第16話 探索 はじまり
ダンジョン探索一日目。
起床、かなりぐっすり眠れたので、体調もバッチリだと思われる。
宿屋の下の娘さんの、ナルちゃんが起こしに来てくれる。
「アルさーん、朝だよー、もうすぐご飯だよー」
「おはよう、ナルちゃん、起きてるよ」
「あっおはようございます、早起きだねー」
「今日から、ダンジョンだからね、気合い入ってるんだ!」
「あははは、気を付けてね、あんま張り切り過ぎてると危ないって、お父さん言ってたよ?」
「了解」
朝ごはんを食べて、旦那さんは厨房で後片付けしてるので、奥さんと娘さん二人に見送られて宿屋を出発した。
道具屋で、ランプと布袋を購入し、露店で昼飯用のパンを買って早速ダンジョンへ。
朝早い時間にもかかわらず、ダンジョン入口にはすでに、かなりの人が集まってるのが見てとれる。
城塞都市ヨルグのダンジョンと呼ばれるここは、正式名称ヒーラウ迷宮、未だ最下層がいくつなのかは、判明していない。
ここには、第10階層に宝箱があると言われている、通称開かずの宝箱、
一人も開けるのに成功した者がいないと言われる、このダンジョンの名物である。
これが、開かない以上、ここよりも下の階層で宝箱が見つかっても、どうせ開けられないだろうという事で、第10階層より下は誰も探索した事がないと言われているらしい。
第10階層自体、一気に潜れる距離では無い上、魔物まで出るので数名でパーティーを組み、ダンジョンの中で野営をし、八日から十日かけないとたどり着けないと言われ、そこまで到達するのがまず大変であった。
ここに、アルは今日からソロで挑戦する事になる。
まず、ダンジョン入口にある市の職員が交代で詰めている番所で、カードを提出し引き換えに番号札を受け取る。
出る時は、反対に預かった番号札を渡し、それに対応するカードを受けとる事になる。
こうして足を踏みいれた、第1階層は魔物よりも、探索者の方が多いほどの盛況ぶりだった。
【なっなんでこんなに混んでるの?】
【まあ第1階層だしな、俺たちみたいな様子見とか、一度入って見たかった冷やかしとか、ちゃーんと下まで攻略する予定だけど、朝だからこれから潜り始めるってやつらとか、いろいろじゃないかな】
【ふえー、なんかやたらと分銅飛び交ってておっかないよ】
【そうだな、第2階層まで行けばずいぶんと減るだろうから、ここはとっとと抜けるにかぎるか】
ダンジョン内は、まさに洞窟といった様子で岩でゴツゴツとした地面と壁だった。
ヒカリダケは、思ったよりも明るくて、小さい字でも読めそうなほどだったので、いい意味で予想を裏切られ上々だ。
広さはそれなりで、頭をかがめるとか、人ひとり通るのがやっととかいう狭さはない。
入り口付近から、中に入るにしたがって徐々に広がっており、50mも進むと体育館のような大きさになる。
それでも、ただ人がいるだけじゃなく、そこかしこで戦闘しているので、それぞれそれなりにスペースをとっているせいで、通り過ぎるのも厳しい状況となっていた。
【ここは、天井があるから、上を這って移動してる『ビルジ』がいきなり落ちてくる事もあるぞ】
【・・それは、おそろしいね】
【足元も、『ヒソク』っていう百足みたいな平べったいのが這ってる事もあるから、こっちも気を付けて】
【ようするに、ゆっくり進めって事?】
【自分のペースで安全確認してって意味だよ】
そんな事を言っていたら、カサカサという音がしそうな動きで『ヒソク』が近づいてきた。
『ヒソク』というのは、百足のでかいやつで、口先についたハサミで足を挟み切ろうとしたり、尻尾にある針で刺してくる。
尻尾の針は麻痺毒が仕込まれており、これで麻痺させられると、口腔内などから体内にはいられ、体の中から食われるという、かなりおぞましい魔物である。
幸い、一匹だけなので、アルは落ち着いて上から『嵐』で串刺しにして仕留めた。
すると、すくさま体が消えて無くなり、コロンと石が転がる。
【これが、魔核鉱石かー】
【持って帰ってもいいけど、おそらく第1階層の『ヒソク』じゃあ、売っても一食分にもならんぞ】
【まあ、はじめてだし、一応持って行くよ、袋が一杯になったら捨てればいいし】
第1階層も、半分以上奥に入ると、人もそうは多く無い。
【そろそろちゃんと戦闘できそうかな】
【ここは、『ビルジ』と『ヒソク』以外じゃ、『スパイダーブラン』って蜘蛛のでかいのと、『バットル』っていう蝙蝠もどきみたいのだけだから】
