第26話 覚悟 やっぱそうなるか
ネナの傭兵ギルドの打ち合わせスペース。
救出メンバー六名と、先ほど出会った有尾人種の二人組との八名で、テーブルを囲んでいた。
一通り自己紹介を済ませると、こちらはキシンさん、向こうは長槍を持ったヴァンフィールさんという人が、代表して話を進めた。
このヴァンフィールさんと、もう一人の短槍を持ったヒルライトさんは、『銀狼』という集団を率いているそうだ。
『銀狼』は、いわゆる義賊というやつで、悪徳商人や因業領主などから奪った金を、恵まれない人たちに配ったりしてるらしい。
キシンさんも、面識は無かったみたいだけど、ヴァンフィールさんの名前は知ってたみたいだ。
どうやら、重要な話になりそうなので、エイジを覚醒状態にしておいてと。
これまでの経緯や、ここでの話を一通りかいつまんで説明した。
そんな事をしていたら、話が核心に入ってきたみたいだ。
「で、ある筋から、テロンの王女がお忍びでこの日にここを通る、やるかやらないかは、そちらの好きにするんだなと情報が入ったんだ」
「そりゃあ、どっからだ?」
「義理があるんでそれは言えない、ただやれば大金貨一万枚はくだらない大仕事になる、一週間もあれば集められるだろう、何分にもこれはお忍びだから、向こうも事情があって大事にはしたく無い、やった後捕まったりするリスクも無いおいしい仕事だとな」
「胡散くせえ話だとは思わなかったのか?」
「思ったさ、だから反対したし、そもそもテロンの国に恨みも無いんだ、身代金を巻き上げようって気自体無かったさ、でも一部の者たちがこれをやれば、多くの貧しい者たちが救える、だからやるべきだって言い出してな、内部でまとまらなくなり、話は平行線だった」
エイジは、話がどこまで本当なのかを吟味していた。
テロンの王族は有尾人種、そしてこいつらも有尾人種、そこに秘密の情報屋から王族の予定が知らされた・・ねえ・・・・、なるほどなるほど。
ただ、爺に叩き込まれた一般常識や、固有名詞に関する知識はあっても、今現在の各国の情勢なんていう生の情報はまるで持ってないから、軽々には判断しかねるな。
尚も話は続く。
「そして、その夜クーデターを起こされた、強硬派の幹部二人が他のメンバーをそそのかして、俺たち二人を追放したんだ」
「抵抗しなかったのか?」
「ああ、その幹部二人は俺たちと実力が拮抗してる、やり合えば無事には済まないだろう、そうなればどっちに転んでも組織はおしまいだ、それなら機を見て奪い返すチャンスを待った方がいい」
「それで俺たちに手を貸すってことか?」
「そうだ、こちらから提供するのは、アジトの場所と侵入するための隠し通路の案内、見返りとして幹部二人以外のメンバーの命とアジトの引き渡しを望む」
「・・誘拐に加担した奴の命ってか?」
「脅されて仕方なくだろうから、そこは容赦願いたい、どの道表沙汰に出来ない以上罪にも問わないのだろう?」
「まあな、俺らが依頼されたのは、姫さんの救出で一味の捕縛じゃねえからな、ただ、その強硬派は奪った金を配ろうっつってんだろ? それならお前らの理念というか矜持に沿うんじゃねえのか? なんで仲違いしてんだ?」
「それは詭弁だ、他のメンバーをそそのかす為に言っているだけで、その幹部二人は私欲に走っている、だからこそ反対したんだ」
「なんでそんなのが『銀狼』にいたんだ?」
「最近他の者の紹介で入ったんだ、こちらの考えに賛同するといってな」
「最近入って幹部なのか?」
「腕がたつんでな、腕の立つ奴は矢面に立って皆を支える、相応の地位に付けてやらないと示しがつかない」
アルは、大人しく聞きながらエイジに今後の事について、打ち合わせをしていた。
