第24話 光明 その前にひとヤマ
決闘から、およそ三か月ほど経っていた。
ディネリアとソニヤは、今日も元気にダンジョン探索に励んでいる。
勿論、僕も。
ただ、いまだ第5階層にたどり着けずに、少々いらだちや同じ敵との戦闘の繰り返しで、飽き飽きしてはいた。
今日もまた同じように。
ダンジョン第4階層。
ここは、上の第3階層と出現する魔物は同一ながら、その数が違う。
初心者は第3階層まで、パーティーを組んでいる者たちは、もっと下の階層を探索しているという事で、ここでばかり戦闘しているのは僕くらいだった。
【だー、面倒臭い!】
今も、『ニードルモンキー』三匹を相手取りながら、時々くる『フロッグミス』二匹の舌を避けつつ、今にも飛びかからんとしている、『グロスネーク』二匹を警戒しながら戦闘していた。
エイジもその光景を見て、実際には出来ないので心の中でため息をついた。
アルがイラつくのもわかる。
そもそも、第5階層に半日でソロで辿り着こうというのが、無理なのだ。
ダンジョンでは、階層を下るごとに魔物は手強くなっていく。
しかし、逆に体力はどんどん失われていく。
ここ、第4階層にたどり着いた時点で、すでに入口から入って4時間以上経過している。
当然、スピードは鈍り、集中力も欠いていく。
そんな中で、下の第3階層と同じとはいえ、常に数種類・複数匹で矢継ぎ早に襲ってくる、この第4階層の魔物を倒しながら、この階層のおそらくは一番奥にあるであろう、下への階段までたどり着くのは至難というよりも、最早不可能ではないかと思われる。
これがパーティーであれば、階層内で比較的安全だと言われている、下への階段付近で近くの魔核鉱石をどかして、見張りを交代で立てて、体力回復の為に休息をとる事ができる。
通常、下の階層へ探索をするパーティーの多くは、第4階層の奥の階段で長い休みをとり、体力が回復した状態で改めて、第5階層から探索を再スタートさせるのが、一般的であった。
このように、無謀な挑戦を繰り返すアルは、本日もこれまでと同じように、第5階層どころかそこへ続く階段さえも、お目にかかれず時間切れで、ここを後にすることになった。
【どうすればいいんだー!】
【荒れてるなー】
【そりゃあ、これだけ失敗ばっかりじゃ荒れもするよ!】
【まあなあ】
【エイジ、なんかいい考えない?】
【あるにはあるけど】
ここで問題になるのは、時間と体力が足りなくなる事、だったら解決するのは簡単で、半日という制限を無くす事と、ソロでは無く誰かとパーティーを組む事、これで第5階層までたどり着く事ができるようになるはずだ。
別に、これが出来ない理由は無いし、何か問題が起こる訳でも無い、まあ多少はあるんだが。
ただ、これまでと同じように、半日の時間制限の中でかつ体力を温存しつつ、第5階層へ行く方法は無い事は無い、たぶんに裏ワザ的ではあるが。
帰路、説明すると、アルは大乗り気だった。
【それでいこう! それで!】
【えー、あんま気乗りしないんだけど】
【いいじゃん、なんで早く言ってくれないのさ】
【だって、これじゃ意味無いじゃん】
【そんな事無いよ、ちゃんと着いたらやるんだし】
【そりゃまあそうだけど】
方法はとても単純で、アルが入口から全力で第5階層を目指す。
つまり、これまでと同じだ。
同じじゃ無いのは、アルが全力で移動するが、移動するだけというところだ。
襲ってくる魔物はどうするのかというと、すべて俺が操魔術で倒して進む。
これまで、戦闘しながらだったので、どうしても移動の速度が落ちるし尚且つ体力もその分削られる。
だから、それを一部解消しようという事である。
これにより、おそらくこれまでの感じから、第5階層まで片道5時間弱で辿り着けるのではないかと思われる。
そうすれば、第5階層でアルが2時間以上は戦闘する時間が捻出できる。
