第40話 分岐 今のところは
ダンジョン第6階層の奥にある階段付近で、三人車座になって今後についての話し合い。
アルが次の第7階層に出現する魔物について、エイジから聞かされた事を二人にレクチャーしているのである。
「次の7層と8層は通称虫エリア、虫に似た魔物が出現する、『マンティソード』ってカマキリと『ベスバイ』っていう蜂に『シケアド』って名前のせみに『ソリワーム』」ってミミズの四種類」
「聞いてるだけで気持ち悪いわ」
「どんな特性があるんだ?」
「大きさは、どれも50㎝から1m前後でかまきりは物理攻撃オンリー、右腕のカマと噛みつきに注意、後短い距離だけど飛ぶときがあるからね」
「ますます憂鬱になるわ、アレ? 右腕って左は?」
「左もカマはあるけど、右腕が異常発達してるんで、ほとんど左は使わないらしい」
二人が理解したらしいことを確認して、アルが話を続ける。
「蜂は飛んでるけど、お尻の毒針で刺すのと噛みついてくるっていう、かまきりと同じく物理攻撃のみだから、離れてる時は操魔術で攻撃できる。
向こうが攻撃してくる時にはこっちに接近してくるから、武器でも攻撃できるはずだよ」
「飛んでるのはやっかいだが、特殊な攻撃方法が無いのは助かるな」
「そうね」
「残念ながら残り二つはその特殊攻撃があるんだ、せみは蜂と同じく飛んでて溶解液をかけてくる、これに触れるとかなりまずいらしい。
鉄でも何度もあびると溶けるらしいから、武器で防ぐとかも無しでとにかく回避する事」
「要注意ね」
「ああ」
「最後にみみず、こいつも口? から吐いてくる液が皮膚を焼くから気を付けて」
「射程はどのくらいなんだ?」
「およそ1mほど、武器で攻撃する時には、出来れば横からが望ましい」
「その液? を浴び無いようにって意味?」
「そう、シャルは杖だからもう最初から近づかない方がいいよ」
シャルは虫が嫌いなのか、説明を聞くたびに舌を出して嫌そうにしている。
「最後に最も重要なのが、次の第7階層と第8階層はこれまでのように一本道では無く、第2階層と同じ分岐した坑道が続いてるフロアだって事」
「じゃあ道を探りながら進まなきゃならないって事なの?」
「そうなるね、僕も正解のルートは知らないんだ」
「下手したら遭難する可能性もあるって事か?」
「ごめん、そこまではわかんないんだ、こればっかりは実際見て見ない事には」
「そうだな、すまん、そう事前になんでもはわからんか」
「ああ、うん、で、潜る時に職員さんに聞いたところによると、僕ら以外に今深い階層に潜ってる人たちはいないらしい。
だから坑道が虫で溢れかえってる場合は、一気にシャルの精霊魔術で片づけて欲しい。
だからそんな事態になるまでは、僕とセルで魔物を殲滅するってパターンでいきたいんだけど、どうかな?」
「まかせてよ!」
「異存は無い」
「よし、じゃあ、っと、ごめんごめん、言い忘れてた、えっと確か7層と8層は同じように魔物は混在して出現するらしいんだ。
飛んでくるせみと蜂に地面を這ってるみみずの両方に警戒してね、かまきりはまあ見ればわかると思うからさ」
「・・ところで、何でアルは行った事無い階層にそんなに詳しいんだ?」
「えーっと、んー、そう、職員さんとかに聞いたりとかして、ほら、僕も結構ここ長いしさ、色々聞きかじってる事あるからそれでかな」
「・・まあいいか、じゃあ俺が先頭で警戒しながら進む、アルはシャルを守ってくれ」
「うん」
「はあーい」
危なかった、っていうかエイジの事秘密にしなきゃならない理由って特に無いんだよな。
この二人になら言っても良い気がするけど、エイジと相談してからにした方がいいか。
三人は軽い準備運動をした後、階段を降りて行く。
◇◇◇◇◇◇
アルにとっての未知の魔物がいる階層である第7階層。
坑道は、広くも無く狭くも無くで幅は4mから5mといったところか、一人が戦闘するには充分ながら、二人並んでとなると微妙な感じ。
天井も5mはありそうなほど、結構な高さがある、これまでの階層と同じくヒカリダケが多く、明るさについては問題無い。
セルは触角人種としての特性をいかんなく発揮している、後で聞いたところによると気流の流れから、飛んでくる物体には特に敏感に反応できるらしい。
せみを優先的に視認できるぎりぎりで、見つけ次第操魔術で殲滅している。
僕も、セルに並んで前からかまきりとみみずが来た時は、率先して飛び出して斬り伏せていく。
シャルは後方から、時折風の刃を飛ばしているが、ほとんどは僕とセルでなんとかなっていた。
順調に進んで行くと最初に訪れたのは、二股の分岐。
さてどうするかと、とりあえず横にいたんでセルに聞いてみたところ、「右の方から魔物がいる気配がしている」との事。
問題は、魔物がいる方が正解なのかはずれなのか。
