第20話 不覚 まあ分からないでは無い
キシンとの模擬戦の翌朝。
結局、アルは一睡もできなかった。
丁度、目を覚まそうと顔を洗いに行くのに、ドアを開けたらナルちゃんが声をかけるところだったらしい。
「おはよう、ナルちゃん」
「アルさん、おはよう、なんかひどい顔だね、寝てないの?」
「うん、やっぱり急に夜寝ようとしても、ダメだったよ」
「目が覚めるようなチューでもしてあげようか?
あっでも、お姉ちゃんじゃないからダメか」
「コラッ、またそんな事言って、何ともないって言ってるだろう」
「本当かなー、あやしー」
「まったく、勘弁してよ、弁解する気力も無いんだ」
「ごめんごめん、もうすぐ、朝ごはんだからね、元気だしてね」
ナルちゃんの姉のマルちゃんは、この春訓練学校の入試にパスして、晴れて文官コース(公務員)の専門コースに通っている。
通っているといっても、この家にはいない。
訓練学校は、その教育方針により、生徒全員寮に入らなければならない、例え通学圏内であっても。
なので、寮から通っているわけだが、休日にはここに顔を出す。
だから、たまに顔を合わす程度でしかないんだが、なぜかナルちゃんは僕がマルちゃんを好きだと思ってるらしい。
その理由は、おそらくだが、この一年の成長にあるようだ。
僕がここにお世話になって、一年になるが、この一年で二人は成長した。
具体的には明言しないが、マルちゃんは特に一部分がとても成長した。
だけど、それと僕とはまったく関係が無いんだが、なぜそう思われているのか、不可解だ。
食堂で昨日の二人と会って、朝食をとりながらミーティングをする。
ディネリアは杖を使い、精霊魔術を得意としていて、中でも土が一番慣れているらしい。
ソニヤは、槍を持っているが本当に持っているだけで、もっぱら操魔術で攻撃するらしい。
二人には、とにかく朝は混んでるので、魔物は勿論だが、他の探索者の流れ弾に気を付けるようにと注意をしておく。
そして、稼ぐなら、最低でも、第3階層までは降りないと、難しいという事も説明しておいた。
各階層で出現する魔物の種類と、攻撃方法に対処方法もざっとだが、説明しておいた、ただ基本剣で倒す僕と、精霊魔術と操魔術で倒す二人では違いがあるだろうから、その辺は実際に戦ってみての、感触次第というところもある。
二人は、真剣に聞いている、さすがに今後の生活がかかってるとあって、気合いが入っている。
じゃあ行ってきますと、ロナさんとナルちゃんに挨拶して、道具屋で必要な品物を購入して、露店で弁当を買って、いざダンジョンへ。
入口から入っていくと、案の定混みあっていた。
「いつもこんなに人多いんですか?」
ディネリアがあきれたように、質問してきた。
「そうだね、僕も朝入るのは久しぶりだけど、前もこんなもんだったから、変わってないと思うよ」
「これじゃー全然戦えないですぅー」
ソニヤが気の抜けたような口調で、文句というか不満を口にしている。
「とにかく、1・2層は出来るだけ早く通り抜ける事、戦闘する時は、周りに他のパーティーがいないか、確認を怠らないように」
「はい」「はーい」
第2階層への階段手前で、スペースがあったので初の戦闘をさせてみた。
ディネリアは、土が得意らしかったが、あいにくダンジョン内は岩ばかりなので、風の刃で攻撃していた。
ソニヤは、鎖分銅を飛ばして『バットル』を倒している。
多少ぎこちなさはあるが、おそらく緊張もあったんだろう。
腕自体には、特に問題あるように思えなかったんで、数をこなしていけば大丈夫そうだ。
少々の休憩の後、第2階層へ入った。
こちらは、人があまりいなくて、かなり戦闘できた。
やっぱり、慣れてくると危なげなくて、ちゃんとしてるのがわかる。
正規ルートを辿り、まっすぐ第3階層への階段に到着した。
「ここを降りると第3階層、しばらくの間君たちの主戦場になると思われる」
「はい」「はーい」
「朝食の時にも説明したけど、猿は素早く硬質化した中指には毒がある、カエルは動きは遅いが攻撃手段である舌は速い、蛇は牙に毒があり攻撃時はかなりなスピードでくる、それぞれ最初は出来るだけ、複数匹を相手取らないようにして、魔物の速度に慣れるように」
「はい」「はーい、わかりましたー」
こうして、第3階層へ侵入した我々を、初めに攻撃してきたのは、これまでと同じくやっぱり『ニードルモンキー』だった。
僕は、危なくなったら介入しようと、一応『嵐』を抜いてスタンバイをしていたが、見ていると安全に遠距離から魔術を打っていて、危なげない様子だった。
