第43話 成長 うん、まあ次だな次
シャルが坑道入口から精霊魔術を放つ。
但し、今回は雷では無く水。
地面を水で濡らしていく、特に魔物を攻撃する意図で放たれたわけでは無く、通行する上での安全を確認する為に。
先ほどの、これまで通ってきた地面と同じ映像は、果たしてあそこだけなのか、もしかしたらこの先通る道に突然あれがあったら。
そう考えた一行は、本物か映像かの区別が容易なように、進む先に水を撒くように精霊魔術を放ち、地面が濡れていれば本物もしもそうでなかったら。
そうやって罠を回避して前進を続けていた。
案の定、道すがらに映像が駆使されていたが、一つ一つはジャンプすれば飛び越えられるくらいだったので、今度はシャルも反対側からセルが伸ばした手を掴んだだけで、こちら側に来ることができていた。
罠が有る度にセルの胸に飛び込んでいくシャル、二人が美男美女だけあっていちいち絵になっている、兄妹じゃ無ければロマンスが生まれてもおかしく無いくらいだ。
そんな風に進んでいくと行き止まりも脇道も無く、道の先にまたも分岐の広間が見えてくる。
一つ前の広間と同じく、地面は坑道と同じ岩肌で分岐が五つある。
これまでの経緯から考えても、まったく同じとは考えにくい。
エイジが操魔術で確認すると、やっぱり床は映像でまったく無いのは前回と同じだった。
「どう思う? アル」
「うーんと、床がさっきと変わらないって事は、向こう側に何かあるって事かな?」
「ああ、そうだな、やっぱりあるとしたら坑道側だろうな」
「ちょっと確かめてみるね」
そう言ってすかさずエイジにお願いして、坑道へ石を飛ばして確認してもらう。
すると、二つは問題無かったが三つは映像らしく、逆に岩肌に見えてる所がおそらくは坑道になってるらしいとおぼしき箇所が三つあった。
なるほどと納得しながら、今度も最初がアルその次にセル&シャルが一緒に反対側へと渡る。
しかしここでおかしな事が、セルがいつもの様に各坑道を確認していく、元から見えていた二つと岩肌の映像でカモフラージュされてる三つ、だがこの五つはどれも魔物の気配がしないという。
これはここまでと大きく違っている、こうなると何を頼りに行先を決めればいいのかわからない。
話し合うも意見がまとまらず、時間だけが過ぎていく。
このままこうしていてもしょうがないという事で、まずは進んでみようとここまで左サイドが多かったので、一番右の坑道へ行ってみることに。
シャルが精霊魔術で水を流し、落とし穴を警戒しつつ進んでいく。
すると、それほど行かない内に行き止まりにあたってしまう。
まあ早めにわかってよかったと分岐まで戻り、今度はそのすぐ左、右から二番目の道へと進路を変えるもここも同じ。
嫌な予感を覚えつつ残りを試すも、そのどれもが壁に阻まれて先へと続く道が見当たらない。
こうなると、この前の分岐が間違っていたのかと思わされる。
途方に暮れる一行の中で、アルはまたもエイジに意見を求めていた。
【エイジー、どう思うー?】
【ふむ、なんか迷路って感じで、これぞダンジョンの醍醐味って感じするな】
【だいごみ? なんだかよくわからないけど、この前の道が違ってたのかな?】
【・・出来るだけ口出ししないようにと思ったけど、ここまで頑張ってきてたしな、よし、ここからは俺もメンバーとして参加するよ】
【やったー、でどう? なんかわかる?】
【いや全然】
【えー、なにそれー】
【つっても俺だってアルと同じものしか見て無いしな】
【じゃあ打つ手無しかー】
【それは早計だな、まだちゃんと調べてもいないだろう、とりあえず一旦広間の入口まで戻ってそこから色々調べてみよう】
【うん】
改めてここらを調べてみるのでと二人に説明し、僕だけ一旦広間の入口に戻りエイジの操魔術で辺りをくまなく調べていく。
正面の並びに他に坑道は無いか、天井には何もないのか、左の壁にはそして右の壁をと調べていると、急に操作していた石が消えた。
これかと右の壁に見えるところへ移動すると、まんまと中に入る空間があった。
