第45話 増員 いつの間にやら
僕の名前はアルベルト=ロンド、イセイ村出身17歳、2年前に家を出て、
ここ城塞都市ヨルグにあるだんびょんで鍛えている。
ああ、だめだ動揺が治まらない、心を落ち着けようと思ってこれまでの事を振り返ろうとしたがダメだ。
だんびょんってなんだー、なんといっても女性の裸を見たのは生まれて初めてなのに、それがよりによって妹ってどういう事だー、そもそもなんでアーセは普通に笑顔なんだー?
「あっアーセ、とにかく服を着なさい、これじゃ落ち着いて話ができないよ」
「やっ!」
なんで嫌なんだー、これじゃあ心の平静が保てない上に、体の変化が治まらないじゃないかー。
「アーセ、もし服を着ないなら僕はこのまま部屋を出て、どこかへ姿を隠すぞ。
それでいいのか? その恰好じゃ追いかけて来れないだろう?
もう会えなくなるんだぞ、絶対だぞ!」
と脅しつけたら、泣かれてしまった。
それも、もの凄く泣かれてしまった。
もう、とんでもなかった、なぜか僕がひたすら謝る羽目になった、理不尽だ。
とりあえずは、泣き止んだアーセが服を着てくれることになった、一安心だ。
その時、突然ドアが開く。
「なっ何があったんですか? 私のアーセちゃんに何かしたんですか?」
もの凄い剣幕でミアリーヌさんが、ノックもせずにいきなりドアを開けて、僕を睨みつけ短槍を構えながら言い放つ。
そこにはベッドに腰掛け、全裸にシーツを巻いた状態のアーセ。
これはまずい、これは言い訳できない状況ベスト3に入る。
しかもアーセの顔には涙の痕があり、鼻も若干赤くしている。
ここから導き出されるのは間違いなく、服を脱ぐように強制され、
これから無理やりに乱暴されようとして、涙にくれる女性といった構図だ。
僕は無実である、大体シーツを巻いたのは僕なのだ、いわれなき誤解だ。
さてどうやってこの状況を説明しよう。
「!?」
間一髪だった、咄嗟に体を捻って躱したが、僕の顔があったところを短槍の先が刺し貫くところが見えた。
『マッドベア』の臨戦態勢に勝るとも劣らない形相のミアリーヌさんが、とんでもなく速い踏込で手に持っている短槍を繰り出してくる。
僕は部屋の中という事で、いつもの特製ベルトをはずしていて、丸腰だったせいで反撃出来ない。
しかし、すぐさま僕の前にアーセが立ちはだかってくれたので、追撃が来なかったのがラッキーだった。
アーセは、前はシーツを押さえていて隠れているが、こちらの後ろ側は丸出し状態になっている、おもわず見てしまったが大丈夫だ。
なんといってもアーセは、小っちゃく無いけど小っちゃいのだ、目線を下げなければあのまるっとしたのが目に入る事は無い。
「どいてください! その男は許されざることをしました、死をもって償わせます!」
・・・・どうやらミアリーヌさんには、これからでは無く事後に見えているらしい、というより未遂でも罪状は死刑なのかもしれないけど。
尚も短槍を構えて、僕を人類の敵のような目で見てくるミアリーヌさんに対して、アーセが真実を告げてくれた。
「服は自分で脱いだの、泣いたのは悲しい事を想像したから、
にぃは何にもしてないからやめて!」
「しっしかし!」
「まあまあ、落ち着きなさいな、他のお客さんの迷惑になる」
納得しないミアリーヌさんに、騒ぎを聞き駆け付けたセルが、窘めるように言った。
「大体、俺らがそれぞれの部屋に分かれてまだ10分も経っちゃいないぜ。
ちゃんと服もそこに畳まれてるし、無理やりどうこうって訳じゃないんだろうよ。
そもそも、本人が大丈夫そうなんだから、周りが騒ぐような事じゃないだろ?」
「そっそれは、まあ・・」
一緒に来たシャルは、アーセのあられもない姿に頬を染めていたが、短い付き合いながら僕の事はわかってくれている。
特に問題無いとして、そのままセルと共に集まりだした他のお客さんに、「何ともないです、お騒がせしました」と説明をして治めてくれていた。
ミアリーヌさんも、不承不承ながら引き下がってくれたが、アーセがこちらを振り返り「にぃ、大丈夫だった?」といった途端、目に入った光景に対して、
「アーセちゃんの、おっおしりっ」
と言いながら、真っ赤になってその場に座り込んでしまっている。
僕は、アーセに小声で話しかけた。
「アーセ、この人とはここでバイバイ出来ないのか?」
「うーんと、ずっとそんな話をしてるんだけど、わかってくれないの」
そっかー、わかってくれないかー、これは面倒な事になりそうだ。
そういやさっき、どさくさに紛れて私のアーセちゃんとか言ってなかったか?