三人で話し合った結果、魔物は行く手を阻むはずだから、居る方が正解じゃないかという推理。
そうして選択した坑道は、とにかく魔物があふれていた。
壁面が見えないというと大げさだが、そう思わせるほどのおびただしいまでの虫の大群。
当りでもはずれでも、これを放置したままで別の道へ進み、後ろから襲い掛かられてはたまらないとここで全滅させておく事に。
一旦分岐まで戻り、シャルの魔術が編みあがるまで散発的な魔物の襲撃を防ぐ。
そうして放たれた雷撃は、どこまでの射程があるのか本人もわからないという程のもの。
坑道を覗いたセルの「魔物の気配が消えた」という確認とともに中に入った一行には、焼け焦げた臭いが充満している火災現場のような有様の道が広がっている。
すぐに異変に気付いたのはやっぱりセルだった。
「なんでこんなに焦げ臭いのが充満してるんだ?」
「暗くて見えないけどあれだけの魔物だよ? そりゃこんな臭いになるんじゃないの?」
「ここはダンジョンだろ? 魔物が死体を残しているならもとかく、魔核鉱石になるのにおかしいだろ」
「言われてみれば・・」
「・・・・なるほどな」
「なにが? 全然見えないから、まわりがどうなってるかわかんないんだけど」
「それだよ、ここが何で暗いかって事さ、この臭いは魔物じゃ無くヒカリダケが焦げたんだ、だからこんなに暗いんだろうよ」
「ああ、なるほど、だからこの道だけこんなに暗いのか」
「・・ごめんなさい」
「いやいやいや、シャルが謝るような事じゃないよ、僕達でこうしようって決めたんだからさ」
「で、どうする? この道行くか? それとも戻ってもう一つの方に進むか?」
「戻るしかないんじゃない? こう暗くちゃ進めないよ」
「そうでもないぜ、俺たちはこれだからな」
そう言ってセルは、自分の触角に軽く触れる。
じゃあ今後の事もあるんでという事で、試しに行ってみる事に。
自分の目が効かない状況っていうのが、こんなに怖いものとは。
エイジも感覚同調しないとこんななのか、いや、視覚以外も閉ざされてたらこんなもんじゃ無いって事か。
そんな事を考えながら、おっかなびっくりセルの足音に付いて行く。
10分ほどは歩いただろうか。
先の方がぼんやりと明るくなっている。
近づいてみると、またも分岐で今度は三つ又に分かれている。
ここまでこの道では、一体の魔物にも遭遇しなかったという事は、すべてあの時のシャルの一撃で息絶えたという事か。
自分が使わないし、あまり他の人がつかうのも見たこと無かったんで知らなかったが、精霊魔術というのがここまでの威力を持っているのか。
アルにある種恐怖を抱いている二人と同様に、アルもまた二人に対して自分に無いそして知らない能力を見せつけられて、まだまだ知らない事が多いなと実感する。
二年通い詰めたとはいえ、一人だけでの攻略では見えていない事も多かったと、反省と驚愕と感心という感情が心の中で渦巻いていた。
ただし、アルが驚いたこのシャルが使った精霊魔術の威力は、これを一般的とは言い難い彼女の側の事情というか理由があった。
それは、シャル自身の能力この場合は魔力の高さと、この一撃に込めた魔力の量と、雷という精霊魔術の中でも上位の術の威力である。
セルとシャルの家は上流階級であり、シャルは箱入り娘であった。
幼少の頃から習い事などで遊ぶ時間が無い中、自然と精霊と語らう時間が増えていき、そのせいで年齢に見合わぬ精霊との親和性を示していた。
セルにくっついて家を飛び出したのは、自由な時間が無いというその辺の不満が爆発した形でもある。
元から魔術に適性が高い触角人種で、兄妹の母親も元宮廷魔術師の一員という血筋もあって、高い魔力を有している。
また、アルに対しての恐れを吹き飛ばすと同時に、アルが苦手としている精霊魔術を、自分がこんなにも使いこなせるという事を見せつけるという理由。
其の為、それまで溜めに溜めた魔力を根こそぎ込めたがゆえの威力であった。
加えて、対象となる魔物に雷に対する耐性が無かった事と、単純な比較は難しいが基本の地水火風のおよそ二倍から五倍の威力を誇る、上位の術であった事がさらに効果を何倍にもしていたのだ。
とお互いに様々な感情を抱きながら、三叉路でまたも話し合いがもたれる。
ここまでが正規ルートに沿っているのか、それともこの三つがいずれも行き止まりになるのか判明しない。
他に頼るべき指針も無く、どうするべきかの意見交換を交わしていく。
「どれ選ぶ?」
「さっきと同じでいくなら、一番右だな、真ん中と左は魔物の気配が無い」
「でも、ここが本当にあってるのかな? あたしの勘だと真ん中なんだけど」
「根拠って何?」
「勘よ! 女の勘!」
「お前な・・、アル、決めてくれ」
「えっ? 僕?」
「暫定でもリーダーだからな、パーティーの行動には決定権を持つもんだ」
