第39話 理由 これもまたいい経験
初めてパーティーを組んでのダンジョン探索。
混みあっている第1階層、人が少なくなる第2階層、ぐっと人が減る第3階層と第4階層を順調に踏破し、第5階層へと続く階段付近で食事休憩をとっていた。
ここまでアルを先頭に、ほぼアル(エイジ)の操魔術で敵を倒して進んで来たが、次からは魔力を温存するので二人に頼むと告げてある。
本来ソロで普通に潜っている場合、そろそろ戻るのを考え始めるような時間帯ではあるが、本日は野営する予定なので、これで一日の活動時間の半分強を消化したにすぎない。
いつものアルのペースからいくと、今日はゆっくりめ、なぜなら日帰りの必要が無いから道中走ったりまではしていない為。
時間を気にしないで済む、初めての仲間との探索、これからの未知の階層への興味などでアルは純粋にわくわくしていたが、二人は少し違っていた。
魔力は魔術を使用する事で消費し、回復させるためには睡眠をとるしかないと言われている。
ダンジョン内には色々な魔物がおり、中には魔術を使わなければ倒すのが難しいものもいる。
だからダンジョン内では出来るだけ魔力を温存するのが普通だった、二人もそう聞いていたし実際に実感してもいた。
だが、このアルという男はここまでずっと操魔術を使い続け、特に消耗した様子も無くなぜか笑顔で食事をしている。
これは異常だった、しかも、もうばれているからと、流石に三つは使わなかったが『阿』と『雲海』の二つをフルに駆使して魔物を倒していた。
とても黙っていられずに、セルが質問の声をあげる。
「アル、その、疲れて無いのか?」
「? いつもこの辺りまでは来てたから、特に問題無いよ」
「いや体力じゃ無くて魔力の方、ここまでずっと鉄球二つ飛ばしてたけど、魔力枯渇とか起こして無いか?」
魔力枯渇とは、魔力を使い限界を迎えた時に起きる症状で、強烈な眠気に襲われ酷い時には気を失い、ある程度の魔力が回復するまで目が覚めないというものだった。
「別に何ともないよ」
「お前は一体どうなってるんだ? 魔力を温存するって今は限界って事じゃないのか?」
これはこれまで受けたことの無い質問で、アルもどう答えていいのかわからなくて、すかさずエイジに相談した。
【これなんて言えばいいのかな?】
【限界って言われてもな、いつもだったらアルが戦闘してる間は休んでたけど、その後帰りも同じくらいの時間操魔術使っても、特になんとも無いしな】
【そうだよね、僕もそんなの意識したこと無かったよ】
【良くわからんが、おそらくまだ半分位余力があるって答えておけば?】
【わかった】
「限界って事は無いよ、たぶんだけど、半分消費した位じゃないかと思う」
「半分って・・・・」
セルが言葉を失っている間に、今度はシャルが質問してくる。
「ねえアル、あなた精霊魔術使わないけど、そっちはどうなの?」
「それが全然威力無くて、戦闘にはまるで使えない程度なんだー」
「へえ! そうなんだ」
シャルはこの得体が知れないのに妙に善良そうなアルにも、苦手な事があると知って、それが自分が得意な精霊魔術と知った事で、何か優位に立った気がして思わず声を大きくしていた。
セルも、まあ味方なんだし心強くていいかと、まだ知り合って二日しか経っていないんだから、そうなんでも知ろうとしてもなと、考えを新たにこの人懐っこい男の事を考えていた。
こうして気分的に若干の疲れを残しつつ、食事休憩を終えて次への階層への階段を下っていく。
最近のアルの主戦場である、ダンジョン第5階層。
此処に出現する魔物の種類や特性、攻撃手段や注意事項などは先ほどの休憩のときに、二人には話してある。
この第5階層と続く第6階層は、二人の魔術で踏破するという事前の打ち合わせ通りに、早速セルが前衛にそしてシャルが後衛で戦闘に突入していた。
