第36話 満足 やっぱりか
リンドス亭を拠点にダンジョンへ潜って、早いものでもう二年が経つ。
キシンからの依頼のわんこそば状態は脱し、今は比較的ゆるやかなペースに落ち着いている。
無くなってはいないところが、微妙に未練を感じさせるが。
具体的に、アルを上級者にしなければならない理由や、受けさせたい依頼があるかどうかはわからないが、どうもキシンはアルを取り込んで傭兵団を作りたいんじゃないかと思うんだよな。
今、アルはダンジョン第5階層にて戦闘中。
以前に提案した、入口から第4階層までを俺が片っ端から操魔術で倒して、アルは体力を温存して移動に専念する作戦を発動し、ここに到達している。
アル自身が戦う時間が、それまでに比べて格段に短くなったので、今は朝からダンジョンへ入るようにしている。
わざと混んでいる時間帯を狙って移動する事で、戦わないまでもせめて回避の訓練になればという、少々せこい考えでやっている。
なによりも依頼を受ける事が多いので、どうしても昼夜逆転してると、どちらに対しても修正するのが難しいというのがその理由だったりする。
第5階層は植物エリアと呼ばれている。
実際に植物が生えているわけでは無く、見た目植物に似た魔物が出現する事からのネーミングだ。
サボテンのような外見の『パイン』、こいつはその場を動かないが、ある一定の範囲内に入ると途端に、体の表面を覆っている針を飛ばしてくる。
『ひだん』は、太い幹のような体で、多数の蔓を操り標的に絡めて、締めつけながら体液を干からびるまで吸い取ってくる。
その『ひだん』に寄生しているのが『節枝』で、一見枝が幹から生えているようだが、その枝が伸縮を繰り返して獲物を串刺しにしようとしてくる。
見た目愛らしいのが『ぐるぐる』で、ひまわりのような姿かたちながら、根っこのような細い無数の足で移動するがこれが遅い。
それに油断していると突然空中に浮かびあがり、精霊に働きかけ風魔術で風の刃を飛ばしてくる。
この階層の魔物は、アルにとって相性が悪い。
其の為、ここに初めて来た時から苦戦続きだった、今もまだ。
【エイジ、そろそろあがるよ】
【ああ】
今日も、成果としてはもう一つといった感じで、時間切れとなってしまった。
ダンジョンを出るまで移動に専念しているので、アルがよく話しかけてくる。
【なんか5層から、急に魔物が強くなった気がするんだけど】
【確かに、階層を降りるほど強くはなるだろうけど、それほど極端ってほどじゃ無い、どっちかっていうと相性の問題だと思うぞ】
【相性?】
【ああ、魔術主体特に精霊魔術を使えるやつがいれば、かなり楽になるし、操魔術でもずいぶん違う、近接武器だと遠距離攻撃してくる魔物相手では、どうしても戦いづらいだろうな】
【うーん、そうすると打つ手無しって事?】
【このままじゃな、ディネリアとソニヤがいればパーティー組むって手もあったんだが】
【そっかー、難しいとこだなー、苦手だからって逃げるのはなんか違う気するし、かと言ってここに拘る理由も無いから場所替えてもいいけど、うーん】
【アル、完璧を目指すなとは言わないけど、出来る事と出来ない事をちゃんとわかった上で、出来ない時にどうするか決めておくぐらいで充分だと思うぞ。
人はそう便利に出来て無い、苦手な事だってそりゃあるさ、それになんでも自分一人だけでやろうとするんじゃ無く、場合によっては人の手を借りるのもそう悪い事じゃないぞ】
【・・うん、そうだね、少しこれからの事考えてみるよ】
【そうだな、後悔の無いようにな】
ダンジョンから出る間、そして出てからのリンドス亭までの時間も含めて、アルはずっと今後について考えを巡らせている。
確かに、5層の魔物はやりづらい、『パイン』は射程が長く攻撃範囲が広いので、どうしても大きく避ける事になってしまい、攻撃できる距離まで近づくにはかなりな時間を要する。
『ひだん』と『節枝』はほぼセットで出現する、こちらも蔓は長く本数も4~6本ほどと多くそれに加えて、『節枝』も攻撃してくるのでかいくぐり近接するまで、とても大変で時間もかかる。
唯一楽な『ぐるぐる』も、ひとたび空中に上がってしまえば操魔術で仕留めるしか無く、他と一緒に出てくれば途端にやっかない相手となる。
これ全部を自分一人で倒しきるには、残念ながら実力というか『嵐』と僕の操魔術では無理がある。
かといって、苦手だからと逃げていいものだろうか? どんなにやりづらかろうと切り抜けなければならない場面があるんじゃなかろうか。
・・・・・・いくらなんでも考えすぎか?