ここには、到達階層を伸ばすためではなく、アルを鍛える為に来ている。
だから、俺が戦闘するのは避けてきたし、これもどうだろうという気持ちが高くて正直お勧めできない、鍛える意味が無い気がするからだ。
まあでも、これまで頑張ってきたし、現実問題これ以外でソロでできそうな方法が無い以上、一肌脱ぐしかないか。
体は疲れていたが、次への期待から気持ちが充実して、足取り軽くリンドス亭へ戻るアルであった。
◇◇◇◇◇◇
翌日は休日。
いつものように、昼過ぎに起き出して、意識がシャッキリするのを待つ。
身支度を整えて外出、ヨルグの街へとくりだす。
露店や屋台を覗いて、適当な店で食事をする、リンドス亭は朝食と夕食のみなので、昼食はいつも外でとっている。
大体、休日の過ごし方はパターン化しており、手紙を書かない日は武器屋と防具屋を見て、傭兵ギルドへ行き依頼書を眺めて、適当なのがあればやる。
そうでなければ道具屋や万屋を巡って、時間があれば役場へ行って害獣駆除を受けるし、無ければ他の店を覗きながらリンドス亭に戻る、そんなのが定番だった。
他には、普段自分で手入れしている『嵐』が、損耗が激しい場合に鍛冶師へメンテナンスに出す事がある、その時は完全休日となって何も出来ないなんて日もあった。
いつものように、今日も武器屋を覗いてみる。
相変わらず、剣はあまり置いて無いが、今日は鎖分銅を見にきた。
空中にいるバットルを倒す以外は、けん制にしか使っていないが、何分にも6歳の時に渡されたものなので、かれこれ10年使い続けている。
そろそろ、新調してもいい頃合いかと思い、少し前からチェックをしていたのだった。
店主にその旨伝えると、店の奥から数種類それもいかにも上級者用とでもいうような、鉄球を出してきた。
「アルさんなら、この辺りがいいかと思いますですはい」
以前に、近衛隊副隊長のギリウスさんに、自己紹介したのを聞いていて、名前を憶えられていた。
しかも、あの時に裏手にある的として設置していた、金属鎧を操魔術で打ち抜いたのを知っているので、鎖分銅では無く鉄球を並べたと思われる。
まいった。
あれは、僕じゃ無くてなどと言っても信じて貰えないし。
とりあえず、ちょっと操作してみてやっぱり合わないとかなんとか言って、鎖分銅を見せて貰うようにしよう。
しかし、いくらやろうとしても、鉄球がまるで動かない。
僕が押し黙って動かないんで、不振がって店主が声をかけてきた。
「あの、アルさん、どうかしましたですかはい」
「この鉄球を動かそうとしてるんですが、動かないんですよ」
「は? それは店の中には『魔散石』がありますから、無理ですはい」
「『魔散石』ってなんですか?」
こう聞いたら、ひどく驚かれた。
なんでも、ある程度の量は必要だが、これがあると魔力が散らされて効果を及ぼさない、つまり魔術が使えなくなる石だそうだ。
店の中で精霊魔術や操魔術を使われてはたまらないので、武器屋だろうが万屋だろうがおよそ商売してる店舗には、ほぼ必ず設置してあるものらしい。
・・・・知らなかった。
お店自体、ヨルグに来て初めて入ったし、エイジにも説明受けたことも無かったから。
それでわざわざ裏手に的とか置いてるのか。
とりあえず、鉄球は丁重に断ってバツが悪くなったので、鎖分銅も見ずに店を出てしまった。
防具屋も特に掘り出し物も無く、休日の定番コースである、傭兵ギルドへ向かった。
傭兵ギルドに着き、8級の依頼書を眺めていた。
なんだか、騒がしいわけではないが、どことなく慌ただしさがあるような雰囲気がしてる。
こういう時は、大概厄介毎が沸きあがってると思われるので、巻き込まれない内に退散しようとしたら、運悪くここで一番聞き馴染みのある声に、呼び止められてしまった。