二人は時に、ディネリアが操魔術を使い、反対にソニヤが精霊魔術を使ったりもして、臨機応変に対処している。
これは大丈夫そうだなと思い、僕も少し戦闘しておくことにした。
「二人とも体調は大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
「問題ないですー」
「じゃあ、この後も続けるとして、この辺でご飯食べちゃいなよ、その間は僕が魔物を倒してるから」
「いいんですか?」
「うん、後で僕も食事のときは、君たちに戦ってもらうから、おあいこだよ」
「じゃあ、お言葉に甘えまして」「いただきまーす」
こうして、彼女らは食事休憩、その間アルは戦闘という事になった。
食事をしながら、彼女たちはアルの戦闘を見つつ、話をしていた。
「なんか凄いねアルさんて、独特で見たこと無い動きだけど、流れるようで動きに無駄が無いよ」
「うんー、戦い慣れてるっていうかー、次にどう動くかーわかってる感じするー」
「あたしらも頑張らないとね、早く向こうに仕送り出来るくらいになりたいよ」
「そうだねー、頑張ろうねーリアちゃーん」
この後も第3階層でひとしきり戦闘して、半日経ったとして帰路についた。
「すごーい、なんでー時間わかるんですかー」
「慣れかな、お腹のすき具合とか、体の疲労度とかで大体わかるよ」
「私たちも早く慣れないと」
「一番は当たり前だけど、命だよ、決して無理しないように、その上で今日の稼ぎを基準に、これからどのくらいのペースでやっていくのか、二人で話し合って、決めていくといいよ」
こうして、二人のダンジョン初日は無事に終わった。
しかし、そんな二人に嘗め回すような視線を送る、三人組がいた。
「あれ、よさげじゃね、特にあの槍持った胸のでかい方!」
「俺ぁ、あっちの杖の方が美人でタイプなんだが、それにしても、かー、
あの坊主が2人も連れてんのかよ、むかつくなー、やっちまおうぜ!」
「とりあえず、今日はもう遅い、久しぶりに帰ってきたんだ、明日にしようぜ」
不穏な空気を残して、何も知らない三人は宿屋への帰路についた。
◇◇◇◇◇◇
「どうかな、感じ掴めた?」
「はい、戦闘も無事こなせましたし、ルートも教えていただきましたから、大丈夫そうです」
「いっぺんにー相手しなければー平気だと思いますー」
リンドス亭にて、夕食を食べながら今日の感想を話していた。
これなら、平気そうかな。
「二・三日一緒に行った方がいいかと思ってたんだけど、この調子なら問題なさそうだね」
「あの、只でさえご迷惑なのに、これ以上は甘えられません、私たち二人だけでやれますんで」
「大丈夫でーす、今日の感じだったらー、いけると思いまーす」
「まあ、同じ宿屋にいるんだから、何かあったら相談にのるから、気軽に声かけてね」
「はい、ありがとうございます」「ありがとうございますー」
こうして、初めての初心者ガイドは終わりを告げた。
しかし、生活サイクルをどうやって戻そうかな。
さすがに、今日は眠いし、でもここで寝たらまた朝目が覚める、そうしたら・・うーん。
とにかく、一度休日をはさまないと、回復しないな、うん、その後寝て起きてからどうするか考えよう。
◇◇◇◇◇◇
あの後、すぐ眠ってしまい、目が覚めたら普通に朝だった。
となると、ここから明日の夜まで休みってのは長すぎだから、やっぱり今日は半休で今夜から元に戻そう。
そう決めたので、エイジに話をして夜まで休眠してもらう事にした。
いつものように、下に降りて朝食を食べる。
この後、眠るのがこれまでのパターンだが、さすがに寝起きでまた眠るのは厳しい。
二人はすでに、ダンジョンへ向かったようだ、張り切ってるな、まあ昨日の感じだったら大丈夫そうだけど。
特にする事もなく、手持無沙汰になってしまい、ぶらぶらと散歩に出かける事にした。
ぶらぶらといっても、大体行くところは毎回決まっている。
傭兵ギルドと武器屋と防具屋。
我ながら、殺伐としてるなとは思うが、他は手紙を出す時に配達屋に行くのと、害獣駆除を受けるのに役場へ行くくらいだ。
キシンさんがいたら、なんかばつが悪いので傭兵ギルドはパス。
武器屋へ足を運んでみた。
あの時から、ちょくちょく覗いてはいるが、いまだに何も買ったことは無いので、店からしたら備品を壊した嫌な客と思われてるかもしれない。
いつも置いてある、槍が沢山入った箱の中で、あきらかに使った後のあるものが入った箱があった。
聞いてみると、中古品との事だった、ダンジョンでほとんどが死亡したと思われる残された武器、それを回収してきた人が売りにくるそうだ。
