第37話 保留 どっちもどうするつもりだ
本日もダンジョン第5階層にて、絶賛苦戦中のアル。
遠距離攻撃をしてくる『パイン』と中距離攻撃をしてくる『ひだん』、この二種類の魔物に対して、『嵐』で攻撃をしようとすれば当然届く距離まで詰めなければならない。
敵の攻撃を躱しつつ、この距離を詰めるというのが難しいのだが、もっと厄介なのは突然沸く場合だ、向こうの射程距離内に。
当然、そんな事にならないように、自分の近くにある魔核鉱石を蹴っ飛ばして、近くに沸かないようにしているのだが、そうするとその蹴ったのが一定の距離に集まってしまい今度は、一か所に大量に沸くことになってしまう。
これが上の第4階層であれば、反射と戦闘する上での研ぎ澄まされた感覚で対処も可能だった。
だがそれは相手が攻撃してくる距離というのがこちらも攻撃が届く距離だからであって、一方的に攻撃してくる相手がこちらの攻撃が届かない距離で、一斉に牙をむくとあってはどうにもならなかった。
そして、今がまさにその状況の真っ最中だ。
【これはもう無理】
【そうだな、これ以上はこのままじゃどうにもならんだろうな】
『パイン』の針は結構な範囲で飛んでくる、それを避けようとすれば今度は『ひだん』の射程内に入ってしまう。
では操魔術で鎖分銅を飛ばしてどちらかを攻撃しようとしても、『ぐるぐる』がいるのでそちらに対処しなければならず、と図らずもこの下の第6階層と同じ状況に。
つまり出現する魔物が複数同時に襲ってくるという事態になってしまっていた。
アルの戦力は『嵐』と『絆』によるもののみ、仮にうまくこの階層を突破できたとしても、この下の第6階層は同じ状況がずっと続くというもの、どちらにしても詰みである。
本日も不完全燃焼とでもいうべき状態で、撤退する時間となってしまう。
帰りの道中で最近繰り返し行われている問答を、今日もまた同じように行っている。
【そんなに此処にこだわる理由無いだろう? なんで他の所へ行かないんだ?】
【確かに場所としては、特に居続ける理由は無いんだけど、うーん】
【一体何を悩んでいるんだ?】
【ダンジョンに通ってるのは、僕自身を鍛え直すためだからで、それはただ単に魔物を倒すだけじゃ意味無いかなって思って】
【それはそうだけど、具体的にどうしたいんだ?】
【今の僕の状況は手詰まりなのは間違いない、で、問題はここからどうするかで、例えばここを離れて他のダンジョンに行くとするでしょ?】
【ああ】
【で、同じように魔物を倒していけば、その内また同じようにどうにもならない状況になる、それでまた場所を移してって、それじゃあ同じことを繰り返してるだけで、何一つ実になっていない気がするんだ】
【それで?】
【うん、これを逃げずになんとかする事が、成長するって事なのかなって思ってるんだけど、じゃあ具体的にどうすればいいかってのが、もう一つ決めきれないんだ】
復路は順調に消化して、第4階層を抜け第3階層へ上る階段までもう少しのところまで到達していた。
【つまり、こういう状況を何とか打破する事こそ、今後難しい局面に陥った時に経験として役立つ、これまでの自分から一階梯登れるんじゃないかと思っていると?】
【うん、そんな感じ】
【決めきれないって事は、候補はいくつかあるのか?】
【えっと、やっぱり僕一人では無理ってのはもうわかってるから、誰か他の人できれば魔術の得意な人とパーティーを組むってのが一つ】
【そうだな】
【後は、武器を射程の長いものに変えるってのと、操魔術で二つ使ってみるってのも考えたんだけど、ちょっと無理かなって】
【それはちょっとじゃないだろうな、アルはまだ若いけどこれからここの魔物を倒せるくらいに鍛えるってのは、いくらなんでも時間かかり過ぎるんじゃないかな】
【だよねー】
そんな魂話をしていると、前方で戦闘している二人が目に入る。
男女の二人組で、男の方は操魔術それも鉄球を使っている、女の方は精霊魔術を使っているがそれがアルには初めて見るものだった。
