第60話 道中 現時点では不明
早朝、街道を走る二頭立ての馬車。
僕達は、大所帯の傭兵団と宿泊場所がかぶって宿がとれない可能性を考慮して、朝早くに宿を出発。
ドゥノーエルからオューへ向かう際には、多くの者が通常通過するだけの村を目指して馬車を走らせていた。
御者は僕、後ろにいるセルとシャルは朝早かったので、なんとか眠れないか頑張っているが、さすがに揺れる馬車の中で横になって熟睡は難度が高い。
その点僕の隣に座るアーセは、僕に寄りかかりすやすやと寝息をたてている。
エイジもまだ覚醒していないので、僕も何するでも無くひたすらに馬車を走らせていた。
ひとしきり経ち、街道に人も増えてきたところで、最初の村であるワナモー村に到着。
ここは僕の生まれ育ったイセイ村以上ではあるが、サーロン村ほどは大きく無い、いってみれば中ぐらいの規模だ。
商売しているのは、宿屋が一軒と主に乾物や干物を置いている食材屋が一軒と、武器防具をはじめ色々な道具類を揃えた店が一軒といったところ。
食事処にもなっている宿屋に入り、まずは朝食を皆で食べる。
アーセはまだ眠たい様子で、おんぶしてあげようかとも思ったが、人目の無いダンジョン内ならともかく、衆人環視の中では憚られる。
あまりのんびりしては、早く出てきた意味が無いのですぐに再出発、次なる村を目指す。
◇◇◇◇◇◇
こちらはアル達とは逆方向に進む一行。
四台の馬車が連なって走っている、その先頭の馬車の中にうつろな目で一点を見つめ、ため息をついている女性がいる。
誰あろう勇猛果敢で知られる、『雪華』団長パルフィーナ=ウェッソンその人である。
今朝方、押し寄せる不安を乗り越えて、勇気を振り絞り決意した思いもむなしく、話しかけるどころか会う事も叶わなかった。
もしや今生の別れになるのでは? そんな悪い未来を予想しては、励ましている妹の声を聞き流している。
唯一の望みは、同じ方角へ向かうラムシェが「オューで会えたら予定を聞いてパル姉さんに知らせてあげる」と言ってくれたこと。
これまで信頼し労苦を共にしてきた友を見て、副団長のレイベルは自分の方がため息をつきたいくらいだった。
こんなに後悔して落ち込むくらいなら、昨日の夕食の時にでも話ししてりゃあいいものを。
しかも、相手は同性で年下だってのに、なんでこうなのかねえと、わかってはいたが今更ながらパルフィーナの困った性質を憂いていた。
レイベルは友達の心情を慮っているわけでは無い。
この手の事は毎度のことで、今に始まったわけでは無いのでその点では心配はしていない。
それよりも、仕事に支障をきたさないかを危ぶんでいるのである。
団長のパルフィーナは、戦いとなれば先頭に立ちハルバードを縦横無尽に操り、敵を打ち滅ぼし団員の皆を守ってきた。
普段は寡黙であり背中で語るタイプながら、仕事上の交渉となると簡潔な物言いで、重要な案件をことごとくをまとめている。
今向かっているファタでの仕事も、パルフィーナが受けてきた王家の依頼だ。
レイベルは自身が敬語が苦手であり、王族とのやり取りを不得手としている自覚があるので、団長の一刻も早い復活を願っていた。
今回の依頼は、『雪華』の特性を生かしたほぼ独占状態の、王族の護衛である。
王族の身辺警護には、直属の近衛隊の騎士があたる。
これは、王城の中でも視察や表敬訪問などの外出時も同じである。
しかしながら近衛騎士は全員男性であり、時には御側仕え出来ない場所もある。
王城を出て外出する際は、身の回りを世話する侍女はいるが、それだけでは心許ない場合護衛役の依頼がくる。
傭兵団の中でも、上位五つに入ると言われている中で、『雪華』を除けば女性団員というのは、『月光』のラムシェともう一人しかいない。
どうしても力を要求される傭兵という職種では、特にトップクラスのチームともなると、そのほぼすべてが男性で構成されるのが当たり前だった。
それだけに、女性のチームというだけで他とかち合わない、この手の仕事を一手に引き受ける事が出来ている。
