表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/156

第141話 後手 敵の狙いは?

 まだ午前中だというのに、満員の観客たちのむせ返るような熱気に包まれた、こ

こ『グラシーズ円形闘技場』。

観客席は、三mの柵に覆われた上から何層にも渡って連なっている。


 そんな観客達が使用する入場口は一階にあり、そこをくぐるとまずは長い昇り階

段を上まで上がらなければならない。

辿り着いた一般観客席の中の最上階から、周囲の回廊を通って自分の席まで今度は

観客席の間に造られた階段を下ってゆくのである。


 この様な仕様の為、一階部分の半分は観客が入場時に通る通路となっているが、

残りの半分は施設として使用されている。

施設管理室や守衛室そして関係者控室などと共に、選手の控室もここに造られてい

るのであった。


 選手の控室は、対戦の前にリラックスしたり付添いの者と作戦を確認したりする

都合、狭いながらも個室が設けられている。

そこを、大会関係者と思われる女性が二名で、各部屋を訪問していく。


 これまで順に部屋を回り、ここが最後であった。

ドアをノックして入室すると、怪訝な顔で二人を見る一人の選手。

それをまるっと無視して、にっこりと笑顔で話し始める女性。


「試合前の貴重な時間に失礼致します、本日は試合の前に身を清める意味で、こち

らの御酒をお飲みいただきます」


 そう言って、もう一人が持つお盆の上にあるグラスを手に取る様に促してくる。

グラスには、赤紫色した果実酒とおぼしきものが入っているようだ。

選手の男は、納得いかないと言うように不服を申し立てる。


「試合の前には何も口にしない事にしている、そもそも今日は陛下の前での御前試

合ではあっても、神前試合と言う訳では無いだろう?」


 女性は、多少困惑したような表情を浮かべて再度口を開く。


「そうは申されましても、上から申し付かって行っている事ですから、私の一存で

は何ともできかねます」


 こう言われてしまうと、選手の方も女性に不満をぶつけるのは憚られる。

続けて、女性はこう言ってきた。


「何もグラスに入っている全部を飲み干して下さいとまでは申しません、一応選手

の皆さん全員にご協力いただきましたと報告するのに、せめて一口だけでもお願い

できませんでしょうか?」


 これ以上断るのは大人げないかと、言われた通りグラスを手に取り一口だけと思

い、男はグラスに口をつける。

グラスを傾け赤紫色の液体をほんの少し流し込んだ途端、唇にピリッとした感触が

あったと思ったら、立っていられずにその場に倒れ込んでしまった。


「うぐぅ」

「どうだい? 良く効くだろう? こいつは即効性の痺れ薬、飲み込まずとも粘膜

に触れればそれまでって、大型の魔物もイチコロって代物さ」


 そう言いながら、大会関係者を装ったゼマ国女性工作員のペリーヌは、体を麻痺

させて倒れている男の背に自らの掌をつけていた。

お盆を持った女は何の表情も浮かべずに、ただそこに立っているだけだ。


 無言で、時折体を痙攣させるだけの男に向かって、ペリーヌは返事が来ない事を

知りながら再び話しかけた。


「我らが覇道の為の礎となれ、鍛えしその技を以って」


◇◇◇◇◇◇


 いよいよ試合が始まるらしく、北側と南側からそれぞれ選手が入ってくる。

観客席は大盛り上がりで、地鳴りの様な歓声が闘技場に響き渡る。

ナルちゃん遅いなー、もう始まっちゃうよ。


 しっかし、こんなに盛り上がるものなのかー、ここから見る限り空席が見当たら

ないのも、納得って感じだ。

出てきた選手はどちらも見た事無いな、といっても僕が知ってるのはガウマウさん

だけなんだけど。


 でもなんかいきなりだな、御前試合ってのは最初にセレモニー的なのあったりし

ないのかな?


「ねぇシャル、闘技大会っていつもこんな風にいきなり始まるもんなの?」


 ここは観覧経験のある、シャル大先生に教えを乞うしかない。


「うーん、あたしも御前試合は初めてだからよくわからないけど、闘技大会は初め

に開催の言葉があったり楽団の演奏があったりで、いつも結構華やかな感じなんだ

けどね」


 そうだよな、今回の大会だって王族の婚姻のお祝いの催しの一環なんだから、普

通はミガの国王から一言くらいあってもおかしくないはず。

そう思い向かい側の貴賓席を見てみると、どうも慌ただしそうに皆席を立っている

のが見えた。


【やばいぞ、こっちもすぐ出た方がいいかもしれん】

【えっ、どうしたの?】

【向かい側のあの慌てよう、何かあったと仮定して動いた方がいい】

【うん、わかっ……あっ、ナルちゃんがまだ戻って無いんだよ】

【とにかく、声かけてここを脱出しよう】


 手早くエイジと魂話した後、とまどいつつ下を見てる皆に声をかけた。


「なんかおかしい、すぐここを出よう、急いで!」


 すぐさま立ち上がる皆に先行して、僕が部屋から廊下へと出た。

そこには、女性が一人で立っている、ってレイベルさん!? 

『雪華』副団長のレイベルさんだった、ただ、いつもの陽気な感じと違ってまるで

表情が抜け落ちたようだ。


「レイベルさん、何かあったんですか?」


 僕を真っ直ぐに見つめたまま、彼女は無言で紙を見せてくる。


(妹を返して欲しくば、黙って付いてくる事)


 妹? アーセは居たよな……! ナルちゃんの事か!?

