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第23話 昇華 やまない雨は

 重たく黒い雨雲が低く垂れこめる朝。


 外の天気に呼応するかのように、アルの意識もどんよりと淀んでいた。

初めて人を殺した感触と、相手の顔が脳裏にこびりついて、

少しうとうとしても、すぐに目が覚めてしまう。

体は疲れているのに、意識が冴えて神経が興奮状態から戻らない様な気持ちの悪さ。

夜中に何度も吐いたので、腹が減っているのに、食欲が沸かないという異質な感覚。


 朝食の声掛けに来た、いつもアル相手に軽口をたたく、ナルールさえも絶句するほどの青白い顔色。

いつまで経っても晴れないその気分は、ついに耐えきれなくなったかのように、落ちてきた雨粒にも流されないしつこさで、アルの心を締め付け続けていた。


 ダンジョンへは、行く気がしない、散歩する気分でも無い。

じゃあ何がしたいかと、己の気持ちに問いかけても、何も思い浮かばない。

あるのは、只一つ、自分がしたことは、本当に正しいのかどうか、その思いだけがいつまでも消えずにのしかかっている。


 自分では答えが出ない、出せない、・・・・だったら誰かに相談しようか。

エイジは?

・・・・いや、やめておこう。

昨日の事は、確かにエイジに言われてやった事だ。

だが、ちゃんと自分でもそうするべきだと納得して、最終的に自分の意思で行った事だ。

でも、それで思い悩んでいると知れば、エイジが気にする、僕に無理強いさせたんじゃないかと、気を病んでしまう。

誰がいいか?


 僕は、朝食を断って、「とにかく少しでも口にした方が」と心配してくれたロナさんにも、「申し訳ありません」と言ってリンドス亭を出た。

向かった先は、傭兵ギルド。

キシンさんを訪ねた。

しかし、あいにく入れ違いで、今朝から商会の護衛の仕事で出かけてしまったと、受付の人から説明を受けた。


 僕は途方に暮れて、ひとしきり雨の中をびしょ濡れになりながらヨルグの街を歩き回り、結局何も思いつかずとぼとぼとリンドス亭に戻る。

僕の姿を見るなり、ロナさんとナルちゃんはホッとした表情をしつつも、このままじゃ風邪をひいてしまうと、タオルで頭を拭いたり甲斐甲斐しく世話してくれた、ありがたい。

とりあえず、体を拭いて服を着替えて、ベッドに横になった、おそらく色々限界だったんだろう、僕はたちまち眠りに落ちてしまった。


 後で知ったんだが、ロナさんとナルちゃんは仕事の合間に、ちょこちょこ様子を見に来てくれていたそうだ。

ディネリアとソニヤも、心配してくれていたらしい。

なんとなく、人の気配に目を覚まし、ぼんやりとした意識の中、ベッドの脇にある椅子に、この家の主人であるキアラウさんが座っているのが見えた。


 僕が起き上がろうとすると、「まあ、これでも喰え」と言ってスープを差し出してくれる。

熱すぎず温かで、野菜の甘さが感じられるスープは、僕の胃をやさしく刺激し、そのぬくもりで包んでいった。

お皿が空になった時に、僕は昨日のあらましをキアラウさんに話した、せきを切ったように思いがあふれ出て、とりとめの無い内容だったかもしれない。

一通り話し終わると、それまで腕を組んで目をつぶっていたキアラウさんが、ゆっくりと目を開け話し始めた。


「昔、傭兵をやっていた時に、行商の護衛で移動中に、盗賊に襲われたことがあってな。

こっちは、傭兵が4人しかいないのに、向こうは7人だった。

とにかく無我夢中だった。

こっちは、全員怪我で済んだが、向こうは全滅、全員俺たちが殺した、俺も二人殺した、はじめてだった」


 一度息を吐いてから、再びキアラウさんが続きを話す。


「襲ってきたのは向こうだ、俺たちはただ殺されるわけにはいかない、死んだのは自業自得だ。

次の街に着いて門で警ら隊に事情を説明して、死体の回収に向かった。

すると、そこには女・子供がいた。

戻りの遅いのを心配して見にきた、盗賊たちの奥さんや子供たちだった」


 僕はベッドに腰掛けて、キアラウさんに正対した。


「奥さんたちに警ら隊が事情聴取したところによると、彼らは新たに開拓した村の出身で、そこは同じ村の中でも作物の出来が極端に違っていて、彼らの畑は領主に税を納める事も出来ないほどの有様だったそうだ。

