第6話 金策 計画はしっかりと
アルベルト9歳。
今日も剣の練習、主に足捌きだ。
【そう、常に頭の位置を上下に動かさないように意識して】
【うん】
【今やってるのは、地面が平だっていう前提での動きだから、どこへ行くにも常に足元がどうなってるのか、確認を怠らないように。
実力を発揮する為に、状況を把握することを心掛けて】
【うん、地の利ってやつだね】
【おっ、良く覚えてたなーその通り】
【えへへへへー】
こんな感じで日々楽しく訓練している。
打ち込みというのは特にしていない。
相手がいないし、それ用の器具も無い。
なにしろ、剣が無い。
今は、木の棒を削って剣の形にしたものを使っている。
これだと、鍔が無いし実際の形状と違うので、そろそろ練習用にしてもちゃんとした剣が欲しい。
そこで、剣を買う為のお金を稼ぐのをはじめる事にした。
武器は安く無い。
というか、安い武器はあてにならない。
命を預けるものだけに、生半可なものは持たせたくはない。
例え練習用だとしても、ちゃんとした作りのものを持たせたいので、それなりのお金がかかる。
これまで、特におねだりした事など、少なくとも俺の知る限りでは無いので、言えば買ってもらえる気はする。
ただ、その場合は質を妥協しなければならない可能性がある。
最初なんだからとか、練習用なんだからとか。
信じてはもらえないと思うが、アルはすでに剣聖なのである。
ピーマンが苦手だったり、夜中にトイレに行くのが怖くても、剣を握れば凄いのである。
将来の為にも、いいものを持たせてやりたいと思う。
月に一度村に来る、行商のヘイコルト商会のギースノに前もって打診してある。
村には商店は無い。
その代り、月に一度行商人がさまざまな商品を持って訪れる。
村の人達は、ここで生活必需品を揃えているのである。
塩は国で管理していて、城塞都市や王都のような大都市では交易所で、イセイ村のような小さい村では役場に販売コーナーがある。
肉や野菜などは、自分たちで収穫したり狩ってきたりしたものを、村の中で物々交換しているので必要ない。
売れ筋は、香辛料や干物や乾物、服を仕立てる為の布地やボタン、食器や調理器具から服飾品まで色々と。
当然、武器や防具も買える。
但し、それなりに重量はあるし嵩張るし、なにより必ず売れるという訳では無いので、常に用意しているわけでは無くほとんどが注文である。
そこでアルは、俺と相談して決めた形状のものが、どんな材質でいくらのものがあるのか、あらかじめ調べてもらいそれを教えてもらっている。
鍛冶師へ注文を出して打ってもらう場合も含めて、事細かにリサーチしていた。
勿論、近い将来購入するという約束でだ。
商品を購入した時の代価は、貨幣でも現物でもいいことになっている。
だから村人は、欲しい布地と自分の家で収穫した野菜や、狩ってきた獣の肉や皮などを交換している。
収穫したものは、税として領主におさめる分以外については、ほとんどを自分たちで消費していて、外貨を稼ぐ事はしていない。
そもそも、村の中で生活する分には、あまり貨幣というのは必要ないのである。
その為、お金というものがあまり流通していない。
この村で外貨を得るには大きく分けて二つの方法がある。
一つは、収穫したものや狩猟で得た獲物を売りさばくという方法。
もう一つが役場で取り扱っている、害獣駆除で報奨金を稼ぐ方法だ。
この報奨金でお金をためて剣を買う予定にしている。
しかし、問題はこの害獣駆除は、子供では受けられない事である。
アルも剣の稽古はしているが、小型のものならともかく、大型の害獣を狩るのはまだまだ危険だし難しい。
だが、狩る事自体は問題無い。
なんといっても俺の操魔術は、一応自称神である爺が強力にしておいたというくらいなので、並の威力では無い。
だから、受けれさえすれば稼げるのである。
◇◇◇◇◇◇
先ごろ、ロンド家では家族が一人増えた。