そんな事を考えていたら、リンドス亭に帰り着いていた。
夕食の後、中々答えの出ないこの問題を考えている内に、眠りに落ちてしまった。
◇◇◇◇◇◇
割と早い時間に寝たので、パッチリと目が覚めた、爽快な朝だ、エイジもすでに覚醒している。
「アルさーん、朝だよー」
早起きしたので装備も大丈夫、ドアを開けて朝の挨拶をする。
「おはよう、ナルちゃん、いい朝だね」
「なんかご機嫌だね、やっぱりお姉ちゃんに会える日だから、
早くに目が覚めちゃったの?」
「いや、そんなんじゃ・・今日マルちゃんお休みの日だっけ?」
「しらじらしー、知ってるくせにー」
「知らなかったって」
「ふーん、まあそういう事にしといてあげる、朝ごはん出来てるよ」
本当に知らなかったんだが、なんか流れ的にとぼけてるみたいになってるのはまずい。
こうなると会うの気まずいな、今日は休息日にあててるから、どっか遠くに出かけちゃおうかな。
でも、最近依頼とかであんまり会えて無いから、たまにはゆっくりお話したい気持ちも無い事も無いんだよなー。
朝食の後、中々どうするか決まらない中、やっぱり出かけようと外に出たら、こちらに歩いてきたマルちゃんの姿が見えた。
向こうも僕に気づいて、小走りに駆けてくる、もの凄く揺れてる部分に目線がいかないようにっと。
「おはよう、マルちゃん」
「おはようございます、アルさん、あの、お出かけしちゃうんですか?」
「あー、うん、えーっと・・そうだ! マルちゃん今日いつまで居られるの?」
「寮の夕飯の時間までには戻ろうと思ってますけど」
「今日は、おうちでなんかやる予定ある?」
「いえ、特には」
「じゃあさ、これから僕と一緒にお出かけしない?」
「えっ?」
「そうだな、どこがいいかな、うーんっと・・ゴナルコって行った事ある?」
「なっ無いです」
「それじゃあもしよければ、ゴナルコまでご飯食べに行かない? だめかな?」
「だっダメじゃ無いです!」
「よし、じゃあ決まり」
「あの、心配するといけないから、お母さんに言ってきていいですか?」
「うん、そうだね、その方がいい、言っといで」
「はい! すぐ戻ってきますからね」
マルちゃんは、急いでリンドス亭へ入っていく、そんなに急がなくても帰る時間には間に合うと思うんだけどな。
そうだよ、何が気まずいってナルちゃんに冷やかされるのが困るんだよな、それさえ無ければいいんだよ。
二人で出かければそんな事にはならないし、ゆっくりお話もできるんだから、こうすれば良かったんだ、よかった思いついて。
・・ここはアルと魂話しておくべきだろうか、誰がどう見てもアルがデートに誘ってマルールがOKした図なんだが、どうもアル自身が理解してない気がする。
あの受け答えからして、マルールはしっかり意識している、男性が女性にデートを申し込むという事は、つまりはその相手をそう思っているはずで、という事はアルが自分に対してと思っているはず、そして常識的にそれは正しい。
問題はこの朴念仁である、ロナに言ってくるという事は当然ナルールにも話は伝わる、そうなればどう考えても今以上に囃し立てられるのは目に見えている。
それが、単なる憶測とかでは無く、実際にデートに行ったという事実に基づくのだから、これは外堀埋められる可能性が高い。
俺としては、アルがマルールとくっつこうが別れようが、どっちでもかまわない。
だが、当の本人が覚悟も無いままやってるとすると、相手この場合マルールが傷つくだろうから、それが気の毒に思える。
男が振られようがどうしようがかまわないが、女の子がってのは痛々しくて見てられない。
