第151話 交渉 ここは引かねえぞ
「久しぶりじゃな、丸島栄市君」
目の前には、懐かしい顎鬚じじいの顔が浮かんでいる。
「この顔を見てその名前を言うって事は、ずっと見てやがったな、じじい」
「これこれ、口の聞き方に気をつけなさい、ワシは神様じゃぞ?」
「あのな、体も無く魂だけの状態でこの世界に送られて、俺がどんだけ苦しんだと
思ってんだ?
あんたにゃ、敬うどころか怨みしかねえぞ」
「そう悲しい事を言うでない、楽しい事もあったじゃろ?」
「そんなもん、圧倒的な不自由さの中でようやく見つけただけで、どうにもならな
いそれこそ自ら命を絶つ事も出来ない中で、気休めにしかなってなかったっての」
「まあまあ、今は体も手に入ったんじゃから、そう興奮するでない」
ちっ、相変わらずくえないじいさんだな。
まあ前回とは違って、今回は俺が止めない限り向こうに勝手に切られる心配は無い
んだ、腰据えていくとするか。
「俺をここに送ったのは、生前の善行に報いる為とかなんとかぬかしてたが、あり
ゃあ全部ウソだろ?」
「ほう? 何故そう思う?」
「簡単さ、この魂だけの転移? がまったくご褒美になって無いからだよ。
実際に体験するとよくわかる、こんなんただの苦行でしか無かったぜ。
ようするにあれだろ?
善行云々は建前で、実際には自殺し無い様な奴を選んだって事じゃねえのか?」
じじいは感心したような驚いた様な、微妙な表情で話し出した。
「よくわかったのー、お主を選んだのは他人に対する想いやりが図抜けていたから
じゃ、宿主の人生をどうでもいいとして自殺されては困るのでな。
まあ考える時間はたっぷりあったじゃろうからな、そこまでは自ずとたどり着くじ
ゃろ。
それよりも、こうしてわしと話しが出来る状況になった事が凄いのー。
いやいや、こうなるとは流石にわしも予想してなかったわい」
ちっ、好き勝手言いやがって。
「俺が分からないのは、なんでそうまでして俺をこの世界に送り込んだのかだ。
俺がこの世界に居る存在意義若しくは目的、そこがどうにもわからねえんだ」
じじいは特に表情を変えるでも無く、様子は変わらない。
「別にわからんでもかまわんじゃろ、大体そこに生きてる者もお主の元の世界の者
も、誰一人として自分が何のために存在しているかなどわかっている者などおらん
のだからの」
「おいおい、そんなすり替えにゃ引っかからねーよ。
普通に出生した奴と、転移されられた俺を一緒にされちゃ困るぜ。
俺の転移には、あんただかあんたらだかの意思が介在している。
それが何なのかと聞いてるんだよ」
「……仮に何か理由があるとして、それをお主に言わなければならない義務は、こ
ちらには無いと思うがの」
まあそりゃそうだ、義務も義理もなければこっちが命令できるもんでもねえ。
「そんじゃあよ、俺の言う事が当たってるかどうかだけ教えてもらえねえか?」
「面白そうじゃの、言うてみい」
乗って来たか、面白くなってきたぜ。
「俺がこの世界に送られた理由については、こっちで意識が覚醒してからずっと考
えてきた。
だってそうだろ? 褒美とは名ばかりで楽しい事なんてまるでない、つらい事ばっ
かりなんだから、裏があると思うのが普通じゃんか。
何故俺なのか、なんで魂だけなのか、どうしてアルなんだってな。
なんせ、おかげさまで時間だけはたっぷりあったからよ。
鍵は、魂だけの存在になってから何故か俺の中にある、ダンジョンへの執着だ。
何でかしらんが、ずっとダンジョンに行きたくて仕方なかった。
なんでそう思うのか、その原因はまるでわからなかったが、行くとなると当然目標
は踏破となる。
じゃあ、踏破した後どうなるか? というかどうなったか。
それを考えていくと、ぼんやりとだが思惑が透けて見えてくる」
「思惑とな? どんな事かの?」
じじいは興味深そうに続きを促してきた。
「最下層には、征龍の武器とアイテムが眠っている。
征龍の武器は対ドラゴン用だ、当然ドラゴンリングを持つ王家は欲しがる。
そりゃあそうだろ、自らが持つ最強の鉾がいざという時に通じないかもしれないな
んて、国の根幹が揺るぎかねない。
となると、当然王家はこちらにアプローチしてくる、それが血縁なら尚の事な。
そうして王家との繋がりが出来れば、今回の事に遭遇する可能性が飛躍的に高くな
るだろう。
つまり、ハナから今回の事を対処させるために俺を送ったんじゃないのか?」
じじいの眉毛がぴくっと動いた気がしたが、ほとんど顔は変わらなかった。
「うーむ、残念ながら正解とは言い難いのー。
まあ、わしと話せる様になっただけでも大したもんじゃし、大負けに負けて教えて
やろうかの」
……上から目線なのがむかつくが、せっかく話す気になったんだ、ここはひとつ
大人しくしとくか。
「それはありがたい、できれば詳しく聞かせてもらいたいんですがね」
「そうじゃの、まがりなりにも話すと言ったんじゃからの。
よろしい、ちと長くなるが心して聞くようにの」
そう言って、じじいは語り始めた。
「わしが統治している世界はいくつかあり、お主が居た地球もそうだしここもその
一つなのじゃ。
それは何もわしだけではなく、他にも同じ立場の者達が同じ様にいくつかの世界を
統治しておる。
そのやり方はそれぞれで違う、決まった手順など存在しない。
担当した者の好みや、その世界に適した方法など色々な方法が用いられておる。
決まっておるのは一つだけ、それはむやみやたらと手出ししないという事じゃ。
最初期に手を加えるのはいいとしても、その後は一切手出しせずに見守るのみ」
手出ししないって、それで統治といえんのか?