二人にとっては初めて見る魔物ではあったが、ここまでほとんど戦闘をしてこなかったので、魔力・体力ともに余裕がある。
また、二人にとっては相性のいい遠距離タイプとあって、危なげない戦いぶりで順調にこの階層を攻略していた。
特にシャルの精霊魔術は、溜めが必要とはいえかなりな広範囲及び高威力を兼ね備えていて、魔物の射程距離外から次々と一掃していく。
第5階層の最奥、次の階層への階段を前に小休止して、軽い話し合い。
次の第6階層は、アルもまだ行ったことの無い階層ながら、出てくる魔物はここと同じという事がわかっている。
ただ、その広さがわからない。
其の為、本日は少し早いがここで野営をするか、それとも少し無理しても次の第6階層を踏破して、次の階段まで足を伸ばすかで迷っていた。
このパーティーで特にリーダーを決めてはいなかったが、ここでのキャリアが一番長いという事で、アルに判断が任される。
当然、エイジに相談するアル。
【どう思う? エイジ】
【全員余力があって次に行きたいって顔してるな、でも第6階層はまだ行ったことの無い未知の領域だ、無理は禁物だと思うが、この辺りの判断力も鍛えるべき項目だろうから、アルが判断してみるんだな】
【うーん、いけると思うんだけど、確かに思うだけで実際どうかは全然わかんないんだよなー】
【進まないならともかく、進むのならあまり時間かけらん無いぞ】
【うん! ここは行ってみる!】
【そっか、頑張れよ】
「まだ大丈夫そうだから、次まで進もう」
「ああ」
「了解よ」
一行は気合いを入れ直して、第6階層への階段を下っていく、その中でエイジは先ほどのアルの決断を危ぶんでいた。
こういう事にちゃんとした正解ってのは無いんだけど、ここは留まるべきだったんじゃ無いかと思うんだよな。
今回は、行きと帰りに一泊ずつで後は行きの時の最深部で一泊の予定だ、第5階層で野営した場合は次は第6階層からだから、広さは不明だがこれまでの感覚からおそらくは、行けても第8階層の最奥までだっただろう。
しかし、今日の内に第6階層を突破して次から第7階層となると、欲が出て第10階層にあるとされる、開かずの宝箱まで足を伸ばそうって事になりかねないんじゃないだろうか?
・・・・・・いや、それはいくら何でも無いか。
これまでと違って、第7と第8階層は第2階層以来となる迷路構造だ。
あそこをすんなりとは抜けられんだろうしな、それに次の第9階層は・・・。
そりゃ頑張れば辿り着けるだろう、だがおそらくはそうしたら、帰りの食料が足りなくなる。
どう考えても、一日で深い階層の三つを踏破するのは難しすぎる。
全員初見の魔物を今と違って野営時での短い睡眠時間、万全とはいえない体調で相手していかなければならないってのが、どのくらいの難度なのかをいまいちわかってない気がする。
これもまたいい経験だで済めばいいけど、へたしたら全滅もありうるか。
・・・・・・・・まあこれもアルの下した判断だ、命が危なくなるギリギリまで手出し口出し無用でいくとするか。
◇◇◇◇◇◇
こうして臨んだダンジョン第6階層。
予想してはいたが、それにもまして予想以上に魔物の数が多い。
第5階層のように、相手の射程外から一気に殲滅とはいかず、数が多いのでどうしても射程内に入ってしまう。
魔物の攻撃にさらされながらでは、精霊魔術を放つ溜めが作れない、其のせいで最初の一発が放てずに後手に回ってしまっている。
セルの操魔術だけでは数を減らしきれないので、アルはエイジに応援を頼む。
【エイジ、手伝って!】
【仕方ないな、シャルが一発撃てば戦況が変わるだろう】
「シャル、僕がまわりの撃ち落とすから、集中して!」
「わかったわ」
とりあえずは、こちらを攻撃してくる魔物に片っ端から打ち込んだ。
