第51話 問題 覚えが無い
逸るセルに対してまずは腹ごしらえさせてとお願いすると、「スマン」と言ってわかってくれた、そんなわけで僕は只今食事中だ。
結構な時間眠っていたらしく、毎度同じなパンと肉といっても、満腹感が得られるだけでも美味いと感じる。
いいからと遠慮したんだが、アーセは自分のせいでもあるからと、一生懸命僕の足をもみほぐしている。
食事を終えてなんとか歩けるくらいには回復したので、三人が話し込んでいる壁の方へアーセと二人で移動した。
近づいてよく見ると、壁には問題とかかれた文章があり、その下に三段のプレートをはめ込むくぼみがある。
一段目がプレート6枚分はめ込むようになっている、二段目は5枚分そして三段目は8枚分がはまるだけの空きがある。
下に積まれたプレートには、一つに一文字ずつが描かれておりそれが山積みに、おそらくは五十や百ではきかない数、何百枚かが五段に分けて積み重ねられている。
壁とその周辺を見回している僕に、セルが話しかけてきた。
「これどう思う? アル」
「どうと言われても、うーん、なんなんだろうね」
「こんな所にこんなもんがあるなんて、聞いたこと無いぜ」
シャルは良くわからないのでつまらないのか、興味は中央の箱の方へ移っているらしい。
「ねえ、そんな訳のわからないのじゃ無くてさー、こっちどうにかしようよ」
女性陣はシャルの意見に皆賛成のようで、アリーとアーセも箱の近くで触ったり叩いたりしている。
とりあえず僕ら二人も箱の方へ移動した。
「これが『開かずの宝箱』かな?」
「おそらくはな、ここは第10階層だろうし、天井までは調べて無いが、この部屋の中の壁や床には先に続くような通路や階段は見当たらない」
「大きいねー、なんか棺みたいなんだけど・・・・、あれ?
これなんで鍵穴無いの?」
「・・もしかして、本当に棺だったりしてな」
まずは僕とセルとで、蓋だと思われる上部を動かそうと試みるも、びくともしないで失敗に終わった。
ほんの少しではあるが、隙間が見てとれるので開く様にはなっていると思われるんだけど。
しかし、鍵穴は無いし蓋の部分も動かない、割ってみようと鉄球ぶつけたりしてみたが、やはりなんともならない。
シャルはじれてきたようで、文句を並べ立てはじめる。
「なんなのよ! こんなとこまで来て何にも無しなの? どーなってんのよー!」
「これは私もどうしていいか、まるでわかりませんね」
「・・わかんない」
するとセルが壁の方を向いてつぶやく。
「これがどうにもならない以上、向こう何とかしてみるってのはどうだ?」
「あれなんとかしたら、どうなるっていうのよ?」
「そんなもん俺が知る訳ないだろう、ただ現状他にやれそうな事無いんだ、だったらやってみるしか無いんじゃないか?」
「うー、そもそもあんな問題わかる人いないよー」
双子の兄妹のそんなやり取りの後、再び5人で壁の前に立つ。
壁には問題と描かれた後に、こう続けられていた。
<下の三つの大陸の正式名称を石板によって所定の位置に答えよ>
一段目には『植物の地』二段目には『蟲の地』そして三段目には『未還の地』とそれぞれ描かれていて、その右横に石板とやらをはめ込むスペースが空いている。
このアルたちがいるダンジョンがあるのは、一般に『動物の地』と呼ばれる大陸で、他の三つはこの大陸から見て北と東と西に位置している。
この内の二つの大陸については、漁に出た漁船が何らかの理由で流されて辿り着いたり、座礁した船から脱出した人が辿り着いたりし、その人たちが運よく戻れた際にそれぞれの大陸の特徴を伝えた時についた名称であり、正式な名前かといわれると誰にも答えられない。
しかも、『未還の地』と呼ばれる大陸は、この大陸の東側にあり天気が良ければ肉眼で見える距離しか離れていない。
にもかかわらず、間にはいくつもの渦潮があり、一番近いが最もたどり着くのは困難だといわれている。
実際に、調査や冒険と称して目指した人たちはいたが、誰一人として戻って着た者はいないがゆえに、未還の名がついたといわれている。
皆お手上げとばかりに、問題を解くのではなくなんとか正解にならないかと、適当に石板をはめたりしている。
他に文字が描かれている箇所は無いし、石板以外のアイテムも何も無い、確かにどうしていいかまるでわからない。
唯一可能性があるとしたら、エイジの知識しかない、だがその肝心のエイジがいまだに覚醒してこない。
