第144話 恐怖 感じる、黒い塊
セルフェス達一行は、捕えられている『雪華』団長パルフィーナに面会したい旨
を、警備についている警ら隊員とおぼしきヒトに申し入れてみたが、にべも無く断
られてしまった。
元より彼らに捜査権は無く、話がしたいという理由だけで面会させるほど、今回
の事件の容疑者の嫌疑は軽く無い。
それならば、『雪華』の他の団員にと願ったが、それもまた却下されてしまう。
なぜなら、団長が暴れ副団長が行方不明という事で、『雪華』は警護の任を解か
れ逆に警護側に監視された状態だ、他の団員にもそうそう話が出来ない。
こうなるとその場で出来ることは無く、一行は途方に暮れてしまう。
事態が急速に動いたのは、それから少し経った時だった。
大勢のヒトが最上層へとやって来て、南側にある警護本部に入って行ったのだ。
そこから連れ出されたのはフェリディオ、セルフェスとシャルフェスは見かけた
事はあったので顔は知っていたが、何故彼が? という疑問を抱く。
突然の警護総責任者の連行に、現場は混乱をみせる。
事態が分からないセルフェスは、その気に乗じてという訳では無いが、少しでも
情報を得ようと見知った顔が無いか警護本部へと足を向けた。
中に居たのは、さきほど大勢のヒトを連れて来た中でその先頭にたっていた人物と
ミガ国の国王ジャートルの他若干名。
流石に国王に気軽に声はかけられず、その場を去ろうとしたが不意に呼びかけら
れて、思わずたたらを踏んでしまった。
「セルフェスだったな、こちらに来なさい」
予想していなかった国王からのお呼びに、丁度いいとばかりに本部の中へと足を
踏み入れる。
「そちらはどうだ? 何か変りは無いか?」
ジャートル国王の前で片膝を付いた体勢のセルフェスは、気遣ってもらった事の
嬉しさを感じながら、現状についてを報告した。
「実は……――――――――という訳なんです」
「なんと……」
ジャートルは、イァイの王族と自らの身内を避難させた後は、この本部へとつめ
ていた。
この中であれば、警護の者が常にいるので安全が保障されるのと、事件の情報が最
も早く集まってくると踏んだからである。
そして、事実ジムニードが大勢の捜査員を従えて飛び込んでくる前までは、ここ
に入ってくる情報を警護総責任者のフェリディオから色々と聞いていたのだ。
ただそれは、精霊魔術を観客席へと打ち込んでいた者どもを捕まえたとか、階段で
将棋倒しになっていた観客達のけが人が何人だとか、ここでの警護の編成をどう変
更するかなどの、とりとめのないものばかりであった。
これは、フェリディオがジャートルに対してあまり情報を与えて勘繰られない様
にと、渡す内容を取捨選択した結果こうなったのである。
だからジャートルは、アルベルトが行方不明になっている事も、『雪華』が警護の
任を解かれている事も知らなかったのだ。
「しかし話を聞く限り、アルベルト君の姿が見えないだけで事件に巻き込まれたか
どうかはわからんのじゃないのか?
連絡の取りようがないだけで、実は闘技場を出たところで待っている可能性もある
のではないのか?」
ジャートルは、セルフェスが突然の出来事に困惑し、対応しきれずに視野狭窄に
陥っているのではと考え、再考を促した。
「詳しくは話せないのですが、こちらからは無理ですが特殊な手段により彼からは
こちらにいつでも連絡ができるのです。
また、彼は戦闘に関しては相当な実力者で、剣を使いますがその腕も彼のガウマウ
氏に立会を所望される程であり、操魔術の腕前は国王様が昨日ご覧になった通りで
すから、戦闘により倒されたり捕えられたりする可能性は低いと思われます。
もし彼を戦いにより無力化するとなれば、少なくとも五名以上のそれも手練れが必
要となり、その様な人数で戦闘行為をしていれば目立つでしょうから、警護の方々
から目撃情報が寄せられるはずです。
ここまで何ら情報が寄せられていないとすれば、彼が自らの意思で相手に従ってい
ると考えるのが妥当だと考えます。
実は、彼と共に連れの女性が行方不明となっています。
おそらくは彼女を人質にとられ、要求を呑んでいるのではないかと思われます」
セルフェスは、はやる気持ちを押さえて出来る限りゆっくりと、明瞭に発音する
事を念頭に置いて言い切った。
理路整然と並べられた意見に、ジャートルは敵の狙いがアルベルトである可能性が
高い事を認識する。
そのやり取りの中で、一人話しについていけていないのはジムニードだった。
彼には、セルフェスが話している内容が何一つとして信用できない。
いつでも連絡が取れる? 剣の腕が一流? 操魔術も? どれも見たことも聞いた
事も無いので、俄かに信じられるものでは無かった。
そもそもにして、話の根幹にかかわる何故アルベルトなる者が敵に狙われるのか
が不明だ。
積み重なった疑問に、思わずといったように質問が口を突いて出た。
「国王、アルベルト殿がどうして犯人に狙われるのでしょうか?」
「……うむ、内密な話となる、耳を」
こうして事実を知ったジムニードが最初に思ったのは、なぜ事前に知らせてくれ
なかったのかだった。
ジャートルとしては、チョサシャ村での事件も王都での事件も、標的となってい
るのはイァイの王族だという認識がある。
であれば、ここにきてターゲットとなる者が増えたという事実は、知る者が少ない
ほど犯人側に漏れる危険が減らせると考えて、あの場に居た者全員に箝口令をしき
