第17話 休日 穴があったら
宿屋に戻ると、奥さんのロナさんが声をかけてくれた。
「アルさん、おかえりなさい、遅いから心配しましたよ」
「ただいま戻りました、すいませんご心配おかけして、初めてだったんで時間の感覚がよくわからなくて、遅くなっちゃいました」
「怪我などしていませんか?」
「はい、大丈夫です」
「良かった、じゃあお腹減ったでしょう? もうできますからお席にどうぞ」
ロナさんは、宿屋のおかみさんという事で親しみやすさもあるんだけど、もの凄い美人だ。
これだけ綺麗な人は、『月光』のラムシェさんくらいしか見たことが無い。
なんでも、若い頃傭兵をやっていた旦那さんが、商隊の護衛で行った王都にいた奥さんに一目ぼれして、結婚したんだそうだ。
そりゃこれだけ綺麗なら一目ぼれもするか。
そんな奥さんの血を引いた、将来が楽しみなナルちゃんが、水を持って来てくれた。
「はいどうぞ、アルさん」
「ありがとう、ナルちゃん」
「ねぇ、ダンジョンどうだった? 怖く無かった?」
「まだ初日だからね、第3階層をちょっと覗いて帰って来ただけだよ」
「初日で3層? すっごいねー、あそこに出る魔物は他であんまり見ないっていうから、それに対処するだけでも大変だっていうよ」
「うん、僕も初めて見るやつばっかりだったから、結構あせっちゃったよ」
「無理しないでね、男の人はすぐ無茶するから」
「こらっ、十年早いぞ」
「もう三年もしたら大人ですー、その時稼ぎが良かったら結婚してあげてもいいよ」
「はははっ、せいぜい頑張るよ」
楽しい会話をしつつ夕食を平らげ、部屋に戻った。
今日は、そこそこ遅い時間までダンジョンに潜っていたんで、宿屋に戻る途中にエイジは休眠してしまった。
結構疲れたし、今日はもう寝よう。
明日は、第3階層で少しは先の方まで行けるように頑張らなきゃな。
◇◇◇◇◇◇
翌朝。
疲れていたのか、目覚める前に起こされた。
「アルさん、朝ですよ、起きてください」
この声は、姉妹のお姉さんのマルちゃんだ。
「あー、今起きたよ、おはようマルちゃん」
「おはようございます、アルさん、もう少ししたら朝ごはんですから、降りてきてくださいね」
「うん」
少し体がだるいけど、今日も一日頑張らないと。
エイジも覚醒してきた。
【エイジおはよー、今日もダンジョン頑張るからね】
【おはよ、あっ言ってなかったっけ? 今日は休みダンジョン行かないから】
【へ?】
【まだ説明して無かったな、ごめんごめん、ダンジョンに潜ったら翌日は一日休み、これを三回繰り返して三回目は次の日も休みで連休、これが一週間のスケジュールだ】
【・・そんな休み休み、そんなんで強くなんてなれんの?】
【毎日やればいいってもんでも無いんだ、これまで身長伸ばすのに妨げになっちゃいけないと思って、筋肉つけてこなかったけど、そろそろ身長も頭打ちだから、筋肉つけるためにも、積極的に休みを取り入れていく】
【普通筋肉つけるんだったら、積極的に取り入れるのは訓練じゃないの?】
【筋肉は、使うほど使われるほど損傷して、今度は壊れないようにと太く大きく丈夫になる、こうなる為に休息が必要なんだ、これが無いと壊れた筋肉が回復する前にまた負荷を与える事になってしまい、逆に前よりも弱くなりかねない、だから休みをコンスタントにとる事で、効率よく体作りをしていく事が出来るんだ】
【へー、そうなんだ】
【うん、それにこの所一日中歩きっぱなしだし、休んだ方がいい、ダンジョンでの魔物との戦闘における緊張感も、休みとらないと続かないぞ】
【わかったよ、でも急に休みって言われても、どうしよっかなー】
【やる事なんて山ほどあるぞ、疲れた体を休めるのもよし、傭兵ギルドで依頼をこなすのもよし、武器は一通り揃ってるけど防具は全然だから調べにいくもよし、図書館で魔物の勉強するもよし、ヨルグの街を見て回るもよし、どれでも好きなのやるんだな】