「おおアル! 丁度いいとこに来た、ちょっとこっち来い!」
「・・なんですか? キシンさん」
キシンさんに声をかけられたんじゃ、無視するわけにはいかない。
僕は、とてもじゃないが世間話をするテンションじゃ無い呼びかけに、間違いなく無理難題が待っている予感を覚えて、キシンさんの元へ歩いて行く。
がばっと、僕の首に手をまわし、耳元でおそらくはキシンさんにとっては小声で、辺りに人がいないからいいようなものの、結構バレバレな音量で話しかけてきた。
「実はな、とある依頼がある、期間は約一週間ほどで報酬は大金貨十枚、当然難度は高い上に依頼内容を聞いてからのキャンセルは無しだ」
僕との身長差で、キシンさんの体重が僕の首に乗ってきて重い。
しかし、やっぱりだ、そんな事だとは思った、報酬は破格だけど、どう考えてもまっとうな依頼じゃ無さそうだ。
ちなみに、リンドス亭一泊二食付で宿代は銀貨二枚、それを基準にするとその五百倍の報酬、一年以上泊まれる金額だ。
「急な話ながら、すぐにかからなきゃならん上に、手練れが必要で且つ人数はそれほどかけられないときてる」
僕に声を掛けてきた以上、間違いなく人数に入れてるだろうから、何言っても断れ無さそうな気もするけど、一応言うだけ言ってみよう。
「あの、僕まだ8級ですからそんな難度の高い依頼は、受けられないと思うんですけど」
暗に、受けたくないってニュアンスを乗せたつもりだけど、当然キシンさんはそんな空気を読むタイプじゃない。
「安心しろ、この件は俺に一任されてるから、メンバーの選定は等級にかかわらず、俺が決定する裁量権を持たされている」
これはダメだ、断れる雰囲気じゃ無い、まあわかってたけど、でも無理やりとはいえ無断でこんなの受けたら、まずいかも。
そう思って、休眠中のエイジを起こした。
【エイジ、起きてエイジ】
【・・ん? 傭兵ギルドか? 依頼でもやんのか?】
【あのさ、実は依頼書見てたらキシンさんに捕まって、なんでも急ぎの依頼があって、そのメンバーに僕を入れたいらしいんだ】
【ふーん】
【それがその依頼っていうのが、期間一週間で報酬大金貨十枚な上、
内容聞いたらキャンセルできないっていうんだよー】
【うぉ!? キシンか、相変わらずいきなり見るにはパンチ効いた顔してるな、
しっかしそりゃあ間違いなく厄介毎の類だな】
キシンは、急に押し黙って一点を見つめ、まるで時間が止まったかのように、身動き一つしないアルを観察していた。
こいつ、たまにこう何かを判断したり決定したりする時に、こんな風になりやがるな、確か俺との模擬戦をやるかどうかの時も、こんな感じだったが一体この間何考えてやがんだか。
そんな風に思われてると知らないアルは、エイジと相談してなんとかこの依頼を断れないかと考えていた。
だが、エイジはまるで違う事を思っていた。
【まあでも面白そうだな、受けてみればいいじゃないか】
【え!? こんな危なそうなのを? なんかいつもと違うじゃん】
【アルの実力知ってて声かけるって事は、報酬なんかから考えても間違いなく、
簡単にはいかない相手がいるってことだろう、せっかくのご指名だここは、
ご招待に与ろうじゃないか】
【えー、なんか怖いなー、何考えてんの?】
【だって、どうせ断れそうに無いみたいじゃないか、
選択肢無いのに考えたってしょうがないだろ】
【まあそうだけどさー】
僕は、気乗りしないどころか、逃げ出したい気持ちを押さえて、
キシンさんに返事をした。
「あの、じゃあ依頼を受けようと思いますんで、内容を教えて貰えますか?」
もの凄い音をたてる程の勢いで、いきなり背中をはたかれた、痛い。
「そうこなきゃな! お前なら必ずやってくれると思っていたぜ!」
景気を付ける為か親愛の情か、僕の背中をばんばん叩いてくる、てか普通に痛い、依頼の前からダメージ与える気か!