それ以外の者には一切明かさないという措置をとったのだ。
ただジムニードは、事件の捜査を指揮する自分に位は明かしておいてもらわない
と、その後の動きに支障が出るという考えだった。
自国の王とはいえ、この辺りははっきりさせておかないとと、ジムニードは今後は
全て話していただきたいと申し入れる。
このやり取りの中で、ジムニードが捜査の責任者と知ったセルフェスは、思い切
ってさきほど断られた件を願い出てみた。
「ジムニードさん、お願いしたい事がございます」
「なんだ?」
「はい、捕えられている『雪華』団長のパルフィーナ女史に、面会させていただけ
ないでしょうか?」
「……それはいかなる理由からだろうか?」
先ほどまでの話からは脈絡のない申し出に、ジムニードは多少困惑する。
「ウチのメンバーのパルフィーナ女史と親しくしている者が、普段の彼女と襲って
きた時の彼女との間に違和感を覚えたらしく、確かめてみたいと申しまして」
「……君が知っているかどうかわからないが、一連の事件の犯人は皆一様に常の状
態とは思えない有様なのだ。
一応、肉親ならばもしかすると話が通じるかもしれないと、妹を呼びにやっている
ところなんだが」
「パルフィーナ女史とは、襲われる三十分ほど前に会話を交わしており、その時は
これまでと変わりありませんでした。
その後話が通じなくなったのは見ております。
どうもその差に、表面上では無いところでの感じの違いを気にしている様なので、
確認させてみたいのです」
これまで犯人として捕えた者の中で、尋問に答えた者は誰一人としていない。
もっとというかより正確に言うならば、尋問に答える事が可能な者が一人としてい
なかったのである。
それが実行犯を捕らえながらも、まるで事件解決に結びつかない最大の要因であっ
た。
本来であれば、捜査員で無い者からの申し出に応じる必要は感じない。
ただ、セルフェスの話の中で興味を引いたのは、ほんの三十分ほどの間に変わった
という事実。
これは初めての情報だった。
このまま何の手立ても無くいたずらに時間を浪費する位なら、新事実を提供してく
れた彼の提案を受け入れるのも手かもしれない。
話してみると、幸いにしてフェザード宰相の息子との事で、身元もしっかりとして
いる。
となればと、ジムニードはすぐさま行動を開始した。
今現在、フェリディオがこの場からいなくなった為、現場の最高責任者はジムニー
ドとなる。
そこで警護総責任者代行として、捕えてある『雪華』の団員全員をこの場に連れて
くるように命じた。
当初、面会を希望するのはパルフィーナへのみであったが、もしできるならば全
員とという追加の申し出があった為だ。
さらにいうと、この場へというのは一人ならともかく全員となると、こちらに呼ぶ
よりも出向く方が手間が無いだろうと席を立ち動こうとしたが、ジャートル国王か
ら「自分も立ち会う」という、予想もしていなかった言葉が発せられたからであっ
た。
まだ、安全が確保されたわけでは無い場内を国王が移動するのは、デメリットし
かない。
だったら、警護の者が大勢詰めているこの最上層へと連れて来た方が良いと、ジム
ニードが判断したからであった。
こうした経緯の後、しばらくして『雪華』団員が最上層へと連れてこられる。
団員達は、額に封印紋を浮かび上がらせて、腕を縄で縛られ腰に通された紐で、一
人を除いて全員が繋がっている。
その除かれた一人とは、当然団長のパルフィーナだ。
他の者は不満はあっても、ひとまず大人しくしているが、パルフィーナは他の犯人
同様まったくいう事を聞かずに暴れていたので、足も縛られ何人もの兵士に担がれ
て連れてこられていた。
ひとまず、セルフェス達の居た西側の貴賓席という名の部屋へと、全員に入って
もらう。
一体何をするつもりなのかと、興味津々に見入っていたジムニードは、セルフェス
が連れて来た小柄な『羽』の少女の行動を注視していた。
アーセナルは、『雪華』の団員達をその場に座らせるとその前に立ち、一人ずつ
の額に手をやって、まるで熱を測っているかのような仕草をしている。
一人一人にそれほど時間をかけずに同じ仕草をしていく、その間彼女は一言も発し
無い。
そうしてほどなく、最後の一人となるパルフィーナの番となった。
左右に一人ずつさらに後ろに一人の計三名の兵士が、暴れるパルフィーナをその場
に留めている。
ここまでの団員達と同じように、パルフィーナの額に手をやるアーセナル。
しかし、ここでこれまで変わらなかった表情がくしゃりと歪んだ。
横に寄り添っていたミアリーヌが、心配そうにアーセナルを見守る中、口を開い
たのはセルフェスだった。
「アーセ、どうだ? なんかわかったか?」
「……変な、黒いのが居る、居る? んーっとある」
「居るだかあるだかわからんが、体の中にって事か?」
「ん」
「それは一体「お姉ちゃん!」どういう……」
光明が見えたと、アーセナルとセルフェスの会話に思わず口を挟んだジムニード
だったが、息を切らせて現れたマリテュールの言葉に遮られてしまった。
肉親ならば話が通じるかもと、先ほど呼びに行かせたパルフィーナの妹のマリテュ
ールが、丁度到着した様でこちらに駆け込んできたのだ。
聞いてはいたが、縄で縛られ兵士に押さえつけられている姉の姿に、絶句するマ
リテュール。
彼女はそんな姉の虚ろな眼に、チョサシャ村で見た暴徒の眼を重ねあわせて、恐怖
していた。