第41話 慎重 誰が何のために
五差路の分岐手前での小休止を終えて、再び第7階層最奥へ向かい歩を進める。
最初の二股の分かれ道から、坑道の長さが分岐を越えるごとに倍に伸びてるようで、この階層だけですでに四時間以上経過している。
その内半分は休憩時間なので大したこと無いようで、結構な疲労感が漂っていた。
目的である下への階段がどこにあるかわからない事で、後どれくらいでという目標が得られず足取りが重くなってしまう。
ただ歩くだけでなく、魔物との戦闘をこなしながらであり、少なからず神経を使う事で精神的にもあまり余裕が無い。
そして、もしこれまでの選択が間違っていて、最悪元の位置まで戻らなければならなくなったら、そう考えると先に進むのが怖くなっていく。
ダンジョンに挑む者には、高い戦闘能力やそれを支える体力のみならず、精神面でもタフである事が求められる。
この辺りは経験を積むことでしか鍛えられないので、まだ若くまともな探索は初めてというこのパーティーに望むのは酷といえる。
次の分岐は大方の予想通り六つに分かれていた。
「やっぱりか・・」
「この先後どんだけ分岐あるのかしら・・」
「これまでの階層の距離と7層に入ってから歩いた時間で考えると、もし正解だったらこれで最後の分岐じゃないかと思うけどね」
「ホント? 本当に最後なの? だったら張り切っちゃうけど!」
「落ち着けよ、アルが言っただろ、正解だったらって、違ってたら戻らにゃならんのだからな、後になって文句言わないようにな」
「いっ言わないわよ! わかってる! でも最期だったらいいなーとは思ってもいいでしょ」
そんなやり取りをしていたら、エイジが話しかけてきた。
【アル、ここまで分岐で道決める時に、魔物がいる方ってどうやって確認してたんだ?】
【あ、うん、セルがそれぞれの入口で探ってたんだ、なんか触角で気流の動きとかがわかるらしくて】
【なるほどな・・、これまでどういう道順選んできたのか教えてもらえるか?】
【どういうって、なんて言えばいいの?】
【右の道とか左から何番目の道とかでいいよ】
【最初が右の道で二番目も右の道、三番目は一番左の道でさっきの五差路が右から二番目の道だよ】
【ふーん、そーすると・・、おそらく次は一番左の道だな】
【えっ、なんでわかるの?】
【いいから、セルに言ってみ、一番左が魔物がいるんじゃないかって】
良くわからないけど、言われた通りセルに言ってみる。
「ねえセル、今度は魔物の気配が強いのって一番左の道じゃ無い?」
「ちょっと待ってくれ、・・・・! 当りだ、ここが一番気配が濃い、えっ?
なんでわかったんだ?」
「凄ーい、アル知ってたの?」
【エイジ、何でなの?】
【まあ適当だな、これまで下への階段はほぼ中央にあった、ここまで進んで来た方角考えるとずいぶん右にそれてるから、ここで左に進路をとれば大体フロアの中心あたりに着くんじゃないかと思ったんだ】
【へー】
「あのさ、ずっと階段ってフロアの真ん中辺りにあったから、ここまで進んで来た距離と方角考えるとここで左に行けば、大体真ん中くらいに着くかと思って」
「なるほど、冷静だな、さすがリーダー」
「頼りになるー」
「まだ合ってるかどうかわかんないよ、さあ元気出して行こうー!」
「そうだな、行くか」
「んじゃ、おみまいするから下がっててよー!」
シャルの豪快な一発から、またも真っ暗になった坑道を進む三人。
倍の長さになってると言うアルの意見のとおりに、この道だけで二時間以上が経過していた。
すると、先に見えたのは待望の下へと続く階段。
「やったー、着いたー」
「ここが階段、って事はここまで選んできた道全部正解だったって事か、さすがだなリーダー」
「よしてよ、皆の力があったから辿り着けたんだよ、そんな事よりお腹減っちゃった、ご飯にしようよ」
「ご飯、ご飯」
「現金な奴、これでお前の女の勘とやらは当てにならないってわかったろ?」
「なーんでよー、向こうがはずれって決まったわけじゃないでしょー」
「まあまあ、いいじゃない無事にここまでこれたんだからさー、さっ食べよ」
食事をしながら、アルはエイジと次の階層について魂話をしていた。
【次の第8階層は、出てくる魔物は第7階層と同じで分岐が多いのも同じだけど、今度は罠があるから迂闊な行動をとると痛い目にあうぞ】
【罠ってどんなのがあるの?】
【わからん、第8階層に罠があるって事だけは知識としてあるけど、具体的な種類についての情報は無いんだ】
【ダンジョンの罠っていうと、普通どんなのがあるんだろう?】
【落とし穴とか、魔物が密集してる部屋に転移させられるとか、ループして抜けられない道とかじゃないか】
【ふーん】