あんまりやりすぎると、結局アルだけでどうにかなっちまうと思われても問題なので、必要最小限にとどめておかねば。
「セル!」
シャルのその一言だけで準備が整ったことを理解したセルが、シャルの前方射線上から素早く離脱する。
間髪入れず一条の稲光が走ったかと思うと、前方に居た数体の魔物が石だけを残して姿を消した。
こうして、砲台であるシャルを魔物の攻撃対象からはずすように、その前方でセルが陽動として操魔術を駆使しながら動き回る。
それを抜けてくるのをエイジが対処し、準備が出来たらシャルがぶっ放すというのが、この階層での戦闘パターンとなっていった。
第6階層最奥の下に続く階段付近にたどり着いた時には、セルは体力をそしてシャルは魔力を相当に消耗させての、かなり厳しいコンディションでの踏破となった。
食事をする余裕も無く、シャルが眠りに落ちてしまう。
それを見守るセルもまた、船をこぎそうになりながら、なんとかパンと干し肉を口に運んでいる。
アルも、疲れはある事はあるが、いつものダンジョンの行き帰りとほぼ同じくらいの運動量なので、特に問題無かった。
エイジには、明日というかこの休息が終わったら、また頑張ってもらわないといけないので、すでに休眠してもらっている。
「セル、僕が起きてるから無理しないで眠りなよ」
「・・いや、・・お前だけを・・番にするの・・は・・悪いか・・ら・」
「いいって、僕まだ大丈夫だから、ちゃんと守るから安心しなよ」
「・・すまん」
セルも眠ってしまい、エイジもいないのでアルは一人で寝ずの番となる。
そうかー、普通に戦闘するとこんなにも疲れるものなのかー、いつも一人でいたから体力が無くならないように気を配ってはいたけど、たぶんエイジの援護が大きかったんだろうなー。
第4階層で行き詰ってた時は、戦闘するのはまだ自分一人だけだったけど、一番体力的に厳しい帰り着くあたりは、逆に楽な1・2層だったから、それほど消耗するって無かったからなー。
しっかし、シャルの精霊魔術は凄いなー、雷かー、僕もつかえたらカックいいのになー、精霊魔術ダメだしなー。
セルも操魔術の威力も中々(アルはエイジを見慣れているのでこういう評価だが、一般的にセルの操魔術は一流とされるレベル)だけど、あの回避は凄いよなー、
あれはやっぱり触角で色々察知してるんだろうなー、でもいくらわかってても動けなきゃしょうがないわけだから、ちゃんと体を鍛えてるんだろうなー。
そういや、次の階層の魔物についてまだ説明して無いな、エイジに聞いてたとおりにちゃんと伝えないとなー。
次が第7階層かー、どのくらい休むのかにもよるけど、たぶん第8階層の奥くらいまではいけると思うんだけど、問題はその次かなー。
今回の最終到達ポイントをどこにするのか、ちゃんと決めておかなきゃなー。
アルがそんなとりとめの無い事をつらつらと考えていたら、それなりに時間が経過したようだ。
環境が悪いからか何度も寝返りを打っていた二人が動かなくなり、しばらく静かな時間が過ぎていった。
これが、第3階層や第4階層だと『ニードルモンキー』が五月蠅いところだが、この第6階層の魔物は鳴き声というものを出さない。
動かない魔物たちの中で、唯一『ぐるぐる』がたまに近くに飛んでくるくらいで、休息をとるにはこのダンジョン内ではという注釈がつくものの、ここは最適な環境といえる。
それからさらに時は過ぎ、まずはシャルが続いてセルが起き出してきた。
「おはよう、どう? 体調は?」
「おふあよう、んー、結構眠れたみたいで大丈夫だと思うけど、とりあえずお腹が減ったわ」
「ああ、食事しないで寝ちゃったもんね、セルは? どっか痛いとことか無い?」
「問題無い、済まなかったな、起きていられなかった」
「良かった、じゃあ悪いけど僕寝るね、なんかあったら起こしてね」
