第65話 移動 なんか適当な箱でもあれば
「いくら朝早いとはいっても、またずいぶんと静かだな」
先頭のツィザレスがつぶやいた通り、先ほどから風にそよぐ葉の音と、自分たちの歩く足音以外には何も聞こえない。
どこかしらに青い色のものを身に着けた四人の男たちが、目的地へ向けて歩いていく。
日は昇り段々と明るさを増しているが、ここユライ森の中はうっそうと茂る木々の枝葉により薄暗い。
「いつものあいつはいないのか?」
「ああ、俺も気になってた、そもそもあいつがいなけりゃ他のが出てきてもおかしくないはずだ」
「ここまで何にも出くわさないって事は、もしかすっと近くにいるってのか?」
四人は注意深く辺りを見回すも、特に変わった事も無い様子を危ぶんでいた。
「おかしいな、これまでだったらとっくにきてるはずなのに」
「もしかすっと、敵わねえって覚って移動したんじゃね?」
彼らがこの依頼をやるのは今回で四回目、『風雅』としてはすでに十回を数えるほど受注している。
なぜならば、常に狙ってこの依頼を受けているから。
これは、特定の依頼を受け続ける事に因って、その依頼を成功させるために必要な情報を独占する為。
途中で遭遇する魔物の種類と対処の仕方、目的地までの道順や所要時間並びに正確な場所など、依頼を成功する為に必要な色々な情報。
これらを、出来るだけ他のチームから隠す事、つまびらかにしない事により競争相手よりも常に一歩先んずる。
こうして、将来にわたって繰り返し告知される依頼を、蓄積させた情報を用いて成功へと導く事で、より良い循環を生んでいくのである。
チームとして、このような形で継続して出されるいくつかの依頼を多数抱える事で、累積ポイントを積み重ね傭兵団としての信用を高めていた。
その上で、彼らはさらに効率を高める為、自分達で独自のアレンジを施していた。
それが、初めて彼等がこの依頼を請け負った際に遭遇した、『マッドベア』を利用することである。
これを引き継いでやるにあたって、これまでの情報を教えて貰った際に、最も気になったのは多種多様な魔物たちへの対処であった。
これが難しく大変だからこそ、情報を持っているかどうかが重要になる。
しかし、事前に聞いていた限り過去この依頼で『マッドベア』が出た事は無い。
それだけに、その姿を見た時にはあせり夢中で攻撃し、仕留めるには至らなかったがなんとか撃退する事が出来た。
だが、後になって振り返ってみると、この時は他一切の魔物に出会う事は無く、それ以外で戦闘は生じなかったのだ。
どういう事か話し合った結果、『マッドベア』がいるせいで他の魔物が恐れて居なくなったんでは無いか。
その時はそれだけで済んだ、次回は遭遇する事を考慮して臨む事にしようと。
だから、二度目にこの依頼で遭遇した際には、焦る事も無く対処する事が出来た、予め予想し仕留める為の準備もしてきた、だがそこで閃いたのだ。
こいつは、他の魔物を出現させない為仕留めずに、前回同様追い払うにとどめておけば、次回以降道中が楽になるのではないかと。
その読みは的中し、その時も続く三度目でも他の魔物は出てこなかった。
魔物と相対す時には常に命のやり取りとなる、それだけに同じ個体に再び以上会いまみえる事はそうある事では無い。
其の為、何度も同じ目にあっていれば、魔物であっても学習するとは彼らも知らなかったが、それはこの際関係無かった。
『マッドベア』が居れば他の魔物は出てこない、反対に居なければ他の魔物が襲ってくるはず。
でも、現在は『マッドベア』が出てこないのに他の魔物も襲ってこないという、これまでには無かった状況である。
何が起こっているのかわからない、なまじこれまでのここでの情報を握り且つ慣れているせいで、これが異常事態だとわかってしまう。
だが、そうはいってもこれまでに無かったパターンだけに、どう対処していいのかが分からない。
何にも知らなければ、魔物がまったく襲ってこないで楽勝だとも思えるが、逆に何かが起こっているのではと不安で、慎重になるあまりゆっくりした足取りになっていた。