この人の方がよっぽと危なそうだ、今度からはアーセとはシャルに一緒の部屋になってもらおう、シャルもちょっとあれだけど、この人よりはましだろう。
とにかく、大丈夫ですからお引き取り下さいと、渋るミアリーヌさんを追い出して、ようやく静かになった。
◇◇◇◇◇◇
角部屋の中、窓から外の風景を眺めている、がその実後ろで服を着ているアーセの衣擦れの音が気になって、まるで景色が頭に入ってこない。
「ちゃんと服着たか?」
「うん、着た」
振り向かずに確認をとって、改めてアーセに向き合う、ようやっと色々と落ち着いてきた。
そもそも何を話していたんだっけか? そうだ、兄妹では結婚できないって事を言い聞かせようとしたら、兄妹じゃ無いって知ってたんだ。
そうすると、そっち方面での説得は無理か。
ちょっと待てよ、断る前提で考えていたけど、本当の兄妹じゃ無いって事は結婚するのは問題無いって事だよな、僕の気持ちはどうなんだろう?
・・・・やっぱり無いな、実の妹じゃ無いとはいえ、ずっと家族として育ってきたんだ、妹として可愛いとは思っているが異性としてって気持ちは無い。
はずだ、そうだよな? ちょっと今は裸を見たばっかりだから冷静な判断を下せる自信が無いな、エイジを呼ぶか?
いやこんな事で無理やり覚醒させたんじゃ申し訳ない、そもそも問題は僕の気持ちなんだから、僕が自分自身でちゃんと向き合わないと。
「アーセ、僕は妹としてしか見れない、だからお嫁さんには出来ないよ」
「でも、にぃそこ」
と言って、アーセは指さしている、どことは言わないが。
「こっこれはそっそういう意味じゃ無くてもそうなるというか、
大体女の子がそんなとこ指さすんじゃない」
「にぃは好きな人いるの?」
「・・いや、特にいないよ」
「じゃあ、今おつきあいしてる人はいるの?」
「そんなのいないよ」
「アーセじゃダメ?」
うーん、こういう時にはなんて言えばいいんだろうか?
「にぃ、あのね」
「ん?」
「アーセ、待ってる、にぃがアーセの事そういう風に見てくれるようになるの、
だから一緒いてもいい?」
「んー・・・・、わかった、じゃあどうなるかわからないけど、
しばらくは一緒に旅をするって事にしよう」
「ん!」
最期にそう返事したアーセの笑顔は、これまで見たことが無いほどキラキラしていた、・・これもう僕詰んでないか?
じゃあ寝ようかというと、服のボタンに手をかけたので「服を脱ぐのは禁止」と強く言っておく。
二年ぶりな上に、色々あったんで一緒のベッドで寝るのはどうかと思うんだが、あいにくこの部屋にはこれしか無い。
「僕が床で寝るから」と言うと「アーセも」と言って意味無いので、結局一緒にベッドで寝る事に。
流石に疲れてたのもあり、それほどかからずに眠りに落ちてしまった。
◇◇◇◇◇◇
良かった。
ちゃんとしてた、何にも無かった、当然だ、僕は勝ったのだ。
翌朝、一人何かに勝利した僕は、ベッドから起き上がり身支度を整えていた。
アーセも、目が覚めたようで起き上がってくる。
そこにいつものように、ナルちゃんが声を掛けに来た。
「アルさーん、ご飯だよー」
ドアを開けて応対すると、僕の影から出てきたアーセに驚いている。
昨夜は遅かったんで、すでにナルちゃんは引っ込んでいて、挨拶できなかったのでアーセとは初対面だった。
「妹のアーセナル、アーセこちらは昨夜会ったロナさんの娘さんのナルちゃん」
「アーセナルです、いつもに、兄がお世話になってます」
「・・あっ、初めましてナルールです、びっくりしたー、綺麗ー」
しかし、なんでこう女性はみんなアーセを綺麗っていうんだろうか?
