第57話 出立 何が起こるんだ?
日が翳り夜が近づいてくる薄闇の頃。
そろそろ時間という事で、マルちゃんが寮に帰るのを送っていく事に。
いかにも何か言いたそうなナルちゃんに見送られ、二人でヨルグの街を歩いていく、手をつないで。
いつもアーセとは手をつないでいるし、マルちゃんとも前にゴナルコで手をつないだ事はあった。
だが、なぜかこれまでとはまるで感覚が違っている。
何がどうと説明できないが、その手が小さく柔らかいのは変わらないのに、前よりも熱く感じる。
歩きながら、手紙を出す時は寮に出すよとか、遅くとも一年経ったら一度戻るから、その時に就職していたらリンドス亭で場所を聞いて会いに行くとか、とりとめの無い事を話していた。
それなりな道のりがあったはずなのに、体感的にはあっという間に寮の前に着いてしまった気がする。
名残惜しいが、いつまでも道に立ってる訳にもいかないので、ナルちゃんの時と同じように握手をして別れる。
こんな事になるとは、こんな想いを持つとは思ってもいなかった。
リンドス亭に戻ると、セル達三人も戻っていた。
てててと僕の元まで来たアーセに、どこへ行っていたのか聞くと「傭兵ギルドの依頼してた」との事。
好きだなー、というかもしかしてと思いまた聞いてみると、「等級上げたいの」とやっぱりな答えだった。
四人でテーブルを囲み楽しく夕食を。
其の後、ミーティングをするのにあまり人に聞かれてはという事で、狭いが僕らの角部屋で行う事となった。
アリーは居ないものの、予定を組むのはここにいる四人で充分なので問題無い。
「さて、オューへ行くのは決定してるけど、いつにする?」
「明日でいいんじゃないか? 特に用事が無ければだが」
「えー、もーうー? もう少し後でもさー」
セルは明日にでもと言うが、シャルはまだごねてる、双子でも正反対の意見だ。
ちなみにアーセは、僕と一緒なら大丈夫という心強いというかいつも通りな答えだった。
僕も今日挨拶は済ませたし、他にこれといった用事も無いんで明日でも全然かまわないんだが。
しかし、シャルは結婚話が持ち上がってて、実家に見つかると連れ戻されて結婚させられるって事だったけど、よくよく考えたら連れ戻されるって。
そう思い聞いてみる事に。
「あのさ、シャルは連れ戻されるって言ってたけど、もしかして家に無断で出てきたの?」
「うっ」
「そうなんだ、俺は旅に出るのは前々から家族に言ってあって了承されてたんだけど、俺が家を出た後こいつが俺に付いて行くって書置きだけして、出てきちまったんだと」
「連れ戻されるって、捜索願とか出てるのかな? もしかしたらオューに入ったら拘束されるとかありえるの?」
「可能性はある、家の者が手配しているかもしれない、特に親父がな」
「だーかーらー行きたくないのよー、ねー、どっか他のとこにしようよー」
これは困った。
オューはミガ国の王都だ、いくらなんでもこっそりと入るなんて出来るわけない、もしみつかったら殺されても文句言えないところだ。
かといって、カード偽造する訳にもいかないし、誰かのを借りるわけにもいかないだろうし、どうしよう。
だが、セルは何てことないかのように、シャルに向かって諭すように言った。
「あきらめて一旦家に戻ってちゃんと旅に出る許可貰ってこい、ここらで話し通しておかないと、後々面倒な事になりかねない」
「・・そんなの、許してくれるわけないよ」
「逃げるな、きちんと問題に向き合って解決してみせろ、そうすりゃこの後楽になるんだから」
「・・だってー」
この後も兄妹で色々言い合っていたが、最終的にはシャルが説得されて家に戻りきちんと話をするという事に落ち着いた。
ここヨルグからオューまでは、馬で三日はかかる。
結論としては明日出発するとして、じゃあ朝食後7時半出発という事で、ミーティングを終了した。
僕は、明日の朝発つ旨をロナさんとキアラウさんに話しに階段を下りて食堂へ。
二人に急ですいませんと言うと、気にするなとキアラウさんは笑っていた。