「しっかし、あいつらはとんだ期待はずれだったな」
「まあそう言うな、腕がたつったってそれが傭兵としての力のすべてじゃねえからな」
「そうそう、まだまだ駆け出しなんだろうからよ、あんまいじめんなよ」
アル達を出し抜いた事を話題にして、景気をつけて怯える心を奮い立たそうとしているのがまるわかりな会話。
それでも、そんな話もそう長い時間は続けられず、訪れるのはまた長い沈黙。
こうして、ただ黙々と歩くだけの時間が一時間そして二時間と経っていった。
このような場合、一人ならともかくせっかく人数がいるんだから、互いに声を掛け合えば不安も少しは軽減されるところだ。
しかし、時間が経つごとにそして歩を進めるごとに、緊張感が高まり渇いたのどを湿らす事さえ思い至らない状況。
ヘタに物音をたてれば何が起こるか、ましてや声を発しようものならどうなることか、悪い方にばかり想像が膨らみ勝手に思考の袋小路に陥っている。
そんな重い足取りの一行ではあったが、進み続けていれば自ずとゴールには辿りつくもの。
ゆっくりではあったが、足を止める事は無かったおかげで、この苦しい道のりも周りの景色を見る限り、あともう少しで終わるところまできた。
前方に、ぽっかりとそこだけが木々を生やさず、まるで陽の光のスポットライトを浴びているような場所がある。
そここそが、目的地であるゲイカンの群生地。
まだ戻りの行程が残っているとはいえ、とりあえずここまで無事に着けたと、一行は安堵していた。
その時、先頭を行くツィザレスがハンドサインで止まれの合図をだす。
すぐさまその場で臥せて前方を注視する。
こちら側は風下にあたるのでこのままでも問題無いとは思うが、念のためにより姿を隠しやすい、木々が多い右側へ音をたて無いように移動していく。
全員臨戦態勢で、各々得物を構えて緊張感を高める。
ツィザレスが感じた違和感の正体は、スポットライトの中に落ちた影。
空を飛ぶ飛行型の魔物かと思い、上空から視認されている事を懸念して、より木々が密集し枝葉が多いこちら側へ移動したのだ。
そんな中、影はどんどんと大きくなり、やがて着地した。
◇◇◇◇◇◇
時は少々遡り、『マッドベア』を倒して後片付けが済んだ頃。
死体の解体や壊れた柵の修理、諸々が終わって各自がその場を離れて仕事へと向かう。
そんな中、森を見つめてさてこれからどうしようと、僕とアーセは二人で村の外で立ち尽くしていた。
そこへ、
【今回は特別という事で、ちょっとある事を試してみようと思う】
と提案してくるエイジ、何事かと思い問いただしてみる。
【試すって何を?】
【結構な時間くったからな、この後森に入っても向こうに勝つのは難しいだろう】
さきほど柵を直している作業の合間に、昨日エイジが休眠してから今朝にかけての事柄は説明しておいた。
【うん、そうだろうね、向こうを見かけて無いけど、こんなのんびりしてる訳無いだろうから、もう出発してるんだと思う】
【だろうな、そこでだ、あんまり俺がでしゃばってもと思ったんだが、いい機会だし一度試してみたい移動の方法があるんだ】
【移動の方法?】
【ああ、空だ、どのくらい飛べるのか試してみたいと思ってな】
ちょっと何言ってるのかわからないんだけど。
【あのさエイジ、僕ら羽ついてるけど飛べないよ?】
【知ってるよそれくらい、誰も自力で飛び上がれなんて言わないって、ダンジョンの8層覚えてるだろ?】
【・・・・あっ、もしかしてエイジが運んでくれるって事?】
【そうだ、いくら急いでも森の中歩いてたんじゃ到底追いつかないだろう? 空から飛んでいけばかなりな時間短縮になるはずだ】
【そっかー、その手があったかー、だったら楽勝だね】
【それがな、一つだけ不安というか不確定要素があるんだ】
【なにそれ?】
【つまり、アルはアーセをおぶって『阿』と『雲海』に掴まる事になる、ダンジョンの時のように少しだけならともかく、長時間腕がそして体力が持つのかがわからない】
【・・僕次第ってわけ?】