「困ったことが起きた時に、自分らで解決せんで常に神頼みではの、努力を怠るよ
うになり繁栄は難しかろう。
その点地球に関しては、しばらく見ておったら自然に生物が発生したのでな、何も
せず見守るのみにと止めておる」
地球に関しては?
「じゃあ、ここでは一体何を?」
「一言で言えば大いなる実験じゃな」
「実験?」
「各大陸ごとに、異なるアプローチにより色々試してみたのじゃ。
一つは地球と同じく何もせずに見守る、今一つは知的生命体を優遇し敵となる魔物
を排除したりといった具合にの。
この大陸に於いては、異なる六つの種族の国を、同時に同数の人数で立ち上げて、
調和のとれた世界に一つの異物つまり君じゃな、を放り込むとどうなるのかを試し
てみた。
小石の如く小さな波紋で、何の痕跡も残さずにやがて消えてしまうのか。
それとも、一波ゆらいで万波ゆらぐとなるのかをの」
……ちょっと待てよ、そんな事の為にか?
「すると、俺はその実験とやらでこの世界に放り込まれたって事?」
「いかにも」
「じゃあ、俺の中にあるこのダンジョンへの執着はなんなんだ?
元の俺にあったとは思えない、後付けのもんだろう?」
「いくらなんでも、普通に農家として暮らされてはどうにもならんのでな。
そこはちょいとお主の心に細工をな」
なんてこった……、たかが実験とやらでこんな長い間苦しんだのかよ。
「じゃあ、今回の事件はただの偶然だったってのか?」
「うむ、起こったこと自体はの。
ただ、これに巻き込まれたのは宿主の出生に関してだろうが、実際に対処出来たの
は先程お主が言った様に、多分にダンジョンを踏破した事によるものと言えなくも
無い」
ダンジョン踏破が?
「そらあつまり、征龍の武器のおかげっていいたいのか?」
「それだけとは言わんよ、お主らが全員無事だったのはダンジョンに挑戦する事に
よって、各自地力が上がってたせいじゃろうな」
ダンジョンに潜ってたのが無駄にはならなかったって訳か、なんか納得いかない
気がすんけどこれ以上何か言ってもしょうがねえか。
「んで、こうなった訳だけど実験の結果をどう判断するんだ?」
「ふーむ、難しい所よな、なんせお主が飛び出してしまった訳じゃしな。
と言う事で、まだまだ観察は続けるぞ、しばらくは様子見じゃ」
それはそれとしてだ。
「なあ、なんか褒美とかもらえねえのか?」
「褒美とな?」
「ああ、今回の件を解決したのはそっちにとっちゃあ大きかったんじゃねえか?
下手打ちゃあアルは死んで、俺も一緒に逝ってただろう。
その上、王家は乗っ取られて、奴らはさらに他の国も侵略してただろうよ。
それを阻止したんだ、そっちの実験に協力した事に対して、なんらかの褒賞を望ん
でもいいだろう?」
じじいは若干顔を曇らせながら、こう言ってきた。
「……あまりそちらに干渉したく無いんだがのう」
「これも実験だと思えばいいじゃねえか、力を与えるとどうなるのかの」
「……仕方ないの、ならば何か見繕って」
「ちっと待ってくれ、それに関しちゃリクエストがある」
「なんじゃ? 言っておくがその世界の理に外れたものはダメじゃぞ、不老不死に
してくれだの時間を止められる様になりたいだのはの」
「そんな事言わねーよ、俺に解析する力を与えて欲しい」
「解析とな?」
「ああ、この世界にゃ百科事典も検索システムも無い。
知らない事象が起こった際に、何か頼れるものが欲しいんだ。
それがあれば、あいつらがアルにかけようとした術だって、未然に防ぐのは無理だ
としても適切に対処できたかもしれない。
全知全能にしてくれって訳じゃないんだ、そのくらいならこの世界のバランスも崩
れないだろう?」
少しの間考え込んでいたじじいが、やっと口を開いた。
「仕方ないの、ならばお主がその目で見たものに限り、その構造や仕組みが分かる
様にしてやろうぞ」
「やった! さすが神様、じゃあ次は……」
「ちょっと待て、次なぞ無いぞ、一つだけじゃ一つだけ」
「さっきのは今回の件のご褒美、次のは俺への慰謝料」
「なんじゃ? それは」
「不当に十七年間も監禁されてたようなもんなんだ、それに対してのもんだよ」
じじいは、盛大に嫌そうな顔をした。