入った途端複数の魔物に襲われたんで、その迎撃に手間取って中々中から出てこない僕を心配して、外ではセルとシャルが大声でこちらの安否を気遣う声をかけていた。
なんとか一掃し、顔を出して心配ない旨伝えてそのまま二人の元までエイジが、これまでと同じように『阿』と『雲海』を遣わせる。
そうして移動してきた二人に確認して、この道を進むことに。
どうやらこの道が正解だったようで、またも広間に到着した、これまでよりも天井が高く感じる。
ここまでの距離と時間からいって、おそらくはこれがこの階層での最後の分岐だと思われる。
最期はどんなもんかと思ったら、今度は逆に床は普通にある。
しかしながら、坑道がどこにも見当たらない、当然ながら階段も。
今度は足場がちゃんとしてるので、手分けして探すことに。
シャルが右側の壁、セルが左側の壁、そしてアルが正面をじかに手で触れながら確認するも、そのどこにも坑道は無かった。
ならば天井かと、エイジが操魔術で調べるもやはり何も無し。
今度こそ詰んだかと、力なくその場に腰を下ろす三人。
そんな中、エイジはここを訓練施設だと仮定して推理をはじめていた。
最初は映像があるって事をしらしめて、道中に壁として行く手を阻んだりしていた、これは視覚情報を鵜呑みにしないように注意力を鍛えているのだろうか。
次に、床一面をフェイクにして、対岸へ一筋縄では渡れないようにしていた、これはどう問題に対処するのかその発想力を試しているのだろうか。
そうすると、その次にくるのは何だ? ・・・・考えろ・・・・注意力と発想力を駆使しながらもそれを無視する直観力?
それとも直感力? つまりは常識にとらわれないものの見方か?
右がダメ、左がダメ、正面がダメ、天井がダメ、床もダメとなると・・・・。
【アル、ちょっとこの広間の中心辺りに立ってくれ】
【えっ、うん、わかった】
アルが立ち上がり真ん中辺りに歩いて行くのを、セルとシャルがなんとなく目で追っている。
エイジはアルに、この広間へ来た時の道へ向かって立つように指示をする。
そして、操魔術で来た道の左右の岩肌を確認、ダメとわかると最後の候補として
来た道の上方の壁に石をあてる、するとその石は壁の中へ消えていった。
『阿』と『雲海』でアルを来た道の上へ運ぶと、狭いながらも坑道があった。
またも二人を一緒に運ぶ。
ビックリした様子でアルに問いただしていく二人。
「なんでわかったんだ? アル」
「ホントよ、どうしてここだってわかったの?」
「えーっと、あの、それはまあ、なんとなくっていうか」
「よくもまあこんな造りだって見抜けるもんだ、まいったぜ」
「さすがのあたしも考えつかなかったわ」
「お前のどこがさすがなんだよ、まったく」
こうして入った坑道は、入口こそ来た道の上だったがすぐさま左に急カーブを描き、結局この広間の外周をまわる道筋で方角的には、来た道から見て真正面に伸びている。
カーブが終わると、道もこれまでと同じ程度の高さと道幅になり、二人並んで通れるくらいはあった。
結構な時間進んだ先には、下へと続く階段が見えている、とりあえずは休息の時間になると思いエイジを休眠状態にさせてもらう。
「はー、疲れた、でも良かったわ無事に着いて」
「まったくリーダー様様だな」
「やめてよ、たまたまだよ、たまたま、でさ、疲れてるとこ悪いんだけど、これからの事話し合っておきたいんだけど」
「えー、ご飯食べて休んでからにしようよー、なんか眠いしさー」
「あほ、寝ちまうからその前にって言ってんだろうが、アル、こいつ無視していいからな」
「なによー、わかったわよー、起きてるわよー」
シャルは道中精霊魔術で水撒きしてたので、少し眠そうにしている。
この階層では一度も休憩をはさんでいないので、体力的にも辛そうだ。
しかし、アルは暫定とはいえリーダーとして、ここではっきりと今回の探索の終了を告げておこうと考えていた。
「この階段を下りると第9階層、そこを抜ければ第10階層まで行けるけど、今回の探索はここで終了しようと思うんだ」