【ああ、あそこに生えてる木の上を飛ぶんだ結構な高さになる、当然落ちたらただじゃ済まない、一気にいければ問題無いが、無理そうなら早めに言ってくれ、何度か休憩しながら無理せず進もう】
【わかった、無理して怪我したら大変だもんね】
【一応言っておくけど、無理だったら途中で止めていいんだからな、アルだけじゃないアーセの命も預かるんだ、冷静に判断するんだぞ】
【うん】
こうして方針が決まったところで、アーセに説明していく。
「アーセ、これからユライ森に入るけど普通に歩いてたんじゃ、おそらくは追いつけないだろう」
「ん」
「ダンジョンの8層覚えてるか? 時間が無いからあの時のように森の上を飛んで行こうと思うんだが平気か?」
「ん」
「怖かったら止めてもいいぞ」
「大丈夫」
「よし、じゃあおんぶするから紐出して」
「ん」
「後、もし飛んでいる時に魔物が襲ってきたら、僕は手が離せないだろうからアーセが迎撃してくれ」
「ん」
物理的に手を離せないのは本当だが、操魔術を使えないわけじゃ無い。
ただ、『ガーフ』の時で思い知らされたが、僕の腕じゃ鳥の飛行型の魔物を仕留めるのは荷が重い。
それに、やっぱり手を離せば落っこちてしまうという中で、他に神経を使うのは初めてだけに避けたいところだ。
アーセをおぶって準備完了、エイジが操作する『阿』と『雲海』に掴まると、徐々にその高度が上がっていく。
それを物見やぐらのおじさんが、口をあんぐりと開けて見つめている。
充分な高さまで達したところで、今度は水平に森へ向かって滑るように空を進んでいく。
【どうだ? アル】
【わかってたけど、やっぱりきついね】
【どうする? 一度降りて休むか?】
【うん、まだ大丈夫だけど念の為に一度お願い】
【了解】
ここはまだ森の入口付近で、丁度太く大きな木があったので、地面まで降りずに丈夫そうな枝をお借りする事に。
まだまだ限界ってわけじゃ無いけど、想像以上に厳しい、疲れるというよりも握力の限界がきてって感じだ。
ほんの少しの時間でこれって事は、この移動方法は早々気軽には使えないあくまでも緊急時に限るようか。
「にぃ、大丈夫? アーセ重い?」
「大丈夫ってわけじゃ無いけど、重いってんじゃないから」
アーセが心配してくれるが、正直違いがわからない。
ダンジョンでは、セルとシャルと三人で潜ったときに一人だったけど、あの時と比べるといってもあまり覚えて無い。
その後の、アーセをおぶった時も短い時間だったので、それほど大変には感じていなかった。
だから、これほどとはと逆に少し時間が伸びたくらいでこんなに体に負担がかかるとは思っても見なかったのだ。
【アル、到着してから何があるかわからないんだ、あまり限界まで我慢せず少なくとも『嵐』を振る力は残しておけよ】
【そっか、着いても終わりって訳じゃ無いもんね】
【ああ、それにその調子じゃ帰りは厳しいだろう、歩いて帰るにしても魔物が出るだろうしな】
【うん、わかったよ】
こうして数度の休憩をはさんで、おそらくは目的地付近であろう、ぽっかりとそこだけ木の生えていない場所へゆっくりと着陸した。
◇◇◇◇◇◇
驚いたのはツィザレス達だった。
すわ魔物かと緊張感を高めていれば、羽が生えてはいるものの魔物では無く『羽』とは。
しかも、あのアルとかいう奴だ。
仲間たちの心情を推し量りつつも、ツィザレスはこのチームでのリーダーとして、無言で待ての合図を送る。
どう対処すべきか、それを決めない限り具体的な指示は出せない。
とにかく落ち着いて考えねば、こういう時には何故とかどうしてとかは後回しにして、事実だけをみてどうすべきか決めた方がいい。
まずこの場に出て行って、自分達の方が先に来てたんだからと主張するのは意味が無い。
競合依頼は先に達成する事が勝利条件、この場合は現物のある場所へ到着した順番では無く、依頼主の元へ最初に届ける必要がある。
間違いなく自分達の方が先に出発したにもかかわらず、どうやったのか空中から降りてきた。
あの移動方法があれば、先を越されるのは目に見えている。
では、力づくではどうか?
