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第56話 特別 だから前に言っといたのに

 休息日に当てている本日。

元々は特別予定は無かったが、リンドス一家への別れを済ませた余勢をかって、旅立つに際してここでの知り合いの皆様に挨拶して回ろうと思い立った。

セルとシャルも予定は無いみたいだ。

アーセは僕に付いてきたがったが、別れの挨拶の場にそれまで付き合いの無い者がいても、かえって変な感じがするだろうからセル達と一緒にいるようにと言い含めた。


 まずは、鍛冶師のベルモンドさんの所へ。

丁度これから作業を始めるという所だった。

旅に出る旨伝えると、「自分の武器に裏切られない様に、手入れだけはしっかりとな」と、いかにも鍛冶師さんって感じの言葉をいただく。


 それはそれとして、今朝がたエイジに言われたように、征龍剣を見せてこの柄と鞘を判らない様に偽装したいと相談してみる。

征龍剣を鞘から抜き、その刀身の見事さに感心しているベルモンドさんは、どこで手に入れたのかとしきりに聞いてくる。

素直にダンジョンでとは答えられないので、ラシーの武器屋の掘り出し物という事で、片手剣の方の入手経路を答えておいた。

とりあえず征龍剣を預けて、夕方取りにきますという事でお願いする。


 続いて向かったのは、ヘイコルト商会の万屋。

残念ながら、ギースノさんは居なかったので、お店の人に伝言を頼んだ。

武器屋と防具屋を回って、ダンジョン入口の職員さんに挨拶。

今はマラッカさんが当番の時間なので、他の方へもよろしくお伝えくださいと言っておいた。


 西側区画から再び中央通りを抜けて、南側の区画へと進んでいく。

最期に回した傭兵ギルド、そこであの人になんて説明しよう、いまいち考えがまとまらないまま建物が近づいてくる。

とここでエイジから話しかけられた。


【アル、これからキシンに挨拶しに行くんだろ?】

【うん、なんて言えばいいかなー、また依頼やらされたりして】

【セルとは相談できなかったけど、キシンには10層まで行けたことや、旅に出る目的なんかをちゃんと話しておいた方がいい】

【えっ? 内緒にしておかないでいいの?】

【キシンならむやみに広めたりしないだろう、それに保険はかけておいた方がいい】

【保険って?】

【今後俺らが行方不明になったり、殺されたりしたら遺志を継ぐ者が必要だ】

【・・怖い事言わないでよ】

【勿論そう簡単にやられるつもりは無いけど、国や王家が絡んでくるとなると何が起きるかわからないからな】

【キシンさんを巻き込むことにならない?】

【誰かがやらなきゃならない事だ、だったら仲間以外で最も信頼できる者に託すのが一番だろう】

【そっか、うん、わかったよ、話してみる】


 そしてたどり着いた、ある意味この街でリンドス亭を除くと、一番付き合いの深いここ傭兵ギルドの中へと意を決して入っていった。

中に入ると、予想通りの巨体が否応なしに視界に入ってくる。


「キシンさん、おはようございます」

「おっ? アルじゃねえか、おはよう、珍しいなそっちから声かけてくるなんざ」

「実は、お話があるんですが、少々お時間いただけませんか?」


 僕のいつもと違う様子を感じたようで、キシンさんも一言「付いて来い」と言って階段を上がっていく。

前に王女さんの救出の打ち合わせをしたスペースで、二人きりで向い合せに座った。


「この度仲間たちとヨルグを離れて旅に出る事になりました、その挨拶と聞いていただきたい事があって時間をいただきました」

「また急だな、何があったんだ?」

「ここから先は他言無用でお願いしたいんですが、実はこの間のダンジョン探索で10層までたどり着いて、開かずの宝箱を開ける事ができました」

「何!? で、一体何が出てきたんだ?」

「入っていたのは一振りの剣でした、一緒に入っていた紙がこれです」


 あの時の、「この箱を開けた者、汝に龍の鱗を斬り命を絶つ事が出来る剣、征龍剣を授けるものとする」と書かれた紙を見せた。


「龍の鱗? なんだそりゃあ?」


 傭兵としてはベテランのキシンさんも、龍については知らなかったようなので、エイジに聞いた話を一通り説明する。

王家を守護する龍を斬る事が出来る武器、キシンさんはその意味を理解すると神妙な顔つきで聞いてきた。


