第34話 別離 人それぞれって事か
アルを除いて、若干重い足取りで山から引き揚げてきた四人。
行く時とと同じように、平原を『リハーブル』に見つからないように、群れを迂回しつつ横切っていく。
しかし、どちらにとってかはともかく、残念ながらこちらに気づいた一匹が突進してくる。
【よし、今度こそやってやる、アル『雲海』出してくれ!】
【はいはい、好きだなー】
前回の教訓を生かし威力を上げる為距離を長くして、さらに貫通力を増す為に『雲海』自体をドリル状に回転させながら、向かってくる『リハーブル』の横っ腹に突き刺した。
乾いた硬質な音と共に反対側に突き抜けた『雲海』を回収し、倒れて痙攣しているところを止めを刺して完了。
【やったぜ! やっぱ助走距離が長いと威力あがるな】
【そうだね、距離のとれる広いとこならではってとこかな】
【おっ? 言うじゃねーか、そんならもっと短い距離でやってやろうか?】
【もうきりが無いよ、せっかく無事に終わったんだから素直に帰ろうよー】
【わかったよ】
もうジンも驚かなくなっていた、こいつはこういう奴なんだ、認めてしまえば楽になる。
角を回収してサイライムス村に戻り、これからどうするか遅い昼食をとりながら話し合う。
今日は時間も中途半端なので、ここサイライムス村で泊まって明日出発する、これだとヨルグに明日中に着くのは無理で、明後日になる。
すぐに出発すると二つ先の村までは、かなり遅い時間になるが今日中に行けそうなので、うまくすると明日の夜にはヨルグに着ける。
全員急ぐ用事は無かったが、ここに留まる理由もまた無く、其の為にどうするか決めかねていた。
最終的には、ジンの「まあ急ぐ事も無いんだ、あえて無理する必要はない」という意見で、今夜はサイライムス村で泊まって明日出発する事にする。
まだ夕方前とあって、時間もあるからと村を散策するアル、ディネリアとソニヤも誘ってみたが「ちょっと話し合う事があるんで」と断られてしまい、ジンも「考えることがある」と消えてしまった。
歩きながらエイジと魂話するアル。
【みんなどうしたのかな?】
【うーん、ちょっとやりすぎたかもな】
【やりすぎたって?】
【今回ほとんど俺がやっちまったからさ、なんかやり切れなかったのかなって】
【でもしょうがないよ、それしか方法無かったんだし】
【まあそうだけどさ、言い方は悪いけど今回まるで役に立たなかった訳だろ、あの三人】
【まあね、それいったら僕も入れて四人だけどね】
【ちゃかすなよ、今後についてとか不安を感じさせたかなってさ】
【うーん】
宿屋では、ディネリアとソニヤがまさに今後の事について、話し合いをしている。
「リアちゃーん、どうしたのー、なんかずーっと考えてるけどー?」
「・・・・せっかく自分達だけじゃ受けられない、高い報酬の依頼に誘ってもらったのに、何にもできなかった・・それが情けなくって」
「でもー、アルさんはー特別じゃなーい? 比べてもーしょうがないよー」
「わかってるんだけど、でもこれから稼いでいくのにこのままでいいのかなって」
「どういう意味ー?」
「いろんな意味で考え直さないといけないかなって思ったの、例えばこのまま二人だけでいいのかとか、魔術に頼ってばかりでじゃ無く武器も使えるようにならないといけないかなとか、とにかく力不足なのを解消するにはどうすればいいのかなって思って」
「それはーそうだけどー、すぐにはー強くはーなれないんじゃーなーい?」
「そこなのよね、ちょっと急ぎすぎたかな、早く稼いで仕送りしたかったからここに来たけど、もっとなんていうか戦闘する上でのスタイルとかを、ちゃんと固める前に出来る事だけで進んできちゃったのが、ここにきて行き詰ってるって感じてるのよ」
「難しくてーよくわかんないけどー、リアちゃんがー言う通りにするよー」
「うん、ありがとう」
その頃ジンは、村での食事処でチビチビと酒を飲みながら、考えを巡らせている。
俺はこの歳まで腕を磨いてきた、戦いを挑み倒してきたやつらも少なくない、それなりな強さがあると思っていた、そう一昨日までは。
アルを見た目で判断して、大したこと無いと思っていた、これで自分が強いつもりだったんだから笑っちまう、俺の強さなんてなんの意味も無かった。
今回は俺にとって相性が悪かった、俺の武器や戦闘スタイルは対人戦をメインに作り上げてきた、だから魔物の討伐特に大型のものは元々苦手としている。
だから、ここで大して働けなくとも問題無い、そう思っていた、だけどじゃあ今回一人ですべてやってのけたアルに対して、対戦を挑んで勝てるのか? 俺は。
おそらくは無理だろう、あの操魔術の威力はもとより、あの速度で操られてはなす術が無い。
これまでは、例え魔物討伐で後れを取っても、俺の本領は対人戦でありそっちでなら負けないという自負があった。
それが、木っ端みじんに打ち砕かれちまった、やり合いもせずに、しかも向こうはそんな気さえ無いのに、一方的にこっちがやられちまったんだ。
どうしたらいい? 俺はこれからどうすればいいんだ?
