第59話 愛情 報われるのか?
すっかりと夜も更けた頃、ミガ国の宿場町ガマスイの宿屋にて。
着いて宿屋で夕食を終えた後、突然アルが襲われたが幸い怪我も無く、相手も逃げてしまったのでそれ以上どうする事も出来ず、各々部屋へ戻っていった。
他の人達と同様に部屋に戻ったアーセとシャルは、先ほどの騒動について話をしていた。
「あの操魔術で動かしてたのって、三つともアル?」
「ん、たぶん、にぃは小さい頃から三つ使ってたから」
「はぁー、他の人ならそんな訳無いって言ってるけど、アルならまあ信じられるわねー」
「シャルちゃん、にぃが三つ使ってたの内緒にしてね」
「わかってる、まあ誰も信じないとは思うけど、簡単に話す事じゃないんでしょうね」
「ありがと」
「そういえばさー、『雪華』の団長さんアーセちゃんの事ずーっと見てたけど、なんか大好きみたいね」
「・・ずっと見てるだけで、何も言わないからよくわかんない」
そんな会話を交わしていると、部屋のドアがノックされアルが声を掛けてきた。
◇◇◇◇◇◇
こちらは同じ宿屋の四人部屋、『雪華』団員16名の内元々は団長・副団長に団長の妹の三人だけで使う予定であった。
だが、知り合いがいたので急きょ呼んで、四人で就寝前のおしゃべりに興じている。
「ねえお姉ちゃん、なんでアーセちゃんの事見てるだけでお話しないの?」
「・・何話していいかわからないし、変な事言って嫌われたくない」
「かー、団長は戦闘となったら魔物だろうが男だろうがガンガン攻め込んでいくのに、なんで可愛いものにはこんな弱気なのかねー」
「うるさい」
副団長のレイベルに指摘された通り、団長のパルフィーナは自他ともに認める可愛いもの好きである。
彼女は元々女性にしては、筋肉がつきやすい体質であり、事実戦闘を重ねるたびその体は強く逞しくなっていった。
其の後も自らの身を守る為、そして愛する妹を守るためにも鍛えに鍛えてきた。
それに後悔は無いし再び同じ状況になれば、また同じ事をするだろう。
しかし、元々保護欲が強い方ではあったが、それにもまして己とかけ離れた存在として、弱く小さいものにより魅かれるようになっていった。
彼女が可愛いものに求めるのは、ただそばにいて欲しいという事だけだった。
自分の子供が欲しい、赤ちゃんを育ててみたいという欲求はあったが、現在の傭兵団の団長という立場や、生活する上での傭兵という生業がそれが無理だと告げている。
であれば、せめて気に入ったものを手元に置き保護していきたいと願っていた。
そして自分に微笑んでくれたら、それだけで幸せを感じられる。
これまでの彼女の活力の源は、妹のマリテュールであった。
自分と違って小柄で細い体躯、なによりも血縁関係にあった事で、無条件に「お姉ちゃん」と呼び慕ってくれた存在が愛おしかった。
勿論、今もその感情は色褪せてはいないが、妹も成長し成人した事で自分の手を離れつつある。
いずれそう遠くない時期に結婚する事もありうる、そういう訳で現在の最大の関心事は、今日初めて見た『羽』の女の子の事だった。
「ラムシェ、あんたはなんであんなにアーセちゃんと仲いいんだ?」
「行商の護衛で行った村で、最初はお兄さんのアルくんと知り合ってその後に、
まだアーセちゃん小さかったでしたからね、警戒心も無く懐いてくれてその後何度も行ってたんで、顔なじみになったんですよ」
パルフィーナはどうせここに泊まるならと、同じ部屋に誘った昔馴染みのラムシェに、アーセとの馴れ初めを聞いていた。
傭兵団『月光』の中で女性団員は彼女ただ一人、泊まる時にはいつも寂しく個室だったので、この御誘いはラムシェにとっても嬉しいものだった。
其の為、ラムシェも女性同士のおしゃべりを楽しんでいる。
「そんなに好きなんだったら、いっそウチに誘っちゃえば?
