第15話 再生 ここからが
「ありがとうございました、ありがとうございました」
「もういいですよ、ファライアードさん、さっ残りの商品売ってしまわないと」
何度も何度も繰り返しお礼を言ってくるファライアードを、アルは照れくさくて話をそらしていた。
【全部売れるかな?】
【どうだろうな】
【ここまできたら、手伝ってあげたい! どうしたらいいかな?】
【じゃあ、俺の言う通りに言うんだいいか?】
【うん、わかった】
【まずな・・・・ってわけだ】
【長いし難しいね、でもやってみるよ!】
【よしっ、頑張ってみろ!】
アルは、「手伝います」と声をかけて、さきほどの見物客が散らばっていくのを、「どうぞどうぞ」と品物の前まで呼び集める。
背嚢をおろし特製ベルトをはずして身軽になり、手をパンッパンッと叩きながら、注目を集める為大声を出して呼び込みをした。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、
ここに並びますはこの辺りじゃとんとお目にかかれない新鮮な海の幸の数々!
そちらの美人のお姉さんももっとこちらでじっくりご覧ください。
なんといっても、見るだけならタダですよタダ!
そこのお姉さんもどうですか?
まだ見やすい場所が空いてますよ、
なんてったって死にたてほやほやの活きの良さ、
そんじょそこらじゃ見かけないよ!
御集りのお姉さん方毎日の食事の支度ご苦労さまでございます。
献立考えるのも一苦労でしょう、お肉が続いてやしませんか?
さあそんなところにこの海の幸、めったに手に入らないしろものだ!
こんなおかずを出そうものなら、旦那さんが感激して惚れ直し、
ねえ、翌朝にはお姉さん方の肌艶もよくなろうってもんだ!
さあ数量限定本日限りの品物だ、早い者勝ちだよ、さあ買った買った!!」
ファライアードとナスターシャが唖然とする中で、「じゃあ一つ貰おうかしら」とか、「これどういう味付けがいいの」や、「美味しそうね」などと次々と売れていき、早々に完売の運びとなった。
「・・あの、もうなんて言ったらいいのか、アルさんは商売の経験があるんですか?」
「いや、無いですよ、なんとか売らなきゃと必死にやっただけですよ」
「あれが初めてで出来るなんて・・、アルさん商売の才能ありますよ、どうですか一緒にやりませんか?」
「申し訳ないですけど、僕も行くところがありますんで」
「そうでしたね、あのもう何から何までありがとうございました、大変勉強になりました」
「いえいえ、これから辛い事とかあると思いますけど、頑張っていればいい事あると思いますよ、お互い頑張りましょう」
「ええ、そうですね、私もへこたれてばかりいられないですから」
いつの間にか、ナスターシャがアルの服の裾を掴んでいた、しゃがんで目線を合わせると、
「お兄ちゃん、ありがとう」
初めて、目を見てしゃべってくれた、それが可愛くて思わず抱きしめる。
子どもの体温は高くて暖かくて、こころが柔らかくなるようだった。
ナスターシャの頭を撫でながら、「元気でね」というと、「うんっ」と笑顔で返してくれる。
ああ、今分かった、僕はこの笑顔が見たかったんだな、自分の周りの人たちにこういう顔をしていてもらいたいんだ。
ファライアード・ナスターシャ親子が馬車で村を出るのを見送って、アルは来たのと反対の北側の門へ向けて歩き出した。
自分には出来ない事が沢山ある。
知らない事も沢山ある。
でも、出来る事がまだある
人の力になれる事が探せばまだある。
探しに行こう。
まだ、行ったことが無いところへ、何かがあるかもしれない。
出来る事を増やして、出来ない事を減らして、少しでも成長したい。
チカラをつけたい。
【ねえ、エイジ】
【なんだ?】
【僕さ、もっともっと力をつけたい、もう後悔しないように】
【うん】
【どっかいいとこ無いかな?】
【おすすめが一つある】
【どこ?】
【ダンジョンだ】
【ダンジョン?】
