第147話 引越 そりゃ混乱するか
『グラシーズ円形闘技場』、その最上層にある貴賓席にて、皆が口をつぐむ中ミ
ガの国王であるジャートルが、項垂れるアーセナルに向かって質問を投げかけた。
「失敗とはどういう事だ? 詳しく申してみよ」
「……元に戻せるかもと思いやってみましたが、無理でした」
「今後その方法で、完全な復元または症状の改善などは期待できそうか?」
「わかりません、もしかしたらという想いはありますが……」
ジャートル国王はしばし黙考すると、おもむろに席を立ちジムニードに声をかけ
た。
「迎賓館へ行く、リントらの無事をこの目で見ておきたい」
「お待ちください、まだ危険です」
「案ずるな、警護の者が一緒ならば問題あるまい」
「しかし……」
「いつまでも私がここに留まっていては、捜査に人員を割けんだろう。
後の事はジムニード、お前に任せる、ではな」
そう言い放ちジャートル国王は貴賓席を出て、そのまま直通階段を警護の者を引
き連れて降りて行ってしまう。
静寂に包まれた貴賓席で、アーセナルがマリテュールに向かって話し出した。
「ごめんね、マリちゃん」
「……ううん、いいの、わたしが望んだことでもあるし……」
「違うの、成功したの、嘘ついててごめんね」
「えっ?」
「目を覚ましたら確認してね」
あっけにとられる周りを見回し、アーセナルはセルフェスに話しかけた。
「セルにぃ」
「……どういうことだ? アーセ。
失敗したのが嘘で成功してた?
なんでそんなウソついたんだ?」
セルフェスが、その場の全員が思っているであろう疑問を投げかけるも、返って
きた答えは予想外の理由だった。
「さっき出てったヒト」
「さっき? ジャートル国王の事か?」
「ん、あのヒト、変」
「? 変って昨日も会っただろう?」
「昨日と違ってる、さっきこの部屋に来た時変だった。黒いの、感じた」
「「「「「「「「!?」」」」」」」」
皆が、告げられた内容の衝撃を吸収し理解するのに時間をかけている中、初めに
再起動したのは、直接話しかけられたセルフェスだった。
「待ってくれ、どう見てもパルフィーナさん達とは違って、普通に受け答えできて
たぞ。
あれで操られてるって言うのか?」
「わかんない、でも黒いのは感じた、だから嘘ついた」
「……アーセが治せるって知られちゃ不味いと思ったのか?」
「ん」
こくんと頷くアーセナルを見て、セルフェスはジムニードに話しかけた。
「ジムニードさん、国王の動きに注意して下さい」
「……君は、いや、君たちは国王が怪しいと?」
「アーセが……、この娘が言う事は信じられます。
そう考えると、さきほどの退出についても急すぎる気がしますし、手遅れにならな
い内に監視をつけた方がよろしいかと」
「ううむ」
セルフェスは、アーセナルの精霊魔術を実際に行使する際の腕前は見ているが、
精霊と会話出来る云々は先程初めて聞いたところだ。
そのアーセナルの言葉を信じられるというのは、単に仲間だからという事だけでは
無く、これがアルベルトの行方がわからない件と結びついているからである。
アーセナルの兄であるアルベルトへの依存と執着は、宿での同室で嫌という程ほ
ぼ毎日その目で見ていた。
彼女がここで、パルフィーナをはじめ『雪華』団員の状態を見せて欲しいと訴えた
のは、直感的にこの件がアルベルトの捜索の鍵になると感じているんだろう。
そして、何であれアルベルトが絡んでいれば、無茶や無謀も当たり前の様に行う彼
女だが、適当な事を言ったり嘘を吐いたりはしない。
それが、セルフェスがアーセナルの言葉を信じた根拠だった。
一方ジムニードも、国王の行動には腑に落ちないモノを感じてはいたが、かとい
って自我を無くしているようには見えなかった。
そもそも、対象をあそこまで操っていると他者から気取られない様に出来るのであ
れば、一連の強引な手段を用いずとも、事を運べたのではないだろうか。
すなわち、イァイの王族を狙っているのであれば、この方法で簡単に済んだので
はないだろうかという事である。
とにかく、国王を疑うには証拠が無さすぎる。
この娘の一言だけでは、監視位は出来ても何かの時に拘束する事も出来ない。
とりあえず、自分が到着するまでに何かおかしな事が無かったかを、この場でずっ
と警護に就いていた者に確認する事に。
「すると、フェリディオの指示で本部の中には、国王とフェリディオ二人だけしか
いなかったんだな?」
「はい、警護の者は本部に詰めていても意味が無いので、全員外に出るようにと」
「……国王がいらっしゃるというのに、ずいぶんと不用心だな」
「ですが、元々このフロアには関係者しかおりませんし、部屋の前には常に警護の
者がおりましたので」
「ふむ、……では、部屋の前で警護していた者を寄越してくれ、話を聞きたい」
「はい」
守るべき国王の傍に警護の者を置かないというのは、かなりおかしいと感じる。
ただ、これは国王が操られているかもしれないと聞いたから、先入観でそう思って
しまったとも考えられる。
ほどなくやってきた、本部の出入り口を固めていた者にジムニードが質問してい
った。
「私たちが来る前、本部で国王とフェリディオはどのような話をしていた?」
「申し訳ありませんが、外に居る我々には声は聞こえませんでした」
「……そうか、他に何か気づいた事は無いか?」
「他にですか? ……そういえば、伝令役を部屋に通していいか確認する際に中に
入った時、何故か国王の背中にフェリディオ氏が手をあてていました」
「背中に手を?」
それは妙だ、他人の背中に手を当てるというのは、通常やらない行為だろう。
だが、それが何を意味するのかが分からない。
その時に何かの術をかけたのか? それは飛躍し過ぎだろうか?