余談ではあるが、傭兵団にランクというものは存在しない。
傭兵ギルドが設定する等級は、あくまでも個人に対してのものであり、集団には何ら基準を設けてはいない。
ところが表立っては無いが、裏では有名どころの傭兵団だけでなく、名前のあるところはすべてランク付けされている。
傭兵ギルドの依頼には、大きく分けて一般と指名の二つがある。
一般というのは、依頼者が依頼内容や期限や報酬を傭兵ギルドに提示し、それを職員が等級を設定した上で依頼書を作成して、引き受けた者が行うというもの。
指名は、個人や集団を特定して依頼するもので、この場合ギルドを通すものと直接依頼者が傭兵に頼む場合とがある。
そして一般の中には、競合という形態もありこれは通常ある何時までという期限が無く、反対に何時からという開始の日時が定められ、それ以降一番早くに依頼を達成した者に報酬を与えるというものである。
受けるのは自由なので、何人もがその早さを競う事になる、当然受ける側のリスクが高い代わりに高額な報酬が約束されている。
そして、これをどこが達成するかを対象とする賭けが行われている、あくまでも裏で。
この時の賭け率を決める目安として、各傭兵団のランク付けが行われているのである。
ランクは、これまで達成した依頼を等級ごとに、10級のものは1ポイント9級のものは2ポイントと設定し、ポイントを積み重ねたその累積で成り立っている。
『風雅』がトップと言われているのは、傭兵団の中で最も人数が多いのでそれだけ達成した依頼も多い事から、累積ポイントが多いためその座についている。
反対にメンバーが少ない『雪華』が上位に数えられているのは、国や王族などの3級以上の高い等級者向けの依頼の達成数が多いせいであった。
其の為、実際の競合の依頼での賭けでも団を上げて精鋭で臨むのか、またはトップクラスの傭兵団ではあるが幹部不在であたるのかによって、倍率が大きく変わってくる。
◇◇◇◇◇◇
その『風雅』は、アル達と同じくミガ国の王都であるオューへ向かっていた。
全団員では無いものの、それなりな人数で移動する集団の中で、先頭付近を走る馬上で団長キリウスの気分は沈み落ち込んでいる。
原因は今朝の出来事。
昨夜ツィザレスに聞かされた、アルとかいう『羽』の剣士に会えなかったのはまあしょうがない。
向こうにも都合があるだろうから、すでに出発したと言われても少々残念だったなくらいなものだ。
それよりも、ラムシェに袖にされたことの方が大きい、こういうものは慣れるものでは無い。
当たり前だが、その都度真剣に必勝を期しているだけに、断られれば傷つき気持ちが暗くなるのは避けられない。
本人とは裏腹に、団員の方はこんな団長の姿を見るのに慣れてしまっていた。
其の為、当然のごとく通常通りのペースで街道をひた走っている。
同じ街道を同じ方向へ進むのが、副団長ラムシェが率いる『月光』である。
こちらは断った側という事もあり、特に落ち込んだり気分を害しているということは無い。
最初の内は、申し訳ない気持ちが沸いてきたりもしたが、向こうが勝手にぶつけてきた感情に対してこちらが何かを覚える必要はないと考え、それからはうまく気持ちを切り替える事ができていた。
移動の最中は、団員たちと談笑する事もあるが、その輪の中心になるのは、ほとんどの場合団長のリバルドだ。
彼の人当たりの良さというか、誰にでも気さくに話しかけ分け隔てないさまが、垣根を低くし結果にぎやかな空間を作り出していた。
しかしこの場に彼はいない。
そのせいもあって、静かな馬車の中でラムシェはアルたちの事を考えていた。
アルを『月光』に勧誘した際、他人の命を預かる自信は無い、そしてパーティーを組む事はあると言っていた。
あそこに居た『二本』の男女がメンバーなんだろう、それとアーセちゃんか。
確か姉夫婦の経営するリンドス亭に、二年ほど宿泊していると言っていた。