しかし、エイジは何をもってこの依頼を受けるように言ったんだろう? まあ確かに断れなかったからしょうがないけど。
そんな風に思われているエイジは、こんなことを考えていた。
アルも最近温い戦闘が続いてて、ちょい気が抜けてるっぽいんだよなー、この辺で強敵でも現れて苦労した方が、本人の成長になるだろう。
なにかあったら、俺の操魔術でどうとでもなりそうだし、ここはいっちょどんな依頼かはわからないが、まだ見ぬ難敵に出会えるのを願って依頼を受けるのもいいだろう。
傭兵ギルドの二階へ、キシンに連れられて重い足取りで階段を登りながら、アルとエイジはそれぞれの考えを巡らせていた。
◇◇◇◇◇
昨日、某国にて。
街道を進む一台の馬車。
それほど急いでいる訳でも、かといって景色を楽しみゆっくりとという訳でも無く、目立たない速度で動いている。
御者台の男は、何気ない風を装っているが、油断なく辺りを警戒しながら、時折後ろを向いて幌の被せてある中の者と会話をしている。
それを、街道脇の岩陰から確認した男が、御者台の男に見つからない角度まで馬車が進んだのを見計らって、狼煙を上げた。
それを馬車のはるか前方で、隠れ潜んでいる集団が見て口々に話しだした。
「どうやら来たようだな」
「情報通りってわけか」
「野郎ども! 配置に着け! 時間がねえんだ、手間をかけるんじゃねえぞ!」
しばらく進むと、馬車の前にコロコロとまるできゃべつのような、丸い草の塊が数個転がってきた。
草玉、主に馬車の足を止めるために用いられる、文字通り草を集めて丸めたものを蔦などでしばったもの。
大きな商会のものや、高貴な身分な者の乗る馬車には、通常『魔散石』が備えられている。
この為、馬車を襲撃する場合は、それを考慮して直接魔術は使わずに、草玉を精霊魔術の風の魔術で馬の足下まで転がして、火の魔術で燃え上がらせて、馬の足を止めるのが常道であった。
当然、御者台の男もこの手口は知っていた。
馬に鞭をやって駆け抜けるには、転がってくる草玉のそれぞれの位置がバラバラで、その前に火を付けられどれかに止められてしまう。
瞬時にそう判断して、馬を止めてすぐに反転して、元来た道を戻ろうとした時に、それを見越していたように、後ろから賊とおぼしき男たちが襲ってきた。
襲ってきた男たちは、躊躇なく馬車の後ろから中へ乗り込んでいく。
本来、こんな何があるかも、誰が待ち構えているかもわからない、中の見えない馬車へ突っ込むなどありえない。
幌に火をかけ、中の者が慌てて外に出てくるか、そうでないなら、中を見渡せるようになってから、いくつか用意してあるどの手を使うかを決める。
しかし、今回は別である。
なぜなら、馬車の中には女性が一人だけしかいないと、あらかじめ分かっていたのだから。
御者台の男が女性の無事を確認するため、後ろを振り向いた時には、すでに賊が乗り込み女性を縛るところだった。
すぐさま女性を助ける為に馬車の中へ入ろうとするも、その女性の首筋に刃物を突きつけられては、なにも出来ない。
そして男たちの中で、交渉役とでもいうべき有翼人種の男が近づいてきて、なすすべも無く立ちすくむ男に向かってこう言った。
「一度しか言わないから良く聞け! 一週間だけ待ってやる、この女を返して欲しければ大金貨一万枚用意しろ!」
「いっ一週間? いくらなんでもせっせめて二週間は無ければ用意できない」
「用意できないなら、こちらも好きにするまでだ、場所はこの先のシカゲ村との分岐があるところに、一週間後の昼の12時だ!」
「まっ待ってくれ! 半分の五千枚ならなんとか用意できる、そっそれでなんとか」
「だったら、返すのも半分だ、上半身か下半身か好きな方を選べ!」
「そんな・・・・」
「いいな! 期限も金額も一切変更は認めない! こちらの要求が満たされない場合は、当然この女は無事では済まない!」
そう告げて、一団はある者は迎えに来た馬にまたがり、またある者は馬車に乗り込み、この場を去っていく。
後に残された男は、呆然としながらその一団を見送る事しかしなかった。