しかし、余計な事言うと変に意識して、上手くいくものもダメになりそうだしな、・・・・ここはとりあえず様子見でいいか。
マルちゃんが戻ってきたんで、二人で北側の馬車屋まで歩いてそこで馬車を借りて、反対側の南門から一路港町ゴナルコを目指した。
当然僕が御者台で馬車を操っているが、マルちゃんが後ろでは無く隣にいる。
着くまで後ろにいていいよと言ったんだが、座れるスペースがあるからと、隣に座ってちょっと硬い表情をしている。
結構揺れるから、酔ったりしてるのかもと思い声を掛けた。
「マルちゃん、もし気分悪いんだったら無理しないで、後ろで休んでていいよ」
「あっ、あの、大丈夫です」
「ならいいけど、せっかく行ったのに気持ち悪くて食べられないなんてなったら勿体無いからさ」
お話するのにマルちゃんの方を向くと、自然と馬車が振動するたびに、とても揺れてしまっているところに目を奪われそうになる。
気持ちを取り直して、話しかける。
「学校の勉強はどう? 難しい?」
「なんとかついていけてます、新しい事を覚えるのは楽しいですから」
順調そうで安心した、本当に勉強するの好きなんだな。
「将来はどういう機関に勤めるとか決めてるの?」
「まだはっきりとは」
「場所はやっぱり、ヨルグを希望してたりするのかい?」
「はい、でもこればっかりは空きが無いと、どうにもならないんで」
「そっかー、勤務地がどこになるかわからないってのも、大変だねー」
「あっ、あの、アルさんは、今後その、ヨルグを離れる事は考えてるんですか?」
「うーん、決めては無いんだけど、そろそろ他に行く事も検討してるんだー」
「・・そう、ですか・・」
なんかマルちゃんは黙って俯いてしまっている、元気なさそうだな。
「あーっと、マルちゃんはゴナルコ初めてって言ってたけど、どこか行きたいとことかあるの?」
「あの・・アルさんの生まれたとこって、どんなところなんですか?」
「僕? 僕の生まれたのはイセイ村っていう、何にもない田舎だよ、お店なんか一軒も無くて、月に一度行商の人が来るだけのね」
「のどかな所なんですね、私は、その、のんびりしたところがいいかなーって」
エイジは考える。
・・・・今のはどう考えても、マルールがアルに想いを伝えたってとこなんだが、この沈黙はわかってるんだかわかってないんだか。
なんで、じっとマルールの顔を見つめてるんだろうか、これで気づいて無いなんてことは、いくらなんでも・・でもアルだしなー。
アルはマルールの顔を見ながら、こんな思いを抱いていた。
マルちゃん、ちょっと顔赤いな熱でもあるのかな? しかし久しぶりにじっくり顔見たけど、やっぱ美人さんだな。
でもラムシェさんやロナさんとは、血のつながりは感じさせるけど少し違う系統な気がする、なんというか、そう親しみやすいというか愛らしいというか。
そんな事を考えてたら、ゴナルコに到着した。
久しぶりに来たけど、やっぱり港が近いだけあって潮の香りがしてる、マルちゃんも珍しいのかキョロキョロ周りを見回している。
えっと確か一番大きな通り沿いだったからっと、・・あっあった、ここだここだ、『サルギス軒』まさか休みなんてことは・・良かった開いてる。
馬車を所定の場所に停めて、降りるマルちゃんを両脇に手を通して抱き上げる、恥ずかしがってるマルちゃんも可愛いけど、この目の前の圧倒的な存在に顔が触れないようにするのに全神経を使ってて、まるで見れなかった。
店内は盛況で、これは無理かもと思いつつ店員さんに「二人なんですけど」と告げると、丁度テーブル席が空いたんで座る事ができた。