【うーんと、・・そうだ、家に手紙書こうかな?】
【ああ、そうだな、しばらくはここに居る事になるんだろうから、近況と一緒に知らせておいた方がいいかもな】
朝食の時に、給仕をしてくれるマルちゃんに聞いてみた。
「あのさ、手紙を書きたいんだけど、紙とペンってこの辺じゃどこに売ってるの?」
「!? 意外、アルさん字書けたんですか?」
「うん、っていうか宿帳に名前書いたじゃない、一応読み書き算術は一通りできるよ」
「自分の名前だけは書けるようにしているって人多いから、
えー、じゃあなんで探索者やってるんですか?」
「なんでって、ちょっと色々あって、自分を鍛え直す為にダンジョンに潜ってるんだよ」
「公務員になった方が、お嫁さん来てくれますよ」
「はははっ、結婚なんてまだまだ考えてないよ」
「お父さんだって、お母さんに結婚申し込んだときに「命の危険が無く、安定した仕事に就かない限り、結婚する気はありません」って言われて、傭兵辞めてここ開いたんだから」
意外な事実を聞かされた、やっぱり女の人は危険な仕事っていやがるのかな。
そんな事を考えてたら、
「マルール! お客様にそんな話するんじゃありません!」
「ごめんなさーい」
そうロナさんから叱責されて、マルちゃんが引っ込んでしまった。
こういうとこは姉妹だな、ナルちゃんと良く似ている。
結局、ロナさんからお店の場所を聞いて、散歩がてら買い物しに行く事にした。
いわゆる、ヨルグのメインストリートと呼ぶべき中央通りの並びに、教えてもらった店があった。
一般的に万屋と呼ばれるお店。
なにを売ってる店かというと、武器は武器屋、防具は防具屋、魔術関連の商品は道具屋、食材は食材屋、服は服屋、惣菜は露店や屋台でそれぞれ売っている。
そして、それ以外のほぼすべてを売っているのが万屋である、それどころか売ってないものも注文すれば取り寄せてもらえる。
それは、万屋を経営しているのが、色々な商品を取り扱う商会だからである。
だから万屋といっても、一つだけではなく、商会ごとに店舗を持っているので、何軒もある。
訪れたのは、ヘイコルト商会が経営する万屋。
そうイセイ村に行商に来ていた、ギースノの実家が経営する店舗である。
そこには、丁度立ち寄っていた、
「ギースノさん、こんにちは」
「あれ? アルくん、こんちには、え? どうなさったんですか?」
ギースノがいた、もしかしたらと思ったら、昨日王都から到着したらしい。
「15歳になりまして、家を出たんですが、しばらくダンジョンで腕を磨こうと思って」
「そうでしたか・・」
「その節は相談に乗っていただいて、ありがとうございました」
「いえいえ、そんな、そういえばそんな事もありましたね」
ひとしきり話をした後、ギースノは商品の仕入れに出発していった。
イセイ村へ向かうのであれば、急いで手紙を書き上げて、運んでもらおうと思ったが、残念ながら行商では無く、お隣の国へ商品の仕入れに行くらしい。
予定通り、紙とペンを買いギースノを見送った後、急ぐ必要も無くなったので、メインストリートを見て回っていた。
初めて見るお店ばかりで中にまでは入りづらいが、武器屋であれば初めてながら、手に馴染みがあるのもあり、敷居が低く感じ何の気無しに入ってみた。
店の中にはカウンターがあり、その中に店主だか店番だかわからないが、お店の人が居てひときわ高そうな武器が並んでいる。
入口から見て目立つのは槍。
いかにも安いものをひとまとめにしたとおぼしき箱に、何十本と入っている、そんな箱がいくつか置いてある。
ついで、長柄の斧。
こちらも槍と同様に、何箱か置いてある。
他は、ぐっと数が減り、残念ながら剣もかなり種類・本数ともに少ない。
