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第21話 狡猾 こうなったら

 傷心のアルは、重い足取りで食堂に入った。


 ナルちゃんとは、なんとか普通に会話をしたと思う。

あの二人は、まだ戻ってないのか、まだ始めたばかりだからしょうがないけど、あんまり頑張り過ぎなきゃいいけど。

夕食を終えて、リンドス亭を出て、夜の街を抜けていつものようにダンジョンへ向かった。


 入口で、カードを渡す。


「オムロルさん、こんばんは」

「おっ、アル、こんばんは、一昨日は来なかったな」

「はい、ちょっと初心者のガイドで、昼間に入ってたもんですから」


 一日おきとはいえ、毎回同じ時間に潜っていて、職員さんも同じ人なので、顔なじみになり世間話くらいはする仲になっていた。

朝は人数が多くてそれどころではないが、この時間から潜る人は少ないので、職員さんも暇な事もあり、毎回一言二言話してから入るのが習慣になっている。


「初心者か・・、なあアル、実はな」

「は?」

「一年くらい前、初心者が極端に死ぬ事例が多かった、俺ら職員の間でも発行したばかりの探索者のカードが、持ち主未回収の箱にどんどん入れられていって、その後持ち主未帰還により廃棄ってのが多くて、かなり話題になってたんだ」

「あっ、僕もキシンさんに聞いた事あります」

「ああ、傭兵ギルドも調査してくれてたんだが、結局何も見つからず、その内極端にってのは無くなって、忘れられてたんだが、ちょっと気になる事があるんだ」

「え?」

「あーっと、これは俺の独り言なんだがな、一年前によくダンジョンの中から装備品を回収して売り払う三人組がいたんだ。

不幸にも中で死んだ場合その装備品は、見つけた者に所有権がある、だからそう珍しい事じゃないんだ、たまにならな。

それが頻繁にでしかも、そいつらがいなくなったら初心者がって現象も治まったってのに、最近そいつらが戻ってきたんだ」

「・・・・」

「知り合いに初心者がいるんなら、気を付けさせた方がいい、警ら隊にも話はいってるんだが、どうにも証拠が無いんで動いてくれないらしいんだ」

「キシンさんには?」

「傭兵ギルドにも話は通じてるらしい、ただ向こうもこれが正式な依頼だったら報酬が出るけど、これは完全に善意でって立ち位置だからか、中々人が集まらないらしい」

「わかりました、お話ありがとうございました」


 憤る気持ちを押さえながら、ダンジョン内を進み第3階層へ到達した。

いつもの様に魔物との戦闘をこなして、奥の第4階層への階段へ向かう。

ひとしきり魔物を倒し、一段落ついたんで、回りに散らばる魔核鉱石を回収してた時に、突然風切音がした気がして、頭を伏せる。

すると、その頭上をこぶし大の石というか岩が、三つ通り過ぎていくのが見えた。

すぐさま起き上がり、飛んできたと思われる方向へ目を向けたが、そこには何もいない。

入口で話を聞いて無ければ、『ニードルモンキー』が投げたのかと思うところだが、三つというのはいくらなんでも、連想せざるをえない数だった。


 しばらくして第2階層最奥、下へ続く階段付近に、上がってきたばかりの三人組がいた。


「あの野郎いい勘してやがるな」

「仕留め損なうとはムカつくぜ!」

「どうやらあのガキには手を出さない方が良さそうだ、後々面倒の無いようにと思ったがまあいい、あのガキがこんな時間に一人で潜ってるって事は、あの姉ちゃんたちは、昼間に二人でいるってこった、そっち狙った方がいいだろう」


 アルは、入口で聞いた話、飛んできた三つの岩、色々考えていて集中を欠いている。

エイジとしては、今日はもうこれ以上いてもしょうがないから、引き上げさせたかったが、その辺の判断もアルに任せているので、口をつぐんでいた。


「だーっもう!」


アルがいきなり大きな声をあげたので、エイジはびっくりした。


【どっどうした? アル】

【なんかムシャクシャして、煮詰まっちゃったんで、叫びたくなった】

【そうか・・】

【もう帰るよ、なんか他の事が気になっちゃって、こういう時は怪我しそうだから止めとく】

【アルがそれでいいなら】


 本日の探索は、不本意なまま終了する事になった。

むかむかしていたアルは、やり切れない気持ちを晴らすように、自然と早歩きになっていていつもよりも早いペースで進んでいる。

第2階層から第1階層への階段を登り、後はこのフロアだけといったところで、前に三人組の男がいるのが目に入りまさかと思いつつ、物陰に隠れて様子を窺いそいつらの話に聞き耳を立てた。