【蜘蛛はいいとして、蝙蝠って飛んでるの?】
【ああ、これまでずっと俺がやってたから使わなかったけど、これからはアルが自分で分銅飛ばして攻撃するんだぞ】
【うわぁー、厳しそう】
【蝙蝠は、固く無いからなんとかなるだろ】
【あっ、来た】
三匹ほどで現れた『バットル』に、アルが分銅を飛ばして攻撃している。
「ギャギャギャギャ」
奇怪な声をあげながら、分銅をかわしアルに向かって、精霊魔術で風の刃を飛ばしてくる。
【そーいや、言い忘れてた、こいつら精霊魔術使うから】
【遅いよ! もう散々攻撃されまくりだよ!】
【悪い悪い、まあ油断すんなよって事だ】
【適当だなー】
アルも、風の刃を避けながら分銅を操り、動きが読めてきたのか、一匹また一匹と仕留めていった。
三匹倒し切り、魔核鉱石を回収する。
【中々様になってたな、回避も良かったし】
【攻撃が直線でくるからまだ楽だったよ、でも五匹とかで四方からこられたら、やばいかも】
其の後も、散発的な戦闘をしつつ。入口から入って1時間半ほど経ったところで、第2階層への階段にたどり着いた。
【どうする? 行くか戻るか】
【行く! まだ体力残ってるし、いくらなんでも、もう少し戦闘しておきたいし!】
【んじゃ行くか、第2層は出てくる魔物は変わらないけど、数が違うからあせんないようにな】
【うっす】
第2階層は、入口から下へ続く階段まで、ほぼ一直線だった第1階層とは違い、いくつかの坑道があり、そのどれが正解のルートなのかは、経験者でないとわからない。
人は、まばらながらそれなりの数がいる、が上のようなとりとめの無い感じではなく、他のパーティーの邪魔にならないように、うまく間隔をあけて戦闘している。
【道が・・四つあるね、どれが下につながってるんだろう?】
【俺も、正しいルートがどれかは知らないから、探りながら行くしかないだろ、運が良ければまだ見つかってない、隠し部屋とかみつかるかもな】
【隠し部屋! あるといいなあー】
【こんな浅い階層じゃ、もう調べ尽くされてて、そうそう残ってないだろうけど、もっと下に行けばもしかするかもしれないぞ】
最初に選んだ坑道は、先で再び二つに枝分かれしていて、右も左も行き止まりではずれだった。
【通路で蝙蝠は避けづらいー】
通路はそこまで広く無いので、複数匹に攻撃されると左右に避けるのは厳しい。
その為、どうしても後ろへ避ける事になるのだが、
【なんで後ろに『ヒソク』が出るんだー、来る時いなかったじゃんかー】
アルの後ろ側の右足を挟み込み、切断しようとしていたのを、違和感を感じ間一髪で足を引き抜く事で避け、『嵐』で串刺しにした。
ダンジョン内の魔物は、死せる魔物の魂が器を求めて、魔核鉱石に宿り疑似的な肉体を得ると言われている。
その為、前後左右ダンジョン内であれば、其処ら中に転がっている魔核鉱石が、突然魔物になる事も良くある事であるとされている。
くそじじいに叩き込まれたこの世界の一般常識による・・か、一般常識はあくまでも一般常識、この世界でそう信じられているってだけで、それが正解なのか真実なのかはわからない、ダンジョンのこの現象はどっちなんだろうか。
元の分岐点に戻り、今度は右から二番目、先ほどの隣を選択して進むことになった。
こちらは、曲がりくねりながらも一本道で、期待させたが、途中途中にある程度の広さの場所はあったものの、肝心の下への階段は見つからない。
【だー、また戻るのかー】
【最初なんだからしょうがないって、そろそろ昼じゃないのか? 腹減ってないか?】
【そーいえば結構経ったような、なんかここにいると時間の感覚狂うね】
【どっかでその買ってきた昼飯食っちまえよ】
【どっかってどこで? 安全な場所とかあるの?】
【無いよそんなの、自分で周りの空の魔核鉱石を遠ざけて、魔物が近くに沸かないようにするんだよ】
【めんどくさー】
【しょうがねえな、今日は初日だから特別サービス、俺が飯食ってる間に襲ってくるやつは、全部撃ち落としてやるよ】
【やったー、明日からもそれでお願い】
【ダメだ、今日だけ、明日からは安全確保も自分でやるんだ】
【ちぇー、わかったよ】
こうして、行き止まりで食事休憩をする。
その間に襲ってきて叩き落とした魔物は、『ヒソク』6匹に『バットル』4匹、『スパイダーブラン』2匹と『ビルジ』3匹と結構な量になった。
こいつら、こっちが休憩してるって認識して襲ってきてるのか?