縁起が悪いから売れないんじゃないかと思ったが、お金が無い人が急ぎで武器を欲しい時などがあるらしく、一定のユーザーがいて成り立っているらしい。
続いて防具屋へ。
こちらは、現在装備している一式を購入しているので、ちゃんと客として認識されてるはず。
ここにも、中古とおぼしき金属鎧があった。
サイズが色々だろうに、売れるんだろうかと、いらぬ心配をしつつ店を出た。
たまには違う店にも行ってみようと思い、これまで一度も入った事が無い交易所へ向かった。
エイジいわく交易所は、地方の名産品や香辛料や塩や砂糖を売っている、王都や城塞都市のような大きな街にしかない国営の販売所だそうだ。
他の国に行ったことの無い僕には、珍しいものばかりで目移りするけど、それなりな値段なので中々買うまではいかない。
そんな中、目に留まったのは蜂蜜だ、蜂蜜自体は万屋にもありこの辺りでもとれるけれど、同じ蜂蜜でも花の種類が違うと味も違うらしく、色んな花の種類のものがあった。
前にエイジと話した時に、覚醒状態の間はかなり栄養を消費しているから、栄養価の高いものを摂取した方が回復が早いかも知れないということだった。
その時に、蜂蜜なんかいいかもしれないと話に出たのだった、いざという時に栄養が足りなくて覚醒できないじゃ困るから、常に持っておこうと思い、腰に巻いた特製ベルトの物入れをひとつそれ用にして、小さい瓶一つ入れておく事にした、ついでに野宿の時にいるかもと思い香辛料も少し購入しておいた。
宿屋に戻り、眠れはしないものの、無理をした昨日の疲れをとるのに、横になったりしてのんびり過ごし、夕方になった。
エイジが覚醒してきて、丁度これから用意するところだと告げる。
すると、ドアがノックされいつものように、ナルちゃんから声がかかる。
「アルさーん、もうすぐご飯だよー」
ドアを開けて応対する。
「ありがとう、ナルちゃん、用意出来たら降りるよ」
「うん、今日も頑張ってね、明日にはお姉ちゃんも顔だすと思うからさ」
「だから、違うって言って・・、はあ、まあいいや」
「あはは、じゃあねー」
【いつでも元気一杯だなあの娘は】
【なんでナルちゃんは、いつもいつもマルちゃんの事を言ってくるのかなー】
【そりゃあ、アルがマルールの事が好きだと思ってるからだろ】
【だから、それがなんでなのかって事だよ】
【? アル、お前自覚ないのか?】
【自覚ってなに?】
確かに、アッチの知識は教えたが、この手の話はしたことが無かった。
【お前、さっきナルールが来た時に、顔見てしゃべってただろ?】
【うん】
【じゃあ、マルールと話す時、顔見てるか?】
【えっ・・】
【お前、マルールが来ると、胸ばっかり見てるだろ?】
【そそそそそんなことは・・】
【あのな、俺はお前と感覚同調してるから、お前と視線を共有してるんだよ、
お前がどこ見てるかは俺が一番わかってるよ】
【・・・・】
【そういう視線って、向けられてる本人は勿論だが、
回りにも結構わかるもんなんだっていうぞ】
【・・・・】
【前は、マルールとも普通に話してたのに、最近もじもじしてあんまり話さないのは、寮に入って会う機会が減ったから恥ずかしくなったんじゃなくて、おそらくは、お前が胸ばっかり見てるから、それを感じて恥ずかしがってるんだよ】
【・・確かに、最近話しかけても、そっけないっていうか、あんまりお話してくれないなとは思ってた】
【だろ? そんで、そんなお前の視線に当然ナルールも気づいてる、だからああいうこと言うんだろうな】
【知らなかった・・】
【もし改善したいなら今度からは気を付けるんだな、興味があるのはわかるけど】
【わかった、気を付けるよ・・、でも、だったらなんで教えてくれないのさ!】
【あんまりにもあからさまにじっと見つめ続けてるから、これはもうマルールに告白するか、逆にすべての人を無遠慮に見る事にしたのかと思って】
【そんなわけないよ! 今度からそういうのはすぐ注意するか教えるかしてよ!】
【わかった、わかった】
まあ、本当に嫌だったらマルールももっと拒絶してるはず、それがあーいう態度って事は、憎からず思われてるんじゃないかと思うけどな。
ナルールも、アルの視線だけで言ってる訳じゃ無くて、あのマルールの感じも脈がありそうだと思って、からかってるんだろう。
あんまり、何から何まで言うのもなんだから、ここから先はアル次第って事で、口出ししないようにしないとな。
ダンジョンへ向かうのに、体調は整ったが、メンタルは瀕死になっているアルであった。