ただ、これどうすんだと征龍剣の片手剣と盾を見せられた。
持ち歩くのも大変だし、持って行って宿屋に置いても、今度は此処のように信用できるかどうかもわからないので、不安が残る。
だったらと思い、申し訳ないがこのまま預かってもらう事に。
どっちみち、一度はここに戻るのでその時に引き取るという事で、引き続き厨房の天井裏に隠してもらう事になった。
部屋に戻ると、ベッドに腰掛けていたアーセが僕を見て立ち上がり、抱きついてきた。
・・・・依頼をしていたとは聞いたけど、実際に何をしてたのかはまだ聞いて無かった。
というか、僕が一緒かどうかとか何してたか知ってるか知らないかなどは、このシステムに関係ないんだな。
しばらくして離れたアーセに、「どんな依頼だったんだ?」と聞いてみた。
うーんとと言って話し始めた内容は、要約すると警ら隊の訓練の為に犯人役をやったという事らしい。
アーセが犯罪者役? まるでピンとこないなと思い詳しく役割を尋ねると、犯人はセルとシャルでアーセはその犯人に拘束される人質役だったとの事。
なるほど、それならわかる、しかし珍しい依頼だな、これまで聴いたことが無い。
なんでも、丁度依頼を発注しに来た担当の女性が、依頼を受けるのに傭兵ギルドに来ていたアーセを見初めて、是非にという事で請け負ったらしい。
しかし、さっきのアーセのご褒美タイムで、自然と思いだしてしまった。
場所が同じだからか、つい意識してしまう。
僕は無意識だったんだが、自然とアーセの胸元を見ていたようで、少しの間の後
にわかったというような顔つきで、徐に服のボタンに手をかけるアーセ。
そうじゃないと、慌ててやめさせたが、ちゃんと言うべきだろうか。
でも、付き合ってるって訳でも無いし、この先どうなるかもわからないしなー。
・・とりあえず、ヨルグに戻ったら気持ちを伝えるって事になってるんだし、
その時にはっきりさせたらって事でいいかな。
色々と先延ばしにしてるだけのような感じだけど、明日旅立つ前に波風立てるのは不味いだろう。
・・・・なんだかここに戻った時に、色々な事を決断しなきゃならなくなってる気がするけど、そういう事にしておこう。
若干不思議そうに僕を見ているアーセに、本当は何でもあるんだが何でもないよと言っておく。
なんだかボロが出そうなので、明日の用意をしてもう寝るかと二人でベッドで横になる。
ここで寝るのも今夜で最後か、そう思うとなにかこみあげてくるものがある。
瞬く間に過ぎた二年間の思い出が、頭の中を巡って中々寝付けない。
それともこれからの期待や高揚感でなのかよくわからないまま、ゆるやかに時が過ぎると共にいつの間にか眠りについていた。
◇◇◇◇◇◇
ここリンドス亭で迎える最後の朝。
心地よい小鳥のさえずりと、まぶしい朝日を浴びながら目を覚ました。
気合いを入れて特製ベルトを装着する、このベルトもかなりな重量になってきた。
というのも、結局エイジの押しに負けて、両手剣の方の征龍剣を『嵐』との二本差しという形で装備したのだ。
これにより、ただでさえ『羽』の剣士は珍しいのに、剣を二本差してるなんていう他にいない目立つ風体になってしまった。
今朝もこれまでのように、ナルちゃんが朝の声かけにくる。
「おはよーございまーす」
ドアを開けると、満面の笑みでナルちゃんが控えている。
「おはよう、ナルちゃん」
「おはようございます」
アーセは、アリー以外には基本敬語には敬語で返す。
これに対してナルちゃんも返事をしたんだが、アーセにはいいとして。
「おはようございます、おにいさん、アーセさん」
「ナルちゃん・・、最後の朝だから普通にして欲しいんだけど」
「はーい、朝ごはん出来てるから、おにいちゃんもアーセさんも早く来てねー」
・・アーセが見ている、もの凄く僕を見ている、何も言わずにただ見ている。
違うんだけど、単に違うとも言いづらい、頭を撫でれば誤魔化せるだろうけど、
いやいくらなんでも、それは無理があるか?
