第35話 表明 あーそういう関係か
ディネリアとソニヤが、この城塞都市ヨルグを出てから半年が過ぎていた。
その間も僕はダンジョンへ己を鍛えるために欠かさず、とはいかず、それどころかまるで行けていない。
なぜならば、傭兵ギルドの依頼が日数がかかるものが多い上、休息する日はとれるものの、終わるとすぐまた別の依頼が舞い込んでというかやらされて、ダンジョンへ潜る時間がとれないのだ。
原因は、勿論あの人だ、すでにループが出来上がってしまっている。
ようするに、依頼に出かける、戻ってきて休息日をとる、傭兵ギルドへ報酬を受け取りに行く、新しい依頼を押し付けられる、このコンボが炸裂しっぱなしなのだ。
どうも僕を少しでも早くに、自分と同じ3級にしたいらしい。
以前の王女さんの誘拐事件の時に、僕の等級を8級から6級に上げたのは、相当に無理を通したらしく、これ以上は特例は認められないという。
そこで正規の手順でつまりは普通に依頼を多くこなして、その達成数を積み上げて昇級させるためにやっているらしい。
問題は、なぜこんなにも僕を3級にしたがっているのかという事だ。
傭兵ギルドの等級は、1級から10級までの10等級。
等級によって、10級は初心者、9~7級は初級者、6級~4級は中級者、そして3級~1級が上級者と一般的に呼ばれている。
傭兵ギルドは、各国のギルド同士で連携してはいるものの、基本的には国営の組織であり職員は全員公務員である。
各依頼を受諾するにあたって、何等級が適切かを判断し決定するのも担当職員であるが、一つだけ決まっていることがある。
それは、国及び王族からの依頼は、3級以上の上級者しか受けられないという事である。
どうやら僕に、上級者用の依頼を受けさせたいみたいだが、僕自身はまだそんな大きな依頼を受けられる自信は無い。
元々ここには、何かを背負って力を振るうのに、力不足だと感じたから、自分を鍛えるために来てるのだ。
未だに何も掴めた気がしていない状態で、依頼を受けるのは怖い、またあの時のような後悔をする事態になるんじゃないかを考えてしまって。
今日は休息日にあてて、いつものように武器屋や防具屋を覗いてのんびりと散歩をしている、昼食も終えて後残る予定は一つだけだ。
ここまではいい、問題は次だ、そう昨日までの依頼の報酬を受け取りに、これから傭兵ギルドへ行かなければならないのだ。
ここ最近矢継ぎ早に依頼をこなしているので、金銭には余裕があるとはいえ、報酬は報酬でなにがあるかわからないので、キチンと受け取っておかなければならない。
覚悟を決めて傭兵ギルドに来た僕は、またいつものようにキシンさんに次の依頼につきあわされるんだろうなと思いつつドアを開けると、いつもの大きい声は聞こえないし、なによりあのでかい体が見当たらない。
なんで? と思いつつ受付で要件を告げ報酬を受け取る。
何の問題も無く用事が済んでしまい、逆に不思議な感覚に包まれる、しかし気を取り直してみるとじわじわと実感が沸いてくる。
やっと、やっと解放されたんだという晴れ晴れとして爽快感、ここ最近味わってなかった、明日からの自由な時間を考える喜び、この幸せが逃げないように、一刻も早くここから逃げ出さないと。
傭兵ギルドを出て、このまままっすぐ戻るのもなんだなと思い、久しぶりにダンジョンへ行ってみる事にした。
今行かなくても、明日はどうせダンジョンに行く予定にするつもりだったが、まあ久しぶりだったのでちょっと1・2層辺りで腕慣らしでもしようと思って。
こうして、ウキウキした気分でダンジョンへの道を歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇
一方リンドス亭では、昼過ぎに珍しい客を迎えていた。
「ナル! 久しぶりじゃなー」
「! 御爺ちゃん、おひげ痛いよ、もう!」
「わっはっはっすまんすまん、マルは学校か?」
「うん」
「そうか、残念じゃな」
ナルールからみて、母方の祖父と母親の妹が約二年ぶりにリンドス亭を訪れていた。
祖父は、可愛い孫娘との久しぶりの再会にテンションが上がって、抱きしめて頬ずりしたのが痛いと文句を言われているが、気にせず上機嫌だ。
「お父さん、ご無沙汰しています、体は大丈夫?」
「うむ、問題無い、元々職を譲ったのは体の問題じゃないからな、
お前も元気そうでなによりじゃな」
「姉さん、久しぶり」
「本当にね、あなたはどう? まだ身を固める気は無いの?」
「よしてよ、私はそんなの興味ないわ」
「いいの? お父さん、これじゃ一生このままよ」
「むう」
久方ぶりの再会で、話に花が咲いている。
「ナル、久しぶりね、少しは女らしくなったかな?」
「もう、お姉さんは、あたしだってもう13歳なんですからね、
もうすぐお嫁にだって行けるんだから」
この二人は叔母と姪という関係ではあるが、母と叔母とは9歳離れていてまた、自分と8歳しか離れていないので『お姉さん』と呼んでいる。