【ああ、この先の城塞都市の近くに、ひとつダンジョンがある、鍛えるならもってこいだと思うぞ】
【じゃあ、そこ行ってみる】
【ああ】
【あのさ】
【ん?】
【なんで次の日の朝になると、お姉さんの肌艶が良くなるの?】
【そっそれはだな、んーとっまあそういう不思議現象が俺のいたとこでは、あったような無かったような言い伝えがな・・】
【ふーん、そうなんだー】
こうして、昼前にサーロン村を出発した。
◇◇◇◇◇◇
サーロン村、傭兵ギルド。
「それで、そいつはどこ行ったんだ?」
「さあ? 辺りにゃもういないようだから、飯屋か宿屋か、でなきゃもう村を出たか」
ギルド内の打ち合わせスペースで、二人の男が先ほど騒ぎを起こしたアルの事を噂していた。
「しかし、魔術を使わずに『羽』が『角』にか」
「見てたやつの話じゃ、一撃だって話だから相当なもんですよ」
各種族の外見の特徴で種族を表わすのは、蔑称では無く一般的な呼称であった。
「しかも、得物は剣だって?」
「らしいですよ」
「『羽』で剣って、近衛兵を除けば国王くらいしか聞いた事ないな」
「ええ、出来れば直に見たかったですよ、実力次第じゃ手合せでも」
その時、傭兵ギルドのドアが開いて、旅支度をした傭兵が一人入ってきて、さきほどまで話してた片方に近づいてきた。
「そろそろ出発するぜ、キシンさん」
「ああ、わかった、それじゃガウマウさん、また」
「ああ、また」
このように、どうやら腕の立つ『羽』の剣使いがいる、という噂が傭兵仲間に広まっていき、アルの事が知られ始めた。
◇◇◇◇◇◇
サーロン村を出て二日。
城塞都市ヨルグに到着した。
城塞都市は、その名のとおり、城塞の元に広がった城下町である。
国境に面していて、、国境には長い城壁がそびえたっている、人口は約10万人。
国境を通過するに当たっては、身分証を提示し犯罪歴が無いことが証明できれば、特に入国料などの金銭は発生しない。
その為、人の行き来が頻繁で、常に雑多な種族でごった返している。
ちなみに、この大陸の六か国間では言語と貨幣は共通なので、それもまた経済の活性化を促している大きな要因となっている。
アルには見るものすべてが珍しかった。
サーロン村をほぼ素通りに近い形で通過してしまったので、故郷のイセイ村やニケロ村にあった役場と、サーロン村などにあった宿屋以外の施設を見るのが始めてだった。
右を見ては立ち止まり、左を向いては店を覗きと、まさにおのぼりさん丸出しといった有様だった。
【凄いねー、色んなお店が一杯だ!】
【とりあえず、閉まる前に役場に行かないと】
【役場に何しに行くの?】
【ダンジョンに潜るなら、役場で探索者のカードを発行してもらわなきゃならないんだ】
【探索者のカード?】
【そう、ダンジョンに潜る時に、入口にいる職員に渡して、出る時に返してもらう、これが無いと入らせてもらえないんだ。
明日の朝でもいいけど、ダンジョンのあるのはヨルグの西の方で役場は東寄りと離れてるから、できれば今日の内に発行してもらって、明日は朝からダンジョン行った方が効率いい】
【そっか、わかった】
その足で役場へ行き、担当窓口で探索者のカードを発行してもらう。
これは、不幸にもダンジョン内で命を落した時に、誰が入って誰が出てきていないかで判断する為に、毎回ダンジョンに入る時に預け、出る時に返してもらう事で、生存確認を行うシステムになっているためである。
【これで明日からダンジョン行けるね】
【ああ、でも後傭兵ギルドへも行って登録しておこう】
【今度はなんで?】
【金を稼ぐためだ、これまで害獣駆除で溜めたお金もそのうち尽きる、宿屋に泊るのも飯を食うのも金がかかる。
ダンジョンでドロップする、金になる魔核鉱石とかを売るのも当然だが、そちらの稼ぎが悪かった場合、傭兵ギルドで依頼をこなして急場をしのぐケースもありうる】
【依頼って?】
【その辺は行ってみて、実際ある依頼書とかを見た方が早いだろう】
【ふ-ん】
というわけで、今度は傭兵ギルドへ行った。