といっても、アルやアーセの弟妹が生まれたわけでは無い。
ロンド家長男のソルダーブルト19歳がこの度結婚し、お嫁さんを迎えたのである。
アルの義理のお姉さんになったのは、ナタリアというお隣のニケロ村から嫁いできた、少しそばかすの残る17歳の娘さんだった。
アルは、このナタリアが大好きになった。
というのも、ナタリアがアルをとても可愛がってくれたからである。
間違っても、アルの目が釘付けになった、豊満な胸のせいでは無いと信じている。
ナタリアは、農家の四姉妹の次女で男兄弟がいなかった事もあり、最初からアルを気にかけてくれていた。
家族に若い娘がいなかった事もあり、父と次兄は照れてあまり話しかけられ無い。
逆にナタリアも御姑さんにあたるマージにそう気安く話しかけられず、祖父母についてもすぐに慣れるとはいかない中、アルは初めからニコニコして話しかけてくれていつも一緒に居てくれたので、ナタリアとしても色々と助けてもらっていた。
慣れない嫁ぎ先で、比較的早い時期に家族と馴染めたのは、間違いなくアルとアーセのおかげが大きい。
アルは、外で剣の練習と読み書き計算の勉強の時以外は、ずっとナタリアにくっついている。
それをまた、ナタリアも煩わしく思うどころか、常に笑顔で嬉しそうに迎えてくれたので、さらに好きになっていった。
実際アルはとても役に立っていたのだ。
この食器は誰ので食事の時の席はこうでとか、薪はここに置いてあってこの位になったらここに取りに行ってとか、水汲みはここからなどなど、各人の料理の味の好みや、はたまた口癖だとか、とにかく細々した事はすべてアルに教えてもらっている。
御姑さん相手には、一度教えられたことを聞き返したり忘れたりしたら、大変な事になるんじゃないかと緊張していたナタリアも、アルには前に聞いたことでも、気兼ねなく聞くことが出来てありがたかった。
まあそれはいくら何でも取り越し苦労で、実際は一度で覚えられなくてもマージは怒ったりあきれたりはしないのだが。
アルが来るという事は、当然アーセも一緒に来る。
そうなると、ナタリアが家族の中で一番会話が多いのは、夫のソルでも姑のマージでも無くアルだったが、二番目に多いのがアーセだった。
ナタリアも、妹が二人いるので小さな女の子の扱いはお手の物だし、アーセもお姉さんという存在が新鮮らしく気に入ってよく懐いている。
アーセはロンド家のアイドルである。
子どもたちの中で唯一の女の子でしかも末っ子という事で、父親のフィンは溺愛していたし、母親のマージもたった一人のお腹を痛めた子として大切に育てている。
祖父母ももっとも年若い孫なのでそれはもう可愛がっていたし、アルの上の二人の兄も10歳以上も下の女の子という事で、はじめから可愛がっている。
だが、アーセはずっとアルにべったりだったので、歩き回るようになってからは、アル以外の家族は中々アーセとお話する事も出来ないでいた。
そんな中、アーセはアルにくっ付いていて、そのアルはナタリアにくっついている。
そこで、ナタリアの元へ行き話しかければ、そのままの流れでアーセをかまうことができた。
これが、直接アーセをかまおうとすると、嫁として忙しく動いているナタリアを追ってアルが動いてしまい、アーセもそれを追ってしまうので、悲しい独り言にされてしまう。
なので、一旦ナタリアへ話しかけて動きを止めて、その流れでアーセにかまうのが家族の流行になっていく。
そのせいで、ナタリアはロンド家の者全員と毎日会話するようになり、次第に気兼ねなく話をできるようになっていった。
そのナタリアの夫であるソルは、毎日頑張っている新妻にプレゼントを贈ろうと計画していた。
この世界の農家の結婚は、十代同士というのも、交際期間がほとんどないというのも一般的でソルもそうだ。
同じ村の者同士では血が濃くなり過ぎるという理由で、農村では定期的に近隣の村の独身の者同士を集めて、合同お見合いのような場を設けている。