【これで、アジトがわかれば、そこへ攻め入って王女さんを救出するって予定かな?】
【正面から行っても、人質盾にされればどうにもならない、まずは人質の確保が最優先、其のために隠し通路を案内してくれるんだろう】
【ふーん、キシンさんが行くのかな?】
【いや、間違いなくアルだろうな】
【え? 僕? なんで?】
【面子を見れば、一番無害そうだからな、アジトの中で立ち回る可能性を考えると、小柄で獲物も短くて小回りが利くアルが適任だろう】
【えー、へたしたら殺されるんじゃない?】
【まあそりゃ、へたしたらな】
【もしかして、僕だけ報酬が違うのって】
【そうらしいな、はなからキシンはアルに救出するための、潜入か突入する役目をやらせる気だったんだろうな】
【むごいー】
【それだけ腕をかってるってことだろう、その内話振って来るだろうから覚悟しておけよ】
そんな話をしていたら、向こうでは大詰めに入っていた。
「そんで、その幹部二人とやらの得物はなんだ?」
「おそらくトップになってるのが、ガロイアという『鱗』で斧を一つずつ両手に持っている、もう一人はヤシンミという『水かき』でこちらは槍使いだ」
「その二人は、殺してもかまわんって事でいいか?」
「任せる、奴らが得意なスタイルは、ガロイアが斧を操魔術で飛ばしてくること、斧の柄が鎖でつながっていて、片方を飛ばしてくることがある、ヤシンミの方は独特な槍で、石突きでは無く反対側にも槍頭がついている、これで連撃を浴びせてくるから気を付けろ」
『鱗』とは、攻殻人種の事で、外見的特徴は主に体の背面が、固い鱗で覆われている、正面から見ると若干頬の辺りや首の脇に鱗が見えるが、袖の長い上着を着ていれば、それ以外に鱗が目立つ事は無い。
『水かき』とは、水棲人種の事で、外見的特徴はそのままで、手に水かきがついているところ、普段見えないが足にもついている。
「わかった、そちらの要望は受け入れる、ただ今回の件では俺の指揮下に入ってもらう、勝手な真似はしてくれるなよ」
「いいだろう、隠し通路の案内はこちらのヒルライトが担当する」
「ああ、で肝心のアジトの場所はどこなんだ?」
「シカゲの街道から入ったところだ、ここからなら馬を飛ばせば、丸一日まではかからないだろう」
「じゃあ、早速用意して出発だ、これからなら日付が変わるまでには着くだろう。
向こうに着いたらアル! お前が隠し通路からそこのと一緒に入って姫さん助け出して来い。
無理な様なら安全の確保、他の者は全員外で待機。
すぐの救出が無理なら、機を見て姫さんの無事が確認出来たらアジトに突入敵を無力化して助け出す、以上だ質問は? ・・・・無いな。
アル! 危険な役目だがお前にしかまかせられん、頼んだぞ!」
「わかりました」
【やっぱだよー】
【予想通りだな、俺も協力するから死なないように頑張ろうぜ】
【うん、頼むよ、僕もまだ死にたくないしね】
「よし、食糧仕入れて馬調達したらすぐ出るぞ、ぐずぐずするなよ!」
依頼人には、このネナで待っていてもらい、純然たる救出するメンバーのみでの移動となる。
手練れのメンバーらしく、必要な物資を迅速に揃えていざ出発とあいなった。
◇◇◇◇◇◇
夜もかなり深い時間、救出メンバーは敵のアジト近くに到着。
ヴァンフィールさんの案内で、アジトの入口を見に行って、見張りがいるのを確認だけして、隠し通路の方へまわった。
こちらの入口には、見張りは見当たらない。
そこで、一旦車座になって、最終打ち合わせが行われた。
「うし、じゃあここからヒルライトっつったか、お前とアルで侵入する、何事も無ければ姫さん助け出して戻ってこい。
中で何かあった場合は臨機応変に対処するようにしろよ。
姫さんの安全が確保できたら騒ぎを起こすなりなんなりで、こちらにわかるように合図を送れそしたら動く、それまで俺らはここで待機だ。