あの子もパーティー組んでるっつーくらいだから、戦えるんだろうしさ」
「あの兄妹は仲良いから、そう簡単に離れないと思うよ」
「だったら、アルぶっとばして奪うってのはどうだ?」
「言ったでしょ? レイ姉さん、アルくんはあー見えてかなりとんでもないよ」
「お前のパートナーになる条件満たしてるってんだろ? 確か自分が手を伸ばしても届かない高みに居ながら驕らない者だったか?」
「そ、実際その目で見てレイ姉さんはどう思った?」
「まっ、確かにな、四人っつーうんならあたしでも団長でもなんとかなるけど、
四人同時に相手取って、しかも無傷で圧倒するなんてーのは、いくらあたしらでも無理があるかんな」
「でしょ」
レイベルとラムシェは、パルフィーナそっちのけで話を進めている。
アルと手合せするのを「気が抜けた」と言ってとりやめたレイベルだったが、団長のパルフィーナとラムシェは、レイベルがアルの実力を垣間見て、やり合うまでも無くかなわないと見て申し出を取り下げたとみていた。
部屋に来てからラムシェは先ほどの件で、アルと初めて会った時に当時9歳ですでに剣を使いながら、鎖分銅を二つ同時に操っていたのを三人に話している。
其の為、エイジが隠ぺいしようとしていた甲斐も無く、少なくともここにいる四人はアルがあの時に三つを使っていたと認識していた。
しかも、『魔散石』が設置してある店内だった事を考えると、大変な脅威としてアルの事をとらえていた。
だがそれはあくまでも、もしも敵対したら攻撃されたらという事で、話をした限りではむやみに力を振るう性格にも、何事も力で解決しようとする性分とも思えない。
同じパーティーメンバーである、アーセやセルとシャルに対しても、力で従わせているといった様子も見受けられない。
其の為、アルの実力は認めても現状問題になるとは思っていなかった。
脅威に感じても問題では無い、そのような訳で、アルについて話していたレイベルとラムシェの会話の内容も、その方向性が次第にずれはじめていた。
「そーいや、アルに襲い掛かってたのって『風雅』の連中だろ?」
「みたいね、失敗したなーあそこでアルくんに突っ掛ったって事は、やっぱり聞かれちゃったのかな?」
「知らねーぞ、アルが『風雅』に追っかけられても、いっそのことキリウスにもうアルの女になったって言ってくりゃいいじゃんか」
「そんな事出来ないよー、余計迷惑かけちゃう」
「っつても、あんだけお前にアプローチしてたんだ、黙ってたって早晩アルの元に行くんじゃねえか?」
「やっぱそっかなー、どーしよー」
普段は『月光』の副団長として、団員ににらみを利かせているラムシェ。
しかし、同郷で姉のような存在のレイベルと、小さい頃から顔見知りのパルフィーナとマリテュール姉妹の前では、一人の22歳の女性として存分に悩んだり困ったり愚痴ったりできる。
毎日男性に囲まれている中で気を張っている分、こうした女性のみの場では、余計に団員には決して見せない素が出てしまっている。
「『月光』はこれからどこ行くんだ?」
「オューの傭兵ギルドに、依頼の達成の報告に向かう予定」
「そーすっと、『風雅』の連中ともアル達とも方角は一緒か、ちっ、せっかく面白くなりそうなのに見れねーとはなー」
「レイ姉さん達はドゥノーエル?」
「うんにゃ、ヨルグ抜けてファタまで依頼受けに行くんだ」
向こうでは、頼りがいのある姉が妹に指導されているという、珍妙な光景となっている。
「いーいお姉ちゃん、言葉にしなければ何も伝わらないよ、明日には向こうも出発するんだろうから、朝のうちに気持ち伝えないと」
「・・・・なんて言えばいいかな?」
「今後どこに行くのか聞いて、会えそうなら食事しようとか、無理そうならお手紙出すとかなにかしらしないと、いつまで経ってもわかってもらえないよ」
「・・うん、頑張ってみる、・・でもマリも付いて来てね?」
「大丈夫、一緒に行ってあげるから、自信持って」
四人を知らない者は、妙齢の女性が集まって何を話しているのか、もしや意中の男性の話かそれとも、などと思うかもしれない。
