せばあると思うけど、今回は作ろうと思う」
「えっ? じゃあそれ出来るまでダンジョンはお休みってこと?」
「そこまでじゃない、そうだな・・、明日は今日と同じくらいの時間でどうだ?」
「いや、どうだってこっちが聞きたいよ、それでいいの?」
「ああ、なんとかする」
そんな話をしつつ夕食を終え、今日は遅い事もありお風呂は見送りで(アリーは行きたがったが)各自部屋へ。
そんな時は、部屋で各自精霊魔術で水を生み出し、簡単に体を拭いて済ます事になる。
僕は、部屋に入ってからセルにさきほどの「なんとかする」ってのは、どういう意味なのか聞いてみた。
「明日、朝食の後知り合いの工房に行って昼までに作ってもらうよ」
「そんな事できんの?」
「ああ、ちゃんとしたのはその時に依頼するとして、間に合わせとしてひとつ頼んでみる。
既存の製品をちょっと加工してくっつけてもらうだけだから、たぶんなんとかなると思うぜ」
地元の強みって訳か、そういえばベルモンドさんは元気かなー。
武器の手入れをするようにって言われたっけなー、まだそれほど経ってないのになんか懐かしい気がする。
ヨルグの人達を思い出しつつ、今夜は遅いので明日に備えてベッドに横になり眠りに落ちた。
◇◇◇◇◇◇
翌日、昨夜の話の通りに、セルは朝食の後出かけて行った。
僕らはその間、アリー作のあの独特な地図の見方を教えてもらいながら待つことに。
食事の後の弛緩した空気の中、ものの一時間程でセルが革袋を手に戻ってきた。
「もう出来たの?」
「ああ、言ったろ? 間に合わせの簡単なやつだって」
実物を見たかったが、店内では物騒だということで現地で見せて貰う事に。
宿を出て、行きがけに中で食べる昼食の分の食料を購入し、改めて出発。
ダンジョン探索二日目がスタートした。
◇◇◇◇◇◇
「やはり、女性たるものいついかなる時でも美しくあらねばなりません。
疲労や怠惰などに流されずに、常に身だしなみに気を付けていなければ。
例え誰にも会う用事が無くとも、心のあり様として自分自身を律しなければならないのです。
それは、女性として生まれた者にとり背負わなければならない宿命。
誰一人として逃れる事は出来ないのです。
ですから、今日こそ一緒にお風呂に行きましょうね、アーセちゃん」
「・・疲れて無かったら行く」
「ダメですよそんな事じゃ!
疲れてるなら一言このお姉ちゃんに行ってくだされば、すべてを解決してさしあげます。
具体的には抱きかかえてお風呂まで運んで、脱衣所で服を脱がせてお風呂場で念入りに体を隅々まで丁寧に洗い、湯船にも抱きかかえていれてあげます。
アーセちゃんは何にもしないでも、このお姉ちゃんがいつものように綺麗にしてあげますからね」
この1層と次の2層は、アリーでないと正解の道順はわからない。
其の為、アリーが先頭で僕らを率いる形で進んでいる。
その際に「アーセちゃんが隣にいないと道を間違えてしまうかもしれない」という、意味の解らない申し出を許可したおかげで、こんな話を聞かされながら歩いているのである。
なんとも微妙な、聞いていてまるでためにはならないが、迷惑だと注意するほどでも無いのでなんともはや。
セルは、アリーの地図に頼らずに済むように、自分なりに岩肌に印をつけたりしている。
僕は僕で、なんとなく気になっている事をエイジに尋ねてみた。
【ねえエイジ、国が背後にいるとして9層まで踏破したのって、誰なのかな?