【何あれ! 凄い! かっこいいー!】
【ありゃあ雷だな、精霊魔術の上位の術だ】
精霊魔術は、地・水・火・風の四つの元素を、各精霊にお願いして効果を発現させるものだが、その上位の術として氷がそして雷が存在している。
上位の術については、誰しもが使えるわけでは無く、高い魔力と何より精霊との相性や親和性が求められる。
実際に術を発動するまでに、他の元素よりも時間がかかるのがネックではあるが、それを補って余りあるまた、それだけのリスクを払うに値するほどの威力をほこる。
アルは二人の戦闘の邪魔をしないように、大きく迂回して移動しているので、二人もアルの姿は視界に入っていたものの、特にリアクションも無く淡々と魔物を攻撃している。
男の方は、アルをちらっと見てそのまま興味無さそうに視線を戻した。
女の方は、術に集中しているらしく、アルの事はまるで眼中にないらしい。
そんな時に、女の後ろから『フロッグミス』と『グロスネーク』が近づき、いまにも攻撃しそうな態勢になっている。
アルの行く手にも、『ニードルモンキー』が待ち構えている、本来他のパーティーに干渉するのはご法度だが、どうも男の方は女の7~8m前方で魔物とやり合っている。
女の方も自分の前にいる魔物に精霊魔術を使おうとしているらしく、気づいていないようなので、まあ後ろだしわからないだろうと思いエイジが処理する事にしようと魂話していた。
【アル、向こうのは俺が『阿』と『雲海』でやるから、前の『ニードルモンキー』頼む】
【わかった】
こういう時アルも慣れたもので、すかさず前にいる『ニードルモンキー』の右側、アルから見て左側に移動して延長上に女の後方が見えるような位置取りをしてから攻撃に移る。
この辺りは、かなり練習したので動きもスムーズだ。
アルとエイジは、二人? 合わせれば最高で五つ同時に得物を使う事ができる。
アルが『嵐』と操魔術で『絆』を、エイジが操魔術で三つを操る事ができる。
其の為、相手が一人もしくは一匹の場合は、手数で圧倒する事ができるという強みをもっている。
では、二人もしくは二匹相手だったらどうか?
通常一人では武器を使いながら操魔術で操れるのは一つだけなので、それが倍になろうと四つという事であり、アルとエイジの方が手数で勝るから問題無い。
とは残念ながらいかず、状況次第ではやられる可能性が高い。
それは、視界の問題だった、感覚同調で視覚を同調しているので、アルが見てるものはエイジも見えるが同じ理屈で、アルが見て無いものはエイジも見えない。
つまり、前方に敵が固まってくれれば何の問題も無いが、前後にはさまれては手数はあっても、見えない後ろには対処が出来ないのである。
そこで、アルはエイジと協力して戦闘する場合は、常に対処するべき全部の敵を視界におさめるような位置に、移動する事を心掛けているのである。
今回はまさにそのケースで、アルがそのまま真っ直ぐに敵に突っ込んで戦闘を開始した場合、女の後方にいる魔物はアルの視界の右端にも映らない事になり、エイジもどこに『阿』と『雲海』を使えばいいのかわからなくなるところだったのだ。
練習の成果を発揮して、絶妙な位置取りでアルは問題無く『ニードルモンキー』を両断、エイジもほぼ同時に向こうの『フロッグミス』と『グロスネーク』を打ち抜いて対処を完了する。
今日は魔核鉱石もそれなりな数あるので、今倒した分を拾う事もせず時間も余り余裕が無いので、そのまま第3階層への階段を走って上がって行った。
それを、男女二人組は呆然と見送っている。
「・・・・なんだ? 今のやつ剣使いながら二つ飛ばしてきてたのか?」
「・・みたい、それも凄いスピードだったよ、あたしよりも、ううん、
セルよりも速かったよ」
「シャル、顔見たか?」
「ううん、『羽』だったみたいだけど、ちょっと距離あったからわかんなかった」
「あんなやつがいたのか・・」
「びっくりした・・」
遠いため相手の人種まではわからなかったので、エイジも見えないだろうと思っていたが、知っていたら少し考えていたかもしれない。