逆に知ってる者たちからすると、どうせ相変わらず色気があるんだか無いんだかわからない話で盛り上がってるだろうと予想できてしまう。
しかし、知っている者の中で若干一名のみ、ここでの会話の内容は知らなくても、もし知れば看過できないワードがあるであろう人物がいる。
同じ宿場町ガマスイにある、傭兵団『風雅』の一団の中で団長を含む8名が滞在する宿屋にて。
とある理由により、『風雅』全員が宿泊する事の出来るこの町唯一の宿屋に部屋がとれなかった。
そこで、せめて食事位は全員でとこの場所に集っていた団員たちが、そろそろ夜も遅くなり三々五々それぞれの今宵の宿へと席を立ち始めた頃。
「行くところがある」と言って、この場に参加していなかった、ツィザレスを含む第三部隊の隊員四名が入ってきた。
所変わればの格言通りに、同じ傭兵団といってもそれぞれによって、規律や方針そしてその成り立ちや団員同士の関係性も異なる。
この『風雅』での報告というのは、各隊の隊員は所属している隊の隊長に、隊長たちは副団長にというのが決まりである。
しかしツィザレスは、これは団への報告では無くあくまでも、友人として相手の耳に入れておきたい話しであるとして、直接団長の元へ行き話しをした。
『風雅』団長キリウス=エスティーは、『月光』副団長ラムシェ=スタイラーを生涯の伴侶にと決めている。
初めて会った瞬間、その容姿に目を奪われた。
だが、その見た目の美しさに反して、評判の方は苛烈極まりない。
ラムシェに対して、美辞麗句を並べ立てた者は喉をつぶされ、
無遠慮に、嘗め回すように全身を見ていた者は目をえぐられ、
体に触れようとして、手を伸ばした者はその手を斬り落とされ、
またある者はと、枚挙に暇がないほどの振る舞いで知られていた。
ちなみにこの噂は、すべて嘘。
『月光』団員が意図的に流したものであり、実際には喉をつぶされた者も目をえぐられた者も、手を斬り落とされた者もいない。
ただその見た目からラムシェに声を、そしてちょっかいをかけてくる者は多い。
あたかも夏の夜の灯りに群がる羽虫のごとく。
彼女とて有名傭兵団の副団長を務めるだけの実力があり、当然そんな者どもはその都度叩きのめしているが、その後とても機嫌が悪くなる。
一緒に過ごす上司の機嫌が悪い事ほど、気まずいものは無い。
そこで団員たちは、予防策としてちょっかいを出してきた者を懲らしめるのではなく、そもそもアクションを起こさせない為に噂を流している。
ラムシェもこの事は知ってはいたが、実際に自分に対して何かしてくる者が、格段に少なくなるという絶大な効果があった。
其の為、変な異名はともかくこれ自体は黙認していたのだ。
この噂、これらをキリウスは好意的に解釈した。
気高く美しい彼女にいたずらに手を出した者に鉄槌を下したにすぎず、当然の報いであると捉えていた。
恋は盲目というか、痘痕もえくぼというか早い話がメロメロなのである。
キリウスとて顔だちは整っておりまた、傭兵団の団長として相応しいだけの腕も備えている。
充分な勝算を胸にラムシェにアタックしたが、残念な結果に終わっている。
しかし足蹴にされたわけでは無いし、危害を加えられたわけでも無い。
ただ「その気はありません」と、言葉でお断りされただけであった。
これを再び好意的に解釈した。
他の男達はひどい目にあっているにも拘らず、自分は一言言われただけである。
脈がある。
自分は他の男達とは違う、おそらくは少なからず意識されていると。
その己自身の勝手な自信に基いて、会うたびに繰り返し求婚し続けた。
毎回断られてはいたが、やはりひどい目にあわされた事は無かったので、いつの日にか想いが報われると信じてアプローチを重ねている。
場所を選ばなかったのもあり、キリウスのラムシェへの恋慕の情は『風雅』や『月光』団員のみならず、皆の知るところとなり傭兵仲間では名物のようなものであった。
それだけに青天の霹靂だった。
ツィザレスの話を聞いたキリウスはめまいを覚える。
ラムシェには、パートナーになる条件なるものがあるというのも気になったが、それよりもすでにそれを満たしている男がいるとは。
さらには腕を組んで親しげにしていただと?