その間ダンジョンに潜っているとも。
昨夜聞いた限りではオューへ向かっているとの事。
これは、たまに受けるという傭兵ギルドの依頼なのか、それとも他の理由があるのだろうか。
ラムシェは自分でも自覚は無かったが、昨夜の自分の言葉に無意識に引きずられている。
彼女にとってアルは、たまに会う年下の男の子で、毎回少し緊張気味に話すのが印象的だった。
アルは子供の頃からラムシェに対して「綺麗」と言っていたので、彼女にしても他の男に言われる時の下心を感じないで素直に喜ぶ事ができる。
強いのはわかっていた、かれこれ8年前になる初めて見た時から、素直に敵わないと認めていた。
荒くれ者の傭兵達を小さな頃から見て育ったが、あれだけの腕の持ち主はいない。
それなのに、実力をひた隠し誰に対しても丁寧な態度や口調を崩さない。
その後も色々な男たちを見てきたが、強い者はやはりどこかに尊大さをにじませているように感じていた。
それがアルには無い。
年下という事もあり勝手に弟のような気分でいたが、よく考えたら自分の理想とするタイプに最も近い。
というよりもアルを見ていて、その様子から作りだしたようなものだ。
じゃあ自分はアルの事が好きなのかというと、首をかしげてしまう。
確かに好意はある、ただそれは子供の頃から知っているので、身内に対する親愛の情ともいうべきもので恋愛感情では無い。
ラムシェ自身はそう思っているが、こう考えている時点ですでに相当意識している。
とりあえず、パルフィーナに頼まれたという大義名分があるので、これは自分が興味があるからでは無く頼まれたからやるのだという理論武装を固める。
そして、オューに着いたらアル達一行の目的や居場所を探ろうと心に決めていた。
◇◇◇◇◇◇
陽が頭上高く真上を指す頃、アル達の馬車はこの日二つ目の村へ到着し休息をとっている。
馬を休ませ水を与えて、まだまだ長い本日の移動に備えていた。
朝食を終えてからまだそれほどは経っていないので、ここでは食事は行わず道中で食べる為食料を購入。
アルを含めて、皆思い思いに体を動かし移動の最中の窮屈さを晴らしている。
あまりゆっくりとしていては、目標とする村に着くのが遅くなる。
途中で食事をしながらで、三つ目の村に着くのがおそらくは四時間後。
そして、最後の村に到着するのはそこからさらに四時間はかかると思われる。
再出発し馬車を走らせている中、アルは覚醒したエイジに昨日の出来事について聞いていた。
【エイジ、昨夜はなんで『風雅』の人達が襲ってきたんだと思う?】
【わからん、初めて見る奴らだったしな】
【僕も全然覚えが無いんだよね】
【可能性としては、何かしらの理由でアルを利用しようとしたってぐらいか】
【? 僕を? なんで?】
【あいつらは酔っぱらってからんできたとは思えない。
タイミングを計って、ちゃんとアルが自分たちの得物が届く距離まで来るのを待って、一斉に仕掛けてきた。
誰でも良かったわけじゃ無く、アルを狙ったのは明白だ。
だがえらく引き際が良かった。
という事は、あそこでアルを何とかしようとしてたわけじゃ無く、単にポーズというか脅しをかけてきたってとこだろう】
それについては、僕も心当たりがあった。
【そうだね、他の人はわからないけどあの斧の人、あの人は初めから寸止めする気だったのか、『嵐』とかち合った時えらく力抜けてたからね】
【だろ? あの連中を含めた『風雅』を見たのは今日が初めて。
あの宿屋の前で見た時には、こちらはわかっていたが、向こうはアルを認識はしていなかったはず。
そうすると、アルを狙う理由が出来たのはあの場、夕食の後酒を飲んでた時の事だろう。
『風雅』が揉めていたのは『雪華』とだ。
『雪華』の団員をどうにかすれば傭兵団同士の争いに発展しかねない。
そこで『雪華』の団員じゃ無いが、どうやら親しいらしいアルを脅す事で、自分達の優位性を保とうとしたのか。
はたまた、セルが『月光』と仲が悪いって言ってたろ?