「それで、お前はそいつをどうするつもりなんだ?」

「まだ決めていません、勿論王家をどうこうなんて考えて無いです、ただ知ってしまった以上ダンジョンに置いておくっていうのも無責任な気がして」

「まあな・・・・」

「各国にあるダンジョンにも、同じように征龍の名を冠した武器が眠っている可能性があります、その有無を確かめに行こうと思っています」

「・・・・仕方ねえか、お前はそうだろうな、例え誰にも頼まれなくてもやるんだろうよ」

「その事で一つだけお願いがあります、僕らが消息を絶ったり命を落したと聞いた時には、その任を引き継いで欲しいんです」

「!? ・・、わかった、安心しろ俺様が責任もってやってやる」

「ありがとうございます」


 必要な事は全部話し終えた、いつしか力が入っていたようで、強張っていた肩から力が抜けた。

キシンさんも、硬かった表情が少し柔らかくなったようで、いつもの調子で話しかけてくる。


「お前の望みは叶えてやる、だがな、そう簡単にくたばるんじゃねえぞ! お前にゃ俺様の後を継いでもらわにゃならんからな!」

「あの、僕は継ぐ気は無いんですが」

「なんだあ? そっちの願いは叶えてやるっつってんのに、こっちのは無視か? ほー、ずいぶんとえらくなったもんだな、えっ?」

「いや、そんな事言われても」

「旅の間もちゃんと依頼こなして、早いとこ等級上げるんだぞ、よしっ、なんかいいのが無いか見繕ってやる」

「ちょ、あの、僕旅に出るって言いましたよね? 聞いてますか?」


 暴れ牛のようなキシンさんをどうにか鎮めて、改めて別れの挨拶を。


「それじゃあ、行ってきます、キシンさん」

「おうっ、元気に戻ってこいよ!」


 なんだか、有耶無耶のうちにキシンさんの後を継ぐのに、ここへ戻ってくることになっている。

まあ、ナルちゃんとも一年経ったら一度戻るって約束したし、その時にしっかり断ればいいだろう。

あんまり考えすぎると身動き出来なくなりそうだから、そのくらいに思っておこう、うん、その方がいい。


 一通りは回ったので、一度リンドス亭へ戻ってみたが、セル達三人は僕が出た後少しして出かけてしまったとロナさんから聞かされた。

どこに行ったんだろうと思っていたら、奥からナルちゃんとお休みで家に戻っていた、お姉ちゃんのマルちゃんが出てきた。

そう、ここでの知り合いで唯一まだ挨拶して無いのがマルちゃんだ。


 マルちゃんは、すでにナルちゃんあたりに聞いているのか、とても神妙な面持ちで僕を見ている。

何も悪いことはしていないのに、すでにちょっと申し訳ないというか、くるものがある。

マルちゃんに、「少し時間いい?」と聞いて角部屋に来てもらった。


 とりあえず部屋に招き入れたものの、ベッドに座らせるのは何か意味が出てしまいそうで、備え付けの簡易デスク用の椅子に座ってもらった。

二人っきりになったのは、一緒にゴナルコへ食事しに行った時以来だ。

あの時は何ともなかったのに、なぜか今日は緊張しつつ僕はベッドに腰をおろし、マルちゃんの顔を見ながら話し始めた。


「今日、お休みだったんだね」

「・・はい」


 凄く話しづらい雰囲気だけど、ここで言っておかないと機会を失うと思って切り出した。


「あの、急なんだけど、もう何日もしない内に、仲間と旅に出る事になったんだ」

「そう・・ですか」


 なんだか良くわからないが、とてもいたたまれない気持ちになる。


「・・アルさん、その、旅っていうのはどちらへ行くんですか?」

「ごめん、ちょっと言えないんだ」


 キシンさんはいいとしても、マルちゃんを巻き込むわけにはいかない。


「・・じゃあ、あの、一緒に行く仲間の人達って、どんな方たちなんですか?」


 言われてみれば、普段家に居ないマルちゃんには、まだ誰も紹介した事なかったな。


「えっと、妹のアーセナルと『二本』の同じ歳のセルとシャルっていう男女の双子と、確定したわけじゃ無いけどミアリーヌっていう女性の四人だよ」

「妹さんと男の方の他に、女性が2人ですか・・・・」


 後ろめたいことは何も無いんだが、なんとなく弁解しておかないとならない気がしてくる。


「あっ、でも、ミアリーヌは女性だけどなぜか妹のアーセナルに夢中なんだ、一度勘違いで僕を槍で刺そうとしたくらいね(刺そうとしたっていうか実際避けなきゃ死んでたんだけどね)。