「ちっ、今日は不作だったなー、どうする? 娼館でも行くか?」

「娼館? だめだだめだ商売女なんざあ! やっぱ泣き叫ぶのでないと燃えねーよ!」

「ったくよー、去年は豊作で入れ食い状態だったのによー、こんなんだったら生かしときゃ良かったぜ!」

「お前ら、あんまでかい声でくっちゃべってるんじゃねーよ、明日があんだろーがちったあ我慢しろ」


 去っていく男たちを見ながら、エイジはアルの心情を慮って話しかける。


【ダメだぞアル! 今はダメだ我慢しろよ】

【なんでさ! あいつらだよオムロルさんが言ってたのって、エイジも話聞いたでしょ?】

【それでも、あいつらは決定的な事は言ってない、なによりここでアルが攻撃しようものなら、アルが捕まる事になる、傷害事件の犯人としてな】

【じゃあ、警ら隊に話に行くよ!】

【証拠が無い、話を聞いたってだけじゃ、とぼけられておしまいだ、俺もあいつらが限りなく犯人だとは思うけど、証拠の無い今はやりようが無い】

【そんな・・・・】

【落ち着け、とにかく今日は疲れてる、リンドス亭に戻ってゆっくり休んでから、改めて考えよう】


 そうしてアルは、重い足取りをさらに重くして、ダンジョンを出て帰路についたのだった。


◇◇◇◇◇◇


 アルがリンドス亭に帰り着いたときには、あの二人はもう出かけた後、入れちがいだったようだ。

出来れば会って注意しておきたかったが、アルも急に夜型に戻したので、体がいう事をきかなくて、朝食も食べずに部屋に戻ると眠ってしまった。


 目が覚めると夕方で、これで元通りのリズムに戻ったなと思いつつ、えらく腹が減っていて、とりあえず急いで下に降りた。

今日は、マルちゃんが休みだから来てるかもしれない、出来るだけ視線を落さずに、顔を見て話すようにしよう。

そういえば、ナルちゃんが声かけに来なかったなと思ったら、食堂がざわついていて、中に入ると頭に包帯を巻いて眼帯をした、ディネリアの姿が目に飛び込んできた。


「どうしたんだ? それ」

「あっ、アルさん、それが良くわからないんです」

「あのー、いつもの様に第3階層でー戦ってたんですけどー、急にー岩が飛んできてー」

「岩?」


アルは、全身がざわついているのを感じていた。


「はい、魔物に放つ寸前だった風の刃を咄嗟に当てたので、おそらく助かったんだと思います、いきなりだったのと、頭に当てられてしまい意識が朦朧として、あまり良く覚えて無いんですけど」