どっちかというと美人では無く可愛い系統だと思うんだが。
これは、アルが完全に勘違いをしていた。
女性がアーセを見て綺麗だというのは、その構成する素材の事だ。
白く透き通るような透明感のある肌、瞳が大きく長い睫、その鼻が口が耳が髪の毛が顔を体を構成するすべてにおいて、美しいと感じる形状をしている。
確かに、顔の印象としてはアルの思う通り、美人というよりも可愛い部類ではあるが、整っている事には変わりが無い。
女性がこうだったらと思い描く理想のパーツの集合体が、生身の体で動いているのがアーセだった。
しかも、六種族中最も小さな有翼人種の中でも、さらに小柄なのも保護欲をそそられて、年配であるほど虜になってしまうのである。
普通の初対面を終えて、平和に過ぎようとしていた朝は突然終わりを告げた。
「アーセさん、お姉ちゃんがアルさんと結婚しても仲良くしてくださいね」
「まったく、ナルちゃん! アーセが誤解するからそういう事は言わないの」
「えー? だってこの間だってお姉ちゃんと仲良くデートしてたくせにー」
ナルちゃんは嵐の様で、過ぎ去った後に刻まれた爪痕はかなりなものだった。
「にぃ?」
「違うぞアーセ、お前は誤解をしている」
「まだなんにも言ってない」
「・・さあ、朝食に行こうか?」
まだ? っていう事は、何かある事はあるけど今はって事か?
何があるんだ? というかなんで僕は弁解する気満々なんだ?
やましい事は無い、清廉潔白である、そしてなんの行為もしていない以上無実でもある・・はずだ。
勝手に重苦しさを覚えながら、食堂へ向かう。
ロナさんは、アーセを見つけて少し逡巡して、お仕事に戻ったようだ。
やはり、娘の前では憚られたのだろう。
そうこうしている内に、セルとシャルにミアリーヌさんも食堂にやってきた。
ミアリーヌさんはまだ僕に対して厳しい目つきを崩さない。
当然、アーセに対しては、煩悩ってこんな形なんだなと思わせるような表情で見つめている。
朝食後、今日はどうしようかという事になり、とりあえずざっとヨルグの街を案内しようという事になった。
それはいいとして、いくらなんでもここらではっきりさせておいた方がいいと思い、ミアリーヌさんに話しかける。
「あの、アーセの目的はこの街で僕に会う事で、もう目的は達成されました、ですからもう護衛は結構です」
「いいえ、お構いなく」
なるほど、通じない。
どうしたもんか、アーセがきつく言えばなんとかなりそうではあるが、うーん。
【おはよう、アル】
【エイジー、もう昨夜から大変だったんだよー】
【? ダンジョン抜けたんだな、全員無事だったか? ん? なんでアーセがいるんだ? どうしたんだ?】
【それがさー、昨日遅くにアーセがそこにいるミアリーヌさんって人に護衛されて、僕に会いに来たんだよ、しかも家を出た僕のお嫁さんになるって言うんだよー】
【おー、そうきたか】
【それに、ミアリーヌさんがアーセにメロメロでもういいですって言っても、全然帰ってくれないんだよー】
【なんか目的があるんだろ? 聞いてみれば? それで内容によってははっきり言うしかないだろう】
【うん、そうしてみる】
「ミアリーヌさん、こうしてここにいる目的はなんですか?」
「大丈夫です、ご心配いただかなくても」
「心配なのはアーセの事です、あなたじゃありません、ちゃんと話してくれないなら、今後一切アーセとの会話を禁じますがいいですか?」
「なっ? そんな・・二人の事に口をはさむのは、いくらお義兄さんといえど許されない事ではないですか?」
「ちょっと何を言ってるのかわかりません、アーセもそれでいいか?」
「ん、にぃの言う通りにする」
ミアリーヌさんは、この世の終わりのような顔をしている。
この人の表情は面白いが、このまま同行するのは不安要素が強すぎる、主に僕の命が危険って意味で。
口をパクパクさせていたが、やがて観念したのか項垂れて、ぼそぼそと話し出した。
「わかりました、話します、ただその前に伺いたいのですが、皆さんのこの後の行先はもう決まっているんですか?」
「ちゃんと決めてるわけではありません」
「王都へ行く事はありえますか?」
「まあ、はい、いつかは決めてませんけど一度は行こうと考えてます」
「そうしましたら、王都へ行った時にお話します、これはアーセちゃんに誓って約束します、ですからそれまでは一緒にいさせて下さい、お願いします」
「ちょっと相談しますのでお待ちください」
そういって、ミアリーヌさんに少し離れたところへ行ってもらい、セルとシャルとアーセに相談した。
「どうだろう? 少なくとも僕以外には危害を加えるようにはみえないが、皆が問題あるというなら断るけど?」
「アーセは、にぃが良ければいい」
「俺は面白いから全然かまわんよ、なんつっても被害受けそうなのはアルだけだろうしな」
「あたしは、まあ変な人だとは思うけど、アーセちゃんが言えばどうとでもなりそうだから、別にいいんじゃない?」
「はぁー、そうだよなー、まあアーセの事で暴走さえしなきゃ、特に問題あるようには見えないからなー、まあとりあえずは同行させるって事にするよ」
相談を終えて、ミアリーヌさんに旅の同行を許可する旨伝える。
これにより、僕らは一気に5人パーティーになったのだった。