近衛騎士とか軍の兵士とかかな?】
【うーん、やとわれの傭兵ってのが一番可能性高いと思うがな】
【そうなの? でもそもそも、征龍の武器の情報を得て回収させる為にだった訳でしょ。
それがいわば根無し草みたいな傭兵って、そんなんじゃあ秘密守れないって思うんじゃないの?】
【そんな事は無いだろう、等級の上の者は信用の問題もあるんだ、そうそう依頼人の秘密を話したりしないさ。
それに、手に入れた武器がどういう意味を持つのかなんて、それこそ一介の傭兵に分かる訳も無いんだ、逆に丁度いいだろ】
【なんで傭兵なの?】
【目標は最下層、そこまで到達するだけの実力を重視すると、傭兵が最適と判断したんだろう。
おそらくは、攻守のバランスが良いという事で選択したんだと思われる。
近衛騎士は王族を護るのが仕事だ、だから装備は全身金属鎧で片手剣と盾装備、守備力は高いがその分攻撃特にダンジョンのように多種の魔物が出てくる場合、それらすべてに対処する攻撃手段は乏しい。
軍の兵士は逆に攻撃特化、しかも集団戦が主になるのでここのように、通路が狭くて個人で対処せざるを得ない所は適していない。
その点傭兵は、比較的攻撃に比重をおいている者が多いが、それぞれのスタイルで色々な魔物に対する攻撃方法を持っているし、個としての戦闘能力も高いからな】
【そっかー、傭兵かー】
【どうした? 何が気になるんだ?】
【この先安全に進むのに、行った事のある人に色々聞くのが一番だと思うんだけど。
ほら、地図全部買うと高いじゃん? その傭兵の人達に話聞けないかなと思ってさ】
【そりゃあ無理だろう、それが出来るんなら地図買うやついなくなっちまう】
【やっぱそうかー、うーん、どうすれば一番安全かなー】
いい傾向だな、エイジは一人ほくそ笑んでいた。
やっぱり、昨日空気入れたのが効いたのかな。
何よりも大切なのは、どんな状況下においても生き抜く生存能力だ。
これさえしっかりしてれば、次のチャンスに賭ける事も出来る。
其のための事前の準備や、情報の収集は重要だ。
この調子で常に思考を回転させて、よりよい答えを導き出してほしいもんだな。
「ねえ、セルとシャルは傭兵の知り合いっている?」
「俺はいないな、この間知り合った『雪華』の皆さんくらいだ」
「あたしもー、大体ヨルグ行くまで傭兵ギルドなんて行った事無かったしねー」
「セル、前にここ潜った事あるって言ってたじゃん、あれ誰とだったの?」
「学生だよ、訓練学校の教練でチーム組んで3層行って帰ってくるってのがあったんだ」
「へー、そんなのあるんだー」
「なんでそんな事聞くんだ?」
「えーっと、知り合いに傭兵の人がいてダンジョン潜った事あるんだったら、各階層の情報聞きたいなって思ってさ。
それにもし9層まで行ったりした、そんな人に心当たりないかとか聞きたいなってね」
そんな話をしながら歩いていたら、2層を抜けて階段を下り3層へと到達した。
ここから隊列は一列縦隊、先頭はセル続いて僕その後ろにシャルとアーセ、そして今度はこれまでとは逆にアリーが最後尾となる。
ここで、セルが調達した新武装のお披露目となった。
「確か、連接棍って言ってなかったっけ?
それがそうなの? 全然棍に見えないんだけど」
それは持ち手にナックルガードが付いた30㎝ほどの棒、その先端から鎖が伸びていて一番先に分銅がある。
さらに、柄からも同じように鎖が伸び先端に分銅、いわば『角』の両の端に鎖分銅を取り付けたような武器だった。
形状はわかったが、どうにもどう使うのかよくわからない。
とにかく、使っているところを見せてもらうのが一番早いという事で、先へと進むことに。
遭遇したのは、両手剣を構えた『ボーン』。
お手並み拝見といこうか。
セルは、武器を右手一本で構えその武器を持つ右を前に体を半身にしている。
左手は、柄から伸びる鎖を掴み分銅部分をくるくると回しながら。
『ボーン』が間合いを詰め、斬り込んでくるのに振りかぶったのを見計らって、右手の得物をふるった。
手首を効かせて、先端部分の分銅を飛ばし相手の剣を鎖が絡める。
敵の得物を無力化しておいて、左手の分銅を『ボーン』の頭めがけて投擲、見事仕留めて見せた。
「ふぇー、お見事、そうやって使うのかー、凄いねー」
「ありがとよ、出来すぎなくらい上手くいったぜ」
「なんか簡単そうで、あたしでも出来そうな感じしたよ」
「セルにぃ、凄かった」
「良く考えられてますね、勉強になります」
セルの説明によると、一対一の状況で手数を増やして圧倒する武器だそうだ。
また、遠間から攻撃する為に先端よりも、柄に付けている鎖の方が長くなっているらしい。
連接棍をモデルにして、相手の得物とかち合う事も考慮して鉄製にしたとの事。
右手と左手で違う動きをするなんて、かなり難しいと思うけど器用なんだな。
そういえば、短剣も両手に一本ずつだったから慣れてるんだろうか。
しかし、これだけ特殊な形状の武器だったら、普通の名称は無いだろうから。
「これ、なんか名前付けた方がいいんじゃない?」
「? いるか? 名前なんて」
「いざって時に必要だって! 愛着も湧くしさ」
「そう言われてもな・・」
「じゃあ、僕が名づけてあげようか、えっとねー・・、『蠍』なんてどう?」
「どうって言われても・・、ちなみにどの辺がだ?」
「なんかそんな感じがしたから、カックイイしね!」
其の後、特に反論も無かったので、セルの新しい武器は『蠍』という名称に決定してしまった。