強制覚醒させる事は出来るが、今回は意識が朦朧としていたのでちゃんとは覚えていないが、かなりエイジに無理してもらったという自覚はある。
前にエイジと話した時に疲れるという感覚は無いとは言っていたが、実際は無理をした分休眠する時間が長くなるんじゃないかと思う。
現に今日はいまだに覚醒してこない、これは強制的に休眠中に起こした後を除けば初めての事だ。
ここを出て帰りの道中、エイジに頼らざるを得ないところもある、少なくとも第9階層と第8階層はエイジがいないとどうにもならない。
それだけに、少なくとも今回は自然に覚醒するまで起こしたくは無い、せめてもの感謝の意味を込めてゆっくりしてもらいたい。
只そうする事で、現状手詰まりになっているのも確かだ。
箱も壁もどうにもならない、どうにもならない事をどうにかしなければといくら考えても、やっぱりどうにもならない。
まるで進展の無いまま、食事をしては考えて、食事をしては石板はめてみる、こうして何一つ解決しないまま睡眠をとる事になった。
そして、結局エイジは今日一日覚醒しなかった。
◇◇◇◇◇◇
この第10階層は魔物が出現しないとはいえ、何があるかわからない、ちゃんと安全が確認されたという訳では無いので、ここまでと同じように交代で睡眠をとっている。
こうして全員が睡眠を終えた、この部屋に辿り着いてから二日目の朝、食事をしながらアルは憂鬱な気分になっていた。
エイジが覚醒しない。
シャルとアリーとアーセは、三人で箱の周囲で話したり、時折叩いたりしているが、特にどうにもなっていなかった。
セルは壁の付近で、石板を調べて分類したりしているらしい。
僕はというと、一人皆から離れて『嵐』を抜き放ち型の稽古をしている。
大丈夫、大丈夫だちゃんと剣聖の加護を感じ取れる、剣の稽古をする事に因ってエイジの存在を確認する。
あまりにも覚醒しないので不安に思い、まさか消えてしまったのではと、なんとか確かめる方法をと思い考え付いたのがこれである。
剣聖の加護はエイジの魂に授けられた力だと聞いている、だとしたらこうしてスムーズに技が出るという事は、僕の中でエイジがちゃんと存在しているという事だ。
少しは気持ちが安定してきたところで、セルが話しかけてくる。
「アル、ちょっといいか?」
「うん、何?」
「帰りなんだがな、少し余裕を見て明日の朝には出発した方がいいと思うがどうだ?」
「・・そうだね、余裕はあった方がいいね、ただ明日の朝の体調次第では、延ばす事もあるかもしれない」
「? どうした? なんか調子悪いのか?」
「うーん、ちょっと操魔術の方がもう一つみたいなんだ」
運よく第9階層を抜けたとしても、第8階層の大穴や坑道に移動するのに、エイジの操魔術が無ければどうにもならない。
「そうか、あっ、そういえば9層なんだか、どうも魔物が新たに発生する事はなさそうだぞ」
「えっ? そうなの?」
「ああ、定期的に階段上がって確認しているが、数が増えて無い、観察用に階段の横に置いてある魔核鉱石もずっと石のままだしな」
「それは助かるね」
「そうだな、さすがに来る時と同じ数だったら、かなり厳しいことになってただろうな」
「でも、せっかくここまで来たのに、こんな風になってるなんて思わなかったよ」
「まったくだ、しかしなんとかしたいもんだな、それこそせっかくここまで来たんだ、なんか少しぐらい報われたいぜ」
「うん、とりあえず今日一日なんとか頑張ろう」
とは言ってはみたものの、どうすればいいんだろう。
こういう事態になると、これまでいかにエイジに頼り切ってたのか思い知らされる。
チカラを付けたいと思ってこれまでやってきたのに、結局まるで成長して無いんじゃなかろうか。
ただ考えてもわかる事じゃ無いと思うんだよなー、知らなきゃ答えようが無いんだもんなー、というかこんなの知ってる人いるのかなー。
知らないとかわからないとかは、もう石板で試してみたけどなんともならないしなー、大体これに答えると何がどうなるっていうんだろう?
もしも偶然にも当ってたとして、判断する人がいないんじゃ正解かどうかもわからないだろうに、何をさせたいんだろうか。
考え無しじゃどうにもならないけど、考えてるだけでもどうにもならない。
セルが石板を調べたところ、同じ文字のが8枚ずつあるらしい。
だからといっても何にも思いつかないんだが。
昨日と同じまるで状況が変化しないまま、食事をして本日も半日を経過してしまった。
これで今日中にどうにかできるのか?