一方ディネリアとソニヤは、一つ結論を出していた、ディネリアが決めたことをソニヤが盲従する形ではあったが。
ソニヤが両手を広げて、ディネリアにアピールする。
「リアちゃーん、おいでー」
「えっ、いいよ、大丈夫だよ」
「だーめー、こういう時はーこうするのー」
「う、うん」
ソニヤの胸に顔を埋めるディネリア、それを両手で抱きしめているソニヤ、これは二人が心細い時に行う恒例行事だった。
ディネリアが甘えているだけのようで、その実ソニヤもディネリアを抱く感触が、自身に安心とやすらぎをもたらしている。
これは、孤児院で育った二人が、足りないスキンシップを自ら補うために、二人の中でいつの間にか慣習化したものだった。
院の世話をする大人たちはやさしい、だが圧倒的に人手不足であり、
その手を多く必要としているのは、より年少の子供たちである。
年齢が上がってくれば必然的に、我慢する事を余儀なくされる、
まだ自然にその手を必要としなくなる前に。
そこで、院内でも仲の良い者同士は、手をつないだり寝る時に体を寄せ合ったりと、足りないぬくもりを補う意味で、自然と触れ合う事が多くなっていく。
今はこれをするぐらいに、漠然とはしているが不安を感じている、この行為はその表れでもあった。
アルが宿屋に戻り、しばらくして夕食の時間になってもジンは戻ってこない。
先に三人で食事をはじめ、終わったころにようやくジンが戻ってきた、かなり酔っているようで足元がふらついている。
ディネリアとソニヤの二人と別れて、ジンを部屋まで連れて行くアル。
その夜は、それぞれに思う事はあれど、何一つとして表面化する事は無く、静かに眠りについた。
翌日は、久しぶりのスッキリとした青空。
丸一日移動に費やして、サイライムス村から二つ先の村に到着しここで一泊。
翌日も晴れ渡る中、快調に街道を馬車でひた走り、夜になってしまったがドゥノーエルに到着した。
馬車屋に馬車を戻して徒歩で国境を通り、城塞都市ヨルグへ戻ってきた四人はその足で傭兵ギルドへと向かう。
夜も遅い事もあり、傭兵ギルドも職員以外は誰もいない閑散とした有様だった。
中に入り、今回の依頼を正式に請け負ったジンが受付で、依頼の完了の報告と共にその対象となっている、『リハーブル』の角と『マッドベア』の肝を提出する。
それらが受理され、引き換えに依頼の成功報酬が手渡される、ジンはその全額をアルに渡すと「お前らで分けろ」とだけ言って出て行こうとする。
慌てて引き留めるアル、とにかく落ち着いて話をしましょうと、ギルド内の打ち合わせスペースを借りて四人で話し合った。
とにかくアルが事を治めようと口を開く。
「皆で行って達成したんですから、ちゃんと皆で分けましょうよ」
「しかし、俺は実際何もしていない、報酬を受け取る立場にあるとは思えん」
「そんな事ないですよ、そもそも僕の等級じゃ受けられない依頼なんですから、ほら、二人も何とか言ってよ」
話を振られディネリアが口を開いた。
「その事なんですが、私たちも何も役に立っていませんので、報酬は結構です」
「そんな、解体作業だって手伝って貰ったし、ちゃんと仕事したって」
「いえ、ほぼ何もしてないも同じです、これでお金をいただいたのでは申し訳ないですから」
まいった、まさかの1対3だった、いやソニヤは何も言わないから実質1対2なんだけど、味方がいない事には変わりない。
アルは必死に大して上手くも無い弁舌をふるう。
今回はジンさんが受けたんだし、ちゃんと現地にも全員で行っている。
往復で結構な日数を拘束してるので、その間他の仕事を受けられない補てんも兼ねて、報酬はきちんと全員で分けるべきだと、ところどころエイジに魂話でアドバイスを受けながら三人(実質二人)に訴え、なんとか受け取る事を了承してもらえた。
ただし、追加報酬がある場合は、その全額をアルが受け取るという事も、同時に約束させられてしまったのだが。