これもまた見込みは薄い。
ガマスイで完璧な不意打ちにも拘らず、凌がれたどころか圧倒されてしまった。
此処で不意をうっても結果はかわらんだろう。
おぶっていたのは、あれは確か一緒に宿屋へ入ってきてた奴の妹だったか。
じゃあ、あの子を人質に取って脅すのはどうだ?
・・・・いや、そこまでするのは団としての威信を落すし、俺たちの矜持にもかかわる。
依頼は達成したいが、卑怯なマネしてまでとは考えていない。
・・打つ手がない以上、今回はあきらめるしかないか。
ツィザレスがそう考えて、仲間に撤収の合図をだそうかとしたその時。
突然、彼らから見てアルとアーセをはさんだその前方から、『マッドベア』が姿を現した。
いつものアイツどころじゃ無い、それよりも大型で4mはあろうという巨体だ。
奴ら二人は、ゲイカンを見つけたらしく共にしゃがんで、採取しようと下を向いている状態だ。
しかし、流石にあれだけの大きさの魔物が現れただけあって、大きな音がするのと同時に影に覆われた事で気づいたようだ。
声を掛けるのも加勢するにも、完全にタイミングを外してしまい、俺たちはここにこうして臥せているしかできなかった。
◇◇◇◇◇◇
【ふう、あー手がしびれる、けどやっぱ速いなー】
【さて、問題は此処がどこで後どのくらいあるのかだな】
【そうだねー、でもここがって可能性もあるからねー】
僕らはエイジに運ばれて、森の中を歩くことなく上空を通過して、今地面に降り立った。
此処に降りたのは、結構な距離進んだし、丁度開けている場所があったんで休憩がてら、確認しようと思ったからだ。
予め依頼を受けるにあたって、採取場所を聞いた時にはこんな風な移動をするつもりじゃ無かったんで、目的地にたどり着くための目算が立たなくなっていた。
目的地へ向かうのに、どこから森へ入るのかや方角と所要時間などを聞いてあった。
だが、飛んできたので方角はあっていると思うが、歩いた場合と比較してこの場所がどのくらいの距離なのかがわからないのだ。
ただ、ゲイカンが生えているのは、円形にその周り一帯が木々が途切れている場所だと聞いていた。
そこで、上から見てここじゃないかと思い、もし違っていても休憩と地図を見て検討しようという事で降りてみたのだった。
まずは紐をはずしアーセを降ろしてっと。
【エイジどう思う?】
【あってると思うんだが、その辺に生えて無いか?】
【ちょっと待って、描いてもらった絵はアーセが持ってるんだ】
するとタイミングよくアーセから声がかかった。
「にぃ、これ?」
しゃがんでるアーセの近くに行って僕も絵と見比べる。
おお、それっぽいな、根っこの部分も確認したいから、とりあえず抜いてみるか。
そう思って途中で根が切れたりしない様にと思い、丁寧に周りを掘っていこうとした時に、急に大きな音がしたと思ったら辺りが暗くなった。
慌てて振り返ると、立ち上がっている『マッドベア』がこちらを攻撃しようとしているのが目に入った。