先々の事に絶望した彼らは、秘密裏に村を抜け出して、盗賊に身をやつしたそうだ。

俺たちが初仕事だったらしい。

それを聞いた時に、俺は自分がした事が本当に正しかったのか疑問に思ってしまった」


 僕は、次の話を待つ事が出来ずに、「それでどうしたんですか?」と、疑問を口にしていた。

キアラウさんは、穏やかな表情で僕の目をみて、「どうしもしないさ、現在に至るってとこだ」、と答えるとふっと小さく微笑んだ。

僕は、意味がわからず、どういう事なのかと考えても、まるで分らなかった、キアラウさんは、続きを話してくれた。


「人を殺してしまった罪の意識や、あの時に対話を求めなかった事の後悔なんかが、俺の中に押し寄せてきて何度も何度も考えた。

どうするのが正解だったのか、いくら考えてもわかりゃしない。

それは、そんなもの無いからだ。

俺は何もかもがわかってるわけでも、何でもできるわけでも無い。

何か事が起こる時十二分な猶予が与えられるわけもなく、現実はすぐに対処しなきゃ間に合わない事ばかりだ。

そんな時に、後になって悔やまないようにするには、自分で決まり事を作っておくしかない。

基準を設けておくことにしたんだ。

武器を携えている者として、人の命を奪う事が出来るならば、些細な事では動かずに自分で決めた事を遵守する。

俺の場合は、自分の命が危険にさらされた時と、自分のまわりの者の命が脅かされた時、俺は相手の命を奪う事を躊躇わない。

この二つの時には躊躇しないし、後悔しないと決めておいたんだ。

だけどな、これが正しいかどうかは、誰も示してはくれない。

誰かが俺のやったことを許してくれるわけでも無い、すべては自分次第だ」


 一気にそれだけ話すと、キアラウさんは椅子の背に体を預けて、大きく伸びをした。


「自分が守った自分の命、自分が守ったまわりの者の命、それさえあれば十分だと己の中で結論付けたんだ。

誰だって人を殺したくはないし、やれば気分は悪くなる。

でも、仕方ない時だってある。

だったら、俺はせめて自分のルールを守っている以上は、胸を張って生きようと思ったんだ」


 キアラウさんは、立ち上がり僕の肩をポンと叩いてこう言った。


「アル、お前はいいやつだ。

お前が真剣に考えてやった事なら、それは正しい事だ。

誰が文句言っても俺が認めてやる、俺なんかが言っても説得力無いかも知れないけどな、だから元気出せ!