今回の依頼は、『リハーブル』の角一本と『マッドベア』の肝一つだったにもかかわらず、複数狩れてしまったので他の分も一緒に提出してある。
これがしょぼい相手だと、「頼んだ個数以外はいらん」となりこちらで捌くしか無くなるわけだが、今回は相手が大きな商会だし、対象となるモノもいくつあっても困るものでは無いので、増えた分について追加で報酬が出る事がほぼ確定している。
その分まではさすがに受け取れないと、三人(二人)が拒否してきたので、ここは逆にアルが折れる形をとった。
なんとか無事に報酬を分け終わると、ジンさんが出て行く、ただ今度は僕の目の前にきて伝言を残して。
「俺はこの街を出る、キシンにはうまい事言っておいてくれ、迷惑かけたな」
「えっ? キシンさんと勝負する為にこの依頼受けたんじゃないですか?」
「そのつもりだったが、気が失せた、ちっと思うところがあって自分を鍛え直す事にしたんだ」
「そうですか・・」
「アルには本当に迷惑をかけた、すまなかったな、いつか会えたらこの埋め合わせはするからよ」
「いえそんなのはいいですけど、あの、どこに行くんですか?」
「・・今はまだ決めて無いが、なーにどうとでもなるさ!」
「その、じゃあお元気で」
「ありがとよ、そっちの二人も世話かけて悪かったな、じゃあまたどっかでな」
そう言い残してジンさんは、ギルドを出てどこともなく消えてしまった。
僕達は、三人でリンドス亭へ戻り、時間も遅いので別れてそれぞれの部屋へ。
なんだか最後に色々疲れたなと、ベッドに体を横たえてまどろむ時間も無く、そのまま眠ってしまった。
翌朝は、お腹が空いて目が覚めてしまった。
昨夜は、遅い時間にヨルグに着いて、傭兵ギルドで話し合いに時間がかかった事もあり、夕飯を食べずに眠っていたからだ。
いつものように、ナルちゃんが・・あれっ? ドアの外で気配はするけど声がかからない。
不審に思いドアを開けてみると、そこにはふくれっ面でこちらを見つめる、ナルちゃんがいる。
これはどう考えても、あんまりいい状況じゃないなと思いつつ、お腹が減ってるので食堂へ行こうと、外に出ようとしたら両手で押されて部屋に押し返された。
ナルちゃんが部屋に入ってきて、僕の鼻先をビシィッと音がしそうに指さして話し始める。
「アールーさーん、ど・う・し・て、お姉ちゃんの休みの日に限ってここにいないの?」
「いや別に狙ってる訳じゃ無く、というかマルちゃんお休みで来てたの?」
「昨日結構遅くまで、帰って来るかもと思って待ってたんだよ」
「あー、それは悪い事したなー」
「「悪い事したなー」じゃないよ! お姉ちゃんに学校まで会いに行ったんでしょ? なのになんでお出かけしてるのよー!」
「学校で会ったのは仕事で行って偶然で、マルちゃんに会いに行ったわけじゃ」
「どーだかー、偶然だったらなんで会ったの内緒にしてたのよ!」
「内緒ってわけじゃ無くて、ああ、うん、悪かったよ、ごめんなさい」
「お姉ちゃん泣いてたよー、結婚前から女を泣かすなんてだめだよ!」
これは完全にナルールの創作で、マルールは別に泣いてはいない。
マルールは確かに、アルが不在なのに落胆してはいたが、急に入った傭兵ギルドの依頼で出かけていると母親から聞かされたので、仕事ならばしょうがないと、残念ではあったがあきらめて納得していたのだった。
ただ、ディネリアとソニヤも一緒と聞いて、多少ざわつくものを感じないでも無かったが。
ナルールは、そんな姉の様子がたとえ涙を流していなくとも、心で泣いていると感じた故のこの言い回しだった。
しかし、アルは動揺する、してしまう。
キチンと約束していたわけでは無い、アルとしても巻き込まれた形での急な仕事で、断れない事も無かったがそうもできない状況でもあった。
だからといって、責任が無いというのも、いくらなんでも冷たいかなと思う程度には、アルもマルールを気に掛けている。
そんなアルの様子を見て、ナルールはある程度満足してその態度を軟化させる。