廊下で立ち尽くす中、僕を救ったのは、部屋から出てきたセルとシャルだった。
すぐに挨拶をかわして、食事しに階段を下りる。
こうして、実際はほんの少しだったとしても、僕にとっては凍り付いていた時間が動き出した。
皆でテーブルを囲み、ここでの最後の朝食を食べる。
リンドス一家との最後の挨拶、厨房のキアラウさんと見送りに出てきてくれた、おかみさんのロナさんと娘のナルちゃん。
沢山沢山お世話になって、言葉では言い足りない位だけど、感謝と共に心配かけないようにと思い元気に声をだした。
「長い間お世話になりました、それでは行ってきます」
「「「行ってきます」」」
「はい、いってらっしゃいませ、叉のお越しをお待ちしております、本当に待ってますからね」
「行ってらっしゃいませ、皆さんお元気で、おにいちゃんまたね」
・・言いたい事はあるが、とりあえずこうして僕らは城塞都市ヨルグを後にして、ミガ国の王都オューへ向けて出発した。
◇◇◇◇◇◇
ミガ国へ入国するに際して国境を通る為に、北側の門の検問所へ。
問題無く入り、徒歩でミガ国側の国境都市ドゥノーエルへと足を踏み入れた。
ここの馬車屋で二頭立ての馬車を借り、王都オューを目指すため北東門を潜り抜ける。
今日はここから一つ目の宿場町で泊り、明日は三つ先そして明後日にその二つ先まで進むと、そこが目指す王都オューになる。
御者は僕とセルとが交代で務める。
前に傭兵ギルドの依頼で来た時は、北側の門を抜けたのでこちら方面は初めてだ。
当然、初めてイァイ国を出たアーセもだが、セルとシャルはヨルグに来た時の逆を走っているだけなので、見慣れたものだったらしい。
成人してすぐ15歳で家を出た僕と違い、セルとシャルはつい最近旅に出たばかりなので、特別に懐かしいなどもないみたいだ。
なんで直接聞かないのかというと、普段はムードメーカーというか口数の多いシャルが、王都での家族への説得が憂鬱のようで、とても大人しく口を開かない。
セルも、僕と交代で御者台にいるので、話しかけるのも迷惑かと思い、あまり会話が成り立っていないせいだった。
そこで、エイジと今後について魂話する事に。
【エイジー、なんか気を付ける事とかある?】
【? どうしたんだ急に】
【なんかしでかして、失敗してからじゃ遅いと思って、何かあるなら先に聞いておこうかなって】
【転ばぬ先の杖ってわけか】
【良くわかんないけど、そんな感じ】
【道中は普通にしてれば問題無いだろう、迂闊なマネとか余計なマネとかせずに、他者とのもめごとをおこさなきゃ大丈夫だ】
【・・なんかちょっとひっかかるけどまあいいや】
【オューに着いてからが忙しいだろうな、初めてになるダンジョンの情報を集めたり、傭兵ギルドの依頼をこなしたりで、おそらく大忙しになるぞ】
【なんで依頼やんの? まだお金あるし今回はダンジョン攻略メインで、他は後回しでいいんじゃない?】
【そうはいっても、シャルの家族への説得ってのがどのくらいかかるかわからんだろ? 少なくともパーティーに戻るまでダンジョンは無理だろうしな】
【そういやそうなるね】
【もしかすると、セルも一緒に説得ってなったらアーセと二人きりだろ? だったら情報収集しながら依頼やってた方がいい】
【ダンジョンへ偵察で行ってみるってのもありなんじゃない?】
【無しとは言わんが、あまりお勧めは出来ない】
【どうして?】
【これはまだ俺の仮説というか勘みたいなもんなんでな、ちゃんとは説明できないが『二本』がいないと厳しいかもしれん】
【どういうこと?】
【まあ、とりあえずはオューに着いてからだな、情報集めてりゃ色々わかるだろう】
【そだね、どっちにしろ明後日かー】
エイジとの魂話を終えると、アーセが不思議そうに僕を見ている。
何でも無いよと頭を撫でておいた、成人した女性にこれはどうかとも思うが、本人が満更でもなさそうなのでまあいいかな。
そういえば、ここにはアリーがいないんだから、アーセとシャルにもエイジの存在を教えてもいいのだろうか。