「まわりにー、お猿さんとかーいなかったんですよー」


 アルは、激しい怒りと共に、自身の心の中に、重く暗い気持ちが沸きあがり、広がっていくのを感じている。

自分は、また後悔するところだった。

また、目の前の人を殺すところだった。

今度こそ、同じ間違いを犯してはならない。

アルは、気持ちを落ち着けて、努めて冷静に話をした。


「二人とも、落ち着いて聞いて欲しい、これはまだ何の証拠も無い、ダンジョンの入口の職員の人から聞いた話なんだが、・・・・・・という事らしいんだ。

そして僕自身もダンジョンでそれらしき三人組を見かけた、・・済まなかった、僕がちゃんと君たちに今朝のうちに伝えていれば、こんな事には」

「・・いえ、アルさんは悪くなんかないですよ」

「そうですよー、その人たちがー悪いんじゃないですかー」


 ディネリアは、魔物では無く人の仕業だった可能性が高いと知り、自分の怒りを抑えつけるかのように、小刻みに震えていた。

ソニヤは、頬をぷくっと膨らませていて、それだけ見れば大して怒って無さそうだが、槍を持つ手の爪は力が入り真っ白になって、相当憤っているのがわかる。


「あの、私が被害者として訴え出れば、警ら隊も動いてくれるんじゃないでしょうか?」

【エイジ、どう?】

【無理だな、そいつらがやったって証拠が無い】

「ディネリアが怪我をしたのは事実だけど、それをそいつ等がやったっていう証拠が無い、だからおそらくは無理だろう」

「そんな・・」

「そんなのってーないですぅー、これじゃあーまた狙われちゃうじゃないですかー」

【エイジ、どうにかならない?】

【・・現状では無理だな、どうにもならん、ただかなり危険を伴うが、この子らに協力してもらえば、できるかもしれん】

【どうするの?】

【それはだな・・】


「二人とも、ちょっと内密に話したいことがある、僕の部屋へ来てくれないか?」


◇◇◇◇◇◇


「ここが、アルさんの部屋ですか」

「天井がー斜めになってますー」


 アルは、二人を自分の部屋へ招いて、さきほどエイジに聞いた方法を一通り説明した、そして最後にこう付け足した。


「これは、上手くいけば奴らを陥れて、罪を償わせることができるかもしれない、ただしそれには、君たちの協力が必要だ、それにかなりな危険を伴う。

君たちがこれをしなきゃならない理由は無いし、断ってもかまわない、どうする?」

「やります! どんな事しても捕まえてやりたいです!」

「わたしもー大丈夫ですー、頑張りますからーやらせてくださいー」

「ありがとう二人とも、君たちの安全には僕が出来うる限り配慮するから。

それじゃ決行は明日だから、今日はゆっくり休んで、特にディネリアはもし体調が優れないようなら、無理しないでいいからね」

「はいっ!」「はーい!」


 一旦三人で外に出て、リンドス亭の裏手でアル(エイジ)が操魔術の腕を披露する。

それで、計画の安全と成功を確信した二人は、部屋に引き上げていった。

 二人と別れた後、アルは遅い時間にもかかわらず武器屋へ行き、もう閉まっているのを無理やり開けてもらい、あるものを購入した。

これで準備は整った。

 アルは、今度は後悔しないように、出来る事を全部やってやる、そう決意して再び眠れない夜を過ごした。


◇◇◇◇◇◇


 翌日、アルは朝早くに宿屋を出てダンジョンへ入った。

彼女たちには、逆に少しゆっくりめに出かけて、進む速度も速すぎないようにと言い含めてある。

アルは、いち早く配置に着くため、早めのペースで、第3階層に到達した。

体を隠せそうな所を捜して、そこで辺りの魔核鉱石をどかしつつ、場所を確保して待機していた。


 計画は単純で、彼女たち二人を囮にして、奴らが食いついてきたところを、捕えるというものだ。

手順は、1.奴らが彼女らを岩を飛ばして攻撃してくる。

2.それをアル(エイジ)が操魔術で粉砕する、その時いかにも頭に当って砕けたように見せかける。

3.襲撃が成功したと奴らが近づいてきて、彼女らに手をかけたら、アルが飛び出し彼女らも起き上がり奴らを捕える。


 この計画で重要なのは、一つはアルが奴らに見つからないようにする事、もう一つが奴らの攻撃を命中したと思わせつつも、無力化する事。

これをやるのに、いつも使っている『阿』や『雲海』では一発でばれてしまう。

それを解決する為に、昨夜閉まっている武器屋を開けさせて手に入れたのが、操魔術で飛ばす用の三本の針だ。

それもできるだけ、短いものを選んだ、これをエイジの操魔術の腕で打ち出せば、そのスピードから奴らには見えないと思われる。


 問題は、いつどこからくるのかというもの。

アルが岩を飛ばされた時、あれが奴らの仕業と仮定すると、奴らは岩を飛ばしてきた方向にはいない。

あの時、すぐに目を向けたのにもかかわらず、気配も居た痕跡も見つけられなかった。

という事は、奴らは岩を飛ばしてくる時は、万一外れるか何かで失敗しても、安全に逃げられるように、自分たちはターゲットが見える範囲にいながらも、岩は自分たちの所からではなく、離れた所から飛ばしていると推測される。

得物では無く、一回きりの使い捨てだからこそ出来るやり方だ。


 奴らは、ターゲットを尾行して、この第3階層に入ったのを確認したのち、見つからないように自分達もこの階層に入り、姿を隠せる場所からターゲットを観察し、タイミングを見計らって、別の位置からそこにころがっている、手頃な岩を飛ばしてくると推測される。

