第14話 後悔 どう転んでも
旅に出て二日目の夜。
アルは、サーロン村の宿屋で部屋を借り、食事もとらずに部屋で一人思案していた。
僕は一体、なにがしたいんだろう?
何ができるんだろう?
なにもできないんじゃないだろうか?
こんな考えが堂々巡りして、具体的にどうするこうするなんて、まるで考えられない。
目の前で人が死んだ、殺された、守れなかった。
知人と呼べないほど知らない相手、知り合ったばかりの相手、特別何かしてもらったことはない相手。
じゃあ、どうでもいいと思っていたのか?
そんなことは無い、助けたかった、でも助けられなかった。
旦那さんには逆にお礼を言われた、世話になったと言ってくれた。
でも、それは僕が何の理由も無いのに戦ったから。
もし、これが護衛をするって言ってこの結果だったら?
たぶん、恨まれた、罵られた、妻を返せと詰め寄られた。
口先ばかりで、何の方策も無く、ただ一緒に歩いていればどうにかなるとでも思っていたのかと、逆上して斬りかかってきたかもしれない。
良かった、あの時護衛を言い出さなくて、よかった、うかつなこと言わないで。
そんな事を考えている自分が気持ち悪い。
こんな事で安堵してる自分を嫌悪する。
僕は、こんな思いをする為に村を出たんだろうか?
困っている人を助けたいと思っていた。
でも、思っているだけだった。
どうすればいい?
どうすればよかった?
わからない、ワカラナイ、わからない・・。
なんの解決も出来ず、なんの答えも出ず、何一つ納得出来ることなく、空は白み始めていた。
◇◇◇◇◇
翌朝、宿屋の部屋にて。
アルは、いまだにベッドに突っ伏している。
しばらくして覚醒したエイジもまた、何も言わずに黙っていた。
一睡もできず重くなっている頭で、アルがようやっと口を開いた。
【あのさ、エイジ】
【うん?】
【僕はどうすればよかったのかな?】
【どうする事もできなかったさ、あれが出来る精いっぱいだった】
【じゃあ、ソーニャさんは死ぬしかなかったっていうの?】
【そうだな】
【そんなのって・・・・】
【人はそうなんでも出来るわけじゃ無い、こんな仮定の話しても意味は無いけど、もしもソーニャが死なないで済む方法があったとしたら、それは、アルが大金持ちであの一家と出会った時に、積み荷を馬車ごと買い取って、村へ帰してやるしかなかったよ】
【・・】
【冷たいようだが、アルに責任は無い、後はファライアードがどうするか考える事だ】
【僕はさ】
【うん?】
【僕は、もしかしたら救世主かと思っていたんだ】
【?】
【だってさ、僕にはエイジがいるじゃない】
【あっ? ああ】
【なんでも知ってるし、なんでも教えてもらえるし、操魔術だって凄いし、頭の中に神様がいるようなもんじゃない】
【んな大げさな、なんでもは知らないし、出来る事なんて操魔術くらいしかないぞ】
【そんなこと無いよ! 『縮地』だって教わったし、剣聖だってエイジが居るから使えるんでしょ?】
【まあそれはそうだけど】
【剣は小さい頃から練習してきて、動きもスムーズになったし、自分でも結構だと思ってる】
【うん、良く頑張ったな】
【魔術は苦手だけど実践となれば、エイジの操魔術があるから問題無い、だったら後は僕だけだ】
【ん?】
【僕さえちゃんとしてれば、僕がしっかりしてれば、世の中の困ってる人を、救う事ができるんじゃないかって思ってた】
【アル】
【それだけの力があるって、普通の人とは違うんだって、この力はそういう人たちを助けるためのものだって】
【・・】
【でも、違ったんだね、僕は何にもできない、勘違いしてただけなんだね】
【それは・・】
【こんな僕が役に立つ事なんてあるのかな】
情けない。
15歳の子供一人励ましてやることが出来ないなんて。
お前は間違ってないって、本人を納得させてやることが出来ないなんて。
人が目の前で死ぬのを見たのは、初めてだったから余計か、まあそれを言ったら俺もそうなんだが。
考えるのはいい。
悩むのも悪く無い。
でも、どうにもならなかったことを、いくらどうしたら良かったかと考えても、答えは出ない。
それを延々と考え続けるのは、自分を責め続けるのと同じだ。
だからと言って、今のアルに何を言えば納得してくれるのか、どうやったらそこから抜け出すことが出来るのかが説明できない。
アルは、イセイ村へ戻ろうかと考えている。
自分には力が足りなかった。
準備が出来てなかったんじゃないのか。
だからどうにもならなかったんじゃないのか。
もう少し、じっくりと腰を据えて、完璧に準備を整えた上で旅に出た方がいいんじゃないか。
15歳が成人だけど、15歳になったら何かをしなきゃならないって事はない。
ソル兄だってモン兄だって、結婚したのは15歳じゃ無かった、もっと経ってからだった。
だったら僕も、今すぐじゃなくてもいいんじゃないだろうか。
そうだ、僕は魔術が苦手だからもっと練習して、操魔術も精霊魔術も使えるようになって、どんな事があっても大丈夫だって実力をつければいいんじゃないだろうか。
うん、まだ未熟だっただけだ、仕切り直しだ。
一旦戻って力を蓄えてまた旅に出よう。
アルは、宿屋を出て入ってきた南門の方面へ歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
本日も快晴、アルの気持ちとは裏腹に、昨日よりも晴れ渡った雲一つない晴天だった。
そんな中、アルは無言で歩き続ける。
こっちに進むって事は、もしかしたらアルは、イセイ村へ戻るつもりなのかも。
もし、村へ戻ったらたぶんアルは、一生村から出ないだろう。
おそらく、もっと準備してからとかなんとか思ってるんじゃなかろうか。
今のアルは、心が折れてる状態だ。
いくら剣の練習しても、魔術の練習してもどうにもならない。
俺がもっと気を配ってやれてたら。
死なせないようにと、剣の技術ばかり磨かせて、メンタル面をちゃんとフォローできてなかった。
心の傷を癒すのに、自分に一番やさしい環境に戻りたがってるんだろう。
どうする?