「えー、せっかくここまで来たのにー、もうちょっとなんだから行こうよー」
「あほ、それが難しいって言ってんだろうが」
「なーんでよー」
「えっと、説明すると、第8階層では休憩をとってないのでここで長い休憩をとる事になります。
そうすると時間的におそらくは二日目の真夜中過ぎとなり、すでに戻る予定の時間をオーバーしています。
ですから今の時点でかなり厳しい状況なので、これ以上は見送りたいと思います、何かありますか?」
「賛成だな、賢明な判断だ」
「・・しょうがないわね、じゃあそれでいいわよ」
なんとか意見もまとまって、ここで食事の後睡眠をとる事になり、まずはシャルが眠りに落ちた。
僕はしばらくセルと今後について話し合う。
「アルはここ出たらどうするつもりだ?」
「今回かなり手ごたえあったからねー、二人が良ければ日を改めて再チャレンジしたいかなー」
「よし! そうこなくちゃな、せっかくここまで来たのにこれっきりってのは、いくらなんでも寝覚めが悪いぜ」
「じゃあいいの?」
「勿論、こちらこそだ、ああ、こいつには聞かなくていいぞ、あーだこーだ言うだろうけど、どうせ付いてくるんだから」
「仲良いんだね」
「こいつは世間知らずで自分でもそれを自覚してる、だから一人になるのが怖いんだよ、それで大概どこにでもくっ付いてくるんだ」
「ははは、まあそれはいいとして、帰りはちょっと厳しいかも知れないから、休んだ方がいいよ、僕まだ大丈夫だから」
「すまんな、アルの方が疲れてると思うが、まあじゃあお言葉に甘えて先に休ませてもらう」
「うん、おやすみ」
二人の寝息が聞こえたきた頃、アルは一人静かに反省していた。
この第8階層は見送るべきだった、四日の予定の消化の仕方をちゃんと決めて無かったのが原因かな。
確かに道が確定してる分、行きよりも帰りの方が時間は短いだろうけど、それでも行きに二日かかったのだから帰りも普通に二日かかるだろう。
帰りは当然体力的にも厳しいはずだから、本来ならもっと余裕を持った日程じゃ無きゃならなかったなー。
今回は、誰も怪我して無いし問題なさそうだけど、その辺も考慮して考えるべきだったかなー。
寝て起きてからここを出発して、8層から6層まで抜けてか・・まあいけるか。
その後食事の休息をとれば、今回は一気に地上まではなんとなるかな?
そうして二人が寝入ってから5時間ほど経過して、セルが起きだすとシャルも起き上がる、この辺りは双子なのが関係してるんだろうか。
じゃあおやすみなさいとアルも入れ替わりに横になり、いつものように即座に眠りに入る、どこでもすぐに眠れるのはアルの特技だった。
静寂が辺りを包み、ダンジョンの中とは思えないゆるやかな時間が過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇
アルが起き出したのは、眠ってから4時間ほど経った頃だった。
「ふわあー、よく寝た、おはよう、何にも無かった?」
「おはよ、何も無かったわよ、虫が飛んできたきた位ね」
「おはよう、体調はどうだ? アル」
「うん、大丈夫だと思う、ただ、この8層抜けるくらいまでは使うけど、その後少し押さえたいんで7層は操魔術使わないから、飛んでるの頼んでいい?」
「キツイのか?」
「んー、今は特に問題無いけど、長丁場だからねペース配分考えるとそれがベストかなって」
「わかった、じゃあ逆にこの8層は頼んだ」
「うん」
そんな簡単なやり取りの後、エイジの覚醒を促す。
本当は自然に覚醒するのをまってから働いてもらい、自然に休眠した方がいいのはわかっているが、時間の余裕があまり無いのと、この8層はエイジの操魔術が無いと切り抜けられない。
【おはよ、エイジ】
【ああ、おはよう、? ここ第8階層だよな? まだ出発して無かったのか?】
【うん、これから、あの後二人が寝てから僕が寝て大体9時間から10時間くらい経ったと思うんだ】
【そーいやこのフロアは、俺が運ばないと渡れないとこあるんだったな】