「わかった、ゆっくりしてくれ」
「おやすみなさい」
アルは、横になるとそれほど眠気が強かったわけでも無かったが、すぐにすやすやと寝息をたてて眠ってしまった。
多少神経が高ぶっていたので意識していなかったが、やはりアルもそれなりに体力を消耗しており体が睡眠を欲していたらしい。
セルは、仰向けに寝るアルを見ながら、『羽』って背中の羽仰向けに寝て痛くないのか? と割とどうでもいい事を考えながら食事中の妹に話しかけた。
「シャル、どうだ? 魔力の方は」
「んぐ、っん、うん、大分回復したと思う、セルはどう?」
「俺の方は問題無い、どのくらい寝てたのかよくわからないけど、概ね回復している」
シャルがパンと干し肉を食べながら、セルに答えている。
「アルって、あれだけ操魔術使い続けて、よく持つよね、それも常に二つ同時に使って、どうなってるの?」
「俺の方が聞きたいよ、実際聞いても本人もわからんらしいけどな」
「でも、精霊魔術苦手って聞いてほっとしたよ、これでそっちまで凄かったらもう怖くて一緒にいられないよ」
「ああ、でも逆に精霊魔術を使い続けても、今と変わらず何ともないか知りたい気もするけどな」
「なんか不思議ね、知り合ったばっかりの人とダンジョンに潜って、気が付いたら命を預けてそれを普通に感じてるなんて」
「これだけ腕が立つのに、こんなに警戒心を抱かせない男も珍しいな、少なくとも俺がこれまで出会った中にはいなかったタイプだ」
「セルはこの後どうするの? これが無事に終わったとしてその後」
「そうだな、急ぐ旅でも無し、しばらくアルと一緒につるむのも面白いかもな」
「将来を見越して抱え込んでおこうって事?」
「そんなんじゃない、アルみたいな男がいるってわかっただけでも、旅に出た甲斐があったってもんだ。
もしも他の奴から聞いてただけだったら、そんな奴いるわけないって一蹴してる、実際自分の目で見たから信じられるんだ」
シャルはお腹が膨れたからか、「そうだねー」といいながらゴロッと横になった。
「お前・・、そんなんじゃ嫁の貰い手が無いぞ」
「やめてよ、それが嫌だったから付いて来たんじゃないのよ!」
「しかし、お前こそどうすんだ? このままずっと旅続けるわけにもいかんだろう?」
「そんな事言ったって、家に帰ったら絶対結婚させられちゃうよ、あたしはもっと自由に生きてみたいの!」
「自由にって、探索者か傭兵にでもなるつもりか? 王族にでも嫁げば楽して暮らせるだろうに」
「嫌よそんなの、王族なんて気軽に外にも出れないじゃない、それよりもセルはもう父さんの後を継ぐって決めたの?」
「どうだろうな、政治の世界に興味は無いけど、とりあえずこの旅で見聞を広めて、色んなこれまで知らなかった事がわかってくれば、自ずとどうするべきかわかるんじゃないかと思ってるよ」
「ふーん、じゃあ、あたしもそれまでに将来どうするか決める事にする!」
「はあー、ったく、まあ好きにすればいいさ、お前の人生だ」
「うん」
およそ三時間ほど経った頃、身じろぎもせずぐっすりと眠っていたアルが、むくっと起き上がった。
「ふあーあ、良く寝た」
「もういいのか? あんまり寝て無いようだけど」
「ああ、うん、そう? 僕としては十分寝た気するから大丈夫だと思うけど」
「アル、食べとく?」
セルに聞かれるも、自分としては結構普通に眠れた気がしていた、シャルに出されたパンと干し肉を、「ありがとう」と受け取りむしゃむしゃと食べ始める。
エイジは覚醒して無いけど、次からの階層の魔物は初見ながらもエイジに聞いた限りでは、相性がいいらしいので自然に覚醒するまで休んでいてもらおう。
食べ終わって水を飲み一息ついてから、二人に話しかける。
「じゃあ、第7階層の魔物についての傾向と対策をはじめようか」