これは二つの意味で、つまり相手が後方にいる敵を認識していないだろうから、助けようというのと、例えこちらが剣を使いながら二つの鉄球を飛ばしたとしても、後ろ側だから見られないで済むと考えた為。
しかし、シャルと呼ばれた女もまた、セルと呼ばれた男も後方の魔物に気づいていた、当然迎撃する用意もあったし、アルの動向も把握していた。
二人は触角人種だった。
触角人種の外見的特徴は、眉頭の辺りから二本出ている5㎝ほどの触角がある事。
この触角は有翼人種の羽のような飾りでは無く、センサーの役目を持っている、
温度や湿度何よりも気流の流れを敏感に察知する能力に長けている。
このため、例え見ていなくとも周囲の状況を掴むのは、十八番といえる技能であるといえる。
魔力も六種族中、有翼人種に次いで二番目に高い、なので触角人種は総じて魔術で戦闘する者が多い、この二人もそうだった。
「こっちもそろそろ引き上げるか」
「・・・・あっ、もう? ここ着いてからまだそんなに時間経ってないけど」
「戻りの時間考えたらそろそろ厳しい、無理する必要ないんだ行くぞ」
「はあーい」
それにしてもとセルと呼ばれた男性は考える、あの『羽』はソロだったようだが俺たちよりも深い階層に行っていたんだろうか、確かにあの腕前ならば可能かと、先ほどとは打って変わって俄然あの男に興味がわいていた。
シャルと呼ばれた女性は、恐怖の感情が大きく膨れ上がっていた、おそらくは自分を助けるために魔物に対して攻撃してくれたという事は理解している。
だが、自分は後方に魔物がいて自分を狙っている事を把握して警戒していた、にもかかわらず視認していないので良くわからないが、鉄球とおぼしきものを使い魔物の命を奪った、触角人種である自分が反応できない速度で。
それはとりもなおさず、相手がその気だったら自分の命が失われていた可能性を示している。
自分より強い者を見たことはある、勝てないと思わされた事もある、それでも命が奪われる瞬間すら意識できないとまで思わされたことは無い、いや無かったこれまでは。
さすがに、二人ががかりで後れを取るとまでは思っていないが、出来れば二度と会いたくないとは考えていた。
アルは現在第2階層を移動中。
【あっ、良く考えたらさっきの二人、魔術使ってたよね?】
【ああ】
【声掛ければ良かったー、失敗したなー】
【まあわかるけど、だったらちゃんと目標決めといた方がいいぞ】
【目標って?】
【このダンジョンでどうするか、というか何を持って終わりとするかの終了条件だな】
【どういう意味?】
【アルの自分を鍛えるためにって理由は、他人から見たら漠然としてるから、例えばアルが十分なチカラがついたとして、もうダンジョン潜るのはやめるって決めたとしても、自分一人ならかまわないだろうけど、他人が一緒だったらあまりにも自分勝手すぎる、ただ相手を利用しただけに思われても仕方ない】
【そうかな? 一緒にやってればその相手も鍛えられるわけでしょ?】
【自分だったらどうだ? ダンジョンに付き合ってくれって言われて一緒に潜ってたら、突然もういいやじゃあって言われたらこいつ勝手だなって思わないか?】
【・・ああ、うん、確かに思うかな】
【だろ? だからあらかじめここまでやったらパーティー解消というか、このダンジョンに潜るのはやめますって決めておいて、組む時にこれをクリアするまで一緒にやらないかって声かけた方が、目標になるし終わりが見えて頑張れると思うんだよ】
【じゃあ、どう言えばいいのかな、うーんと、第7階層を目指しませんかとかかな?】
【アルの思う通りにしてみるんだな、まあ一般的にはそれじゃちょっと中途半端だから、開かずの宝箱目指すとか、最下層目指すとか、最初に何か宝を得るまでとか色々考えられるから、何かに決めておいて後は実際に相手の意見も聞いて、お互いに納得できるところを探すってのがいいんじゃないかと思うぞ】