登録は、成人していて身分証を呈示して問題無いと確認されればOKである。
等級が存在しており、10級からスタートして、依頼の達成数などにより昇級し、最高位は1級までの10段階となる。
当然、等級が上の方が報酬が高いが、これまた当然依頼の内容も大変なものが多い。
掲示板には、各等級別に依頼書が貼ってある。
【へーこれが依頼書かー、・・ほとんど商隊の護衛だね】
【そうだな、他は国軍の兵士の訓練相手とか、害獣の中でも特殊個体の討伐とか、闘技場に出場する闘士の訓練相手とか】
【ふーん、でも10級のは少ないね】
【まあ、そんなもんだろう、ダンジョンに潜ってみてその後の判断だな、余力がありそうなら依頼をこなして、無理そうなら休息するとか、誰かが指示してくれるわけじゃ無いから、何事も自分で判断していかないと】
【んー、その辺はエイジに任せるよ】
【俺はなにも言わんぞ】
【えっ? なんで?】
【アル、なんでこんなとこまで来たんだ?】
【なんでって、そりゃあ力を付ける為かな】
【だったら、そういう状況判断も力のひとつだ、これひとつ間違えれば死ぬことだってありうる、そうやってここでの一つ一つを鍛えて、力にしていくんだ、そうでなきゃいつまで経っても変われやしないぞ】
【うーん】
【まあ、甘いかもしれんけど最初だけは教えるよ、事前の準備とか、ダンジョンで初めて見る魔物とかな】
【うん】
【でも、それ以外は口出ししないぞ、勿論戦闘も手を出さないから、これまで以上に緊張感もってな!】
【わかった、やってみるよ!】
【おお、其の意気だ】
本日は、もう遅いので宿屋を捜すことにした。
【ここは、これまでと違って大きい街だから、宿屋も高いとこから安いとこまで色々あるから、じっくり選んでな】
【うん!】
やべえ、もう口出ししちまった、どうも世話焼きたくなっちまうな、いかんいかん、アルよりも俺自身もっと緊張感持たないとな。
宿屋は、手頃だと思われる四軒を吟味した結果、リンドス亭というところに決まった。
ヨルグの中央からやや西寄りにある、リンドスさん一家が経営する宿屋だ。
旦那さんと奥さんと娘さん二人で切り盛りしている。
けっして、奥さんが綺麗だから選んだわけでは無い。
夕食を済ませて、宿屋の部屋で明日に備えてのミーティングをする。
【とりあえず、ダンジョンへ行くのにいるものとして、ランプと布袋と食料、後は武器があれば特に問題無い】
【じゃあ、明日の朝用意してから行くって事だね】
【そうなるな】
【ランプって事はそうとう暗いの? ちゃんと魔物見えるのかな?】
【中はヒカリダケがびっしりだから、それなりの明るさは確保できてる、ただ戦闘などでこそげ落ちてる箇所もあるから念の為だ】
ヒカリダケとは、発光するキノコで洞窟内などの、湿気が多く冷所で多くみられる、食べると嘔吐・下痢などを引き起こす毒きのこである。
【布袋って?】
【魔核鉱石を入れる、そんなに大きなものじゃ無くていい、せいぜい背嚢の半分位】
魔核鉱石とは、魔物の魂が宿るといわれる石で、ダンジョン内の魔物はこの石に魂が宿る事で実体化するが、致命傷を受けるとこの石を残して体は霧散する。
この石には魔力が宿る為エネルギーとして売り買いされている、魔力の量は魔物が宿っていた時間が長いほど多くなるので、強い個体の方がそうなる可能性が高い。
【初見の魔物が多いだろうから、最初の階層は弱いのばっかりとはいっても、油断するなよ】
【うん、わかってる】
【明日はあくまでも様子見だぞ、用意を整えて一度入って見て、問題なさそうなら午後も、少しでも違和感があったり調子が悪かったら止めるのもありだからな】
【わかった、よーし明日から頑張るそー!】
【いい感じで気合い入って来たな、明日に備えて今日はあんまり遅くならないうちに寝ろよ】
【もうかなり眠いから、寝るよ、おやすみ】
【ああ、いい夢みろよ】
明日からのダンジョンを控えて、かなりリラックスした状態で、城塞都市での初めての夜は、静かに更けていった。