【アルとセルはなんとかなると思うけど、シャルは罠にはまったらかなりまずそうだな】
【どうしたらいいかな?】
【これまでどおりのフォーメーションなら最後尾だから、変にその辺触ったりしなければ問題無いと思うけどな】
【・・なんかちょっと怖いな、言っておいた方がいいかな】
食べ終わったところで、第8階層には罠があるので気を付けようという話をする。
特にシャルには、どんな罠があるかわからないので、むやみに怪しそうな所を触ったりしないように言っておくと。
「そんな事しないわよ! 失礼しちゃうわね」
「いいぞ、もっと言ってやれリーダー、こいつは大概余計な事しかしないからな」
「何よー! 余計な事ってー」
「してんだろ、親父が結婚記念日にお袋に送る為に隠しておいた花束見つけて持って来たり、大道芸で虫の模型操魔術で飛ばしてるのを勘違いして精霊魔術で燃やしたり、自分の子供あやしてるおっさんを誘拐と間違えて突き飛ばしたり、他にも」
「あー、もうわかったわよ、わたしが悪うございました、これでいいでしょ!」
「喧嘩しないでよ二人とも、とにかく何があるかわかんないんだから、気をつけて行こう」
これはこれで、兄妹のコミュニケーションの一種であり、リラックスもかねているのだが、アルには喧嘩してるようにしか見えなくて、この先大丈夫かなと不安を覚えながら階段を下りていた。
着いた先、第8階層の最初はやや広い空間に五つの坑道が口を開けて一行を待ち構えている。
これまでと違うのは、近くに魔物がいないのと地面がただのゴツゴツとした岩肌では無く、ほぼ正方形の石畳が敷き詰められているところ。
セルが、とりあえず一番手前の石畳を叩いたりして音を確かめている。
「これは・・、いかにもどこを踏むかで何かが作動しそうだな」
「・・わたしは後ろから付いて行くからね」
アルはどうしたものかと考えあぐねて、エイジに相談した。
【ねえエイジ、どうしたらいいと思う?】
【そらまあいくつかあるけど、あんまり俺が口出してもな、自分で考えるんだこれも訓練だと思ってな】
【うーんと、とりあえずは地面が危ないから、一つずつ足を乗せる前に大丈夫か確認しないとだから、えーっと】
【うんうん、それで?】
【・・・・一個ずつ操魔術で叩いてみて、それで平気そうだったらそこは安全、これでどうかな?】
【よし、それでいくんだな? じゃあ叩くとこ指示すれば俺が全部やってやるよ】
【ホント? やったあー、だったらもう大丈夫だね】
まあそれは罠が地面にしか無ければってのは言わないでおくか、大体この手の罠とか考える奴はひねくれてるから、下に注意を向けておいて上からとかいかにもありそうなんだけどな。
ん? ひねくれてる奴? そういやここってどこの誰が何のために造ったんだ?
偶然こんな穴があったとは考えにくいけど、じゃあ掘ったとでもいうのかこんな広大なものを、・・いやありえんだろうこの世界の科学力で。
とすると魔術か? 無いかそんな魔術無いしな、でも俺が知らないだけとか。
あの爺に知識を植え付けられた俺が知らない? ・・・・いや、あるか、別に森羅万象すべての事象についての知識を与えられたわけじゃ無いしな。
って事はもしかしてここは、・・・・・・まさかな、だったらそれこそ何のために造ったんだ?
エイジがそんな考えを巡らせてるとも知らないアルは、上機嫌で二人に提案している。
そんな訳で、まずは階段下からまっすぐの五本の分岐の真ん中の道の前まで、その後左右の各入口の前を全部やってセルに中の気配を探ってもらう事に。
エイジは自分の及ばない存在がここを造ったとしたら、そう考えて『阿』と『雲海』を使うのにためらいを覚える。
そこでアルに言って一度上の第7階層まで戻ってもらい、こぶし大の石をいくつか背嚢に入れ、それよりも二回りほど大きな岩を操魔術で浮かして第8階層へ戻った。
「なにそれ? それでやるの?」
「うん、なんか嫌な予感するからこれで」
「嫌な予感って、具体的に何か気になるとこでもあるのか?」
「えーっと、ちゃんと説明できないんだ、ただどうも罠の種類がわからないから、念の為って感じ」
アルも自分の考えじゃ無いので、二人に対する説明もしどろもどろになる。
とにかくやってみようと、石畳一つ一つに上から岩を落してみる。
一番前の通路まで二十個ほどだろうか、手前から順番にやると十個を超えたあたりで、これまでズンという音と共に石畳の上に乗っかっていた岩が、音も無く消えてしまった。
見間違いでは無い。
エイジの制御を離れた岩は、少ししてから底まで落ちたのか小さい割れたような音がしている。
もう一つの岩をそこに今度は軽く触れさせてみる、少しずつ下げるとまるで石畳にめり込むように姿を半分にしていた。