【そうだね・・うん、そうしてみるよ!】
ほどなくしてダンジョンの外へ出た、時刻は夕方6時をまわったくらい。
ダンジョンを出てリンドス亭へ、いつもの道を歩いて行く。
帰り着いてすぐに席について、早速夕食を食べる、すると、給仕のナルちゃんが僕のテーブルに来てじっと僕の顔を見ている。
「どうしたの? ナルちゃん」
「やっぱり早く慣れるためにも、『おにいさん』って呼んだ方がいいかな?」
「・・今まで通りでお願いします」
「えー、どうせそうなるんだったら早い方がいいじゃなーい」
「だから、何度も言ってるように、何にも決まってないんだからそういう事言わないの」
「・・まさかとは思うけど、お姉ちゃんとの事は遊びだったの?」
「ブフォッ、ガハッ、なっ何言ってんの! いっ一緒に遊びに行っただけだって」
「じゃあ、アルさんは好きでも無い人と一緒に遊びに行くの?」
「・・・・」
「ほら、やっぱり!」
「・・ちょっとアレだから、部屋に戻らないと」
「あー、逃げる気だー」
「いや、ちょっと、その、なんだから、じゃあね、おやすみ」
なんとかナルちゃんから脱出? して部屋に戻る。
【ねえ、エイジ】
【なんだ?】
【ちょっと思ったんだけど、誰かとパーティー組んでやるんだったら、エイジとパーティー組むって事にするってのはどう?】
【それも一つの方法ではあるな】
【でしょ? エイジが操魔術であの植物たちやっつけて、何が出るか知らないけど、第7階層からはまた僕がやるってのでいけるんじゃないかな?】
【ただな、一つ忘れてるぞアル】
【えっ? 何?】
【時間だよ】
【時間って?】
【今のように半日で帰るなら、第5階層が限界だ、仮にそれよりも下に潜るとしたら、どこかで休憩若しくは睡眠をとらなければならない。
そして俺たちは片方ずつ交互に休むって事が出来ないときてる】
【あー、そうだったー】
【まあ目的が現状手詰まりな状況をなんとかするって事なら、俺と組むって事にした事で、実際に行動に移してはいないが、一応問題はクリアっていってもいいけどアルはどう思う?】
【うーん、いまいちスッキリしないなー】
もう一つ結論が出ないまま、その日はおとなしく眠りについた。
◇◇◇◇◇◇
翌日は休日、まあ勝手に自分で休息日にあててるだけだけど。
良く晴れた、いい天気。
いつものように、呼びに来たナルちゃんと会話する。
「おはよう、ナルちゃん」
「おはよう、アルさん、どう? 結婚への決心はついた?」
「まったく、そんな事ばっかり言って、ナルちゃんもせっかく美人さんなんだから、もっと大人しくしてればいいのに」
「あれっ、もしかして私に乗り換える? いいよ、今ならギリギリ間に合うかな」
「なんでそうなるの?」
「照れない照れない、アルさんもここにきて私への想いに気づいたってとこじゃないの? 私だってお姉ちゃんほどじゃ無いけど成長中だからね、お買い得だよ」
微妙な手つきでピンポイントな場所を押さえている。
確かにそうかもしれないが、確認する術は無いし、ここはいつもの。
「・・さてと、朝ごはん朝ごはんっと」
「あー、また逃げたー」
その後、朝食を食べてナルちゃんの追撃をなんとか躱し、リンドス亭を出た。
とりあえずは、久しぶりに傭兵ギルドへ顔を出してみる。
キシンさんがいれば、かなりな高確率で依頼を押し付けられそうではあるが、最近はそう頻繁でも無いのでいいかなとも思っている。
それに、あんまり間隔があき過ぎると顔出しづらくなりそうだし、何か面白い依頼があるかも知れないから定期的にチェックはしておきたい。
そんな訳で、傭兵ギルドに到着し、早速中に入り依頼書をチェック。
どうやらキシンさんは留守らしい。
あの大きな体が見当たらないし、なにより二階からでも聞こえてくるでっかい声が聴こえない。
ほっとしたような、何やら物足りないような変な気持ちでいると、後ろから声を掛けられた。
「昨日はどうも、『羽』の剣士さん」
振り向くとそこには、男女の触角人種の二人が立っていた。