でも、このままだと同じことの繰り返しで、まるで進展が無いのはこれまでの二人を見てわかっている。
ここは、もう一押ししておくべきと、さもアドバイスを送るように、やさしく話しかける。
「アルさん、今度お詫びにお姉ちゃんに何かプレゼントしてあげて」
「何かって?」
「何でもいいよ、安くても、お姉ちゃんの事を想って買ってくれればさ」
「・・うん、わかったよ」
ナルールはほくそ笑んだ、これでいい、これで二人の仲は少なくともこれまでよりも近くなるだろう、なんとか互いに意識させて盛り上げていこうと。
これが、自身の気持ちの代償行為とは気づかずに。
食堂にて、ディネリアとソニヤを見つけ、挨拶して同じテーブルにつく。
朝食は普通に終わり、これからそれぞれその日の行動を開始するという時に、ディネリアからお話がありますと切り出された。
「実は、私とソニヤは近いうちに、このヨルグを出てファタに戻ろうと思っています」
「えっ? 急にどうしたの? 院でなにかあったの?」
「いえ、そちらは関係ありません、戻るのはこれからの事を考え直して、強くなるためにその方がいいと決断したからです」
ディネリアは、強くなるためという言葉を使ったが、本音はこのままここにいてはアルに甘えてしまう。
いつまでも世話をかけてしまうのが心苦しくて、申し訳無いのと同時に、その状態のままではいつまで経っても一人前になれないのではないかを危惧したからであった。
「ここで、ダンジョンに潜るのじゃダメなの?」
「ダメかどうかはわかりません、ただ今のままで将来に力がついてるという自信がありません、根本的に戦闘におけるスタイルを変えていこうと考えています」
「スタイルって?」
「まだはっきりとは決めていませんが、まずは人数を増やす事、来年には院でもまた成人する子がいますから、その中で私たちと同じようにして身を立てようとしている子がいれば、一緒にどうかと考えています」
「だったら、来年でいいんじゃないの?」
「他に、自分達自身の事もやはり見直して、魔術だけに頼るんじゃ無く武器でも攻撃できるように、我流じゃ難しいでしょうから教えを乞うてみようかとも考えています、まだどうなるかはわかりませんけど」
ここ城塞都市ヨルグも大きな街ではあるが、王都ファタの方がやはり人口も多く街も大きい。
ヨルグには無いが、ファタには武器によって様々な道場があったり、魔術の教室などもある、ここに通おうと言っているのである。
「アルさんにはお世話になってばかりで、まだ何も返せてもいないのに申し訳ありませんが」
「そんな・・そんなの気にしないでいいよ」
ここでエイジがアルに話しかけた。
【アル、ディネリア達には考えがあるんだ、快く見送ってやれよ】
【だってせっかく知り合ったのに、ここでだって強くはなれるんじゃないの?】
【考え方の違いだな、それにアルだって一生ここにいるわけじゃないだろ?】
【そりゃあ、うん、まあその内出て行くだろうね】
【だったらその時になって、二人がアルが居なくなったから、頼れる人がいなくなってダメになったなんて嫌だろう?】
【・・・・】
【二人はここで軌道修正を計りたいんだよ、アルにばかり頼らなくても大丈夫なように】
【・・わかったよ】
アルは、気を取り直して語りかけた。
「もう、日は決めてるの?」
「まだですが、一カ月以内にはと思っています」
「そうか、うん、わかったよ、これでもう会えないって訳じゃないもんな」
「はい、いつかはわかりませんが、今度お会いした時には少しでも御恩を返せるようになっておきます」
「いや、だからそんなのはいいって、二人には考えがあるんだよね、僕も先の事はちゃんと決めて無いけど、また会えたらよろしくね」
「こちらこそ、これまでありがとうございました「ましたー」」
成り行きで無理やりだった依頼が無事終わったと思ったら、こんな影響を及ぼすとは思っても見なかった。
一抹の寂しさを感じつつ、二人の前途が明るい事を願うアルとエイジだった。