「何? どうなってるの?」
「・・・・アル、知ってたのか?」
「・・ううん、全然、僕にも何が何だか」
すかさずエイジと魂話。
【エイジ、どーなってんの?】
【おそらくは、映像で石畳があるように見せてるんだな、凝った作りだ、確かにこれなら落とし穴塞ぐ手間かからなくて済むな】
【えいぞうって何?】
【あーっと、うん、人でも物でもその外見をあらかじめ記憶させておいて、任意の場所にそれを映し出す技術だ。
俺の元居た世界では一般的なものだったけど、こっちの世界の技術水準じゃあまだ実現できないはずだ】
【じゃあ、なんでそんなのがここにあんのさ?】
【さあな、俺の知識にもどうしてってのは入ってないからわからんよ、ただここを造った奴は相当な科学力を有していたんだろうな】
【ここって人が造ったの? そんな事できんの? てっきり自然にあるものだとばっかり思ってたよ】
【誰が造ったのかはともかく、映像は本物そっくりだからな、これまで以上に周囲を確認してけよ。
ご丁寧に薄い膜みたいなのはってあるから、セルたちでも感知できんだろう】
アルはエイジに聞いた話を二人に説明し、実際に三人でその手前までの安全を確認したうえで移動して、其の石畳に手を触れてみた。
「ほらね、手が通り抜けるでしょ」
「・・・・ホントだ、何これ? 何これ? どうーなってんの? どうしてそーなるの? ねえアル?」
「落ち着けよ、さっきアルが説明してくれただろう、そういうもんだって認識するしかないって」
「シャルも手を入れてごらんよ、そうすれば納得できるんじゃないの?」
「・・怖い」
「ったく、アルがやって大丈夫なんだから問題ないだろうよ、そらっ」
セルも確認するのとシャルをけしかけるので、自身の腕を突っ込んでみて実際に確認している。
それを見てようやくシャルも、恐る恐る手をかざして少し指の先を触れさせてみると、何の感触も無く通り抜けるのが面白くて、今度は止めるまで何度も何度も繰り返しやっていた。
「しかし厄介だな、見た目でわからないとうっかりって事になりそうだ」
「そうだね、これまで以上に慎重に進まないと」
「そうだ、全員ロープで腰のあたりを繋いでおけばいいんじゃない?」
「そりゃ厳しいな、歩くだけならともかく戦闘しながらだから、動きの妨げになるだろ」
「こっから見る限り、坑道はこれまでどおりの地面だから、そこまでしないでもちゃんと確認すれば平気だよ」
「そうかなー、本当に平気かなー」
「お前は俺たちが踏んだとこ付いて来れば大丈夫だよ、心配すんな」
「うっうん」
坑道入口までのすべての石畳を確認してみる。
他にもいくつかすり抜けるものはあったが、一マスだけで二つ以上が並んでというか続けて映像という箇所は無かった。
そして、この場ではそれ以外に罠らしきものは見当たらない。
その上で各坑道をセルに調べてもらい、最も魔物の気配が強いのが左から二番目という事で、これを進むことに。
坑道に入ると、これまでなりを潜めていた魔物が襲い掛かってくる。
この階層では、上の第7階層でやっていたような入口からシャルの精霊魔術を放つのをやめている。
これは、もし罠があった場合真っ暗ではあまりにも危険という事で、とりやめにしたのだ。
そのせいもあって、これまで以上に大量の魔物との戦闘を余儀なくされていた。
しかし、ここからはアルの要請もあり、エイジがフル回転で操魔術を振るっているので、かえって7層よりも早いペースで進んでいる。
それというのも、罠を警戒するのにセルは先頭でありながら戦闘しないというスタイルをとっている。
シャルもヒカリダケを焦がさないように得意の雷を封印し、風の刃を単発で飛ばすにとどめている為、アル(エイジ)がその分獅子奮迅の働きをしているという訳である。
ここで、先頭を行くセルから残念なインフォメーションが届いた。
「行き止まりだ」
「えー、なんでー」
「一番魔物の気配が強かったのって、この道で間違いないよね?」
「ああそのはずだ」
「そーすると、もしかして」
そう言ってアルが行き止まりに『嵐』を突き入れると、何の音も抵抗も無くその刀身が半ばから飲みこまれて見える。
「やっぱりね」
「・・これもその映像ってやつなのか?」
「うわー、凄ーい、本物みたーい」
「しかし、こうなると見えてる景色が本物かどうかわからんな、いけると思ったらいきなり行き止まりに激突って事もあるのか」
「とりあえず、これ使ってよ」
そう言ってアルは『嵐』の鞘をセルに渡した。
これを前に突き出して進めば、いきなり壁に突っ込むような事はないだろうという配慮からだ。
先に何が待ち受けるのか、期待よりは不安を大きくしながら三人は奥へと歩を進めるのだった。