騒ぎが起きるようなら突入するが、そうじゃ無ければ中で不測の事態が起きたと仮定して、合図があるまでは継続して待機だ、わかったな!」
最終確認を終えて、一緒に行くヒルライトさんが声をかけてきた。
「よし、こっちだ付いて来い」
【うー、いよいよかー】
【大丈夫! いざとなったら俺が操魔術使ってまわりなぎ倒してやっからよ!】
【頼んだよー、エイジー】
「それじゃあ、行ってきます」
「おうっ、気を付けてな!」
ヒルライトとアルが隠し通路を入っていき、姿が見えなくなり他のメンバーは入口から少し離れて、待機する事に。
そこで、メンバーの一人キルビスが、口を開いた。
「キシンさん、あのアルってのは何者なんですか?」
「なにもんってな、どういう意味だ?」
「いや、だって、敵地に潜入するってのに、戸惑うでも無く気負うでも無く、指名されるのが当たり前みたいに平然と返事して、今もまるで緊張感も何もないまるで近所に買い物でも行くみたいに、なんなんですかあいつは?」
「ふふっ、そうさな、俺も知りてえもんだな、あいつが何もんなのかよ」
「「「「「?」」」」」
「まっ、こうなったら、こっちは待ってるしかねえんだ、気長にいくとしようぜ、なーに、あー見えてアルのやつは案外頭が回るから、なんとかなるだろう!」
◇◇◇◇◇◇
奴らのアジトは、廃棄された鉱山跡にあるので、隠し通路も当然洞窟だ。
湿気のある空気に、薄暗くランプが無いと足元もおぼつかない中、ゴツゴツとした地面を無言で歩いて行く。
同行しているヒルライトさんは、20代の有尾人種でまだ出会ってからそれほど経っていないが、物静かで冷静な人といった印象だ。
気、気まずい、会ったばっかりだから仕方ないけど、何にも話す事無い。
【エイジ、何にも話す事無いんだけど、どうしたらいい?】
【話す必要ないだろ、どうせもうすぐ、そんな暇なくなるよ】
【そっか、王女さん救出するんだもんね】
【というか、そろそろ見つかるんじゃないかと思うぞ、普通に考えて外に繋がってる通路を、見張らないなんてありえないし】
【えー、じゃあ捕まっちゃうじゃん】
【なんか考えあるんじゃないのか? 距離的にそろそろだと思うけど】
前方に灯りが見えて明るくなってくると、前を行くヒルライトさんを誰何する声が聞こえた。
「だっ誰、ヒッヒルさんっすか?」
「ああ、俺だ、ちょっと静かに」
そこに、ヒルライトさんと話している男よりも、後方から声がかかった。
「なんだ? 誰かいたのか?」
「ヒルさんでーす、ヒルさんが来ましたー」
見張りの男が大声で、後ろにいる男たちおそらくは仲間に知らせている。
チッっと小さく舌打ちしたヒルライトさんが、振り向き僕の所に来て手早く手を縛り上げた、というよりももう手を縛るように型が出来てて、後は手を入れて片方を引っ張るとすぐに、拘束できるようになってたらしい。
【できれば静かに見つからずに、もし見つかったらアルを土産に取り入るって作戦か】
【なるほど、僕は捕虜として捕まるけど、チャンスを窺って脱出し王女さんを救出って事かな?】
【そんな都合よくはいかんだろう、生かしておく理由ないんだから】
【えー、じゃあ僕このまま殺されちゃうの?】
【そうなる前にこう言うんだ・・・・ってな】
そんな打ち合わせをしていたら、ヒルライトさんは見張りの男に話しかけていた。
「怪しいやつがいたんで捕まえた、ヴァンさんには愛想が尽きた、こっちに参加させて欲しい、ガロイアさんに取り次いでもらえないか?」
「ちょっちょっとお待ちください」
「その必要はねえぜ!」
そう言いながら現れたのは、両手に斧を持った攻殻人種の男、おそらくこの男が首領のガロイアってやつだ。