【そ、だからまだ早いけど覚醒してもらったって訳、その代り8層抜けて7層に入ったら操魔術使わないって言ってあるから、休眠してもらおうと思ってるよ】
【良く考えてるな】
【リーダーだからね】
こうしたアルの配慮とセルとシャルの頑張りもあり、復路を順調に進み危惧していた食料の方もなんとかなって、7層最奥の階段付近で一度目6層最奥の階段付近で二度目の休憩の後、第4階層最奥の階段付近で最後の野営。
そして最終日、第2階層最奥の階段付近で最後の休憩を終えて、そのまま一気に2層と1層を抜けて三人は無事に地上へと帰還した。
まぶしい太陽に目を細めながら、解放感と共に受付のコーネリウスさんに番号札を渡し探索者カードを受け取る。
受付は6時間毎の四交代制になっていて、僕は傭兵ギルドの依頼をやったりする関係で、色んな時間帯に潜っているので、自然とすべての時間の担当の人と顔見知りになっていた。
コーネリウスさんは、昼の12時から夕方の6時の担当だから、今は午後って事か。
パーティーを組んで下まで潜っていたのは僕達だけだったから、コーネリウスさんも気に掛けてくれていたらしく、笑顔で歓迎してくれた。
「おかえり、アル、怪我しなかったかい?」
「ただいまです、コーネリウスさん、はい、大丈夫でしたよ、ところで今何時ですか?」
「交代して大して経ってないから、13時とかじゃないかな」
「じゃあ、予定より半日くらい早かったんですね、中にいると時間の感覚が良くわからなくて」
「無事に戻ってなによりだ、どこまで行けたんだい?」
「第8階層の奥までは行けましたが、食糧が足りなくなりそうだったんで引き返しました」
「ほう! 8層か、そこまで深く潜ったなんて聞かないなー、いやー大したもんだ」
「メンバーに恵まれたましたからね」
「また挑戦するのかい?」
「はい、今度は第10階層まで潜ってみせますよ!」
「おお、頼もしいな、期待してるぜ」
「はい、じゃあこれで失礼します」
そうしてダンジョンを後にして、僕達は互いの健闘を褒め合って和気あいあいと街中へ入り、久しぶりに温かいものをお腹いっぱい食べようと食事処へ足を向けた。
エイジとも無事にこの探索を終えたことを喜び合いたかったんだが、変則的に覚醒と休眠を繰り返していたので、今は自然に覚醒するまで休眠してもらっている。
その前に、お金が無いのに気付いて急いで今回の探索で集めた魔核鉱石を売りに行く。
お店や商会に直接売りに行けば、交渉次第では結構な金額が期待できるが、面倒なのでアルはいつも役場で買い取ってもらっていた。
手数料をとられても、手間が無い方が助かるという理由で、何よりも魔核鉱石を売りに行くのは必ずダンジョン探索の後なので、早いとこ休みたいというのが一番の理由で毎回こちらに持ち込んでいた。
受け取った金額を三人で均等に分けて、気を取り直し意気込んで街へ繰り出していく。
一番最初に目に入った店に入り、とにかく大皿料理を何個も注文し、乾杯しようと酒を頼む。
そして高らかに乾杯をして、出てきた料理をむさぼるように食べた。
「あー、生き返るわねー、なんか何食べてもおいしいわー」
「お前、喰いすぎだろ、太るぞ」
「失礼ね! 大丈夫よ、ねっアル平気よね?」
「いや、僕に聞かれても」
「どうせ肉つけるんなら、胸とか腰とかに付けろよ」
「やーねー、男はすぐそれなんだから」
なんだかんだ言っても、第8階層まで潜ってこうして誰も怪我ひとつせずに戻ってこれたことは、素直にうれしい。
二人も同じ気持ちらしく、達成感もあり何を話していても終始笑顔だった。
ひとしきり食べて飲んで騒いでいたら夕方になり、まだまだ食べたりない僕達はじゃあ河岸を変えようという事で、今後の事もあるからとリンドス亭へ行く事に。
二人は一旦それまで泊まっていた宿屋に立ち寄り、そこを引き払って荷物を抱えて出てきた。
解放感に包まれて、晴れやかな気分で足取りも軽くヨルグの街を歩いていく。
すると突然、アルは自身の背後、腰の辺りに何かがぶつかってきたような軽い衝撃を覚えた。