みんな心配してるぞ。

これからもこんな事は起きるだろう、なんだったらお前も自分の中で何か決めておくんだな。

そして、それを守っている限り、決して後悔しないと思って行動するのさ。

俺にはそんな事くらいしか言えねえよ」


そしてキアラウさんは、「まっ、とりあえずゆっくり休め」と言って、部屋を出て行った。



 僕は、なんとなく胸のつかえがとれたような気がしていた。

たぶん、自分自身で消化しきれない事を、しでかしたすべての事を、誰かに許してもらいたかったんだ。

これは、自分の弱さだ。

物事を対処するにあたって、最後まできちんと考えていなかったから、自分の気持ちを受け止めきれなかったんだ。

奴らを止めようと思っていた、奴らのすることを防ごうと思っていた。

でも、それじゃあ意味が無かった。

今だったらわかる、あれはその場しのぎでしかなかった。

もう二度とあんな事を起こさせないためには、どうすればいいのか、これをちゃんと考えていれば、エイジに言われるまでもなく、あの時に覚悟ができていたはずだ。

ちゃんと考えておこう。

いざって時に困らないように、もう二度とこんな風になって、まわりの人達を心配させないように。



 時刻は夕方を迎えて、雨はすっかり上がり、外は夕焼けに包まれてオレンジ色に染まっていた。


◇◇◇◇◇◇


 エイジは、覚醒してからずっと、口を挟まずキアラウの話を聞いていた。


 年の功というか人生経験が豊富というか、こういう話をしてくれるのはありがたい。

爺に知識を詰め込まれはしたが、それだけじゃあこんな話は出来ない。

住んでた世界が違いすぎて、命を奪う者の心情なんて考えた事もなかったからな。

こういう人が身近にいるってのは、アルのこれまでの人との接し方が間違ってなかったって事だな。

しかし、ここまでアルを追い詰める事になるとは、いくらなんでもあの場でいきなりじゃ急すぎたか。

どうも俺はアルのメンタルを軽視しているというか、ちゃんと考えてあげられてないな。

命の軽いこの世界で、平和なところから来た俺よりも、よっぽど命のやり取りにはドライなのかと思ってた。

見た目や環境は色々と違うが、精神面は俺らと変わりがないんだろうか。


 しかし、年の功か、俺は一体今いくつなんだろうか?

26歳で死んで、今アルが16歳だから・・42か!

いやそんな事は無いだろう、今でさえ覚醒してるのは半日がやっとだし、アルが小さい頃はもっともっと短い時間だった。

トータルしても、この16年間の中で覚醒していた時間は、そうだな、せいぜい年齢の四分の一ってとこだろう。

よしっ! 俺は今日30歳って事にしよう。

これからは、半日近くは覚醒していられるんだから、アルの年齢の半分の割合で年を取るって事にしておこう。

するとどういう事になるんだ?

えーっと、大体30年経つとアルが46歳で、俺が15年分歳を取る事になるから45歳で同じくらいになるのか。

46歳のアルかー、想像できないなー、46ってえともう結婚して子供もいるような歳か。

アルの結婚相手か、マルールか若しくはあの娘かどっちになるかな。


◇◇◇◇◇◇


 キアラウが部屋を出て行ってから、それまで口を閉ざしていたエイジがアルに話しかけた。


【アル、すまなかったな、その、こんなにお前を苦しめるとは思わなかった、俺の配慮が足りなかったよ】

【そんなこと無いよ、僕が弱かったから、考え無しだったからだよ】

【今度からは、気を付けて出来るだけ、事前に相談するようにするよ】

【僕も、ちゃんと自分がどう動くかを、前もって決めておくことにする】

【お互い頑張ろうな!】

【うん! これからもよろしくね、エイジ】


こうして復活を遂げたアルは、夕食の為に部屋を出て階段を下り、食堂へ入っていった。


 厨房にいるキアラウさんに会釈すると、二カッといい笑顔で答えてくれる。

ロナさんとナルちゃんにも、「ご心配おかけしました」と挨拶すると、良かったと言ってもらえた、ありがたい。

食堂を見回して、ディネリアとソニヤがいるテーブルを見つけて腰掛けた。


「二人とも心配かけてすまなかった、もう大丈夫だから」

「いえ、あの本当に大丈夫ですか? 無理しないでくださいね」

「なんかー、顔色ー良くなったんじゃないですかー? いい事ありましたー?」


 夕食をともにとって、話をした。

決闘の際に、向こうの賭けた金銭について、二人は実際に戦ったのは僕だからと全部を渡そうとしてきたが、これは三人で動いた結果だからという事で、均等に三等分するということで、納得してもらう。

これによって、いくらか懐に余裕が出来たこともあり、二人はディネリアの怪我が完治するまでは、しばらくダンジョンはお休みするらしい。

もしかしたら、嫌な事があり怪我までしたんで、この街を出て行くってのもあるかと思ってたんで、ちょっと安心した。


 すべてが終わったという事で、祝杯を上げようという事になり、軽くワインで乾杯する。

初めてのお酒は、体が熱くなり頭が多少ボーッとしたけど、なんだか気分が軽くなったようで、フワフワした妙な感覚に陥った気がする。

僕は、それほど量を飲んで無いので、意識はしっかりかどうかはわからないが、とりあえず保っていたが、二人はなんかおかしな事になっている。


「あははははははー、くすぐったーいー、リアちゃーん、やーめーてー」

「むぅー、柔らかーい、むぅー」


 ソニヤは笑い上戸なのか、ひたすら笑っている。

そんなソニヤに抱きついて、ディネリアは胸に顔を埋めてグリグリしている。

普段は、しっかりもののディネリアとおっとりしたソニヤといった印象だが、

どうも酒を飲むとディネリアは甘えたがりに、ソニヤは大胆になるらしい。


 実は、この行為自体は二人だけの時には日常的なものだったが、今はただディネリアが酔っぱらっているが、ソニヤはまだ周りに人が居るのを認識していて、恥ずかしがっているのでこういうやり取りになっているのだった。