……そっか、僕の事をおにいちゃんとか呼んでたから、間違われたのか。

…………えっ? でも、レイベルさんはアーセの事を知ってるよな?


 すると、レイベルさんはメッセンジャーに使われてるだけで、ナルちゃんを攫っ

た奴は他に居るって事か。

大体、レイベルさんが僕と敵対する理由なんて無い筈、と言う事は、僕と同じく人

質をとられているのか?


 すたすたと歩きはじめるレイベルさん、とりあえず言われたっていうか書いてあ

る通りにするしかないか。

そう思い僕も歩きはじめると、後ろから金属がかち合うような音が聞こえた。


 振り向くとそこには、部屋の出入り口付近でハルバートを振り下ろした『雪華』

団長のパルフィーナさんと、それを剣で受け止めているキシンさんの姿が!?

……これはどうやら、今の時点では『雪華』は全員敵って認識でいないとかも。


【エイジはこれ、どういう状況だと思う?】

【……おそらく、人質とられて脅されてるって線は無いだろう】

【えっ? なんで?】

【『雪華』は一流の傭兵団だ、例え団長の妹のマリテュールを人質にとられたとし

ても、いいなりになる様な事は無いだろうし、そう言う場合の対処も事前に出来て

て、仮にそうなっても人質になる方も要求を突き付けられる方も、双方覚悟を決め

てるに違いない】


 ……そうなんだ……、僕にはとてもじゃないけど無理だ、もしアーセが人質にな

ったら、とても覚悟なんて出来ないよ。


【それに、今のレイベルの表情からみて、おそらくは敵に操られてるんだろうよ】

【……それって、黒幕の狙いが僕って事?】

【わからんが、この流れだとその可能性は高いな】


 とにかく、僕がどうなってもナルちゃんの安全を第一に考えないと。


◇◇◇◇◇◇


 闘技場の南北から、それぞれ選手が闘いの場へと入場してくる。

試合開始前のいつもの風景、そこに一際大きな歓声が上がるが、段々とトーンが落

ちてきて、とまどいからのどよめきへと変わっていく。


 すわ、試合開始かと観客達は意気込んだものの、常との違いに熱狂が徐々に覚め

てくると共に、冷静さを取り戻していったのだ。

入って来たのは全部で六名、だが確か試合は五試合の予定だったはず……。

試合形式は一対一と事前に発表があった、それが何故一度にこの人数で入って来た

んだろうか。


 そもそも、オープニングセレモニーは無いのかなどと、疑問を浮かべては闘技場

中央に集まる選手たちを見て、観客達の歓声は止みひそひそ声が聞こえ始める。

さらに目の肥えた観客達は、そのメンバーを見てとまどいを覚える。


 すなわち、それぞれが注目したり贔屓にしている有名選手が、その中に含まれて

いない事に。

常であればブーイングが起こっても仕方ない状況ながら、そも御前試合という形式

をはじめて目の当たりにする観客達は、どういうスケジュールで進むのかを知って

いる者がおらず、ただただひそやかな話し声が聞こえる中じっと見守る事しか出来

ないでいた。


 動きがあったのは、観客達皆が注目している眼下の闘いの場では無く、自分達が

席に着くまでに通ってきた階段の奥から。

はっきりとは聞き取れないものの、何者かが争っているような音がしている。


 階段に近い観客達が立ち上がり始めたその時、下の選手たちはいつの間にかそれ

ぞれが観客席に正対し、東と西に向かい二名ずつがそして北と南に一名ずつが背中

を預け合う形で円を作り虚ろな顔を向けていた。


 そして、観客席に向けて一斉に精霊魔術で火を放ちはじめる。

悲鳴が上がる中、我先にとその場から逃げだす観客達。

だが、その避難する先である階段には、御前試合に出場する予定の有力選手たちが

立ちはだかっていた。


 無論、全てにと言う訳では無く、特に大きな東西南北の大階段に一名ずつではあ

ったが。

階段は狭く一度に大人数ではかかれない、そこに実力者が陣取ってしまえばそうそ

う排除できるものではない。


 有力選手達は、階段の一番上である観客達の居る方から入ってくる者を、下から

来る者よりも優先して倒して行く。

さらに、観客達がその場から逃げ出そうと階段に殺到するが、武器を構えた選手が

中に居るのを見て、それ以上進めないでいる。


 それによって、上が蓋をされる状態となり、上から警備の者が入ってくる事がな

くなったせいで、下からの対処だけで良くなり余計に時間がかかってしまい、中々

排除できずにいた。


 逃げまどう観客達は、大階段が使えない事から狭いその他のいくつかの階段に群

がっていく。

その際、余りにもヒトが殺到しすぎたせいで、階段を転げ落ちたヒトも少なく無い

数に上る。


 闘技場では、騒ぎの元となった精霊魔術を放っていた選手たちが、警備の者達と

交戦状態に入っていた。


 そんな中、一般の観客達とは別の貴賓席のある最上層直通の階段から、『雪華』

副団長レイベルとアルベルトが闘技場の外へと姿を現し、そのまま城のある方向へ

と歩いて行くのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