第25話 出国 何が出るやら
傭兵ギルド二階の打ち合わせスペースにて。
ずいぶんここにも通っているけど、二階に来たのは初めてだ。
物珍しくて、きょろきょろ見回していたら、キシンさんが「おう、ここに座れや」というので腰かける。
この場には、僕とキシンさんしかいない、まさか二人って事は無いんだろうな、そう思っていたら再び話しかけられた。
「これから、同じ依頼を受ける奴らがここに来る、そいつらは知らないが、お前とそいつらじゃあ報酬額が違うんだ、細かい事には後で二人になった時にでも答えてやるから、その辺気を付けてくれや」
質問する間もなく、キシンさんは「ちっと、ここで待ってろ」と言って、出て行ってしまう。
これからの事に不安を覚えて、とりあえず、エイジと話しをしてみた。
【エイジ、どういう事だと思う?】
【どっちかだろうな】
【どっちかって?】
【受ける依頼は同じでもその役割において、アルの報酬が他より安ければ、
簡単なんだろうし、逆に高いようなら】
【高いようなら?】
【当然それに見合うような、難度の高い事をクリアしなきゃならなくなるだろう】
【それって、具体的にはどういう事になるかな?】
【うーん、まだ材料少なくてわからんな、キシンが知ってるのはアルが戦闘能力が高いって事だから、普通に考えれば難敵を倒す役割ってとこか】
【今あれこれ考えてもしょうがないって事か】
【そうだな、どうせもう少ししたらわかる事だろうからな】
そんな話をしていたら、キシンさんが四人の男たちと共に戻ってきた。
一緒に来た四人は、話をしたことは無いが、ここで何度か目にした事がある。
皆面識があるようで、初めましてなのは僕くらいみたいだ。
キシンさんに「おう、挨拶しとけ」と言われ、立ち上がって自己紹介をする。
「初めまして、アルベルトといいます、剣と操魔術を使います、8級です、
よろしくお願いします」
「・・・・ちょっといいですか? キシンさん」
「なんだ? ミル」
ミルと呼ばれた有尾人種の男が、僕を指さしてキシンさんに問いかけた。
「この若造は、8級ってことですが、今回の依頼は少数精鋭って事じゃなかったですか?」
「ああ、その通りだ、そして今ここにいるのが、俺の知る限りこのギルドの現時点での精鋭だ」
「「「「!?」」」」
何かわからないが、全員に驚かれた、そんなに僕は弱そうに見えるんだろうか。
続くキシンさんの言葉に、さらに全員が僕を凝視した。
「嘘だと思うんなら、今すぐ訓練場で模擬戦でもやってみな! お前らのうち誰か一人でもこのアルに勝てるってんなら、俺のこの首くれてやるぜ!」
・・なんか雰囲気悪くなってないか? まだ始まってもいないのに、もう帰りたいんだけど。
ここで、ようやく本題に入った。
「他に文句のある奴あいねえな! うし、じゃあ内容の説明に入る、
言ってある通り話聞いてから断るってな無しだ、いいな? ・・・・よしっ」
全員言葉を発することも無く、また席を立つ者もいないのを確認して、キシンさんが話し始めた。
「今回の依頼は、非公式ながらテロン国から極秘でと念を押されている話で、さらわれた第三王女の救出が目的だ。
事が起きたのは昨日、向こうの言い分じゃあ一週間後に大金貨一万枚用意しろって事らしい、当然国に知らせるのも国からカネを運ばせるのも、時間が足りない。
この国の王家に事情を話せば、おそらくは援助してもらえるだろうが、それはしたく無い、そもそも事件を出来るだけ公にしたく無いって話だ」
【ねぇエイジ、テロン国って確か西の方だよね?