そうはいっても、酒量は時間と共に増えていき、ソニヤもすでにいい加減に出来上がりつつある。


「暑いー」と言いながら服を脱ぎだそうとするソニヤを、ロナさんとナルちゃんが必死に止めているそばで、他のお客さんたちは喝采を上げてはやしたてている。

ディネリアは、散々ソニヤの体を堪能して満足したのか、テーブルに突っ伏して寝息をたてている。


 僕は、昨夜からは考えれないほど、幸せな気持ちで部屋に戻り、ゆるやかな眠気と共にベッドに体を投げて、意識を手放した。


◇◇◇◇◇◇


 翌日は休日にあてた。

最近、ダンジョンへも昼に潜ったり、夜に潜ったりと生活が不規則になってる事もあり、休養をとることにしたのだ。

僕は、昨夜それほど飲んでいないので、何ともなかったが、朝食の席に現れたディネリアとソニヤは揃って、「頭が痛いー」、と泣き言を言ってロナさんとナルちゃんに「自業自得」、と窘められたいる。


 部屋でのんびりしているとドアがノックされ、出てみるとナルちゃんが、手紙を持って来てくれていた。


「はい、アルさんお手紙」

「ありがとう、ナルちゃん」

「お母さんから?」

「いや、妹だよ」

「ああ、えっと私とお姉ちゃんの間なんだっけ?」


以前に家族構成については、話したことがあったので、

ナルちゃんも覚えていたみたいだ。


「そう、二つ下なんだ」

「可愛い?」

「そりゃあ妹だからね、可愛がってるつもりだよ」

「そうじゃなくて、見た目」


村の人には可愛がられてたけど、アーセは小柄だから、単に小っちゃい子って事でかまわれたような気もするんだよな。


「うーん身内だからなあー、僕にとっては可愛いけど、

どうなんだろう、でもなんでそんな事聞くの?」

「だって、やっぱり将来私のお姉さんになるかも知れない人だから、

今のうちに知っておきたいっていうか」

「だから、違うって!」


相変わらず、ナルちゃんは疑ってるというか、そうだと思い込んでるらしい。


「この間お姉ちゃん帰って来た時、アルさんとお話できなくてがっかりしてたよ」

「・・本当?」

「もっとやさしくしてあげないと、学校のカッコいい子にとられちゃうよ?」

「そういうつもりじゃ・・まあいいや、手紙ありがとう」


 ナルちゃんと別れた後、ベッドに寝そべって手紙を読んだ。


「にぃ、お元気ですか、アーセも家のみんなも元気です。

アーセは今、毎日家のお手伝いとして畑にでています。

アメリアやハルタと遊ぶ時間が減るのは悲しいけど、おじいやおばあやお父さん

とお母さん、それにソル兄と義姉さんと一緒に働くのは楽しいです。

畑の作物の生育も順調で、こちらは心配ありません。

にぃはどうですか?

にぃは、剣も操魔術も凄いから、魔物に負けるとは思っていません。

でも、気にしいだし、何よりも考えすぎる時があるから、

気持ちが大丈夫なのか心配です。

月に一度のお手紙では、何かあったかもと、次のお手紙が届くまで怖いです。

出来るなら、短くていいので、お手紙を月に二通にしてくれると、うれしいです。

それでは、また。

アーセナルより、親愛なるアルベルトにぃへ」


 ・・・・なんでわかるんだ?

アーセの事はわかってるつもりだったけど、そんな風に思われてたなんて知らなかったな。


 これはアーセが鋭いというよりも、アルが周りに気を使ってなかったのが

大きい。

アルはエイジと魂話する時に、動きを止めて正面を見つめしばらく動かない。

それを見てる人は、アルの事を何かと考え込む奴だと思ってしまうのだ。


 とりあえずアルは、ロンド家が平和で変わりないと知って、

さらにおだやかな気分になっていた。


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