メニューを貰いマルちゃんに渡すも、「アルさんにお任せします」と言われてしまう。
確かに僕が誘ったし店を決めたのも僕だけど、大してこのお店にも料理にも詳しく無いんだけど。
まあこの間と同じランチなら外れないだろうと思って注文してみる。
出てきた料理は切り身の焼き魚で、なんか見た目あまりにも普通でちょっと拍子抜け。
しかし、香りがとても良く一口含んでみると白身のお魚にもかかわらず、とても味わい深くて脂とは違ううま味が、ひと噛みごとに溢れてくる。
香草や香辛料が使われてるのはわかるけど、その組み合わせがわからない位複雑な味わいがしてる。
マルちゃんと顔を見合わせて、互いにその表情で「美味しい」を共有してるのがわかる。
新鮮なお魚をただ焼くだけじゃ無く、あんな味わい深い一品に仕上げるなんて、やっぱり繁盛してるお店だけあるなー。
お店を出て、腹ごなしに二人で街を御散歩、海を見たこと無いというマルちゃんのリクエストで、港まで足を伸ばしてみた。
マルちゃんも、とっても満足してくれたようで、海の水面に反射した光が当たっているのか、心なしか笑顔が輝いて見える。
「ここの対岸がラシー国のネナ港、前に傭兵ギルドの依頼で一度だけ行ったことあるんだ」
「どんなところなんですか?」
「仕事だったんであんまり街は見れなかったんだ、印象では同じ港町だし近いからか、こことあんまり変わらない感じだったかな」
「いいなー、お仕事でも色んなところに行けて」
「今度ネナにも行ってみようか? あっでも船の時間もあるから日帰りはちょっと無理かな」
「えっ、・・それは、その、泊りがけってこと・・ですか・・」
「朝早くヨルグを出て、ここに着いてすぐに船に乗れたとして・・やっぱり日帰りは難しいかなー」
「・・そっそれは、その、あの、まだ早いっていうか、・・でも、アルさんが、
その、どうしてもっていうなら・・・・」
「まあ、なんとか方法考えてみるよ」
「・・・・はい」
なんだかマルちゃんが、あんまりしゃべらなくなってしまった。
話しかけても、なんかボーっとしてるというか、なにか考え事だろうか?
俯いてる割には、歩いていてちょこちょこつまずくので、危ないから手をつなぐことにした。
僕はイセイ村にいた時には、出かける時にいつもアーセが一緒で、必ず手をつないでいたので慣れてるけど、マルちゃんは少し恥ずかしいのかな?
顔が赤いけど、海辺で日差しも結構強いからかな、あんまり日に焼けたんじゃ申し訳ないな。
馬車の停めてあるところまで戻り、あまり時間の余裕も無いので帰る事に。
帰りの道中は、「ちょっと休んでます」と言って、マルちゃんが後ろに引っ込んでしまったので、一人御者台で馬車を操っていた。
夕方、ヨルグに帰り着きそのままリンドス亭まで馬車で行って、一旦馬車を停めてマルちゃんを降ろし、無事に戻った旨本人からロナさんに知らせてもらう。
その後、再び馬車に乗り込みマルちゃんを寮まで送っていく。
「今日は楽しかったよ、また今度どっか行こうね」
「こちらこそ、あの、今日はとっても楽しかったです」
「じゃあまた、勉強頑張ってね」
「はい、あの、その、また誘ってくださいね」
こうして楽しい休息日は終わりを告げ、馬車屋に馬車を返して徒歩でリンドス亭へ帰り着いた。
夕食時には、勿論ナルちゃんの猛攻撃があったが、なんとかかわして部屋に戻り、ベッドに横になる。
すると、今日はじめてエイジが話しかけてきた。
「アル、今日からお前のあだ名はKYだ」
「えー、なにそれ? なんかカックいい!」
アルに春は遠いというか、やって来ないんじゃないかと不安に思うエイジだった。