決して小さい頃にその辺の事を考えずに、『おばちゃん』と言ってしまった時の目が尋常じゃ無いほどに怖かったからではない。
「なに? まさかもうそんな相手がおるのか?」
これに過剰に反応したのは、可愛い孫娘に過度の愛情を抱いている祖父だった。
「まさか、あたしは特にそういう人はいないけどー、お姉ちゃんはもしかすると、もしかするかもよ」
「なんだと! マルは学校行っとるんじゃないのか? まさか学校に相手がおるのか?」
「落ち着いて御爺ちゃん、まだ決まったわけじゃ無いんだから」
「まだじゃと? おいロナ! どこのどいつじゃマルの相手っちゅうのは!」
「お父さん落ち着いて、ナルが言ってるだけよ、そんな予定は無いから」
「むう」
とりあえずは落ち着いたのか、皆キアラウと話すのに厨房の方へ移動していく。
「ねえ、そのもしかするのってどんな人?」
「うーんと、あたしの三つ上だからお姉さんの五つ下で、変わってるけど変な人じゃないよ」
「? 変わってるのに変じゃ無いってどっち?」
「うちのお客さんでもう二年近くも泊まってるの、で、ずーっとダンジョンに一人で潜ってるんだって、あっ最近はギルドの依頼ばっかりみたいだけど」
ダンジョンにソロで潜るのは、特に変わってるわけでは無い、但しそれは短い期間ならば。
ソロではそうそう下の階層までは行けないので、本格的に攻略するにはどうしても複数人でパーティーを組んで臨むことになる。
そこを、ソロで一年以上も潜っているというのは、確かに変わっていると言われても仕方なかった。
「変じゃないっていうのは、どういう意味?」
「んー、口調は丁寧だし優しいし、読み書き算術も出来るし、なによりいい人だから」
「へー、それじゃ特に問題無いじゃ無い」
「でも、もしそうなるとお母さんが反対するんじゃないかな、安全なお仕事じゃないとって」
「ああ、それはあるかもね」
◇◇◇◇◇◇
堪能した、アルは心地よい疲れと共にリンドス亭への帰路についていた。
昨日依頼を終えて戻ったばかりで、半日だけとはいえダンジョンで戦闘した事で、疲労感はあったがそれよりも神経が休まったように感じる。
実際には、戦い慣れたダンジョンですでに三桁は屠っている相手とはいっても、命のやり取りの場において神経が休まる事は無い。
それでも、依頼と違ってかかっているのが自分の命だけだという、気楽さと言っては語弊があるが緊張感というか責任感が段違いで低かったせいで、こう感じていた。
其の為、上機嫌でエイジと魂話しながら歩いている。
【やっぱこれが一番だなー、しばらく依頼はやりたくないや】
【アルがそれでいいならいいけど、どっちでも得るものはあると思うぞ】
【そうだけどさー、なんかちゃんと自分で納得して受けて無いから、その点ダンジョンは自分で覚悟してるからさ、もう何があっても自己責任でいいけど、依頼はそうはいかないじゃん、まだ『嵐』もちゃんと使いこなしてるとはいえないし】
9歳の頃から使っていた『嵐』は、折れたわけでは無かったが鍛冶師のベルモンドいわく、かなり厳しい状況だったのでいざという時に使えないと困ると思い、新しく打ってもらったものに持ち替えていた。
今度はどんな名前にするのかと、エイジが聞いてみたところ【僕が持つ剣は、どれでも『嵐』って呼ぶ事にした】だそうだ。
判りづらいので、便宜上新旧でいうと、それまで使っていた旧『嵐』は角部屋に予備として置いていて、新しくベルモンドに打ってもらった新『嵐』を今は使用している。
ちなみに、港町ネナで購入した征龍剣と盾は、角部屋に置いておくのも邪魔なので、キアラウさんに相談して厨房の天井裏に置いてもらっていた。
こうして帰り着いたリンドス亭は、外まで聞こえるほど騒がしい音がしている。
ドアを開けた途端、目に入るのは屈強な男たちがえらい人数で、食べて飲んで大騒ぎしている風景。
はあー、疲れたなー、もう早くご飯食べて眠りたいなー、・・なんだろう? 凄い騒がしいけどなんかあったのかな。
なんだこれ? あそこに見える一際大きな体格の男の人が2人、一人はキシンさんだ! ギルドにいないと思ったけどこんなとこにいたなんて。
そんなアルに声がかかる。
「おー! アルじゃねーかよー、ひっさしぶりだなー」
「!? リバルドさん? うわー、ご無沙汰してます」
そこには、大勢の男たちと一緒になって飲み食いしてる、『月光』のリバルドさんが真っ赤な顔をしてテーブルに座っている。
僕は、リバルドさんに呼ばれてそのまま、そのテーブルのおそらくはリバルドさんが座ってたと思われる椅子に座らされた。
「もしかして、ここにいるのって『月光』の皆さんなんですか?」
「そーだぜー今日は俺らの貸切よー、おめーはこんなとこで、何してんだー?」
「僕は、二年くらい前からここに泊まって、ダンジョンで鍛えてるんですよ」
「ダンジョンー? んーなのいいからウチ入れよー!」
「前にも言ったじゃないですか、遠慮しときますよ」
周りがざわついた、少し様子を窺うような感じの後、元に戻っていったがなんだったんだろう?