そこで、彼女たちとは別々にダンジョンに入り、アルがあらかじめ隠れてスタンバイしておいて、二人はいつも通りに第3階層まで来て、魔物を倒しはじめる。

そこに来た奴らを罠にはめようというものだ。


【エイジ、いけるかな?】

【タイミングがすべてだな、針を飛ばすタイミング、飛び出すタイミング、あの二人が起き上がるタイミング】

【タイミングか】

【おそらく奴らは、用心の為に親切を装って、「大丈夫ですか?」とかなんとか言って近づいてくるはずだ。

だからあんまり早くに出て行くと、自分らは倒れているのを見て、心配で声をかけただけだと言い逃れようとするだろう。

それをさせない為には、ギリギリまで我慢する必要がある】

【そっか】

【事前にあの二人にも説明した通り、近づけば二人がまだ息があるのがわかる。

にもかかわらず装備をはぎ取ったり、不埒な行為をしようとしたら、その時が飛び出すチャンスだ】

【わかったよ】


 待ってる間にやる事として、買ってきた針を出して、手頃な岩に向かってエイジが操魔術を放っていた。

エイジの操魔術は強力だ、今回のケースで問題になるのは、あまりにも強力だということ。

おそらくは、全力を出した場合、針は岩を砕くことなく貫通してしまうだろう、それでは彼女たちに入るダメージが馬鹿にならない。

どのくらいの大きさの岩だったら、どのくらいの力だと貫通せず砕くことが出来るのか、待っている間その習熟に力を注いだ、弱すぎると跳ね返されたりしてしまうので、会得するのにそれなりに時間がかかったが、なんとか間に合った。


 それから、どのくらい経ったのか、持って行った弁当を食べて、エイジの練習用に辺りの魔核鉱石を、針で壊さないように当てて、遠くに動かしたりしていたら、彼女たちがやってきた。

大体この辺りに潜んでいるからと、前もって伝えてあるので、そこが見えるくらいに近づいて、その場にとどまり戦闘をしていた。


 彼女たちは戦闘している最中なので気づかないが、階段を下りてきた人がいる、ずいぶん警戒しているようで、過剰なくらいゆっくりだ。

間違いない、おそらくこれが奴らだ! 注意深く辺りを見回して、階段から一人また一人と三人が降りて身を潜めている。

彼女たちが、魔術を行使しようとしているのを見計らい、彼女らの意識が魔物に向いている時を狙って移動している。

エイジもすでに臨戦態勢で、針を彼女たちの真上の天井に貼り付けて、いつでもいけるようにスタンバイしている。


 すると、奴らから離れた左側で岩が三つ浮いた、彼女たちの左斜め後方あたりだ。

示し合わせたように、彼女たちが新たに出現した魔物に攻撃を加える為、魔術を行使した直後に、三発の岩が砲弾と化して、二人の頭部めがけて飛来した。

其の岩が彼女たちの頭蓋に直撃するその刹那、エイジの操魔術によって操られた針が、天井から三発の岩それぞれに命中し、粉砕とまではいかなくても、かなり細かく砕くことに成功した、針はそのまま地面に突き刺し、埋め込んで見えないようにした。


倒れた彼女たちを見て、男たちは姿を現し会話をはじめた。


「やったか?」

「あれだけ、岩が割れたんだから、もう息してねえんじゃねえのか?」

「ちっと勿体無かったな」


などと言いながら、彼女たちに近づいて行く。


「おーい、大丈夫かー」


まるで気持ちのこもっていない、淡々とした口調で呼びかけている。

しかし、もう少しの距離まで来た時に、リーダー格の男が口を開いた。


「ちっと待て、どうもおかしい」

「なにがだ? はええとこ回収してずらかろうぜ!」


逸る男を制止して、再びリーダー格の男が話し始めた。


「あれだけの勢いで当ったのに、なんで血が出てねえんだ? そもそも、俺はあんなに岩が砕けるほど力込めた覚えはねえぜ」

「言われてみりゃあ、俺もそこまでは」

「なんか、嫌な感じだ、お前ら手え出すな! 下がれ!」


周囲を見渡しながら、警戒感を露わにしてリーダー格の男が指示を出した。


「ここは引く! すぐに撤収だ! 急げ! グズグズするな!」


其の剣幕に、残りの二人も不味い事態だと理解し、すぐさま来た道を戻り、あっという間に三人は階段を登って、第3階層から姿を消した。


 エイジは自身の目算が甘かったことを痛感した。

失敗した、あの場面であそこまで冷静だとは思わなかった、ちょっと甘く見過ぎてたか。

他の2人はともかく、あのリーダー格の男、あいつは用心深いし少し手強そうだ、このまま放置するのも、あの二人が危険にさらされる可能性が高くなる。


 エイジは、この件にはここでケリをつけておくべきだ、そんな事を思いつつ、彼女たちを介抱するアルに話しかけた。


【こうなったら、最後の賭けにでるか】

【賭け?】

【ああ、のるかそるかの大博打だ!】


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