再びおおもとの分岐に戻り、ルート選択。
どっちかわからないので、とりあえず隣にしといた。
こちらは、少し行くとすぐにまた三つに分岐している。
今度は逆からと、一番左を選んだらこれが正解。
通路の奥、少し開けた場所に下への階段を見つけた。
【やったー】
【ここまでで、結構経ってる、戻る時間を考慮するとそろそろ限界だぞ】
【うーん、でもせっかくここまで来たんだから、少し覗いてから帰るよ】
【第3階層からは、『ニードルモンキー』って猿と『フロッグミス』ってカエルと『グロスネーク』って蛇がでるからな】
【猿とカエルと蛇だね、わかった】
階段を下り、たどり着いた第3階層。
そこは、けたたましい騒音が鳴り響く、静寂とは真反対の喧騒の真っただ中だった。
【なにここ? うるさい】
【猿とカエルの鳴き声に加えて、猿が岩投げたりしてるんだよ】
【なんで?】
【威嚇だな、ここは俺たちのもんだ来たらやっちまうぞってな】
少し進むと、『ニードルモンキー』が襲い掛かってきた。
硬質な音が響く。
『嵐』と『ニードルモンキー』の中指の、異常発達した鉤爪状になった爪が刃を合わせた。
【何? あれ、爪?】
【そう、あの爪毒あるからくらうなよ】
【げぇ、そんなんばっかだな】
【緊張感持てって、ほらカエルもきたぞ】
『フロッグミス』は、ピたピたと音がしそうな足取りながら、実際はとても静かにアルに近づいていた。
いまだ猿に手こずっているアルが、ちらっとカエルに視線を送って聞いてきた。
【で、カエルはどんな攻撃してくんの?】
【舌を伸ばしてぶつけてくる、ぶん殴ってくるって感じ】
【なにその攻撃? それカエルの習性かなんかなの?】
【知らんけど、そうやって相手を気絶させて、その後舌でからめ取って丸呑み】
【うへー、でも丸呑みだったら、中で剣を振れば腹切って脱出できるか】
【無理だろ、こういう広い空間って訳じゃ無いんだ、そうだな、2m積もった雪の中にすっぽり入ったと想像してみろよ、剣振れるか?】
【じゃどうすんのさ? そのまま消化されちゃうの?】
【なんで食われた後どうにかしようとするんだよ、食われないようにしろよ!】
【・・そっか】
【ほら、そろそろカエルの舌の射程に入るぞ!】
『ニードルモンキー』の素早い身ごなしに手こずっていたアルだったが、分銅でうまくけん制して一瞬意識が分銅に向いたのを逃さず、『縮地』で近づき袈裟に切って落とした。
すると、その時を狙っていたかのように、『フロッグミス』が舌を飛ばしてくる。
だが、予想していたアルは、注意を払っていたせいもあり、なんなく回避。
動きが鈍い『フロッグミス』に近づき、中段からの突きで頭部を突き刺し倒した。
【ふー、カエルは気を付ければ大丈夫だけど、猿は素早くて大変だよ】
【奥へ進めば、群れで襲ってくるからこんなもんじゃないぞ】
【・・それはまだ無理かも・・、蛇には会って無いけど、結構疲れたから、そろそろ戻るよ】
【ああ、それがいい、まだ初日だ、無理する事は無い】
帰路は、特に慌てることも無く、順調に進み、無事入口まで戻れた。
番号札とカードを引きかえて宿屋へ向かう。
すっかり陽が落ちて、ヨルグの街灯りが夜空を照らしていた。