お店の中には、アルの他に一人の男がいて、こちらも珍しく剣使いらしく、片手剣の具合を確かめている。
アルは、剣はいいものが無いとわかり、あまりお目にかからない、棍や槌などの武器を見ながら、これと闘う時はどうするのが効果的かなどと考えていた。
向こうでは片手剣を吟味しながら、男が店の人と話をしている。
「ふーむ、中々いい具合だがちと軽いな、耐久力はどんなもんだ?」
「こちらは、数打ちでは無く、鍛冶師の銘が入った一点物で、耐久性に関してはかなりなものですはい」
「ちょっと試してみるか、裏に何か用意はあるか?」
「薪人形などはありますが、あいにくと今は店に私くし一人ですので、お相手できるものがおりませんですはい」
ふと、男の客がアルを目に留め話しかけてきた。
「はじめてお目にかかる、私はギリウスと申すもの、まことにぶしつけながら、武器の試し打ちをしたいのだが、ご助力願えないだろうか?」
「あっ、これはご丁寧に、僕はアルベルトといいます、何をすればいいんですか?」
「なに、ちょっと操魔術で得物を飛ばしていただきたいのです、それをはじいて強度を確かめたいものですから」
「それでいいのなら、かまいませんよ」
「おお、ありがとうございます、では裏にそれ用のスペースがありますんで、参りましょう」
「店主、借りるぞ」
「はい、どうぞお使いくださいませはい」
お店の人に声をかけて、ギリウスは奥へ歩いて行く。
アルも、それに続いて付いて行った。
付いて行った先は、庇こそついているものの裏庭で、動きやすいように土が踏み固められている、20m四方のスペースだった。
杭が何本か打ってあり、凸凹になった金属製の鎧がかぶせてあったり、人の体に見立てた薪で作られた人形とおぼしきものがある。
ギリウスが、的になっていると思われる鎧の元で、アルに話しかけてきた。
「ひとまず、貴殿のお持ちの得物で、この的を撃ってもらえないだろうか、どのくらいの威力か計らせてもらいたいのだ」
【エイジ、やる?】
【やめとく、的の鎧はともかくあの剣、アレ売り物なんだろ? 折ったりして弁償とか言われたら困るだろ】
エイジがやらないという事で、必然的にアルがやる事になった。
「はい、わかりました」
アルは、鎖分銅を取り出し、操魔術で操り自分の直上から、一直線に的の鎧めがけて打ち下ろす。
硬質な音を立てて、鎖分銅は跳ね返され、鎧は少しだけへこんだように見えた。
少し弱いな、これでは試すには威力不足だ、遠慮してるのか?
ギリウスは、アルの特製ベルトやその腰にさしてある『嵐』の柄や鞘から、中々な武器だと判断し、若いが結構な腕前だと予測していた。
その為、わざと威力を押さえたのでは無いかと思い声をかけてみる事に。
「そう遠慮なさらずとも、壊したとてかまいませんから、全力でお願いします」
ギリウスとしては、まったく悪気はなかったのだが、慇懃無礼と思われても仕方ない言い方になってしまっていた。
これにカチンと来たのは、アルでは無くエイジだった。
【ほー、なめた口たたくじゃねえか、この髭ダルマが!】
【えーと、エイジ? 何怒ってるの? ってかひげだるまって何?】
【請われて力貸してんのに、あの言いぐさはねえだろうが、
つか、なんでアル怒らないんだよ?】
【だって、僕の操魔術の威力が低いのは、自分でもわかってるからさ、
剣を馬鹿にされたならともかく、別になんとも思わないよ】
【俺がやる! 全力でやってやるから覚悟しろって言ってやってくれ!】
【待って! まさか三つとか使わないよね?】
【心配すんな、『吽』だけで済ますよ、但し全力だすからな!】
【・・まあ、一個ならいいや】
「あの、じゃあ全力でいきますよ? いいですか?」
「ええ、お願いします」
やっぱり遠慮してたのか、若いのにずいぶん慎み深いのだな。
