第145話 丸腰 不本意ながら出たとこ勝負だな
ミガ国の王城付近は、無秩序に暴れる者達と警護している警ら隊員と兵士とが、
そこかしこで争いを続けていた。
暴れているとはいえ、どうも無目的にふらふらと歩き回り、ヒトを見かけると攻撃
を仕掛けているように見える。
敵の目的は不明ながら、警護側の対処も事前に対策を立ててあるので、それほど
の混乱はきたしていなかった。
この敵の特徴は威嚇が意味をなさない事、また自らが傷つくのを恐れない事、そし
て意識を刈り取らない限り止まらない事。
これを踏まえて実際の対応としては、犯人一人に対して三名であたる事が推奨さ
れた。
一人が手を拘束し、もう一人が足を拘束し、三人目が封印術を施す。
こうして警護側は、敵を確実に無力化していった。
元々敵がそれほどの人数では無い事から、散発的に戦闘は起こっているが段々と
沈静化している。
そんな中を、レイベルに先導される形でアルベルトが城へと歩いて来ていた。
流石にそのまま真正面からという訳では無く、食材などを搬入する勝手口の様な所
から、城の内部へと入って行く。
城の中は閑散としており、廊下を歩く二人の足音だけがむなしく響いていた。
◇◇◇◇◇◇
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、しっかりして、お姉ちゃん」
何度も何度もパルフィーナに呼びかけるマリテュールだったが、その反応は芳し
く無い。
正面を向いてはいても、妹の顔に焦点が合っていないような眼で、パルフィーナは
他の犯人達と同じく低く唸るだけだった。
途方に暮れるマリテュールの横に、アーセナルがちょこんとしゃがんだ。
アーセナルは先程と同じ様に、パルフィーナの額に手を当ててぎゅっと目を閉じ、
何かに集中する。
周りが見守る中、アーセナルは目を開けて隣のマリテュールに向かって、ゆっく
りと話し出した。
「あのね、パルフィーナさんの中に何か黒いのがあって、それがこうなってる原因
だと思うの」
それを聞いたマリテュールは、自分でもパルフィーナの額に手をやってみるが、
何も感じられなかった。
「……わからない、でも、うん、アーセちゃんがそう言うなら信じる」
頷くマリテュールに、再びアーセナルがチラリと周りを見回してから、今度は少
し躊躇しながら口を開いた。
「それでね、……黒いのをどうにか出来れば、その、もしかしたらだけど元に戻る
かもしれない」
「……出来るの? どうやって?」
アーセナルは、首を横に振りながら答えた。
「やったこと無いから、よくわかんない。
でも、精霊さんと話すと、なんとなく出来るかもって」
「……話す? 精霊と会話出来るの?」
「ん」
これにはその場にいた全員が驚いた、メンバーもアーセナルが精霊と話しが出来
るというのは初めて聞いたのだ。
この事を知っているのは母親と兄であるアルベルトのみで、母親からは周囲から気
味悪がられない為に、誰にも話さない様にと言われていた。
精霊魔術を行使する者は、精霊の存在を知覚する。
但し、それはそういう存在を感じるという意味であり、力を貸してもらうのに願い
それを叶えてもらうというのは、多分に感覚的なものでしかない。
精霊魔術を使うには、長い期間精霊と対話して意志疎通出来る様になってから、力
の貸与を要請し承諾してもらう、これが初めにならうべき事柄であり、それ以上は
特に何のアドバイスも無いという、かなり不確かなものであった。
術者は、精霊に意思があるのは感じるが、対話するとはいえあくまでもそれは例え
であって、実際に言葉を発するとは夢にも思っていなかったのだ。
再び、アーセナルがマリテュールに話しかける。
「それでね、やった事が無いから上手くいくかどうかがわからないの」
「?」
「あのね、多分なんだけど、心が縛られてるんだと思うの」
「縛られてる? 何に?」
「黒いの、なんだかわからないけど黒くて、んー……なんか、もやもやしたやつ。
それを、どうにか出来るかもしれないけど、失敗するかもしれない。
で、失敗した時にどうなるか、今と変わらないのかそれとも、今よりも悪くなるの
かがわかんないの」
アーセナルの話に付いていけずに、皆が思考をフリーズさせている中で、一人ジ
ムニードだけは高速で頭を回転させていた。
もしも彼女の言うように、これまで捕えた尋問に一切答えなかった者達を正気に戻
せるとしたら、どうしてこのような状態になったのか、また誰にされたのかが判明
する。
それによって、一気に犯人側へと迫る事が出来るかもしれない。
しかし、失敗する可能性があり、それによって容疑者がどうなるかわからないと言
われては、安易に試すわけにもいかないとも考えざるをえない。
これまで捕縛した中には、他国とはいえ王族の命を狙った者達がいる。
常であれば、当然極刑は免れないところ。
だが、これが本人の意思に反して、第三者に何らかの方法により強制された結果だ