この間は構わないような事を言っていたけど、念の為にエイジに確認してと。
【ねえエイジ、アーセとシャルにもエイジの事話してもいい?】
【うーん、やめといた方がいいかな】
【なんで? この前は問題無いっていってたじゃない】
【あの時は誰も知らなかったからな、でも今はセルが知ってるだろ? 現状それで十分だと思うぞ】
【なんか知られるとまずい事でもあるの?】
【そういう訳じゃ無いけど、何かあって結果的に知られるのはかまわないけど、そこまでして知らせる意味が無いと思ってな】
【・・それはそうかも】
【それに二人が誰かに言う事は無いと思うけど、俺について何らかの話をしていて、それを誰かに聞かれるってのは無い事もない】
【うーん、そうかなー】
【それに、どうやって教えるのかも問題だ、またこの間みたいに封印術かけてもらうのか? 面倒だろそんなの。
何か教えなきゃならない理由があるならともかく、今そこまで手間かける意味ないと思うがな】
【そっかー、じゃあ何かの機会にって事だね?】
【そうだな、それでいいと思うぞ】
そんな話をした後しばらくすると、本日宿泊する宿場町ガマスイに到着した。
まだ夕方前だが、ここから次の村へはそれなりに距離があり、規模も小さいのでオューとドゥノーエルを行き来する者たちは、ここで一泊するのが常識となっている。
宿場町は、主に王都と大きな街を結ぶ街道沿いに形成される。
旅をする者にとっては、大きな街に入る前叉は出た後の、最初のそして最後の一夜を明かす場所となる。
公的には、国の通達や逆に王都への報告などで急を要する時に、馬を休憩させたり替えたりするために設けられたのが、そもそもの成り立ちであった。
この町の近くには山や湖があるが、物見遊山や観光で訪れている者はほとんどいない。
仕事上の理由で居る者がほとんどで、商人や依頼の為に移動している傭兵や、配達を請け負っている配達屋などがその主だった者たちであった。
だから余計なトラブルなど起こせば、仕事に支障をきたすので、通常は相互に不干渉といった暗黙の了解があったりするのだが。
「だから、ここは俺らが押さえてるって言ってるだろうが!」
「なんだいそりゃあ、ここは天下の宿場町だ、あんたらのものでもあるまいし、早い者勝ちってのがここでの不文律だろうに」
「俺らがここに泊まる時は、常にこの宿なんだ、他にないって訳でもねえだろうが、余所行け余所へ!」
「はっ! こっちのセリフだね、あたしらはもうここに決めて旅装も解いてるんだ、あんたらこそ他へ行きな!」
「なんだと? 俺らとやるってのか!」
「上等だね! あんた程度が何を吹き上がってるのか知らないが、あたしらと込み合うってんなら頭連れてきな!」
おそらくは傭兵だと思われる男女が、宿屋の前で言い争っていた。
どうも物騒なので、皆通り抜けるのを躊躇していて、男女を囲むように距離をとって通行人が人垣を作っている。
其の為、アル達の馬車も通れずに、自然とその渦中の二人に目がいった。
男の方は、『水かき』でいかにも着いたばかりといった疲れをにじませつつも、頭に血が上っているからか今にも暴れ出しそうな雰囲気で、柄に青い房を付けたバルディッシュをかまえている。
女の方は『尻尾』で、旅装を解いていると言っているとおり、帯剣しているものの防具などは付けておらず、こちらは剣を抜きもせず腕組みして相手を睨みつけていた。
アルは、なんでこんな所で揉めてるのかとあきれ気味に見ていたが、セルは気になる事があるようで注意深く見つめている。
そんな中、男の方は先触れのようなものだったのか、本隊ともいうべき大勢の男たちがその後ろから現れた、皆どこかに青い色のものを身に着けている。
女の方にも、宿屋の中から仲間とおぼしき者たち、女性ばかりが何事かと集まってくる。
そんな中、御者台に座るアルは、隣に座るアーセに熱い視線を送ってくる、宿屋から出てきた『鱗』の女性が目に留まった。
『二本』:触角人種。
『水かき』:水棲人種。
『尻尾』:有尾人種。