一週間じゃそもそも僕達たどり着けないんじゃない?】
【ああ、かなり遠いから無理だろうな、ただここに話がきたって事は、
さらわれたのはこの辺って事なんだろう】
【そっか】
【おかしいのは、こっちの王家に事情を知らせたくないって事は、お忍びだったって事だ、なんの目的で第三王女が、他国に来てたかってとこが引っかかる】
周りの皆も、声を出して疑問を言い合っている。
「一週間で大金貨一万枚って、無理だってわかりそうなもんだが、なんでそんな無茶な要求したんだ?」
「でも、それだけ要求するって事は、さらったのが王女だって知ってたって事だろう? そんな事したら討伐隊が組織されてやられるとか、考えなかったのか?」
「そもそも、王女の警護を突破するくらいだから、よっぽど大規模な集団なんじゃないのか?」
「キシンさん」
先ほどの、ミルさんが代表してかキシンさんに質問をしている。
「場所はどこです? この辺で王女一行が通るなんて話は聞いてませんけど」
「さらわれたのは、ツゴメリからジローリーに抜ける街道沿いで、
金の引き渡し場所は、同じ街道のシカゲとの分岐の地点だ」
「え? なんで・・・・」
ミルさんが黙ってしまった、他の皆もなんだかよくわからないって感じだ。
【そりゃあまた、やっかいというかなんというか】
【? 僕全然わかんないんだけど、大体さっき言ってたのってどこなの?】
【ラシー国だ、一週間なんて期限切られてるんだ火急を要する件だろうに、
なんでラシーで起きたことをわざわざここに持ち込んだのか。
どうしてテロンの第三王女がラシーにいたのか、なんでラシーの王家に頼らないのか、あまりにもわからん事だらけで、みんな思考が停止してるんだろう】
キシンさんも、皆の疑問はわかってたようで、説明をはじめたが、なぜかいつもと違って歯切れが悪かった。
「あーっと、なんでもテロンの第三王女とラシーの第一王子が恋仲なんだそうだ、
それでお忍びで逢引きした帰りに襲われたらしい、お忍びだったんで護衛の男一人しか連れてなかったんだと。
んで、さらに面倒な事に、今そのラシーの第一王子とカーの第二王女に縁談が持ちあがってて、王様同士の間じゃほぼ決まりって事らしい。
そんな中ラシーの国内でテロンの王女がさらわれたなんてバレたら、なんでそんなとこにいたんだってなって、困るんでラシーには泣きつけない。
本国は遠すぎる、そんでここってわけだ」
わかってるだろうけど、他言無用だと付け足すキシンさんも、ちょっとやるせなさをにじませてるというか。
なんだか皆ひどく疲れたような表情をしてる。
まあわかるけど、国の極秘依頼で王女がさらわれたなんて、国家間の陰謀とか悪の秘密結社とかの仕業かと思ったら、そんな事だとは。
【拍子抜けしたね、エイジ】
【・・・・気引き締めろよ、第三王女がさらわれてんのは間違いないんだ、
向こうでどんな扱い受けてんだか、わからないんだからよ】
【!? それって、なんかひどい事されてるって事?】
【わからんが、理由はともかく、実際に辛い思いしてるかも知れないんだ、
それに人一人とはいえ救出するってのはかなり難易度高いぞ】
【そうだね、よし気合い入れていくよ】
キシンさんも、緩んだ空気を引き締めるように言い放った。
「おらっ、おめーらやる前から呆けてんじゃねえぞ、まだ何も終わっちゃいねえんだ、姫さんが無事かどうかもわからんのだぞ!」
「そっそれで、どう動くんですか?」
再起動を果たしたミルさんが、キシンさんにお伺いを立てる。
「今更だが、今回の依頼は俺がリーダーを務める、異論のある奴ぁいるか?
・・・・よしっ、じゃあ指示を出す、まずはゴナルコの港まで行って船で対岸ネナ港まで向かう。
着いたら二人一組で情報収集、姫さんをさらったのが誰か、それにそいつらの根城がどこか、それがわからなきゃ動きようがねえ。
昼の12時と夕方6時には、情報が集まろうと無かろうと、一旦ネナの傭兵ギルドへ戻って打ち合わせの上、その後の方針を決める。
組み合わせは、キルビスとカーシュナー、ミルケルスとメライヤ、それに俺とアル以上だ、なんか質問あるか? ・・無いな? じゃあ時間がねえすぐに用意しろ!」
一斉に席を立ち、階下へ降りて行く、おのおの準備に走り、再びここに集合してから出発する事になった。
エイジは、ここまでの話からこの先の展開を予想する。
・・・・逢引きねえ、嘘くせえ、まあ大体状況は掴めた、敵のアジトを見つけて襲撃し囚われた第三王女を救うってわけだ、となるとアルの役割ってななんだ?
さらったのが誰かわからないんじゃ、手練れかどうかも分からない、他にアルが役に立ちそうっつったら、・・まさか一番危険な潜入とかじゃねえだろうな?