しかし、こちらに分からない方法を用いてるとすれば、軽々に否定もできんか。
我々の知らない未知の行為によりこの犯罪がなされているとすれば、それを捜査す
るこちら側もこれまでの常識に囚われていては真実に辿り着けまい。
よし! ならばここは国王をマークしてみるとするか。
なに、例え見当違いだったとしても、俺の首を差し出せば他に類を及ぼすことは無
いだろう。
ただ、警護総責任者のフェリディオがいない今、俺がこの場を離れるわけにはいか
ない。
となると、ここは副官であるシャリファに任せる以外に無いか。
国王を容疑者の意を酌んでいると仮定すると、ここを出て行ったのは何らかの理
由があるはずだ。
具体的には、此処を出てからの最初の行動にそれが現れるだろう。
そうであれば……、この辺りか。
ジムニードは、自分の不在の間に陣頭指揮を執ってもらうのに、ここでの出来事
や根拠の薄い憶測ではあるが、自らのこの件における見識をしたためた手紙を書い
て、警護の者四名を招集してその任に当たらせた。
「この手紙は、捜査本部に居るシャリファに渡すように、こっちは迎賓館の王妃様
に。それでは、今告げた内容によってそれぞれ行動しろ、行け!」
「「「「はっ!」」」」
ひとまず打てる手は打ったとして、ジムニードは改めてセルフェスとアーセナル
に向かって言葉を発した。
「すまないが、他の捕縛してある者達にも先ほどのをやってもらいたいのだが、ど
うだろうか?」
これには、ジムニードが手紙を書いたり部下に指示している間に話し合っていた
らしく、セルフェスが代表して答えた。
「申し訳ありませんが、俺たちはアルを探しに行きたいんです。
ここを離れる許可をいただけませんか?」
なんとか協力願えないかと、ジムニードも再三要請してはみた。
だが、どうも先ほどのパルフィーナの様にその術? を解いても、すぐには話が出
来る状態に無い事。
また、おそらくは人質がとられているとすれば、自力での脱出が困難である事。
これらを理由に、ただでさえ後手に回っているので、出来るだけ早くに動きたいと
いう事らしい。
こうなると、捜査員でない善意の第三者である彼らに無理強いする事も出来ず、
ここから出る事を許可せざるを得なかった。
「すまないが、アルベルト君が見つかったら、また協力してもらえないだろうか」
この問いに、アーセナルはこくんと頷く。
ジムニードがこの場で出来るのは、これが限界だった。
こうして一行は、『グラシーズ円形闘技場』を出て、アルベルト捜索へと向かって
行く。
◇◇◇◇◇◇
えっと……、あれっ? 何がどうなって……。
……こういう時は、焦らず現状を整理するんだ、よし落ち着いて考えてみよう。
まず、じじいとカプリとかいう女は縄で縛って捕縛してあるからもう危険は無い。
ナルちゃんは、強力な眠り薬とやらが効いているのか、未だに目覚めていない。
心配だけど、呼吸はしっかりしているので、とりあえずは大丈夫みたいだ。
ガウマウさんは、じじいに壊れたとか言われたけど、目の前に立っている。
このお城の一室にある隠し部屋で、事は起きそして終わったのだ。
で、だ、ガウマウさんはさっき僕になんて言った?
確か僕の事はアルベルト君って呼んでたよな?
これはあれかな? 命の危機を共にした連帯感から来る仲間意識?
それによる気安さ? うーん……、なんかガウマウさんの几帳面そうな感じとは、
かけ離れているような……。
僕が色々と考え込んでいると、ガウマウさんは苦笑して話しかけてきた。
「俺だよ、アル、エイジだ」
ん? エイジの事はセル以外には話して無いんだけど、なんでガウマウさんが知
ってるんだ?
「俺にもよくわからんのだが、どうやらお前の中からこっちに移ったみたいだ」
は? 何を言って……、えっ?
【エイジ! 返事してエイジ!】
何度呼びかけても、僕の中のエイジからの返事は一切無かった。