シャルはなんていうか、同じ歳ではあるんだけど、うーんと、そう、妹みたいな感じかな」

「そうなんですか?」

「うん、だから、ある意味妹二人と男性一人と、僕に興味ない女性一人ってとこなんだ」


 なんだか必死になってしまったのが、返って誤魔化してるみたいで、勘違いしていないだろうか。


 二人の間を沈黙が支配する、どう声をかけていいのか、なんて言えばいいのか、どちらも言葉が出なくなっている。

アルは、マルールに対して多少緊張しながら話していた。

しかし、単純に比較する事は難しいが、マルールはアルの何倍もの緊張感を持ってこの場に臨んでいる、ある決意を秘めて。


 いつもの休日と同じように、実家に来たマルールに思いがけない事を知らせたのは妹のナルールだった。

アルがここヨルグを離れて旅にでる。

以前に本人から検討していると聞いてはいたが、いざ現実となると血の気が引いたような、目の前が真っ白になったかのような思いに囚われた。


 倒れはしなかったものの、実際にふらついて立っていられなくなり、奥へ引っ込んで横になっていた。

このままでいれば、もう二度と会う事は無いかもしれない。

自分はそれでいいのか、このままでいいのか、何度も自分自身の胸の内に問いかけた。


 そして一つの結論を得た。

何度考えても、これでお別れしてなんとも思わないとは思えない。

自分の気持ちは固まった、問題は相手がどう思っているか。

嫌われてはいないとは思うが、それだけでは不十分だった、会う事もままならない状況下ではもっとはっきりとした言葉が欲しい。


 ここで言わなければ、マルールは両手を握りしめ俯きながら口を開いた。


「あの、わっ私は、その、・・・・どっどうすればいいですか?」


 マルールは自分でも何言ってるかわからなかったが、アルはもっとわからなかった。

これじゃあ何にも伝わらない、そう思ったマルールは真っ赤になりながら続けて言った。


「私は、・・・・待っていていいですか?」


 アルは、奥手で朴念仁でまるで空気が読めないぽんぽこぴーだが、

いくらなんでも、マルールにここまで言われれば、何を言おうとしているのか察するくらいはできる。

そして、女性にここまで言わせてしまった事を、申し訳ないというか情けない思いで、ここは男の自分がちゃんとしないとと思い、気持ちを伝えるべく答えた。


「まだ、どのくらいかかるかわからない、いつになるとは約束できないけど、

用事が済んだら迎えに行く。

だから、それまで待っていて欲しい。

そうしたら、その時に、その、マルちゃんに特別な人がいないようだったら、

えっと、僕の気持ちを伝えるよ」


 気合い入れた割には、最後尻すぼみにというかひよってしまったが、おそらく伝わったと思われる。

マルールは、目に涙を溜めながら顔を上げてアルの瞳を見つめながら声を発した。


「はい、待ってます、その時は・・アルさんの特別な人にして下さい」


 立ち上がったマルールを、アルが手を引き柔らかく抱きしめる。

しばらく時が止まったような、おだやかな時間が流れた。

そして、体を離すと目を閉じているマルールが、・・・・・・・・。


 二人揃って角部屋を出て、廊下でお互い照れ笑いをする。

そんな事が言いようも無く幸せに感じる。

このままずっと二人ってのもなんだか気恥ずかしいので、アルは一旦「出かけてくるね」とマルールに言い残し、リンドス亭を後にした。


 そういえば、昼食を食べ損ねていたなと、屋台で適当に腹を満たして、鍛冶師のベルモンドさんの所へ、征龍剣を取りに来ていた。

偽装をお願いしたのがどうなったか見て見ると、鞘は色を塗られ柄は皮を巻かれていた。

元々、鱗の模様が彫り込まれ銀色だった鞘が、黒い塗料を厚手に何層にも塗り込んだらしく、見た目からは元の色合いはわからない様になっていた。

柄の方は、薄い皮を何枚か巻きつけて、凹凸の激しかった形状も滑らかになり、模様も変わっていたのでこれまたわからないようになっている。


「ありがとうございます、ベルモンドさん、これならバッチリです」

「正直勿体無かったけどな、鞘の彫りも繊細だったし柄の方も、一見握りにくそうだが正しく握れば手にフィットするような形状だったのに」


 ベルモンドさんに別れを告げて、征龍剣を下げてリンドス亭へと戻る。

その途中でエイジに話しかけられた。


【なあ、アル】

【何? エイジ】

【あのさ、あーいう時は感覚同調切っていいぞ】

【・・・・忘れてた】

【なんだかこっ恥ずかしくってな、いきなり声かけるのもなんだし】

【・・うん、わかったよ】


◇◇◇◇◇◇


 マルールは、自室のベッドに横になっていた。

少し前までの、気分が悪くなってでは無く、フワフワとして地に足がつかないようで、立っていられなかったからだ。

良かった、勇気を出して良かった。

どうなるかわからない中、ちゃんと伝えられて、ちゃんと答えを貰えて良かった。

これまでの感じから、確証は無かったが大丈夫じゃないかとは予想して挑んだのだ。


 そして、あの角部屋ではわずかながら勝算もあった。

それは、アルも緊張しているとわかったから。

どうでもいい時には人は緊張などはしないはず。

大切な時、大事な事、失敗したくない時に人は緊張する。

なぜならば、あの角部屋に入って互いに腰掛け、話し始めた時からアルはずっと『はねピン』状態だったから。


『羽ピン』 有翼人種が、極度に緊張した時に意図せず羽に力が入ってしまい、

普段たたまれている羽が広がる状態になる事。

(第5話より)


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