「うん、あたしもそれでいいよ」
じゃあとアルが決めたのは、最初に従って魔物がいる方へ進むというもの。
とりあえずは、これを選択する際の理由とすることにして、進んだ先がもし行き止まりだった時には、再び話し合おうという事に落ち着いた。
進む道が決まったという事で、シャルが溜めに入る。
「じゃあいっくよー」
「おい、まだ先がどのくらいあるのかわかってないんだ、全力出さずに余力残しておけよ」
「うー、わっわかってるわよー」
こうして放たれた雷撃は、先ほどよりも威力を抑えただけあって、今度は5分も歩かない内に明るさが戻り魔物も襲ってくる。
道すがらで出会った魔物は、すべてセルとアルで打ち抜きまた切り伏せていく。
戦闘自体は危なげなくこなして抜けた先には、四つに分かれた分岐が待っていた。
セルが探ったところに因れば、右二つは気配無しで左二つは気配あり、もっとも強いのは一番左との事。
先ほど決めた法則にのっとり、一番左を進むことに決める。
「本当にこっちで大丈夫なのー? リーダー」
「わかんないけど、とりあえず行ってみるしかないよ」
「あたしの勘だと一番右なんだけどなー」
「お前の勘なんてあてになるか! アル、気にしないでいいぞ」
「あー、ひっどーい、あたしだって考えてるのにー」
「じゃあなんで一番右だか説明してみろよ」
「そろそろこっちかなって思って」
「何の根拠もねーじゃねーか、そんなのいいから早いとこ準備してぶっ放せ」
「うー、わかったわよー」
セルはこのシャルの様子を見て、安心しながらも不安を覚えていた。
初めてパーティーを組んだアルに対して、かなり心を許しているようでずいぶん素がでている。
この辺は情緒が安定してきて長丁場のダンジョンにおいては、いい傾向といえる。
反面魔物がいない方へ進もうというのは、勘というよりも自分の魔力が危なくなってきて、できれば使わないで済むようにしたかったのが投影された上での、一番右発言だったのではと疑ってもいる。
そうして放たれたのは、これまでで一番小さくあからさまに前回よりも威力の低い一撃だった。
おそらくは、最初の一発に必要以上に魔力を込めたための、ここにきての息切れでは無いかと思われる。
休憩をとるべきか、セルが躊躇しているその時、エイジが覚醒した。
【おはよう、アル】
【あっ、エイジ、おはよう】
【ここは・・、第7階層なのか?】
【うん、分岐ごとに魔物がいる方へ進んで、今また一番魔物の気配がしてる方へ進むとこ】
【セルは・・特に問題なさそうだけど、シャルは・・なんか疲れてるっぽいな】
【そうなんだ、ここまでシャルは分岐ごとにその後進む道に精霊魔術打って魔物殲滅してたからさ】
【こりゃ休ませた方がいいな、体力あるなら次の分岐まで歩かせて、無理そうならここで休憩した方がいいんじゃ・・、しまった】
【なに? しまったって、何かあった?】
【いや、あんまり口出しせずにアルに任せようと思ってたのに、つい言っちまったと思って】
【なんだ、びっくりした、なんかとんでもない事でも起きるのかと思っちゃったよ】
【ごめんごめん、まあアルの思う通りにやってみろよ】
【うん】
エイジとの魂話を終えてアルが口を開いた。
「シャル、結構きついんじゃない? 歩ける? 無理そうならここで休むし、行けそうだったら次まで行って休みにするけど、どうする?」
「うー、歩くー」
「じゃあ次の分岐まで行ったら休憩にするから、そこまで頑張って、セルもそれでいい?」
「あっ、ああ」
「わかったー」
エイジと相談した結果、そろそろセルも疲れが見えるしここはエイジの操魔術で突き進む事にする。
その旨セルに伝えて、ほぼ無双状態でアルを先頭に歩いて行った。
出現した途端に石に変えられていく魔物を気にも留めずに、ひたすらに歩き続ける。
辿り着いたところは、五つの道が待ち構える分岐点だった。
「何これー、本数増えてるー」
「本当に行くたびに一本ずつ増える仕様なのか?」
【? 増えるってなんだ?】
【うんと、7層入ってから最初が二股で次が三つその次がさっきの四つで今度が五つと、先に進むたびに分岐の道が増えてるんだ】
【へー、じゃあ正解っぽいな】
【そうなの? なんで?】
【んー、確証は無いけど、分岐が多いって事は惑わせようって事だろうから、ここまではあってるんじゃないかと思うぞ、はずれてたら行き止まるだろうからな】
少し安心したアルは、セルとシャルにここでしばらく休憩するよう伝える。
シャルは少しうとうとしてるようなので、眠る事を進めると途端に寝入ってしまう。
セルは、とりあえずで決めたリーダーとはいえ、アルの判断の的確さに印象と裏腹に決断力があると、こっそりとその評価を上方修正していた。
結局この場で二時間ほどの休憩をとった後、探索を再開することになった。