シャルとアーセは帰りを楽にするために、食事の後は階段を上がり9層で一発ずつ精霊魔術を放っている。
それぐらいしかやる事が無いからだ。
アリーとセルは二人で箱に操魔術で攻撃しているが、まったく割れたりへこんだりもせず、硬質な音をたてて跳ね返されている。
アーセとシャルも上から戻ってきて、箱の近くで話をしている。
僕はというと、一人壁に向かって問題を読んではため息をつき、適当に石板をはめてはため息をつきを繰り返していた。
無駄に時間だけが過ぎていくようで、なにかやるせない。
何のためにこんな所まで来たんだろう? こんなきつい思いしてむなしい気持ちになりに来たんだろうか。
もうすぐ夕食の時間となり、これを食べて寝て起きたら、帰る為に出発しなければならない。
はあー、ともう何度目になるかわからない深いため息を吐くと、
【くたびれてんな、大丈夫か? アル】
と、突然エイジが話しかけてきた。
【エイジー、心配したよー】
【? 心配ってなんで?】
【だって全然覚醒しないんだもん、昨日も丸一日休眠しっぱなしだったし】
【!? そうなのか? 全然自覚無いけど、じゃあ一日ぶりなのか? ってかここどこだ?】
【第10階層だと思うよ、階段の下がこの部屋なんだ】
【へー、階段下りるあたりまでしか覚えてないよ、ちょっと色々見たいから階段下りるとこから、ぐるっと部屋見渡してくれないか?】
言われるがままに、一旦部屋を出て階段を上がり第9階層まで行ってから、改めて階段を下り部屋に入る。
天井や床と壁そして中央の箱と、一通り視線を送って見て貰った。
【なるほどなー、んでこれが『開かずの宝箱』かー】
【らしいんだけど、全然開かないんだよね】
【石棺みたいだもんな、これ】
【それでさ、あの壁なんだけど】
【あー、さっきちょっと見たけどなんか描いてあったな】
【うん、問題って描いてあるんだけど、全然わかんないんだー】
【どれどれ、ちっと見せてみ】
【うん】
右の壁に移動して問題文をエイジに見てもらう、【なるほどな】と言った後【じゃあ石板はめていくか】と言ってきたので、おもわず聞き返してしまった。
【! わかるの?】
【ああ、俺の言う通りに石板はめてくれ】
【うん】
一段目『植物の地』が『コサン』で二段目『蟲の地』が『ザンバ』、
最後の三段目の『未還の地』は『ガッン』とすべて三文字しか無い。
【なんで三文字しか無いの? 足りなくない?】
【なんでって言われても、それが正規名称で間違い無いぞ、大方適当にはめても正解でない様に、引っかけの意味を込めて多くしてあるんじゃないのか?】
【性格悪いねー】
【そんだけ重要な何かが起き・・!】
エイジがそう言うがはやいか、突然音をたてて壁が崩れて、問題文も回答するところも無くなってしまった。
その崩れた壁の先にさらに壁があり、そこにぽつんと一つの鍵が引っかけられているのが見える。
僕もびっくりしたが、箱の周りにいた四人はもっと驚いたようで、全員あっという間にココに集まってきた。
「! 何したんだ? アル、この鍵、もしかして」
「どーなってるのー、何をどうしたらこんなんなるのよー」
「びっくりしました、さすがはアーセちゃんのお義兄さんですね」
「にぃ、凄い」
石板を適当にはめたらこうなったっていう事でなんとなくごまかして、問題のこの鍵をどうすればいいのかまた考える。
こんな事じゃいけないと思いつつも、やっぱり思いつかなくてエイジに聞いてしまう。
【エイジー、これなんだと思う?】
【鍵だろう、流れからいってもあの箱の鍵だと思うぞ】
【でもさー、あれ鍵穴とか全然無いんだよー】
【無い? ちょっとあそこ行って色々見せてくれよ】
【うん】
僕が箱まで移動すると、四人とも付いてくる。
箱を上か見たり横から見たり、すべての面を見てエイジに情報を与えていく。
やっぱりどこにも鍵穴は見当たらない、するとエイジがアーセに頼みがあるといってきた。
【アーセになにさせるの?】
【この箱に精霊魔術で、水かけさせてくれ】
【? それどんな意味があるの?】
【第8階層と同じ、映像で隠されてるかもしれないと思ってな】
【! なるほど】
アーセにこの箱に水をかけるように言うと、何の質問も無くすぐにやってくれた。
箱全体が水に濡れていく、そんな中再び箱のすべての面をチェックしていく。
! あった! かなり下の方ながら、水に濡れて無い丸い箇所が、そこだけ乾燥した石の色をしている。
すかさず鍵を差し込み捻ると、ガチャリと大きな音がして、蓋に手をかけ上げるとそのまま箱が開いた。
「うわー、どうやったの? 凄い凄いすっごーい、アルすごーい!」
「どうなってるんだ? いきなりこんな・・、アル何したんだ?」
「これは・・、お義兄さんは一体・・」
「にぃ、アーセも中見たい」
アーセの身長だと箱の方が高くて中が見えない、なのでここに来た時のようにおんぶして紐でしばった。
中を覗くと、そこには一振りの剣が置いてあった、しかもその形状には見覚えがある。
念の為にエイジに確認をとる。
【ねえ、エイジ、これって】
【征龍剣だ】
【! やっぱり、なんで・・、というかあれって二振りあるの?】
【ああ、ただ同じ征龍剣でもあれは片手剣で、ここにあるのは両手剣だ】
【なるほど、だからあれより大きいのか】
エイジはここで一つの仮説をたてた、いや、仮説というには何の確証も無いいうなれば予感、それもかなり嫌な予感を。
そしてそれは、アルたちを巻き込む大きなうねりとなる可能性が高いと感じていた。