傭兵ギルドを出て、リンドス亭へ戻る。
ロナさんに、一週間ほど傭兵の仕事で留守にすると伝え、宿代を前払いしておく。
僕が急いでいたのが、なにか切羽詰まった様子だったようで、心配して声を掛けてくれた。
「詳細は伺いませんが、あまり危険な真似はしないで下さいね、何かあったらとにかくご自分の命を大切に、無事に戻ってきて下さい」
「ありがとうございます、気を付けます、あとディネリアとソニヤによろしく伝えておいてもらえますか?」
「はい、承りました、いってらっしゃい」
「行ってきます」
一度傭兵ギルドに戻って、全員揃ったところで、依頼人と共にゴナルコへ出発。
すでに結構な時間なので、着くのはおそらく夜中になるということで、露店で食事を買っていく。
顔なじみの露店のおじさんには、
「おっ、今日はずいぶん早いな、もう潜るのか?」
と声をかけられた、「いやー」と言ってごまかしたが、キシンさん他周りの皆さんの迫力がただ事じゃ無い感出しまくりで、間違いなく何かあったと思われたっぽい。
これが、僕の初めての国外への旅になった。
◇◇◇◇◇◇
夜半過ぎ、ゴナルコ到着。
この時間から船は動いて無いので、宿屋で一泊し、翌朝船で対岸のネナ港へ向かった。
ネナはもうラシー国だ。
入国審査といっても、下船する時に身分証を見せて、犯罪歴が無ければ問題無く入国できる。
そのまま、事前の打ち合わせ通り、三組に分かれて情報収集を開始した。
ネナは、港町で対岸のイァイ国のゴナルコが近いこともあり、国境として実際に他国と隣接しているわけでないが、かなり活気があって大きい街だ。
僕は、そのメインストリートでは無く、裏通りを奥へ奥へ進んでいく、キシンさんの後を追って歩いていた。
「この辺りくれぇか」
キシンさんが立ち止まり、そんな事をつぶやく。
すると、僕に向き直り一人でこの先へ行くように指示をした。
「アル、おめえはこの道をまっすぐ行って突き当りを右に曲がれ」
「? そうすると、どこにつながってるんですか?」
「ん? いいとこだ!」
「!? よくわからないけど、わかりました、歩けばいいんですね?」
なんか、釈然としないまま一人歩き出した。
エイジは、この先どんな事態が待ち受けているかわからない、その時になって覚醒出来ないじゃ困るだろうからという事で、昨日の出発の時点から有事の際に呼ぶ以外の時は、強制的に休眠状態にして、英気を養ってもらっている。
実際これでエイジの思考や操魔術のパフォーマンスが上がるのかは、検証ができてないから定かでは無いんだが。
言われた通り真っ直ぐ歩いて右に曲がる、尚も歩いていると前方に人影が見える。
二人が歩く先にいて、こちらを見てなんかニヤニヤしてる、なにか気持ち悪いものを覚えていると気配を感じ、振り向くと後ろから二人こちらに歩いてくる。
「止まれ、なんか変なもの腰に巻いてやがるな、まあいい、おいっ金をだせ!
痛い目にあいたく無きゃ有り金全部置いていけ!」
前にいた二人のうち、大柄な方が脅してきた。
はぁー、やっぱり相当弱そうに見えるんだろうか、有翼人種の中じゃ大柄な方だけど、確かに他の種族と比べると小柄だしな。
しかし、裏道とはいえこんな昼日中からこれって、ネナってずいぶん治安悪いんだなー、まあヨルグでもあんまり裏には入った事無いからわからないけど。
などと考えていたら、業を煮やした男が大声でさらに恫喝してきた。
「なに黙ってやがるんでぇ! それとも、痛い目見なきゃわからねぇのか!」
これは、もういいよな、四対一だし多少手荒になっても正当防衛って認められるよな。
そう思って、『嵐』を抜きざま前方に踏み込んで、左側にいた男の胴をそのまま薙いだ。
うずくまる男は無視して、右側の男の首筋に先ほど打った刃の無い方とは反対の、刃が付いている方を押し当てる。
声を出せずに、ただ両手を上げる男をその場で膝をつかせ、剣を向けたまま後ろを警戒する、「手前っ!」と言ってまさにかかってこようとしたその後ろから声がかかった。
「これ以上やるってんなら、俺が相手だ、かかってこい!」
そう言って、キシンさんが鞘から剣を抜き放ち両手に構えている、その迫力のある巨体から見下ろされ、一気に戦意喪失していく二人組。
僕は、そんな場面を見ていいなーと羨んでいた。
僕もあんな迫力満点な顔できたらなー、っていうかもう本当に魔物とかじゃ無いのかあの人?
あれは怖いよなー、僕も模擬戦の時あんな顔されてたら、それだけで出足鈍ってたよ、しかしどうやったらあんな迫力でるんだろう?
僕も顔に傷とかつければ少しは怖そうに見えるかな?
キシンさんは、前にいた二人と後ろの二人を集めて問いただした。
「誰かでかいヤマ踏んだってやつの噂は聞かねえか?」
なるほど、これが情報収集だったのか、という事は僕の役目は、・・エサか!
「ひどいですよ、キシンさん」
と言う僕の文句は聞いてもらえず、有益な情報が無かったのでこの後同じことを繰り返した。
視線を感じる事があったが、隠れてるキシンさんだとばかり思っていたんだが、どうも違ったようだ。
その三度目に、それまでとは違う反応をする人が現れた。
「お前たちは、テロンの関係者か?」
見るからに腕の立ちそうな二人組、一人は長槍もう一人は短槍を持ち油断ない身ごなしをしている。
どうも、裏に来た時からこちらを窺っていたらしい。
キシンさんも出てきて、話し始めた。
「なんだ? お前らは」
「逆に聞こう、お前たちは何者だ? 事件の関係者か?」
「俺たちは、救出を依頼された者たちだ、お前らは何だ?」
「ならば話がある、悪い話じゃ無い、やつらのアジトの場所を知りたくはないか?」
詳しい話は後でという事になり、僕達四人はネナの傭兵ギルドへ向かった。