これは、働き手を増やして村を活性化させ、繁栄させる事はもちろん、税収を落さない目的で各村の領主が、積極的に場所を提供し開催していた。
そして双方気に入ると、家の情報を交換して問題が無いか話し合う。
跡取り息子なので嫁が欲しいとか、一人娘なので婿養子に来てくれる人求むとか、一緒に新たな土地を開拓しませんかなどのお互いの条件を摺合せ、合意に至った時に結婚と相成るのである。
隣の村でも行くのに大人の足で丸一日はかかる、行って帰って来るだけで二日はかかる。
しかも、下手をすれば街道で魔物に出くわし命を落す事もありえる。
そこで、結婚前に交際するという事は、同じ村の者同士以外では、ほとんどの場合無いのである。
農家の嫁は忙しい。
家業の農業の手伝いはもとより、例外なく大家族である嫁ぎ先の食事の用意や洗濯や掃除、子供が出来た時にはこれに育児が加わる。
慣れない土地で、良く知らない人間関係の中、一生懸命働く嫁に惚れ直し何かで報いようと考えたのだ。
これまで特に何もプレゼントなどしたことが無かったが、行商が来た時にナタリアがブローチを気にしている気がしたので、それを買ってあげようと思った。
アルは、剣の種類や値段の他に、操魔術で使う武器についても調べている。
行商のギースノが来るたびに、武器について聞いていたので顔見知りになっていた。
ソルはそれを見て、アルにブローチの値段をギースノに聞いてくるように頼んだのだった。
そして、ソルがプレゼントを贈る為に、お金を必要としていることを知ったアルは、自分も武器を買いたいのでお金を稼ぎたいから、一緒に稼ごうよと害獣駆除の話を持ちかけた。
◇◇◇◇◇◇
ソルとアルの兄弟は役場に来ていた。
「こんにちは、ルドマイヤーさん」
「やあ、フィンのところのソルとそっちは・・アルか!」
「こんにちは」
アルも元気よく挨拶した。
「大きくなったなー、ついこの間までマージに抱っこされてたのに」
「僕もう9歳ですよ、いくらなんでもそんなことありません」
「はっはっはっ、ごめんごめん、そうかーもうそんな歳かー」
ルドマイヤーは役場の職員で、害獣駆除係も担当していた。
この村の出身であり、アル達の父親であるフィンと同じ歳の幼馴染だ。
「今日はどうしたんだい?」
「はい、害獣駆除を受けようと思いまして、今どうなってます?」
「ああ、そりゃあ助かる、でもソル一人でかい?」
「いえ、アルと二人で受けようと思ってます」
「えぇ!? アルまだ9歳なんだよね?」
「はい、でも操魔術の腕は結構なもんなんですよ、たぶん僕より上ですよ」
「そりゃぁ凄い、そういえばアルは3歳でもう使えてたって話だったなー」
「僕もこの間確認しましたけど、あれならどんな大型もいけそうでしたよ」
アルは二人のやり取りを聞きながら、なんだかわくわくしている。
ソルとは10歳離れており、可愛がってくれていたが、一緒に遊ぶという事がほとんど無かった。
それだけに、ソルと二人でなにかをするという事自体が、なんだか楽しみでうれしかったからだ。
ちなみにアーセは付いてきていたが、役場の入口で近所のお母さん連中や役場の職員の人達に囲まれて、和やかに談笑していた。
いつもアルの傍で大人しくしているアーセだが、別に人見知りでも無口でも無く、近所の人との挨拶もちゃんとするし、物怖じせず誰とでも話をする。
そんなアーセは、見た目の愛らしさもあり、ロンド家の中だけでなくイセイ村の中でもとても人気があった。
普段はアルが剣の稽古や文字の練習をするのに、あまり人のいないところでばかり過ごしているので、一緒にいるアーセも必然的にあまり人と会っていない。
だから、アーセを見つけると珍しさと愛らしさで人が集まって、輪が出来るのが常だった。
アーセは、剣の稽古の時以外はいつもアルの隣にいるが、今はソルと一緒だし少し離れてはいるが、視界に入る距離なので我慢してその場に留まっていた。