そんな、のんきな事を考えていられたのは、そこまでだった。
アルは、先ほど使っていた鎖分銅をしまい、『吽』を助走距離をとった上方斜め上辺りから的めがけて打ち下ろした(当然やってるのはエイジ)。
視認できない程の速さで風切音を残して的に当たった『吽』は、とんでも無い音をたてながら金属鎧を貫通し、あまつさえそれがかぶせられていた、80㎝ほどもある杭の真ん中をえぐり貫いて、さらに鎧の裏側も貫通してアルの手元に戻った。
ギリウスは、口こそ閉じていたが、目を見開いて硬直している。
こっ、これほどの威力を持つ使い手など初めて見た、この若さでどれだけ修練しているのだ? なによりも、この威力では自分の普段使っている、盾をも貫き致命傷を負う可能性が高い。
ギリウスの職務上、それは許されざる事だった。
【へっ、これでちったあ溜飲も下がったぜ!】
【・・やり過ぎだよエイジ・・】
ギリウスは、ようやく我を取り戻し、アルに向かって声をかけた。
「いや、おみそれしました、ここまで威力のある攻撃は初めて見ました、失礼な事を申しましてすいませんでした」
「そんな、僕の方こそ、あのその、上手く加減が出来なくて、すいません、それでその、壊してしまった鎧の弁償とかは、どうなるんでしょうか?」
「これは的当て用ですからお気になさらず、店の方で何か言うようなことがありましたら、全面的に私の方で請け負いますので、ご心配なされぬよう」
「はあ、安心しました」
ギリウスは、最早武器の試しなどは頭から抜けてしまい、なんとかアルを自分のいる部隊へ、引き入れる事が出来ないかと考えていた。
「アルベルト殿とおっしゃられましたか、貴殿はどこかの組織に属しておいでなのですか?」
「いえ、どこにも」
「そっそうですか、突然ではありますが、私は王城で近衛隊の副隊長をしております、もしアルベルト殿さえよろしければ、一度王都へ来て私どもの隊長に会っていただけないでしょうか?」
【うわっ、なんか面倒な展開になっちまったな】
【エイジのせいじゃないか!】
【ごめんごめん】
「申し訳ありませんが、まだこの地でやり残したことがありますので」
「失礼ですが、やり残しとは?」
「己を鍛え直す事です」
「なんと! あれほどの力があってなお、ご自分を律しておられるとは」
「せっかくのお誘い申し訳ありませんが、お断りいたします」
「そう・・ですか、いや、いきなりそちらの都合も顧みず、失礼いたしました、ではしばらくはこちらにおられるのですか?」
「はい、いつまでかは決めておりませんが、まだまだ時間はかかると思いますので」
「もし、王都へいらっしゃる事がありましたら、是非とも私にお声掛け下さいませ、悪いようには致しませんので」
「その時は、そうですね、顔を出すようにします」
「はい、お待ちしております、本日は急なお願いにもかかわらず、ありがとうございました、またお会いする日を楽しみにしております」
「はい、ギリウスさんもお元気で」
予定してなかった行動が、予想外の人物と知り合う事になった。
それなりに、有意義な休日だった、これさえ無ければ。
【・・ごめんよ、アル】
【しょうがないよ、僕も止めなかったんだし】
【面目ない】
【いいって、どうせ『嵐』のメンテで一度は鍛冶師探して、行ってみようと思ってたんだから】
【金かかるな】
【まあ、それも含めてもう終わった事だから、そう気にしないでよ】
【ああ、すまん】
先ほど、とんでもない威力ですべてを貫通した『吽』だが、当然無傷とはいかなかった。
さすがに、負荷がかかり過ぎたと見えて、弾頭に見立てたフォルムが見事につぶれてしまっている。
本来、お目付け役たる自分が逆上したあげく、アルに無駄な散財を強いる事になってしまい、エイジは申し訳ない気持ちで落ち込んでいた。