だからラムシェと親しいのを見てって事かもしれん。
まっ今考えられるのはこの程度だな】
御者台に座る僕の横では、アーセがたまに出てくる魔物をジュッとして、
火の精霊に働きかけ、その死骸を燃やしている。
その時だけ、燃え尽きるのを見届けるために馬車を停めるが、それ以外では順調に目的地に向けて進んでいる。
【利用っていっても、僕はどっちとも関係無いんだけどなー】
【こっちはそう思ってても、向こうはそう思って無いんだろう。
とにかく、判断する材料が少なすぎて、現時点ではこれ以上はわからんよ。
できりゃあ、早いとこ接触して向こうの狙いを知りたいとこだな】
【狙いかー、・・ねえ、まさか征龍剣とかこの鏡とかじゃないよね?】
【それは無いだろう、アリーが『風雅』と繋がってるとは思えない】
【・・もしも『風雅』の人がアリーの組織と関係あったりしたらどうかな?】
【おー、えらいぞアル、そうやって色んな可能性を考えるのはいいことだ。
成長を感じるなー、まあでもその線は薄いだろう。
昨日騒ぎを止めた馬に乗ってたやつも、アルに襲い掛かってきた奴らもどちらも
『水かき』だった、カーならともかくイァイ国って事はないだろう】
どう頭を捻っても、この場では結論は出ない。
どうせ向かう先は一緒みたいだし、何かあれば向こうから勝手にちょっかいかけてくるだろう。
理由や背景はその時に確かめるという事で、エイジとの魂話を終えた。
あたりが闇に閉ざされて速度が落ちるものの、月明かりや星明りによりなんとか視界が確保され進むことができる。
そんな中、本日の目標であるグーカト村に到着したのは、夜9時になろうかという時間だった。
国境都市ドゥノーエルから王都オューへ向かう際には、この一つ前のチャサショという、ガマスイと同じくらいの規模の宿場町で泊まるのが常である。
其の為、この村は通常通過する者が多く、王都の隣とはいえそれほど大きな規模では無い。
しかしながら、王都に入る前に身なりを整えたり、逆に王都を出る際とは違い
動きやすい服装に着替えたりといったニーズにより宿屋はある。
今回の宿泊も男女で別れての部屋割りで、セルと一緒の部屋になった。
部屋では、すでに時間が遅くなり休眠してしまったエイジと道中話していた、『風雅』についてセルに説明をする。
「そうか、エイジもわからないか」
「うん、いくらなんでも材料少なすぎるって」
「利用か、確かにあーも簡単に引くんだから、酔いに任せてって感じはしないな」
「セルはさ、オューに着いたらシャルに付き添って自宅に戻るんでしょ?」
「・・まあ不本意ながらな、結婚したくないってのに無理やりってのはやっぱり見てられない。
それにどう考えても、あいつと親父じゃ双方感情的になって話まとまらんだろうと思うんだ、お袋だけじゃ収拾つかないだろうから仕方なくだな」
セルはやれやれといった風を装っているけど、なんだかんだでやっぱり心配なんだな。
「どうせ『風雅』もその内オューに来るだろうからさ、向こうが何かしてきたらその時にでも、何で僕を狙うのか問いただしてみるよ」
「そうか、無理しないようにな」
「うん、セルとシャルが合流するまで、アーセと依頼でもやってるからさ」
「わかった、じゃあ俺らも解放されたら傭兵ギルド行くから、受付の人にでもどこ泊まってるかとか言っておいてくれよ」
ここまで話して、移動疲れとでもいうべき独特のだるさで、体を横に出来る幸せを感じながら静かに眠りについた。
お知らせ
諸般の事情により、次回からしばらくの間更新が週一になります。
次回更新は12月4日(日)午後5時です。
それ以降は、毎週日曜の午後5時に更新となります。
毎日の更新を楽しみにしていただいていた方には申し訳ないです。
これからも宜しくお願い致します。