としたなら、その者達もまた被害者という事になる。
そうなると、ダメ元で試す人材という者がいない。
犯人逮捕への光明ながら、結果が分からない事に責任を持つとも言えない以上、ジ
ムニードには現状打てる手が無かった。
一方マリテュールは、アーセナルに言われたことを頭の中で反芻し、どうするべ
きかを思案していた。
チョサシャ村で捕えられたヒト達の事は、少しだけ聞いている。
何を聞いても答えず、まるで正気を失ったように暴れるのみであると。
そして、自分達があの村を出る時も、誰一人として大人しくなった者はいないとい
う事だった。
このままでいたら、姉も正気を失ったままなんだろうか。
だったら、少しでも元に戻る可能性があるのなら、お願いした方が……。
かといって、結果が分からない事に自分の一存で頼むのは正しい事だろうか。
取り返しのつかない事になりはしないだろうか……。
正直不安はある、でもここは決断しなければならないところだ。
姉は自分の肉親であるのと同時に、傭兵団『雪華』の団長である。
その団長である姉の行動により、団員全員が拘束されている現状は、なんとかしな
ければならない。
姉も口がきければ、きっと可能性があるのならばやってくれと言うだろう。
それも、実際に行うのがアーセちゃんならば、結果に納得してくれるのではないだ
ろうかと思える。
マリテュールは、アーセナルに向かって決意を口にした。
「アーセちゃん、結果がどうなっても受け入れます、……元に戻る可能性があるな
ら、お願いします、お姉ちゃんを助けて下さい」
アーセナルはじっとマリテュールの眼を見つめ、しばらくしてこくんと頷いてか
ら返事をした。
「ん、わかった、頑張る」
そう返事をしたアーセナルは、何故かセルフェスを見つめる。
意味が分からないセルフェスが、「どうした?」と声をかけるもただ見つめるのみ
で、何も話さないという不思議な沈黙がしばらく続いた。
其の後何事も無かったかのように、改めてパルフィーナに向き合ったアーセナル
は、これまでと同じく額に手をあてる。
自身は目をつぶり、ほどなくしてもう片方の手も合わせて、両手を額にあてた。
…………どのくらい経ったのだろうか、皆が固唾をのんで見守る中、変化が起き
たのはどちらかでは無く双方続けてであった。
まずパルフィーナの体がガクッと力が抜けたらしく、暴れるのを押さえていた兵士
が、慌てて引き起こしている。
それとほぼ同時に、アーセナルもまたへにゃりとその場に座り込み、隣に控えてい
たミアリーヌに支えられ、その身を慈しむ様に抱きかかえられていた。
アーセナルが、気を失ったのか口を開かないので、成功したのか失敗だったのか
がわからなく、誰もが気をもんだ。
そんな中、パルフィーナの目が開き、虚ろな視線を彷徨わせていた。
「お姉ちゃん! わかる? お姉ちゃん! しっかりして!」
「…………マ……リ……」
「お姉ちゃん!」
一言だけ妹の名を口にすると、パルフィーナは目を閉じ項垂れた。
今度は反対にアーセナルが目を覚まし、マリテュールに向かって話しかけた。
「……ごめん、マリちゃん、……失敗した」
◇◇◇◇◇◇
外の騒がしさが感じられない、閑散とした城の中。
『雪華』副団長のレイベルさんに先導され、ずいぶんと奥まで進んで来たけど、一
体ここはお城のどこにあたるんだろうか。
ナルちゃんも此処に居るのかな? なんとか隙を見て助け出さないと。
しばらく歩いて入った部屋は、重厚な机が中央にドンと置いて有る部屋。
正面側は窓、右手側は暖炉で左手側の壁は作り付けの本棚になっている。
お城の中だから当たり前だけど、飾ってある絵や壺なんかもきっと凄い値段なんだ
ろう、良く知らないけど。
そんな部屋の中で、椅子に座り机に肘をついてこちらを睨むように見つめている
老人と目が合った。
その机の横にはまっすぐに立ち、探るような眼で見てくる女性が居る。
レイベルさんは、部屋に入るや否や直立不動で動かなくなってしまった。
誰何の声をあげようとした、そんなタイミングで椅子に座る老人が、じっと僕を見
つめながら先に口を開く。
「お主がアルベルトで相違ないな?」
「そうだけど、それよりもナルちゃん、さらっていった女の子はどこだ!」
「無事じゃよ、まだな」
「何をするつもりだ!」
「そう急くな、お主が何もしなければ無傷で返してやる。
まずは、身に付けている武器をはずしてもらおうか」
「……その前に、無事を確認したい」
「条件を付けられる立場ではないじゃろ?
人質を見せた途端襲い掛かられてはかなわんのでな。
会わせるのは武装解除に応じた場合のみじゃ、どうするかの?」
【エイジー、どうしたらいい?】
【言う通りにするしかないだろうな】
【……やっぱり?】
【言いなりになるのは不味いんだが、ナルールの安全が確保できない以上逆らえん
だろうよ】
【だよね】
僕は特製ベルトをはずし、文字通り丸腰となった。
「これでいいだろ、彼女の所に案内してもらおうか!」