そんな中、向こうのテーブルからラムシェさんが歩いてくる。
「アルくん、久しぶり、ずいぶんたくましくなったじゃない」
「ごっご無沙汰してますラムシェさん・・相変わらずその、おっお綺麗ですね」
また周りがざわついた、なんだろうと聞き耳をたててみると、「馬鹿かあいつ」「死んだな」「せっかくの宴会が」「これだから世間知らずは」などなど。
「ふふ、ありがとねアルくん♪」
さらに周りがざわついた、今度は「信じらんねえ」「どうなってんだ」「なにがあったんだ」「どういう関係だ」などなど。
しかし、ラムシェさんが振り向き見渡すと、途端にさきほどのざわつきが嘘のようにシーンとしてる。
なんか劇団みたいだなこの人たち、こういう訓練でもしてるのか?
そんな中、今度はキシンさんから声がかかった。
「アル! ちっとこっち来いや!」
巨漢二人の居るテーブルに移動する、一人がキシンさんなのはわかってたけど、もう一人はと思ったら団長のドリアスさんだった。
「ドリアスさん、ご無沙汰しています、イセイ村のアルベルトです」
「おお、覚えとるぞ、アルくんじゃな」
「アル、おめえ、だん、ドリアスさんと面識あったんか?」
「はい、子供の頃に」
そこにナルちゃんが入ってきた。
「意外ー、アルさん御爺ちゃんの事知ってたんだ」
「御爺ちゃん? ドリアスさんが?」
話を聞くと、ロナさんのお父さんがドリアスさんだそうだ、という事はロナさんってラムシェさんのお姉さんって事か、はー美人姉妹だなー。
というか、なんでこの場にキシンさんがいるんだろう?
「あの、キシンさんは、ドリアスさんとどういう関係なんですか?」
「なんじゃキシン、何にも言っておらんのか?」
「はあ、まああんまり言うような事じゃねえですから」
「アルくん、キシンはな五年前までウチにいたんじゃよ、事情があって退団したがの」
「えっ? キシンさん『月光』にいたんですか?」
「まあな、だから昔馴染みって訳だ、こっち来たっていうんで、な」
さらに話を聞くと、ここの旦那さんのキアラウさんも元『月光』団員だったそうだ、凄いなキアラウさん、団長の娘をお嫁さんに貰ったのか。
というか、ロナさんって『月光』の団長の娘なのに、傭兵の仕事嫌いなのか、複雑だな。
さらに話を聞くと、ドリアスさんは団長を退いて今はなんと、リバルドさんが団長なんだそうだ、そしてラムシェさんが副団長を務めているらしい。
再びラムシェさんがやってきた。
「ねえナル、さっき言ってたのってもしかして、アルくんの事?」
「うん、そうだよー」
「アルくん、マルと付き合ってるの?」
「いえ、そんな事無いですよ」
「えー、ひどーいアルさーん、お姉ちゃんにプレゼントあげたくせにー」
「あれは、ナルちゃんがあげてっていってきたんじゃないかー、それにあれはお詫びだし」
なんとなく、ドリアスさんの目が怖い。
「ダンジョンにソロで潜ってるって聞いたけど、何が目的なの?
もしかして開かずの宝箱?」
「いえ、ただ自分を鍛える為にやってるだけです」
「うーん、ダンジョンかー、悪いとは言わないけど、だったらリバルドの馬鹿が言う通り、ウチ入った方が色々鍛えられると思うけど、どう?」
「さっきも言いましたけど、遠慮しときますよ」
「どうして? なんかあるなら邪魔する気無いけど、特に目的無いんならさ」
「なんというか、うまく言えないんですけど、僕はまだ自信が無いんですよ自分以外の命を背負うのに。
困っている人の役に立ちたいって思いはあるんですけど、それにはまだ足りないものが多くて、それを少しでも補えるように今はまだ、自分だけの命を代償にする以外には責任持てないんです」
「・・なんだか、ずいぶん思いつめてるのね」
「そこまで深刻なわけじゃ無いですけど、自信が持てないまま他人の命がかかわる案件に、安易に手を出すのは相手にとっても無責任でしょうから。
自分なりに納得できる状態になるまでは、パーティーを組むことはあっても、組織に属して継続して依頼をこなすという事は考えていません」
いつの間にか、騒ぎが治まっていて、僕の所信表明演説みたいになってしまっていた。
でも、ここにいる皆さんには、僕の考えをちゃんと伝えられたので、結果的にはよかったかも。
リバルドさんは、すでにいびきをかいて寝てたけど。