「それでツィー、彼女は・・結婚すると言ったのか?」
「いや、もし申し込まれたら考えるって言ってたと思う」
「・・・・・・俺と同じか?」
これまでは自分だけが走っていると思っていたレースに、突如として並走するライバルが現れたのだ。
うかうか出来ない、キリウスは気持ちを新たにして事にあたると決意する。
完全なる勘違いであった。
そもそもアルにその気は無い、ラムシェにしてもアルが条件を満たしているというだけで、結婚自体したいと思っていない。
そしてなによりも確実なのは、キリウスが条件を満たしていない以上、どんなに頑張ってもスタートラインにすら立てていないという事。
つまり、アルは決勝レースへの出場が決定しているが、キリウスはタイムが標準記録を下回っているので参加資格が無いのである。
おまけに開催国はその気が無く、大会の日程は未定という有様である。
「その男ってのは、どんなやつなんだ?」
「アルとか呼ばれてた『羽』の剣士だ、まだガキだがかなり腕がたつ」
ここまで、またいつもの団長の色ボケ話かと、聞くだけだった『風雅』副団長のベントナは、キリウスとツィザレスの会話にはじめて口を挟んだ。
「ちょっと待て、腕がたつ? やり合ったのか? 一体どんな状況でだ?」
「それは・・・・」
相手の腕がたつと知っているいう事は、どこかでそれを見たという事である。
こんな遅い時間にたまたま誰かとやりあっているのを見たとは考えにくい、普通に考えてツィザレス達が使わせた、つまりは揉め事を起こしてきたのかと思ったのだ。
それまでの話は特に問題無かったが、もし街中で戦闘行為をしたとしたら、それは団として肯定するか否定するか決めなければならない。
具体的には、団を侮辱されたとか向こうから仕掛けられたなどの場合は是とし、こちらから喧嘩を売ったとか手を出したとなれば非とし、団として相手に謝罪する可能性もでてくる。
これにはツィザレスも困った。
そもそも、彼ら四人は昼間の事を腹に据えかねて、『雪華』の幹部に文句を言う為にあそこへ行ったのだ。
それが、団長のパルフィーナと副団長のレイベルがいる同じテーブルに、見知らぬ奴ら(アル・セル・アーセ・シャル)が居たので、機を見る為様子を窺う事にしたのだ。
その後『月光』がやって来たのはまったくの偶然だった。
そのままタイミングが掴めぬまま聞き耳を立てていたら、予期せぬラムシェの話を聞けたという訳である。
自分達の団長の想いは当然知っている。
少しでもその手助けが出来ればと、四人で軽く脅しをかけておこうと思ったのである。
どうするかというとまずは、四人で一斉に得物を抜き放ち、圧倒した状態で「なんだ、大したこと無いな」と吐き捨てる。
さらに、「そんな弱い様じゃ、いざって時に女一人守れないぜ」の後に「うちの団長とは大違いだぜ」と言ってその場を去る、これがあの時急遽立てた計画だった。
しかし実際は、誰かの援護があったとはいえ、一人相手に後塵を拝したのみならず、ツィザレスに至っては斧に付けていた青い房を切り取られてしまった。
この事から、自分達が『風雅』だとばれているのは明白である。
余りにもみっともなくて、出来れば本当の事は話したくない。
やり合ったと言えばまだ聞こえはいいが、あれは一方的にやられただけという方が正しい。
ではなんて説明すればいいか、そう考えている時にキリウスが口を出した。
「いい、ベントナこの件は俺にまかせてくれ」
「しかし団長」
「俺はそのアルとかいう男に興味がある、明日の朝出発前にでも会いに行ってくるとする、その時に何があったか聞いて団長として判断し対処する、それでいいだろ?」
「・・まあ団長がそう言うんでしたら」
「ツィー知らせてくれてありがとう、今日はもう遅いゆっくり休んでくれ」
「・・それじゃあ、おやすみなさい」
このように、とりあえずこの場はお開きとなった。
◇◇◇◇◇◇
明けて翌日。
残念ながら、アル達が早朝に出発してしまったため、『雪華』の団長も『風雅』の団長も目当ての人物に会えずに、落胆する事になってしまった。
余談ではあるが、この時ラムシェに会ったキリウスが何十回目かになるプロポーズを行い、いつものように玉砕していた。