少し遅れて、両側に槍頭を付けた槍を持っている長身の男もやってきた、こっちが副官のヤシンミって方みたいだ。
そのガロイアに向かって、ヒルライトさんがしゃべりかけた。
「ガロイア、いやガロイアさん、俺を一味に加えてくれ、頼みます」
「どういう風の吹き回しだ、ええ? ヒルよ、頭の懐刀といわれたお前が」
「これ以上金にもならない仕事はごめんだ、こっちで稼がせて欲しいんだ」
「ほー、まあとりあえず、そのガキ殺せ! 話はそれからだ」
【やっぱこうなったか】
【そうだね、じゃあ打ち合わせ通りに】
アルは、ガロイアに向かって命乞いとばかりに話し出した。
「『銀狼』の人だっていうから大人しくついてきたんだ、そういう事なら俺も腕には自信がある、勝負させてくれ! 勝ったら俺を仲間にしてもらいてえ」
ガロイアは、面白そうにニヤニヤしながら、見張りについてた男にいいつけた。
「はっはっはっ、いいぜ面白れえじゃねえか、おい、そいつの縄を切ってやれ、せいぜい楽しませてくれよ」
ヒルライトは、多少面食らってはいたが、すぐに気を取り直して得物である短槍を構えてアルに対峙している。
アルは、縄を切ってもらい手を振って動きを確認しながら、エイジと相談する。
【一応仲間だからな、小手と突きは無し、それにこの凸凹の床じゃ『縮地』は使えないからな】
【うん、わかってる】
【それと、この場面は操魔術は無しでいこう、手の内を全部見せる事は無い】
【え? でもヒルライトさん結構強そうだよ? いけるかな】
【向こうに組む気があれば、ちゃんと手を抜いてくれるだろう、こっちは殺されるわけにはいかないし、いざとなったら俺がフォローすっから】
【わかったよ、やってみる】
アルも、準備が整ったとばかりに、『嵐』を抜いて正眼に構えた。
変わらずニヤついているガロイアと、冷徹に実験動物を見るかのように観察しているヤシンミの前で、「んじゃあ、おっぱじめろや!」というガロイアの号令で勝負が開始された。
初めに動いたのは、ヒルライト、小刻みにアルとの間合いを詰めて、短槍らしい細かく速い突きを多用してくる。
それを、体捌きで躱していくアル、ただ時折躱しきれなくて『嵐』で軌道を逸らしてもいた。
アルが隙を見て唐竹や袈裟に斬り込むも、ヒルライトも危なげなくバックステップなどで避けていく。
そんな攻防を見ながら、ガロイアとヤシンミは感想を言い合っていた。
「ヒルは相変わらずいい腕だが、それよりもあっちの『羽』のガキ、変わった動きしてやがるが言うだけあって、結構なもんじゃねえか」
「ああ、見ない動き方だ、それに相手の力を計ってるような落ち着きを感じる、なにか狙ってるなあれは」
「お前と同じに、奥の手を隠し持ってるって事か? ヤシンミ」
「ふっ、そうだな」
アルは、繰り出される連撃を捌きながら、慎重にタイミングを計っていた。
ヒルライトの突きは確かに早いが、一定のリズムがあり、技を繰り出す間隔がつかめれば手はある。
そして、その攻撃のわずかな間を狙い、ここまで見せなかった迅さで前に踏み込んだ。
袈裟に斬り込んだ『嵐』を、回避は無理と判断したヒルライトは、自身の槍をかち合わせる事で防いだ。
その鍔迫り合いの中、強く押してくると感じた瞬間、アルはふっと力を抜き腕はそのままに、手首の動きだけで『嵐』を引く、丁度切っ先が自分に向くように。
その時、さらに一歩前に踏み込んで、ヒルライトの方を向いた『嵐』の柄の頭で喉を突いた。
『頭仏』、鍔迫り合いをしている時に、丁度槍や棍などの長物の石突きを回し打ちするように、剣の柄頭で相手の喉仏を突く技。
喉を押さえ血を吐きながら膝をつくヒルライトを、切っ先を向けて見下ろすアル。
これにて、決着となった。