引きとめるか?
ここで戻ったらダメになるぞって、せっかく鍛えたのが無駄になるぞって言うか?
・・・・・・いや。
止めておこう。
そうしてやりたい気持ちはあるけど、ここで無理に言う事聞かせても、アルの心が付いてこないんじゃ意味が無い。
こうなったのは俺の責任もあるけど、どう転んでもアルの人生だ。
これまで、散々口出ししてきてなんだが、ここはちゃんとアルに決めさせよう。
その結果がどうなっても、俺がアルと一蓮托生なのは変わらないんだしな。
アルは、ここで唯一の知り合いで、出来れば会うのは避けたかった二人に出会ってしまった。
ファライアードが、道端に馬車を停めて、その前に敷物を敷いて商品である海産物を並べている。
ナスターシャも、お手伝いとして品物を並べている。
これで、素通りというわけにはいかない。
アルが、声をかけるよりも向こうの方が早かった。
「おはようございます、アルさん」
「・・ます」
「おっおはようございます、ここで売る事にしたんですか?」
「はいお店の方に、お昼まではこの場所を使っていいとお許しをもらえたんで」
「そっそうですか、あの、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
「じゃっじゃあ僕はこれで」
「はい、それでは、またどこかでお会いしましょう、さようなら」
「さよおなら」
なんとなくいたたまれない気持ちになり、足早にその場を去ろうとしたが、
「んだっこの臭いは! なに広げてやがんだこんなとこで!」
一人の一角人種の男が、ファライアードに文句を言っているのが耳に入って、思わず足を止めた。
一角人種とは、額のやや上辺りに一本の短い角を生やした種族で、種族特性として魔力は六種族中最も低いが、体格は最も大柄で力が強い。
現に今騒ぎを起こしている男も、身長は2mはありそうだ。
ハルバードを手にしている事からも、筋力が高いと思われる。
少し顔が赤らんでいるのは、朝から飲んでいたのか、それとも夜通し飲んでた帰りなのか。
「わっわたくしは、この場をお店の方から借りまして、海産物を販売しております」
「ああ? んなこたあどうでもいいんだよ! 臭えっていってんだ!」
そう言うや否や、地面に立てかけていたハルバードの柄で、品物が乗っている敷物を勢いよくめくりあげた。
宙を舞った品物が地面に落ちる、それを父親の影でおびえながら見ていたナスターシャが、ちらっとこちらを見た気がした、アルの方を。
一瞬、目があった気がしてビクッとなったアルが、無視して歩き出すわけにもいかず、かといって介入するでもなく、その場で逡巡していた。
「その臭えもんまとめてとっとと失せろ! いいな!」
そう吐き捨てて立ち去ろうとする男を、ファライアードが足を掴んで引きとめた。
「おっお待ちください、この地面に落ちてしまったものは、うっ売り物になりません、買い取ってください」
決死の思いで振り絞った言葉は、男の耳には文句に聞こえたらしく、再びハルバードの柄を使いファライアードを打ち据え引きはがした。
「ぐはっ」
「おとうさん!」
「この俺様に文句言うたあいい度胸じゃねえか! 覚悟は出来てんだろうなあ!」
ファライアードに縋りつくナスターシャの顔が恐怖で強張る。
「待てっ」
「ああ? なんだ手前はあ!?」
男と親子の間に入り、男に対して剣を構えて声を出したのは、アルだった。
「二人とも下がって」
「どいつもこいつも、上等だ! 手前から相手してやらあ!」
そう言いながら振り下ろしてきたハルバードを避けて、再び男に対峙して言った。
「いい加減にしろ! 迷惑なのはお前の方だ、今すぐ弁償して立ち去れ! でないと痛い目を見るぞ!」
「ああ!? つまりは、殺されてえって抜かしてんだなあ!? いいぜ今すぐやってやるよ!」
威嚇のつもりか、頭上でハルバードを凄いスピードで旋回させている。
「うおおおお!」
大声を出しながら、どんどんスピードを上げていく男に向かって、アルは全く意に介さず『縮地』で踏み込んだ。
刃の付いていない方で、左わき腹の辺りから、逆袈裟で『嵐』を振りその衝撃で前かがみになったところを、返す刃で首元に剣を当て手を止めた。
「がはっ」
「まだやりますか?」
「・・いっいや、済まねえ」
わぁっと回りで見物してた通行人たちから歓声が沸いた。
男はばつが悪かったのか、ダメにした商品の金額よりも多い額を置いて、わき腹をかばいながらそそくさと立ち去って行った。