第1話 困惑 なにがなんだか
後でわかったのだが、俺は魂だけの存在になり、神様に会ったらしい。
・・・・・・どこだ? ここ?
状況が呑み込めない上、目が良く見えない。
ハレーションを起こしているような、目が開きたてでちゃんと機能していない
ような。
何か話し声が聞こえてくる。
「●▼にはすぎたちから」
「■☆○につかわれるまえに」
「△◆★◇れたらどうする」
耳がちゃんと機能していないのか、水に入った時のようにこもった音が
してる上、訳の分からん話がかわされている。
なにがなんだか、と途方に暮れていると、顎鬚を携えた
御爺ちゃんがこちらに歩いてきた。
「どうかな? ちゃんと聞こえとるかの?」
御爺ちゃんは、目の前の椅子に腰かけ、やさしく話しかけてきた。
俺は、肯定の意味で頷こうとして、アレ? 目線が動かない!?
「どうした? 義体なんぞ引っ張り出してきたのは久方ぶりじゃから、
ガタがきとるかの?」
「あっ、大丈夫です、聞こえてます」
と慌てて答えながら、今度は聞いたことが無い声が聞こえて、愕然とした。
「あの、体が動かないんでびっくりしてしまって」
っていうか、ぎたいってなんなんだ?
「ああ、その義体は、目の前を見るための目と、声を聴くための耳と、
言葉をしゃべる為の口しかついとらんからの」
と、さらっと衝撃的な事実を聞かされた。
つまり、どういうこと?
「覚えておるかの? お主は死んだんじゃよ」
・・・・その言葉を自分の中で消化するのに、たっぷり1分間思考が停止した。
◇◇◇◇◇◇
ああ、そうか。
あの時の、駅のホームのあれで電車に・・・・ああそういう事か。
おぼろげな記憶を思い出し、出来れば夢で済ませたいけど、こんだけリアルだと
やっぱ現実だよなーと、現実離れした空間で状況を受け入れはじめた。
「こっちの説明を聞いたり話をしたりするために、一時的にお主の魂をその義体
に定着させておるのじゃ、なに、この場だけでの一時的な処置じゃから、
そう気に病まんで良いぞ」
サクッと説明された。
結構なショックなんだが、そんなことが出来る存在ってことは・・・・。
「えー、名前は丸島栄市 性別は男 年齢は26歳 日本人で間違いないかの?」
「・・・・あっはい、そうです」
俺は、意を決して聞いてみた。
「あの、伺いたいのですが、あたなはそのどなたなんですか?」
とりあえず、一番の疑問をぶつけてみた。
「わしはお主らのいうところの神様じゃ、名はワースという、よろしくの」
ある意味、予想通りの答えが返ってきた。
いや、名前までは聞いて無いけどやっぱそうか。
この状況でそれ以外だったら、閻魔大王とか悪魔とか言われたらどうしようか
と思った。
なんとなく安心したけど、すべての疑問が解消されたわけじゃ無い。
ってかわからないことだらけだ。
死ぬの初めてだから良く知らないんだけど、皆死ぬとこの部屋に来てこの
御爺ちゃんと面談するのか?
なんかのんびりしてるけど、俺一人にこんな時間かけて大丈夫なのか?
知りたがりの欲求がむくむくと湧き上がってくるが、考えをまとめる前に向こう
が口を開いた。
「ここは宣告の間といって、死せる魂を次のステージへ送る際の、審議の結果を
知らせる場所なんじゃよ。
まあ、とはいってもほとんどの魂は自動的に処理されるんじゃがの。
実際ここに魂が来るのは珍しい。
そうさな、訳あり物件みたいなもんかの ほっほっほっほっほ」
・・・・なんとなく失礼な事を言ってきた。
優しい爺ちゃんだと思ったが、俺の中で少し下方修正が行われた。
「それはまあ冗談として、ここに来てもらったのは、お主の生前の善行に報いる
ために、異世界にて第二の人生を送る事が決定したのを伝える為なのじゃ」
◇◇◇◇◇◇
状況を理解するのに、脳の処理能力が追いつかない。
というか、俺は今、脳あるのか?
死にたてだけど、ぎたいとやらにいるって事は自前はもう無いってことだよな。
まあそりゃ電車に引かれりゃバラバラもいいとこか。
だけど、何が理由だって?
「善行って、特に思い当たるふしが無いんですか、なんの事ですか?」
突っ込みどころ満載だが、まず引っかかったのがこれだ。
確かに、最後は人助けしたけど、それだけが理由なんだろうか。
だったら、消防士さんとかお医者さんとか、皆が皆第二の人生を送ってるって
ことなんじゃないのか?
「それはな、積み重ねた諸々じゃ」
といって、何かが書かれた巻物のようなものを読みだした。
「例えば、5歳の時に幼稚園でお弁当のおかずを欲しがった友達に分けたり、
9歳の時に、小学校でクラスのみんながなるのを嫌がった学級委員になったり、
はたまた、16歳の時には学校で・・・・まあいいじゃろ、その他もろもろ
沢山あるんでこれくらいにするが、他にも生涯で拾った財布は三つ、
そのどれも中身も見ずに警察に届けたりと、お主のやってきた事すべてが
その理由じゃな」
・・・・そんなことは、誰でもやってることなんじゃないのか?
言われてみれば、そんなことあったなーって思い出しもするけど、
そんなんが理由なのか?
第二の人生の切符ってずいぶん簡単に手に入るんだな。
「じゃあ、ほとんどの魂は第二の人生を歩んでるっていうわけですか?」
と聞くと、それは違うとぴしゃりと言われた。
「お主は特別じゃ、これら積み重ねた数々の事柄がどれ一つとっても、
打算で行われたものが無いのは稀有な例じゃ。
人は皆行為に見返りを求めるものじゃ。
あからさまに要求するかどうかは別として、これだけやったんだからこの位して
欲しいとか、自分はしたんだから相手にも同じことをして欲しいとかの。
さまざまな行為これらすべては得点として計算され、死後どうなるかの査定項目
の最も大きな要因になるのじゃ。
善行はプラスされ、反対に悪行はマイナスされる。
まあこれは当たり前じゃが、中にはそう単純にいかないケースもある。
それが打算で行われるものじゃ。
これを働かせた行為というのは、良かれと思ってやった親切にみえても、実際は
対象者に見返り行為を強要するマイナスになるのじゃ。
じゃからして、プラスポイントが積み重ねられ第二の人生を送れるほどになる
のは、めったにない事なのじゃ」
うーん。
わかったような、わからないような。
そもそも、打算がどうかなんて、一体どうやって判別するんだ?
まあいいや、というか、それならそれで
「あの、評価していただいたことはありがたいんですが、だったら第二の人生
じゃなく、死ぬのをふせいでくれるとか、無かった事にしてくるとかは・・」
「さて、そろそろ気持ちも落ち着いたじゃろ。
これからお主が行く事になる、異世界について説明しようかの」
まさに神クラスなスルーっぷりで、俺の疑問というか希望は彼方に追いやら
れた。
俺の中で、この爺の好感度がさらに下がっていった。