「この所『ウルフファグ』が多いかなー、群れるとやっかいだからねー」
「群れは何頭か確認されてるんですか?」
「いやー、遠巻きに目撃したって人がいるだけで、ちゃんとはわかってないねー」
『ウルフファグ』というのは、四足歩行の魔物で体長は1mから2mくらいで、頭に角を持ち狼に似た習性を持っている。
群れで行動することが多く、攻撃手段は鋭い牙による噛みつきと体当たりで、魔術その他の特殊攻撃は無い。
非常に好戦的で肉食なため、人を見かけると襲い掛かってくるが、狡猾で一頭で挑んでくることはあまり無い。
付近の地図を広げて、指で大体の場所を説明してくれる。
「この辺とこの辺が多いかなー、見たって人」
「アルどうだ? 何頭くらいいけそうだ?」
【エイジどう?】
【適切な間合いをとれれば、5頭や6頭くらい問題ない】
「ちゃんと間合いをとれば、5・6頭いけるよ」
「・・!? そんなに? 動き早いけど大丈夫?」
ルドマイヤーさんが感心しながら心配してくれていた。
「はい、大丈夫です」
【なんか心配になってきた、本当に大丈夫?】
【ああ、たとえ10頭に囲まれても俺がなんとかしてやる。
ただもしもって事もあるから、ちゃんと臨戦態勢で、いつでも剣を振れるように構えてるんだぞ】
【うん、わかった】
と言ってはみたものの、俺も魔物との戦闘ってはじめてなんだよな。
まあ、練習のとおり出来ればどうとでも出来そうなんだが、もしやの時は使わなきゃかもな。
「アル、大丈夫か?」
「うん、出来ると思う」
「そうか、ルドさん、とりあえず様子見のつもりで一度行ってみますよ。
危なくなったら、無理せず引き上げますから」
「そうだね、その辺のさじ加減はソルがやってあげて。
二人ともくれぐれも無茶な事はしないでね。
なんかあったら、フィンとマージに会わす顔が無いよ」
「「はい!」」
「あ、アルはカード作ったこと無いだろ?
向こうで発行してるから、申し込んで出してもらってから行ってね」
村の外に出る時には、門に居る職員に身分証を提示しなければならない。
未成年のアルは、何も持っていないので役場で発行する、村での在住証明のカードが身分証になる。
これは、村に住んでいて申請さえすれば、誰でも無料で且つ即時で発行してもらえる。
アーセが近づいてきて、カードを発行する窓口のお姉さんをじっと見ている。
「ん? アーセちゃんもカード作りたいの?」
と聞かれたアーセが元気よく答えた。
「はいっ、お願いします」
絶対ついてくる気だなこの娘。
【おいアル、付いてこないように言わないと】
【うん、わかってる】
「アーセ、ちょっと来て」
「ん」
アーセがトコトコと歩いてきた。
「僕とソル兄は、これから村の外の魔物を狩りに行く」
「アーセも一緒行く」
「ダメ、アーセは村の中で待ってなさい」
「や、行く!」
「村の外は危険だから、大人しく待ってなさい」
「危なくなったら、ジュッとする」
「ジュッとしちゃダメ! 父さんと精霊魔術は使わないって約束したろ?」
「うっぅ」
「泣いてもダメ、連れて行かないからね」
アーセは目に涙をためてアルをじっと見ている。
これはあれだな、無理やりついてくるって決めてる感じだな。
こういう時は、もので釣るにかぎる。
【アル、このままじゃまずい、なんか買ってやるっていって宥めろ】
【なんかって何を?】
【知らんけど、アーセが欲しそうなもん、女の子だし髪留めとかその辺のもん】
「アーセ、じゃあ大人しく待ってたら、今度お金がたまった時にいいもの買ってあげる」
「いいもの?」
「そう、アーセの欲しいもの」
「いいの?」
「ああ、その代りこれからも何度も狩りに行くから、毎回大人しく待ってるって約束だよ」
「わかった!」
こうして案外ちょろい最難関をクリアして、アルは初めて村の外に足を踏み出した。




